忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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一章/炎の巨神、現る

炎の声届く夜・二

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 階段を下りて一階に着くと、まずは洗面所に行き、顔と歯と手を洗う。台所に入ると、テーブルに置いてある物を目にして苦笑した。昨日作ったサバの味噌煮とほうれん草のおひたしがそのまま置かれている。黒い茶碗も渋い抹茶色の湯飲みも底を向いていた。
「父さん、会社に泊まったのか」
 しばらく姿を見ていないなと寂しく思いつつも、当夜はそれを冷蔵庫の中にしまう。今晩、自分がこれを食べればいいだけだ。
 代わりに卵をニ個、ブロッコリーの塊や人参など、食材をどんどん出していく。白菜の切り漬けの入った小皿は先に出しておき、テーブルの上に並べた。テーブルセットの椅子を一つ引いてブレザーをそこにかけておき、シャツの袖を折る。
「んじゃ、徹が来る前に作るとしますか!」
 ボールを取り出して、その中に卵を割り落とし、少しだけ小皿にとってから白だしを加えた。オーブンを棚から出してコンセントをつけ、スイッチを回しておく。炊飯器の蓋を開け、タイマー予約をして炊いておいた米を掌にのせてぎゅっと握り、大きなお握りを作って、その上に作り置きの肉みそをたっぷりのせてからオーブンの網の上にのせて蓋を閉めた。
 溶いた卵を卵焼き用の四角く小さなフライパンの上に流しておき、作り置きしておいた五目豆を冷蔵庫から取り出す。
 手際よく作業を進めている内に口から歌が出てくる。クラスメイトが休み時間によく鳴らしている曲で、いつの間にか覚えてしまっていた。
 くるりと出し巻卵を巻き、まな板の上に移し替える。大鍋に水を入れ、ほうれん草を入れた。卵焼きを六つに切って皿に入れると、ブロッコリーと人参、じゃが芋を水洗いしていく。ブロッコリーは茎以外を小分けにして切り、茎は千切りにしてフライパンの中に放り込んでごま油を垂らす。人参とじゃが芋もそれぞれ千切りにしておき、ほぼ火が通ったブロッコリーに醤油をかけて炒った。
 卵焼きの隣に入れてからフライパンを流しに置き、今度はもう一回り大きなフライパンで人参をピーナッツバターで炒めていく。冷蔵庫を開けて油揚げを取り出した。
「っと、もういいかな?」
 ほうれん草の鍋を覗きこみ、もう十分だと分かると火から取り除き、湯だけ捨てて均等に切った。一度フライパンを振るってから冷蔵庫の前まで行き、中から小鍋を取り出して、火にかける。フライパンを手にとり、中身を皿に移して、じゃが芋を入れた。
「あっ、ひき肉……!」
 材料の出し忘れに気づいた当夜は声を上げ、慌てて冷蔵庫に駆け寄る。中からひき肉と取り出して中身をフライパンにひっくり返した。まな板まで戻り、油揚げを開いて中に先程作ったブロッコリーの金平を詰める。
 菜箸でじゃが芋とひき肉をほぐして、塩コショウとオイスターソースをたらして、さらに炒る。
 その時、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。水で溶いた片栗粉をフライパンに流し込んだ当夜は、食器棚からお椀と茶碗を取り出して鍋の蓋を開ける。じゃが芋と玉ねぎと三つ葉の味噌汁をお椀に注ぎ、茶碗に山盛りにご飯をよそい、テーブルセットまで持っていった。
「ごめん、まだできてないんだ!」
 すぐにおかず持ってくるから! と行って引き返し、卵焼きと金平がのった皿を取ってきてテーブルに置く。しゃがんで食器棚の下段から二人分の弁当箱を取り出し、卵焼きを二つずつ入れた。
「もうちょっと待っ」
 テーブルについた手の上に徹が自分の手を当てる。
「まだ七時にもなっていないんだから、慌てなくていい。慌ててお前に怪我をされたくない」
 当夜は目を丸めると、ふわっと顔を綻ばせて笑った。
「ありがとっ! けど、やらないと焦げる!」
 片栗粉を入れたまま放置していたことを思いだした当夜は、弁当箱を手に走って戻っていく。フライパンを取り、弁当箱に半分ずつ入れた。殻になったフライパンを一度洗い、今度は豚バラを数枚並べ、火にかける。
 自分の分の味噌汁とご飯をテーブルに持っていき、またすぐにキッチンに戻った。豚バラに生姜を摩り下ろし、醤油を垂らしておいて、肉をひっくり返す。両面にいい色がつくまでの間に、すでに出来上がったおかずを弁当箱の中に詰めていく。
「その歌は?」
「えー? なんかさあ、休み時間によく誰かが流してるじゃん? 覚えちゃってさー」
「そんな歌だっただろうか……?」
 ふんふんと気持ち良く歌っていると、些か眉をしかめた徹から声がかかった。どこか調子はずれ――音程のあっていない当夜の歌では、徹も原曲を思い出すことができなかったようで、首を傾げている。
「五人組のアイドルだったのは覚えているが」
「うん! Satelliteサテライトってやつだったと思う」
 生姜焼きを詰め込み、ガスを完全に切った。フライパンを流しに置き、弁当箱に急いで残りのおかずを詰め込んで持っていく。
「けっこー好きなんだよなあ。死んでも別れても永遠に愛し続ける、あなたを忘れないよって。現実的じゃない気ぃするけどさ」
 弁当箱の隅に漬物をぎゅっと押し込み、蓋をする。ゴムバンドで挟んでビニール袋に入れ、ハンカチで巻いた後、弁当包みに入れる。
「弁当完成っ!」
「いつもすまないな。ありがとう」
 先に食べ始めている徹に微笑まれた当夜はううんっ! と大きく首を横に振った。
「俺が好きでやってるからな!」
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