忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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一章/炎の巨神、現る

アマテラス機関・四

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「想い人くんじゃないか」
「え?」
 コツコツとヒールを鳴らしながら廊下の先から女性が歩いてくる。一際高い靴音をさせ、腰に手を当てた状態で立ち止まった。
「あら、四葉。整備は終わったの?」
「ああ」
 桃色の髪を揺らして当夜の正面まで来た女性は、鏡子に負けず劣らずプロポーションが良い。この人がパイロットなのだろうか、と見る当夜に、女性はふっと笑って手を差し出してきた。
「私は六条四葉。あの、頭部に髪のようなものが生えている機体のパイロットだ」
 四葉の視線を追った当夜が機体を見て頷く。
「ミカヅチというんだ」
「――建御雷ってことですか?」
「……あ、ああ。そうだろうね。ミカヅチは雷を手から発生させることができるから」
 四葉は愛おしそうに機体を見る当夜に苦笑した。これは、徹が嫉妬をしてしまいそうだ、と。
「君の機体はなんというんだい?」
「カグラヴィーダです」
「カグ……火も使っていたし、迦具土神かな?」
「はい、多分」
 四葉も手すりを握り、格納庫を見下ろす。
「神を殺してしまった火の神か。それは、操るのが大変そうだ」
「きっと、そうでもないと思うよ」
 え? と言って四葉が当夜を見る。
「迦具土神は火山とかの神様じゃなくって、人が鍛冶や料理で使う、文明的な火の神様なんだ。迦具土神が産まれる前後にクヒザモチというひしゃくの神様やミツハという水の神様が産まれていて、人が水を使えるようにもなってるよ」
 すらすらと説明をする当夜に、鏡子は目を丸くさせて雅臣を見る。見られた雅臣は当たっているよと小声で答えて目を閉じた。
「だから、火は危険だけど人にとって文化を与えてくれるものだし、ちゃんと丁寧に扱えば自分を使わせてくれるんだ。怖いだけじゃないよ」
 カグラヴィーダを見つめていた四葉の目を見て言うと、四葉はふむと呟いて当夜の頭を撫でる。
「君は頭が良く、本もよく読むようだ。可愛くもあり、徹くんが深すぎる愛情を持つのもよく分かる」
「徹が?」
「ああ。本当に心配をしていたからお礼を言っておくといい」
 そう言われた当夜はきゅっと口をつぐんで思案する表情になった。
「彼ならあの水色の機体の所にいる」
「ん、ん~……」
 当夜は唸った後、ふっと息を吐いて肩の力をすっと落とす。
「分かった、行ってみる。ありがとう、四葉ちゃん」
「いや。仲直りできるといいな」
 うんと微笑んだ当夜は階段の方へ歩いていく。その後ろ姿を見送った雅臣ははーっと息をついた。
「四葉さんをちゃん付けとは、驚きましたねえ」
「ああいう可愛い男の子との交流もいいものだな」
「そうねえ」
 ほのぼのと和んでいた三人だったが、当夜が完全に下に行ったのを見て、四葉が二人に体を向ける。
「そろそろ恋しくなってきましたので、帰ってもいいですか?」
「ええ、勿論。よく様子を見てあげてくださいね」
「はい。それでは、お先に失礼します」
 頭を下げる四葉に、
「気を付けて帰ってね」
 と鏡子が手を振った。四葉はそれにはいと返事をしてから二人の横を通り過ぎてエレベーターに向かっていく。
「ちょっとキョーコちゃん」
 四葉の姿が見えなくなってから雅臣が鏡子につつつと蟹歩きで近寄った。
「なにかしら」
「あーんな素直そうな子を騙そうとするなんて、酷いよ。僕は胸が痛いよお」
「あら、そんなことしてないわ」
「えーっ! だって君ちゃんと説明しなかったじゃないか」
 寄ってこようとする雅臣を肘で押さえる鏡子は極限まで嫌そうな顔をしている。
「あんなの、選ばれたばかりの子どもに言ったら動揺するだけでしょう」
「どうせ選ばれたら一生戻れないしねえ。考えてみて、なーんてキョーコちゃん選択肢あるみたいに言ってたくせにい」
「そうね、ないわ。ないけれど、乗る決意は自分でしてもらわないと」
「自ら毒を食わすんだ」
「随分と辛口ね。どうしたの?」
「あの子が気に入っただけだよお」
 白衣のポケットから棒キャンディーを取り出した雅臣はビニールの包装を手で千切って取った。
「他の子とはなにか違う気がするんだけど、あなたはそれをどう思ったの」
「さあね」
 キャンディーを口に放り込み、棒を歯で挟んだ雅臣は鏡子を見ていない。
「言語を話す鉄神なんてこっちでは訊いたことがないし、あんなに鉄神に心を向けようとしているパイロットも初めて見たって感じかな」
「……そう。それ、本当なの?」
「うん。僕を信じてよ、鏡子ちゃん」
 自分を見ない雅臣に鏡子はため息を吐き、床を見下ろす。
「まあ、今日はもう帰りなよ」
「え?」
「まだお仕事残ってるでしょ。僕はここであの子たちの様子を見てるから」
 そう言って雅臣は壁に背を凭れかけさせた。鏡子は爪を歯で噛んでその様子を睨んでいる。
「キョーコちゃんって引かれると追いたくなるタイプだよねえ。そんなに構ってほしいの?」
「ちっ、違います!」
 かっと頬を赤くさせた鏡子はあなたという人は! と叫んで後ろを向いた。雅臣は眼鏡に隠されて見えない目を細めてくすりと笑う。
「早く戻ってあげなよ」
「わっ、分かってます! もう戻ります!」
 両頬に手を当てて照れる鏡子はそう言うと、先程四葉が向かっていったエレベーターへと走っていった。雅臣はくすくすと笑うと、ヤタドゥーエのリフトに乗る当夜の姿を見て、
「いつぐらいにドクターストップかけようかなあ」
 と呟いた。
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