毎日同じ夢をみる

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毎日同じ夢をみる

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~毎日同じ夢をみる~



       ٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。

 私は夢をみている。

 美術室の窓際の席で頬杖ついて外を眺めて、サッカーをしている初恋の彼、蒼空そらくんをそっと見つめている。

 すると蒼空くんはこっちに気付き、手を振り満面の笑みをくれる。

 私も蒼空くんに手を振り笑顔を返す。

 しばらくしたら教室のドアが勢いよく開いて彼が入ってきて、私の手を引っ張り強引に外に連れていく。

 私はあわてた振りをしているけれども、心の中は眩しいくらいキラキラしていた。

        ٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。



☆美月・現実


 「あっ、またいい所で目が覚めた」

 いつからか、ずっと繰り返し中学時代の夢をみている。今の心地よい世界は夢だった。

 その夢はいつも同じような内容。私が生まれて初めて好きになった蒼空くんととても仲よしで。けれども実際の過去ではただ一方的に見つめているだけで、憧れている存在だった。

「あんたが悪いんでしょ?」

「おまえだろ」

 喧嘩して叫ぶ両親の声が、1階のリビングから聞こえてくる。

「またか、うるさいな」

 せっかく夢の余韻に浸ろうと思っていたのに。

 私は現実から逃げるように映画をかけ、ヘッドホンを耳にあてる。

 ここはリアルな世界。
 夢の世界でずっと過ごしていたい。

 最近は家でも、ただなんとなく続けている仕事でも居場所がなく、投げられた黒い言葉だけが心に蓄積されていって。もう、何もかもどうでも良いやと思っていた。心に蓋をして生きていれば良いのだと。

 まぁ、何をやっても失敗ばかり。駄目な自分だから仕方ないかって。




☆美月・待ち合わせ場所へ


 映画の途中で約束の時間が近づいてきた。

 いつも夫婦喧嘩の後に投げつけてくる、私の自己肯定感を下げる母の言葉を避けるように洗面所に向かう。顔を洗ったりメイクをしたり。それらを終えるとそのまま忍者のようにこっそりと足早に家を出た。

 そして、友達の大和やまとと待ち合わせした近所のコンビニまで歩いて向かった。

 どっち買おうかな。ペットボトルのお茶の所と野菜のパックジュースの所を行ったり来たりして、飲み物を迷っていると、同じ動きをしている男の人を横で感じて。ちらっと見ると、ばちっとお互いの目があった。

 マスクをしていてよく顔が分からなかったけれど今の人、私と小中学校一緒だった初恋の同級生に似ていたな。

 そう、あの夢の中に出てくる蒼空くん。

 まさかね。そもそも大人になって、かなり見た目変わってそうだし、私は人の顔を覚えるのが苦手だし。マスクもしているし……。もしも本当にすれ違っても分からなさそう。

 大和の白い車が店の窓から見えたので、麦茶2本と梅とシーチキンのおにぎり2つを買いコンビニを出ると大和の車に乗り込んだ。

「おはよう。いい天気だね!」
「ね、良かった! はい、お茶どうぞ」
「ありがとう」

 映画の話や同級生の話など、途切れることのない会話をしながら、ここから2時間程で着く海へ向かった。

 少しだけ開けた窓から入ってきた風が優しくふたりを包んでくれて気持ち良かった。




☆美月・大和と再会


 大和とは小学生の時に出会った。

 小中9年間同じ学校だったけれど、特に接点はなかった。小学2年の時だけ同じクラスで出席番号の関係で席が隣だったりしたぐらいかな。

 20歳になったある冬の日。クラス関係なしで集まれる人で集まろう!ってことになり、そこで再会した。

 大和は同級生の中でとても小さかったのに、久しぶりに会った時、身長がとても伸びていた。本人が言うには、小さいのを気にしていて、カルシウムを沢山とり、背伸びを毎日していたから伸びたらしい。

顔は可愛いまま大きくなった感じかな? ふわっと柔らかい茶色の髪の毛が彼を余計可愛く見せていた。

 居酒屋に着くと、人数が20人くらいで多かったので、テーブル3つに分かれ、それぞれ同じテーブルの席で一緒になった人達と会話をした。1時間ぐらいたった時、他の人たちが自由に移動していたりして、大和とふたりきりになり、しばらくふたりで会話をしていた。その流れで連絡先の交換もした。


 話すのが苦手な自分だけど、大和はとても話しやすくて聞き上手で、珍しく私は自分の話を沢山していた。大和はうんうんと微笑みながら聞いてくれていた。


 それからしばらくして、彼から連絡が来てふたりでご飯を食べに行き、あっという間に仲良くなっていった。



☆美月・大和から告白される


 海に着いた。気温も高く、雲ひとつない青い空。
 日曜日なので家族連れやカップルで混んでいる。

 「こっち人いないよ。おいで!」

 人がいない場所を探し、確認してくれた大和に手招きされた。

 白いロングワンピースとヒールの高いミュールで来たので歩きずらい。更に汚れないように、気をつけながらぎこちなく岩場を歩いた。

 なんでこんな服装で来ちゃったんだろう。いつものデニムパンツでこれば良かったな。

 なんて思いながら大和の後ろをついて行くと、動きずらくてバランスを崩しそうな私の手を引っ張って、ゆっくりと進んでくれた。

 触れた手は大きくて温かい。手を繋がれることに慣れていないから、どきっとした。身体全体の熱さが手に集まり、手のひらがじっとりしてきた。

 少し歩くと、小さい波が足元を覆うくらいの岩の上に着き、その場にしゃがんだ。

 海に心を集中させると音がよく聞こえてきた。波の音が凄く落ち着く。癒される。好き。

 手で水をばしゃばしゃさせると気持ちのよい冷たさが手から身体全体に広がっていった。

 「うちの両親、また喧嘩していたよ。家でようかな」

 私は目の前の水を見つめながら大和と話している。輝いている海から目が離せない。

 「うちに来たらいいしょ」

 「えっ?」

 驚いた顔で大和を見ると真剣なまなざしでこっちを見つめていた。

 「別に美月にとっては家が全てでないんだし。家以外の世界で……」

 「いや、そういう事でなくて……付き合ってないんだし」

 「美月ならうちに来てもいいよ! てか付き合ってください!」

 「えっ? いきなり?」




 その言葉を聞いた途端、頭がぐるぐるして、どうしたら良いか分からなくなって、目を見開きながら思いっきり下を向いた。そのタイミングで少し大きめな波が来てスカートがべちゃべちゃになった。

 私は言葉にも波にも驚いて、なんだか面白くなって笑った。

 大和も一緒に笑いながら、彼が首に掛けていたタオルで優しく私の顔に付いた水滴を拭いてくれた。

 「わぁ! ごめんね!」

 「こういう時は、ごめんねじゃなくてありがとうだよ!」

 拭いてくれている大和と見つめあった。
  
 「ありがとうございます。そしてお付き合いよろしくお願いします!」

 私は丁寧にお辞儀をした。

 同窓会で再会してから、2年半がたった夏の日だった。


 それから同棲するまでには時間がかからなかった。


 大和にアドバイスを貰いながら合わなくて辛いと感じていた保険を販売する仕事を辞めて本屋の店員に転職した。

 私の中ではそれらは、とても大きな冒険だった。

 大和がいなければずっと流されるように、何も変われないままでいたんだろうなぁ……。



★蒼空・美月と再会


 強い眼差しで太陽が見下ろしてくる、真夏の暑い日。

 冷たい飲み物を買おうとコンビニに入ると、同級生だった美月がどの飲み物にしようか迷っていた。

 彼女が美月だとひとめで分かった。

 昔から俺は人の顔を覚えるのが得意だったし、髪も肩より少し下ぐらいの長さで中学の時から変わっていない。身長も小さめなまま。マスクをしていて目だけしか見えなかったけれど、すぐに彼女だと分かった。
 

 彼女はこっちの存在に気付いていないし、特に話しかけようとも思わなかった。

 でもなんとなく、いつも飲む炭酸飲料を買おうと決まっていたのに迷っているふりをしてそっと横に並んだ。

 彼女が会計を終えコンビニから出るとちょっとだけ気になり、ばれないように窓からそっとみた。

 彼女は見覚えのある車に乗っていった。
 運転席に大和がいるのがちらっと見えた。



★蒼空・回想


 美月とは小中学校合わせて6年間同じクラスだった。小学生の時に俺の事が好きだとちらっと噂で聞いていた。

 目がよく合った。
 まぁ、こっちも見ていたからか……。

 彼女は静かで何を考えているのかよく分からない不思議なタイプの女の子だった。

 ちょっとだけ気になる存在ではあった。

 でも、その頃は部活のサッカーに夢中で、恋愛には全く興味はなかったので、ただそれだけ。



 恋愛に関しては、大人になってから告白されて付き合った事はあったけれど、その彼女と一緒にいても充実感は少しもなくて、つまらなかった。

彼女の為に何かをするのが面倒くさくて、その時間を自分の為に使いたいとさえ思ったりもしていた。




★蒼空・夢


 美月をコンビニで見かけてから、同じような夢を何回もみるようになった。

 それは、大人になった美月と喧嘩をする夢。

 俺は立ちながら床に座り込んでいる美月を見下ろしていた。

 ひたすら怒鳴りあっている。

 床には割れたグラスやら食器が散乱していた。
 
 泣きじゃくる美月が床に手をおいた時、グラスの破片が彼女の手に突き刺さり、手から血が沢山流れるが、俺はイライラしすぎて気にもとめない。

 彼女はしばらくしてから泣きやみ、表情がちぐはぐすぎる笑顔で

「もう、ひとりぼっち…無理……」

 そう言い残して、スマホだけを持って家を出ていった。

 後味悪い夢だった。



★蒼空・SNS


 ふとなんとなく、今まで全く興味がなかったSNSを登録して美月を検索してみた。

 彼女の名前をあっさり見つけた。プロフィール画像を確認すると顔が少しだけ見えるくらいの後ろ姿だった。

 その流れで大和も検索していたら見つけた。美月と似たような感じのプロフィール画像だった。

 ふたりはそのSNSで繋がっていた。

 そして、同じタイミングで海の写真や同じお店の料理を載せていたりしていた。美月のSNSでは公園で寄り添いながら撮った写真もあったので、これはもう付き合っていそうな雰囲気だと思った。

 大和とは、お互いに仕事終わった後とかご飯を食べに行ったりしていて、中学卒業してからも仲は良い。けれど、大和の恋愛話を聞いたことはなかった。
 
 もう大人だし、知らないこともあるよな……。

 少し寂しい気持ちになりながらも美月の投稿を順に見ていったら、気になる投稿をみつけた。



☆美月・蒼空から連絡


 その連絡はSNSのメッセージで突然来た。

“  覚えていますか? 小中同じクラスだった者です! ”

 名前をみてすぐに分かった。蒼空くん! 初恋の! もちろんわかりますっ! 心の中は動揺していたが、一呼吸してから返事をした。

 ” こんばんは。お久しぶりです。覚えています。同じクラスでしたよね。お元気ですか? ”

 すぐに返事が来た。

“ ちょっと聞きたいことがあるんだけど…… ”

 彼は結構前に私が投稿した、繰り返し見る夢の話が気になっているらしい。
 どんな投稿したのか記憶があいまいなので確認してみた。

 読み直して、うわっとなり血の気が引いて、一瞬倒れそうになった。

 6年間同じクラスだった初恋の人が夢の中に毎日出てくる。という内容ががっつりと書かれていた。

 え? 何書いているの私。6年間同じクラスってひとりしかいないじゃないの。しかも本人に見られた。

 とりあえず、いきなりその投稿記事を消すのも微妙だと思い、編集機能で“6年間同じクラスだった”という部分を削除しといた。

 そして恥ずかしすぎて返事を返すことは出来なかった。



★蒼空・大和の家へ


 大和は料理が得意でたまに俺の家でご飯を作ってくれたりもする。その日は1番大好きなハンバーグを作ってくれた。


 大和が帰った後、スマホを忘れていった事に気がついた。

 幸いお酒は飲んでいなかったので車に乗り、大和が一人暮らししているアパートに向かった。


 部屋には明かりが点いている。

 ピーンポーン

 チャイムをならすとバタバタと音が聞こえた。

 ドアが開くと

  「大和スマホ忘れ……」

  「あっ!」

 お互いに驚いて目を合わせた。

 ドアを開けて、出てきたのは美月だった。

 「あ、大和はまだ……」

 「あ、これスマホ! 大和が俺の家に忘れてったから届けに……」

 「あ、すみません! ありがとうございます。大和に渡しときます」

 そう言うと美月はガチャンと勢いよくドアを閉めた。

 えっ? 同棲までしてるの? てか何でSNSのメッセージ返事こないの? 何で勢いよく閉められたの?




☆美月・あいまいに


 「ただいま」

  大和が帰ってきた。

 「おかえり。これ、スマホ届けてくれたよ」

 「わっ! あった! どっか落ちたか思ってめちゃくちゃ探してたわ!」

 「届けてくれたのって同級生だった蒼空くんだと思ったんだけど……そうだよね?」

 完全に分かっていたけれど何故かちょっとあいまいに言った。

 「うん。そうだよ。スマホあって助かったわぁ」

 そう言いながら、大和は部屋着に着替える為に寝室に行った。

 なんとなく蒼空くんとSNSで連絡をとっていた事は言えなかった。

私は大和が好きで、蒼空くんは好きな芸能人とか、手に届かない人を眺める感じというか……やましい事は何一つないと思うのだけど。

 そういえばそろそろ、返事しないと。




★蒼空・美月と再び連絡


“ お返事遅れてごめんなさい! さっきは大和のスマホ、ありがとうございました。ところ ”

 中途半端なところでメッセージが途切れて再び来た。

“ で、夢のお話なのですが、書いてある通り中学生の姿の初恋の人が繰り返し夢に出てくるのです。手を繋いだり、夢の中ではいつも仲良しなんです。あっ、でも初恋の人は初恋の人で、もう今はその人に恋をしていないのでその人は誰なのかとか、ほんと気にしないでください ”

  初恋の人って考えつくの自分しかいないけれど気が付いていないふりをしておこう。

“ 返事ありがとう。もう返事来ないかと思ってた。大和の家から美月ちゃんが出てきて驚いたよ! 初恋の人は思い出に。今の人を大切にね ”

 こっちも、何回も見ている夢の話をしようかとも思ったけれど夢の内容がなんだか良くないことだし、やめておいた。


 大和と美月が同棲しているのか……。大和からは一人暮らしをしているって聞いていたけど。まぁ、お互いがお互いのこと全て知っているわけではないし。ただ理由もなく言わなかっただけかな。

うん……きっとそうだ!




☆美月・事故


……どうしよう。蒼空くんを直接見てからずっとその姿が頭から離れない。

 今まで彼を思い出す時は、初恋の時の姿そのままで、中学時代の姿だった。けれども今はずっと大人の姿が頭に浮かんでくる。

 どうしようもないのだけれども。
 本当に、どうしよう……。

 そう考えながら自転車で走っているとスーパーの駐車場から出てきた車にぶつかり事故にあった。

 一瞬死ぬかと思った。

 警察が来たり、色々対応した後、病院へ行った。 呆然としたまま、言われるがままに行動していた。

 生きていてよかった。

という気持ちを、ぎゅっと心の中で強く強く抱きしめながら。




☆美月・病院


 連絡すると大和がすぐに病院に来てくれた。目が合うとぼろぼろと泣きだし、私を抱きしめてくれた。私の緊張が少しずつほぐれていった。

 「美月、生きててよかった。また守れないかと思った……」

 「大袈裟だよ。また守れないかもって? 事故にあったの初めてだよ! それにスピードが全く出ていない車とぶつかって転んで軽く怪我しただけだし」

 「でも車とぶつかったって聞いたら……ほんと大丈夫?」

 大和は本当に優しい。すごく心配してくれて。

 出会ってから、初めて感情があらわになった姿をみた。いつもは気持ちを包み隠しているようで。泣いている姿はとても可愛く、なんだか見た目は大きいのに小さな子供のようだった。


 家に帰ってからもずっと大和は私を抱きしめてくれていた。

 「辛いこととか、何かあったら言ってよ? 些細なことでも何でも。ひとりで抱え込まないで。絶対自殺とかしたらダメだからね」

 大和は泣き疲れて私よりも先に、そのまま眠ってしまった。

 車の方もぶつかる時、よそ見をしてしまったらしいけれど、私も気をつけていれば……。

 一瞬の行動で周りの景色が変わってしまう。

 こんなに心配されたのは生まれて初めてかも知れない……。

 ごめんね。

 そしてありがとう。




☆美月・辛い夢


 眠ってしまった大和。そのままソファーの上で寝かせ、毛布を掛けた。そっと頭を撫でて、私もそろそろ眠ろうと自分のベッドに入った。

 その日みた夢はいつもと違った。

 いつものように蒼空くんが出てくるのだけど、今回は大人の姿で登場した。

 私は夕暮れ時、ひとりで知らない部屋にいる。蒼空くんの浮気を疑ってぶつぶつひとりごとを言っている。

 少したつと蒼空くんが帰ってきて、同じ空間にいるのに、一言も会話をしない。目も合わせない。

 蒼空くんは家から出ていく。出ていった瞬間涙が溢れてくる。そして呟く。

 「私には何も無い……蒼空くんしかいない。ひとりにしないで」

 暗くなるまでずっと泣いている。
 暗闇の中ひとりで泣いている。

 「大丈夫?」

 大和は寝ながら泣いている私を起こし、優しく涙を拭いてくれた。


 朝になっていた。

 私は今回の夢と、今までみていた夢の話を大和にした。そして蒼空くんとSNSでメッセージのやりとりをした事も言った。

 大和はしばらく無言になり何かを考えているようだった。




★蒼空・大和と夢の話


 俺は仕事の後、大和とご飯を食べに行った。よく通っているラーメン屋。客はあまりいなくてテレビの音と食器のカチャカチャする音が響いている。

 「なんか、最近モヤモヤする事とかない?」

 突然、大和は言った。

 「突然何?」

 そう答えると大和は、まっすぐな瞳で見つめてきた。

 「……まぁ、俺ら付き合い長いからな、態度で分かるよな。美月と付き合っていた事、何で言ってくれなかったのかなぁって少しもやもやしてた」

 俺は大和に対して思っていることを話した。

 「てか蒼空、美月とSNSで連絡とってたしょ? 本人から聞いたわ」

 「うん……。よし、大和に話す!」

 俺は美月と再会してからの話をした。美月が出てきた夢の話もした。聞き上手な大和はじっくりと話を聞いてくれた。

 俺の話が終わった後、次は大和が話しだした。美月が見た夢の話を。

 それから大和はコップの水を一気に飲み干し、深呼吸してから再び話を続けた。

 「この夢の話、信じられないかも知れないけれど、別の世界線で実際に起きている出来事なんだ。もしこっちの世界の僕達も、あっちの世界の僕達と同じように生きていたら、夢の中の出来事がここでも起きたかも知れなくて……」

 「えっ? 世界線? 突然何言ってるんだ? ってか、なんで大和はそう言いきれるんだ?」

 「だって僕は……」




★蒼空・気持ち


 家に帰ってきてから、ずっと今日の話について考えていた。

 最初は大和の言っていた事が信じられなかったけれど、実際にみた俺と美月の夢には繋がりがあるし、大和が嘘をついているようには思えなかった。

 俺と美月がみていた夢が、別の世界線で実際起こった出来事で……。

 方法までは聞いていないけれど、今のあっちの世界とここの世界の日時や天候などが同じだったことは確認したらしく。

 ふたつの世界は時の流れが並行に進んでいるらしい。でも今3人が歩んでいる人生は違うようで。

 そして衝撃的な事を聞いてしまった。あっちの世界では美月が自ら命を絶ってしまうのだと。

 夢の内容から、あっちの世界にいた美月をそこまで追い込んでしまったのは、あっちの世界線の出来事で、あっちの俺だけど……。自分がそうしてしまった気持ちになった。

 もしも俺があっちの世界の俺だとしたら、後悔して謝りたい気持ちになる。でももうその世界には謝りたい美月はいないのだ。

 ここにいる美月に謝ってもきっと意味がないけれど、何故か自分がきちんと美月に謝らなければいけない気持ちになってきた。

“ 1回会って話したいことがあるのですが…… ”

 美月にメッセージを送ろうとした。

 送信ボタンを押そうとしては辞めて、文章を打ち直し、それを繰り返してやっと送信ボタンを押した。

 その世界線の話は、まだ美月にはしないようにと
大和にお願いをされていたから、美月は多分知らない。

 送信ボタンを押してしまったけれど、会って何を話すと言うのか。いきなり謝ってもただ変に思われるだけ。



☆美月・蒼空と夢の話を


 寒くなってきた季節。そろそろ雪が降りそうだな。手が冷たくて白い息を吹きかけたら、少しだけぽかぽか温かくなった気がした。

 蒼空くんからメッセージが来て会うことになったけれど、話したいことってなんだろう……緊張する。

 とりあえず蒼空くんと駅前で待ち合わせをした。

  「寒いから、早くどっか店入ろうか?」

 蒼空くんが辺りを見回しながら言うと

  「あ、そこにカフェがあるのですが、そこで良ければ」

 駅前で、買い物したりしてさまよう時によく休憩場所として行くカフェを案内した。

 ドアを開けた途端、暖かい空気と美味しそうなパンの香りがもわっとしてきた。
 空いていた奥の席に座ると、蒼空くんは温かいコーヒー、私はアイスティーを頼んだ。

…………しばらく無言が続いた。

 私は質問した。

 「そういえば、私の夢、どうして気になっていたんですか?」

 「え、いや、どうして繰り返し同じような夢を見るのかなぁって」

 「ネットや本で調べて見たけど、心の中で強く抱えていることとか、強く残っている過去の記憶とかが夢になって何回もみるのだとか、他にも色んな説があったけれど……私は自分への何か大切なメッセージなのかなぁって」

 「大切なメッセージか…実は俺も何回も同じ夢を見ているんだけど内容が……」

 蒼空はうつむいた。

 「いや、別に話したくないなら無理に話さなくても」

 「いやそんなわけでは。うん、そうでもあるけど……」




★蒼空・謝る


  「夢の中で美月ちゃんと喧嘩して、とても傷つけてしまうんだ。その夢を見た後、必ず後悔する気持ちになる……」

 この話をした途端、胸の辺りがぎゅっと痛く、苦しくなるのを感じたけれど、そのまま話を続けた。内容をすみずみまで細かく話した。

 彼女は俺の頼んだコーヒー辺りに視線を向け、何かを考えている様子だった。
 
  「そうだったんだ……」

 彼女は俺の話した内容にふれてこなかった。
 謝るタイミングはなく話題は変わり、小中学時代の話や最近話題のニュースの話などした。

 あっという間に時間は過ぎた。

 「外暗くなってきたね。バスで来たんだよね? 帰り送るよ」

  「いや、結構です」
 全力で手をぶんぶんして断ってきた。

  「断られると思っていたけれど、寒いし。それに誘ったのこっちだし」

 何度も同じような会話のやりとりをして

  「じゃあお願いします」
と、やっと言ってくれたので送ることにした。

 20分ぐらいで美月のアパート前に着いた。

 「送ってもらって、ありがとうございました」

 「こちらこそありがとう」

 彼女がシートベルトをはずし、助手席から降りようとした時、車から降ろしたくないと思ってしまった。

 本能が早く謝れと叫びだした。

 「……あのさ!」

 「えっ?」

 「ごめんなさい!」

 すると勝手に涙と、言葉が溢れてきた。

 「夢の中で傷つけて本当にごめんなさい。すごく会いたくて、謝りたくて。ただの夢かも知れないのに」

 「謝らないで……こちらこそ、ごめんなさい」

 微笑みながらそう言うと、ふわっと車から降りていった。

 なんだかこのまま別れると、何故かもう会えない気持ちになり、自分も急いで降りて彼女を追いかけ抱きしめた。




☆美月・不思議な気持ち


 あれから1週間、蒼空くんに抱きしめられた感覚が忘れられなかった。少しも消えず残っている。

 今日も朝から仕事へ行く準備をしながら、ずっとカフェで話した内容のことを考えていた。

 突然、夢の話のことなのに謝って来た時、私も謝らないといけない気持ちになった。

 そして謝った後には

 “あっ、こうしたかったんだ、ずっと”

と、何故か不思議な気持ちになって、満足してもうこのままふわっとどこかへ消えてしまってもいいや! って気持ちに一瞬なった。でも抱きしめられてそんな気持ちはおさまった。

 別に隠すつもりはなかったけれど、そんなことがあってから、その日のことは大和にはなんとなくひとつも言えずにいた。

 言わないほうが良いのかな。

 ふと事故の後に見た夢を思い出した。夢の相手は蒼空くんだったけれど、きっと言わないことがお互いに積み重なって、崩れて、ふたりはあんな感じになったのかもしれない。

 もしそうなら、怖い。

 やっぱり言わないと……。



☆美月・描くきっかけ


 そう思っていると大和が話しかけてきた。

 「美月、今日夜時間ある? ちょっと行きたい場所があって」

 「今日は仕事早く終わるし、帰ってきてから仕上げようと思っていた絵もすぐに完成するとおもうし、大丈夫だよ!」


 そう、私は絵を描き始めた。

 きっかけは、たまに起こる、特に何もないけれど気分がどん底まで落ちてもう全てが辛くなるモードの時に

 「私には何もない。生きている意味さえ分からない……」

って話を大和にしたら

 「絵の才能あるんだから絵を描けばいいじゃん」

って言ってくれた。

 それから数日経った日

「これどう?」

 絵のコンテストの詳細が載っているサイトを見せてくれた。私の為に探してくれていた。

「もし自分だったら、目標があったら絵を描くのがもっと楽しくなるかもなって考えて。あとは、本当に絵が上手いから人に見てもらったりしたら? 自信つくだろうし、美月の世界も広がりそう!」

「うん、コンテスト! 楽しそう!」




☆美月・好きな景色


 そして今、そのコンテスト用の絵を描いている。

 受賞すれば展示され、サイトでも公開されたりするらしい。毎年開催されていて多くの人に見てもらえるみたい。

 あと、いっぱい絵を描いたら個展にも挑戦してみたいな……でもそこまでは無理かな?

 考えること、やることが増えた。
 大和と一緒にいるようになってから世界が少しずつ明るい色になっていった。

 彼からは目に見えるもの、見えないもの、沢山貰っている。貰ってばかりいる。私も何かお返ししたいな。

 仕事が終わり、家に帰ってすぐ作業に取り掛かり、絵が完成した。

「よし、出来た」

 リアルでは見たことはないけれど、小さい頃から頭の中で描かれていて、授業中、教科書やノートの隅とかに何回も落書きしていた絵を本気で描いた。

 夜、満月に照らされてキラキラ輝く海の景色。

 頭の中で波の音をBGMにして描いていたら、心地よい風、潮の匂いも一緒に纏ってくれた。




☆美月・大和と蒼空の家へ


 夜になり、大和の運転する車でどこかに向かっている。聞いてみてもどこに行くのかは教えてくれなかった。

 途中でスーパーに寄ってお惣菜やおにぎり、お菓子を買っていった。ちょうど夕食の時間だしどこか外食に行くのかな? って思っていたけれど……。

 あるアパートに着いた。

 車を停め、インターホンをならす。

 ガチャッと音がなりドアが開くと、蒼空くんが出てきた。

 「えっ? どうして?」

 私は大和を驚いた顔で見つめた。

 「美月は蒼空とも面識あるし、3人で集まるのもいいかなって思って」

 大和は笑顔で言った。

 蒼空くんも驚いた顔をして、しばらく経ってから言った。

 「まぁ、入って」

 部屋の中を見回してすぐに気がついた。

 ここって、夢で見た部屋と同じ場所……。

 蒼空くんはキッチンへ行った。

 ソファーに座りながら落ち着かなくてずっとキョロキョロしていた。

 ずっと視線を感じていたので横を向くと大和とばっちり目が合った。




☆美月・さんにんで


 蒼空くんが麦茶を持ってきてくれた。
 
 「ご飯何も準備してないんでしょ?」

 そう言って大和は、買ってきた食べ物をテーブルに並べた。

 「うん、ちょうどお腹空いてきてどっか食べにでも行こうかなって思ってた。ありがとう」

 まずは、ご飯を食べた。

 それから、映画の話とかお互いの仕事の話とか色々な話をして、本棚に30巻まである気になっていた漫画があったので、私はそれを読み始めた。

 「あっ、これ途中から読んでない!」

 大和も一緒に読み出した。蒼空くんは録画した映画をみていた。

 なんだろ……。3人でゆったり過ごすのがとても居心地良い。

 時間があっという間に過ぎていって、夜中の1時になっていた。

 「もうこんな時間! 美月、明日仕事だよね。帰ろうか」

 大和はそう言うと読んでいた本を閉じて、ゴミなどを片付けだした。

 私は今読んでいるのだけ読み終えたくて急いでページをめくって読んだ。

 「本、貸そうか?」

 「いいの? ありがとう!」

 大和はずっとこっちを見つめていた。




☆美月・大和の突然の言葉


 そして、突然まじめな顔をして言った。

 「ふたりに大事な話がある」

 蒼空くんと私の動きは止まった。

 「どうした?」

 蒼空くんもまじめな顔になり聞いた。

 「実は僕、大切な人がいて、探しに行きたいんだ。だからふたりの前からいなくなる。」

 「えっ? 突然何を言っているの?」

 私は、これ以上開かないってくらいに目を見開いた。

 いきなりどうしたの? 訳がわからない。ただ驚くしかなかった。

 帰り道、車の中で大和に何回も質問したけれど

 「言った通りのことだよ!」

としか、答えてくれなかった。

 「いなくならないでね……」  

 ただそう言うしかなかった。





☆美月・大和との別れ


 急にはいなくならないと思っていたのに。

 次の日仕事から帰ると、ずっと私が一人暮らしをしていたかのように、家の中には大和の面影がひとつもなかった。

 「どうして……」

 突然いなくなるなんて……。
 しばらく立ち尽くしていた。

 気持ちを落ち着かせ、電話を掛けてみたら番号が使われていなかった。

 しばらくしてからテーブルの上をみると1枚の紙が置いてあった。

 “ この世界で美月に会えて本当に良かった ”

 よく見ると書き直したのか、その短い手紙には筆圧痕が見えた。

 “ 愛している”

 何で私のことを愛しているのに、大切な人を探すために私の前からいなくなるの? その人のことは私よりも愛しているの? ってか何で愛しているって言葉を書き直したの? 本当は愛していないの?

 告白された時のこと、私が事故にあった時のこと、絵を描くことを勧めてくれたこと、ひとつひとつの表情、話し方……沢山のことを思い出し、手紙を抱きしめながら泣いた。

 「一方的に気持ちを伝えていなくなるなんて…ずるい。私も伝えたいこと沢山あるのに……」

 その時、スマホの着信音が鳴った。




★蒼空・美月と大和が帰った後


……つらい。

 何度もいなくならないでと説得したけれど、最後には

 「分かったよ!」

 大和は笑顔で顎を触りながら言った。
 彼は嘘をつく時、自分の顎を指先でそっと触れる。

 “ 探したい人 ”

すぐに誰か分かった。
これからどうするのかも予想はついた。


 大和は美月のことを愛している。

 だから俺は、大和にどうしても言えないことが、ひとつだけあった。

 最近、美月の事ばかりを考えてしまうこと……。

 大人になった美月を一目見た時から、一気に心が惹かれていってしまっていることに。

 そのことを伝えてしまえば、自分の幸せを犠牲にして大和は身を引く。だから伝えてはいけない。バレてはいけない。そう思っていた。

 でもきっと彼は分かっていたんだと思う。

  「美月を守って……必ず」

 帰り際、美月が先に車に乗って、ふたりで貸す本をまとめている時、大和は言った。


 次の日の夕方、大和の電話は繋がらず、美月に電話をかけてみた。




★蒼空・いちまいの絵


  「大和がいなくなった……」

 美月に電話をするとずっと声が震えていて泣いていて、すごく心が乱れている様子だった。

 「待ってて、今すぐそっちに行くから!」

 急いで車に乗り、美月の家に向かった。急がないと美月までいなくなりそうな気がした。

 鍵は開いていた。

 勝手に中に入り、抱きしめて背中をトントンして落ち着かせたら泣き止んだので、ゆっくりと深呼吸させた。

 「大和に伝えたいことあるのに、もういないの……」

 そう言うと泣き止んでいた美月は再び泣き始めた。

 このまま別れるのはダメだと思った。
大和を探さないと……。

でもどうすればいい?何処にいる?

 その時テーブルの上に1枚の絵を見つけた。




★蒼空・探しに


 「この絵……」

 満月の光が反射してキラキラと輝いている海
 
 見た瞬間、あることを思い出した。

 それは大和が免許をとり、車を買ったすぐのこと。行きたい場所があるから付き合って欲しいとお願いされ、一緒に来た場所。

 「ここは、とても悲しい場所なんだけど、もう一度やり直せることが出来た場所でもあるんだ。その時は綺麗だとは全く感じなかったけれど、今思えば満月の夜に来た時は綺麗だったな……」

 もしかして……。

 美月に絵のことを聞いてみた。1回も行ったことがなくて、でも小さい頃からずっと頭の中で描かれているらしい。

 大和が今まで話してくれたことを思い出してみる。

 「ここだ!」

 その場所以外は思いつかなかった。


 美月を連れ出し、急いでこの景色の場所へ向かった。

そして

 「僕がいなくなった時、美月に全てを話して欲しい」

と、最後に会った時に大和にお願いされていたから、向かう途中に車の中で、俺が大和から聞いたことを美月に全て話した。

 「そっか……」

 美月は、ただひと言だけ呟いて、車の進行方向をずっと見ていた。何を考えているのか気になった。




☆美月・描かれていた景色


 海に着いた。そして今日は満月。

 私の頭の中にずっと描かれていた景色が、そこにはあった。

来たことがないはずなのに空気、音、景色、匂い……。感じられる全てが、懐かしいと感じた。

 砂浜を歩くと姿は見えなかったけれど、大和がいる気配を感じた。

  「大和!」

 ふたり同時に叫んだ。
 蒼空くんが指を指した。

  「そこ……」

 私は頷くと、そこまで歩いて行った。
 蒼空くんもついてきて、ふたりで砂浜に座った。

 しばらく、波が来る度にキラキラと揺れる水面の光を眺めていた。

 3人で最後に部屋で過ごした日のような、居心地の良い感覚。

 「あっ、雪……」

 ふわりと降りてくる雪を両手で優しくすくった。手のひらに乗ってはすぐに溶けて……。溶けた雪は、大和が泣いていた時に手で拭ってあげた時の温かい涙の感触がした。

…………そして、大和がいるような感覚は消えた。

 伝えたいこと沢山ありすぎたけれど、自然と言葉が出てきた。

 「大和、長い間ありがとう」。








~大和とふたつの世界~



#記憶の夢


 美月と蒼空、それぞれから夢の話を聞いた。
 実は僕も同じ夢を何回も見ている。

 大人になった美月がその夢に出てくる。

 夜、美月から電話が来て、今からあの海に連れて行ってと突然お願いされる。

 移動中、車の中で蒼空の名前を呟きながらずっと泣いている。

 海に着いてからも泣いているのでとりあえず、すぐ近くにある駐車場に車を停めた。

 しばらくすると、美月は疲れて助手席で眠りについたので、少しだけ眠ろうと思い、僕も運転席で一緒に眠った。

 起きると隣にはいなくて、心配になり急いで車を降り探した。

 海の方へ行くと、美月のスカーフだけが砂浜に落ちていた。

 「美月…ごめん……」

 満月の光が海に反射してキラキラ輝いている夜だった。

 この夢は、夢ではなく平行線の世界で起こった現実。僕があの世界でいちばん強く残っている記憶。




#平行線の世界     蒼空と美月


 蒼空と美月が仲良くなったきっかけは、中学2年の時の夏休み。ささいな出来事だった。

 蒼空と僕はサッカー部、美月は美術部に所属していた。

 この日はとても暑かった。

 美術部の先生にアイスを奢ってもらえる事になったらしく、美月と部員数人でアイスを買いに行っていた。

 サッカー部も休憩時間になり

「何か冷たいもの食べたい」

「ほんとだわ」

 そんな会話をしている時に美月がタイミングよく、アイスの入ったコンビニの袋を持って通りすぎようとしていた。

 美月に向かって蒼空は言った。

「いいなアイス」

 美月は1回何も答えずに無視してそのまま進んで行ったけれど、立ち止まり振り返った。

 袋からアイスをひとつ取り出すと

「これ食べますか?」

 ポッキンしてふたりで分けれるタイプのアイスを半分にして蒼空に渡した。

「え? いいの?」

「私は半分だけでいいの。全部食べたら、お腹弱いからきっと壊しちゃう」

 そう言って美月はぎこちなく照れくさそうにしながら美術室へ戻っていった。

 その姿をみて僕は美月の気持ちを悟った。

 僕は蒼空からひとくち貰った。暑い時に食べるカフェオレ味の甘いアイスは、ひとくちだけで血液中に染み渡る感覚がして、とても美味しかった。

  「あ、お礼言ってない……ちょっと言ってくるわ」

 蒼空は走って美術室の窓の方へ行った。

 そのアイスがきっかけとなり美月と蒼空は少しずつ話すようになっていった。




#平行線の世界   さんにんで


 冬休みに入る前の日。
 気温はマイナス20度でじんじんする寒さ。

 その日、蒼空は生徒たちが帰った後、美月を誰もいない教室に呼び出し、告白した。

 そしてふたりは付き合うことになった。

 蒼空とはずっと仲が良かったから、3人で遊ぶこともよくあった。

 大人になってもそれは続いた。

 強く記憶に残っていることはいくつもあるけれど、その中のひとつは、母校に遊びに行った時のこと。

 まず先生から校内に入る許可を貰い、蒼空と僕はグラウンドに落ちていたサッカーボールを蹴り始め、サッカーを始めた。久しぶりにしたので楽しかった。学生時代を思い出し、純粋な気持ちになりながら遊んでいた。

 美月は部活でよく出入りしていた美術室へ行った。

 ふと美月を見ると、指で四角を作り、その手カメラをこっちに向け透明なファインダーを覗き込み、真剣な顔で構図のチェックをしているようだった。

 3人で色んな場所にも行った。海や動物園、遊園地、キャンプ、スキー場……。

 特に海には何回も行った。
 
 「ネットで見たんだけど満月の日は凄く海がキラキラして綺麗らしい」

 蒼空が、その日に行った海について調べていて、そう教えてくれたけれど。それから何回行っても全て曇り空で満月が見えることはなかった。

 「満月が見える日、ここに来ようね。いつか必ず! 3人でこの景色を見ることが私の夢……」

と、話している美月の瞳が輝いていた。

 あとは、3人共映画や漫画が好きだったのでよく蒼空の家に集まりDVDやネットの映画を鑑賞したり、大人買いした漫画をひたすら無言で読んだりもしていた。

 それからしばらくして今の世界で何回も見ている夢の出来事が起きるのだけど……。




#平行線の世界  蒼空とのきっかけ


 僕と蒼空が仲良くなったきっかけは、小学生の時に入っていたサッカークラブ。

 5年生の時、練習が中止になったのに、ふたりだけ来ていた日があった。蒼空はサッカーが大好きで、中止になったのに練習をする為に来ていた。

 とりあえず一緒に練習を始めたけれど、途中で蒼空がその日発売する漫画を買いに行くと言うので、練習を辞めて本屋についていき、その流れで蒼空の家へ遊びに行った。

 蒼空はよく友達と喧嘩をしたり、先生と言い合いしたり、最初ちょっと怖い雰囲気で近づきずらかった。けれど今思えば、それは媚びたりせず、例えば周りのみんなが笑っていても面白くないと彼自身が思えば一切笑わなかったり、感情に正直に生きているんだと思う。

 その部分がかっこよくて、ずっと憧れている。
 見た目もすらっとしていて格好良かったし。

 元々クラスやクラブの皆と一緒に遊んでいたけれど、それからはふたりで遊ぶことも多くなった。




#平行線の世界    僕の両親


 僕はその日、家にいたくなくて練習に来ていた。
 家にいたくない理由。それは……。

 僕の両親は僕と血が繋がっていない。

 僕を産んだ人が赤ちゃんだった僕をひとり家に置いて遊びに行き、その人の姉である僕の母さんが偶然家に来て、外まで聞こえる異常な泣き方をしている僕を発見した。

 そのことがきっかけで、僕が育児放棄されていることに気がつき、話し合いをして僕を引き取ってくれた。

 小学3年の時、親戚のお葬式があり、僕を産んだ人がそこにはいた。

 「おおきくなったね、私があんたを産んだんだよ」

と、いきなり話しかけてきた。

 それからその女は話を続けた。

 「どうせ姉さんも、可哀想な子だからあんたを引き取ったんだろうね。愛されているとでも思っているの?」

 その言葉は僕を困惑させた。

 話を聞くまでは、育ててくれている母さんが僕を産んだのだと思っていた。

 それからは、僕を愛してくれていると思っていた両親の笑顔が仮面に見えてきて、良い子にしてないといけない、そうしないと捨てられるんだと、悪い方向に考えてしまうようになり、家がどんどん居心地悪くなって。

 僕はどこにいればいいのか分からなくなった。




#平行線の世界    疎外感


 そんな時、蒼空は僕に居心地の良い場所を与えてくれた。

 お互いに用事のない日は必ず遊ぶようになっていった。

 蒼空が美月と付き合い始めた時は、祝福することが出来なかった。

 ずっと蒼空は僕と1番近い存在でいてくれると思っていたのに、ふたりが付き合ってから蒼空と僕の距離がいきなり開いた気がした。

 3人でいる時、ふたりの世界は出来上がっていて、いつも僕は疎外感を抱いていた。

 ふたりは大人になっても付き合っていたので、その気持ちもずっと続いた。




#平行線の世界   蒼空から相談


 ふたりがなんだかギクシャクして少したった頃、蒼空から美月の相談を受けた。

 「美月、なんか浮気疑ってるんだよね……」

 もちろん僕は、蒼空は浮気なんてしていないし、ふたりがすれ違っているのも、最近蒼空の仕事が忙しくて残業ばかりで、気持ちをぶつけ合うことが出来ていないからだということも分かっていた。

けれどもそのことは伝えずにいた。


 美月は蒼空と同棲を始めると、すぐに仕事を辞めた。そして特に趣味もなく、人付き合いもしなくなり、蒼空が美月の全てになっていった。

 仕事で帰りが遅かったり、他の人とメールをやりとりするたびに疑う質問をするようになっていったらしい。




#平行線の世界   美月から相談


 美月からも蒼空の事を聞かれたことがある。

 「ちょっと蒼空の事で聞きたいことあるんだけど、彼、浮気してたりしないよね?」

 少し意地悪をしたくなり

 「あっ、それね……」

 呟きながらわざと目を逸らした。そしてわざとらしく話題を変えた。

 僕は美月に嫉妬をしていたから、そんなことをしてしまったのだと思う。

 ふたりから、それぞれお互いの相談を受けていたから、ふたりの関係が上手くいくように導く行動を自分が起こしていれば、ふたりの関係は修復され、こんな悲劇は起こらなかったのかも知れない。

 その方法も分かっていた。
 けれどもそれは出来なかった。




#平行線の世界   ふたりは消えてしまった

  蒼空は、美月とよく喧嘩をするようになり、そのたびに家を出ていき、ひとり暮らしを始めた僕の家に泊まって行くこともよくあった。

そのたびに、美月は何回も蒼空に電話をかけてきて、電話に出ないと

 「好きなご飯作ったから帰ってきて」
 「さみしい」
 「ごめんね」
 「もう疑わないから」
 「一緒にいて」

と、まとわり付く内容のメールを沢山入れてきた。
 正直僕にとって美月はうっとうしい存在だった。けれども僕はその気持ちを隠して美月と接した。

 どんなに喧嘩をしていても、蒼空は美月のことを愛していて、美月も蒼空を愛していることは分かっていた。

 愛し合っているはずなのにすれ違いすぎて、ふたりの関係にヒビがはいり、もう修正が出来なくなって、やがて壊れた。

 そして美月は海で、消えた。



#平行線の世界   後悔


 美月がこの世からいなくなってしまった。

 それから蒼空は心が壊れてしまい、この街から静かに消えた。

 僕は、ふたりと過ごした良い思い出ばかりを沢山思い出した。

 思い出す度に、時と場所を選ばず涙を流した。
 自分が今までしてきた言動に後悔ばかりした。

 もう一度やり直せる世界があるのなら、ふたりを助けられる世界があるのなら、どんなことでもするから行きたかった。

 とにかく守りたいと思った。


 美月が消えてしまった海の砂浜に何回も来てみた。

 遺体は見つかっていないから、もしかしたらここに来たらまた会えるかも知れない。

 来る度にそう思った。

 僕は砂浜で横になってみた。
 気持ちの良い風が顔にかかる。

 目をゆっくりと閉じてみた。

 波の音が頭に響いた……。
 その音はやがて遠くなり、聞こえなくなった。




#今いる世界へ


 僕は暑くて汗をかきながら目が覚めた。実家の自分の部屋のベッドで寝ていた。

 ちょっとよれよれに畳んであるユニフォーム
 部屋の隅に置いてあるサッカーボール
 昔見たことがある表紙の少年漫画の雑誌……。

 懐かしい景色だった。

 「え? どういうこと…怖い……」

 これって過去?

 鏡で自分の姿をみて確信した。

 「うわっ!」

 中学生の自分。

 カレンダーをみた。今日は8月5日。
 覚えている。ふたりがアイスをきっかけに近づく日だ。

 もしかしてふたりが近づいたからあの結末になったのではないか。

 もしも近づくことが無ければ……。

 この時僕は、漫画でも読んだことのある、過去に戻る現象が起きたのだと思っていた。けれども、実際はもっと複雑な事が起きていた。

 そのことは後に知る。




#ふたりの距離を


 部活へ行き、休憩時間になった。
 
 僕はすぐに

 「奢るからアイス買いに行こう!」

と言って、美月達が行ったと思われるコンビニとは別の店に無理やり連れていった。

 このひとつの行動で、あの時と変わった。ふたりが仲良くなるきっかけがなくなった。

 それから美月と蒼空は学校で必要最低限の会話しかせず、仲良くならないまま卒業を迎えた。

 卒業してからも、僕は蒼空とは仲良くすごし、美月とは関わることもなく、平穏な日々を過ごしていた。



#気持ちの変化


 それから大人になって、僕は同級生の集まりで美月と再会した。

 最初は美月と近づく予定は全くなかった。けれども実際に再会して話をしてみると、僕の知らないところで生きてきた美月をもっと知りたいという気持ちが強くなって、もういちどゆっくり話をしたいと思い、ご飯に誘ってみた。

 それから何回も会った。

 彼女のことを知る度に、守ってあげたいと思う気持ちは強くなっていった。

 あの時は、美月が消えてしまうまではうっとうしいと感じることも多かった。けれど、見えなかった部分を知っていくと、気持ちが変化していった。

 なぜそんなことを思ってしまったんだろう……と。



#告白


 彼女は、よく寂しそうな顔をしていた。

 自分に自信がなくて、自分の世界に閉じこもっている。

 ちょっと僕に似ている。

 蒼空と美月が付き合う。という運命に逆らって
ふたりを離してしまった自分のせいかもと思った。けれども、別の理由もある気がして、それを探ってみようと思った。

 家や仕事の環境のせいでもあるようで、良い方向へ進んで欲しいと願いながらアドバイスもした。

 美月は素直に聞き入れてくれた。

 そうしていくうちに、ただ純粋な気持ちで美月に惹かれていった。

 海に行った日、告白して付き合うことになった。




#美月の絵


 美月をみていると、必ず楽しそうにしていることを発見した。

 それは絵を描いている時。

 美月は人の心を動かせる絵を描ける。

 そう思える出来事があった。 それは、美月がうちで僕と僕の両親と一緒にご飯を食べた後のこと。家に帰って来てから、美月は色鉛筆でささっと絵を描き始めた。

 ご飯を食べていた時の幸せそうな笑顔をしている僕の両親。
   
 凄く優しい色合いで優しい絵。

 「観察していたらね、ご両親の大和に対しての笑顔が優しすぎて、素敵な家族っ!て気持ちになって描きたくなったの」

 たったそのひとつの出来事で、両親の笑顔の仮面は剥がれていった。

 僕だけがみえていた仮面……。

 本当に両親が愛してくれているのかはまだ分からなかったけれど、その絵と言葉のおかげで、偽りだと思っていたその笑顔は本物なのかも知れないなって気持ちに変化していった。

 もっと美月の絵が広まれば良いのに。



#不安


 ある日、大和の家でご飯を食べてから美月におみやげのケーキを買うために、少し遠回りして家に帰った時、玄関前で美月と話をしている蒼空が見えた。

 「えっ?」

 どうしてそこにいるのか気になったけれど、近づくことは出来ずにこっそりと見ていた。

 蒼空が帰ったのを確認し、何食わぬ顔をして家に入っていった。

 蒼空の家にスマホを忘れていて、届けに来てくれていたのだった。

 付き合ってからも

 “ 美月と蒼空、ふたりを合わせてはいけない”

そう思っていたのに、自分のせいでふたりが再会することになった。

 再会したことによって、ふたりが不幸なことになってしまうのではないか。と不安になった。

 それと同時に、もしも美月と蒼空がまた付き合うことになったら、ふたりが僕から離れてしまうのではないかということも少し考えた。



#美月を守る


 それから少したった日、美月が事故にあってしまった。

 軽い事故ですんだらしく直接本人から連絡が来た。

 事故と聞いたとき、まず自殺を疑った。美月が消えてしまった時期がだいたい同じだったから、運命は変えられないのかと思った。

 僕はひとめ生きている姿を確認するまで、パニックになっていた。

 本当に生きていて良かった。
 目の前から消えずにいてくれて。

 あのことを鮮明に思い出した。

 もう絶対あの時のような目に合わせない。あのようなことをさせない。

 僕が守る。

 いつの間にか泣き疲れて僕は眠ってしまった。
 起きると毛布がかけてあった。

 美月の様子を見に行くと、眠りながらとても辛そうに泣いていた。そっとずっと美月の手を握りしめた。

 ついにその姿を見るのが耐えきれなくなって声を掛けてみた。

 そして起きた美月は、今まで見てきた全ての夢の話と、蒼空とSNSで連絡をとっていたことを話してくれた。



#平行線の世界を知るきっかけ


 美月から夢の話を聞いたとき、本当に僕がただ過去に戻ってやり直しているだけなのか、ちょっと疑問に思った。

 多分、美月の見た夢は僕が過去に戻る前、実際に彼女自身に起こった出来事。

 ひとりで、そのことを考えながらドライブをしていると、いつの間にか、あの時の美月がいなくなってしまった海に来ていた。

 そしてスカーフが落ちていた場所でもういちど、なんとなく横になってみることにした。

もう何も起こらない気がするけれど……。

 いつの間にか眠っていた。

 起きると自分の部屋の机に顔を伏せて寝ていた。しばらくそのまま、ぼーっとしていたけれど、さっきまで海にいたことを思い出して、慌てて顔をあげた。

 「また? うそだろ……」

 まずは鏡を見る。自分の姿は何も変わっていない。

 部屋の様子も特に変わりはない。

 日付や今日の天気もそのまま。

 「過去には戻っていないのか…もし戻っていたらまた人生やり直さないといけなかったな。今まで積み上げてきたことが……」

 そう呟きながらリビングに出てみると

美月が選んで買ってきた、花柄のクッションやうさぎの置物など、彼女が好きな可愛らしいものが全てなくなっていた。

…………美月と一緒に暮らしていた形跡は何もなかった。

 「 えっ?」

 リビングはシンプルな家具や雑貨でまとめられていた。

 この感じ……過去に戻る前そのままだ。




 頭の中を整理した。

 美月がいなくなってしまった、僕が過去に戻る前にいた世界はここで

今はさっきまでいた世界、つまり過去からやり直した世界からここに来ている……。

ふたつの世界が同時に過去に戻っていて、今も並行に時が進んでいる?

今回過去に戻らなかったのは何故なのか。
強く願わなかったから?

もう僕にとっては必要ないことだからかもしれない。

 「あっ!」

 再び日付を確認した。

 「ってことは……」

 蒼空のアパートへ行くと、もうそこには蒼空は住んでいなかった。もうあの出来事が起きた後だった。

 僕は、今一緒に時を過ごしている美月と蒼空のことの方が気になっていたから、もう一度海に行き、再びあの場所で眠りもうひとつの世界へ戻った。




#疑問と答え


 蒼空とご飯を食べに行った時、美月の心を傷つけてしまう夢を何回も見て、起きる度に後悔した気持ちになる。という話を彼はしてくれた。

 僕は考えた。

 蒼空と美月がみる夢の世界が平行線の世界と繋がっているのか。何かメッセージのような、深い意味があるような気がした。

 それぞれがお互いの夢の中に出てくる。

 今までふたりを合わせないことが、辛い結末を迎えずに、ふたりが幸せになれる。と思っていたけれど、もしもそれが間違っていたら?

 家の近くで美月と蒼空、ふたりが抱き合っているのを見てしまった。

その時、確信した。

このふたりは結ばれるべきだと。

タイミングよく、僕がそのことを目撃したということも何か意味がある様な気がした。


 もうひとつ気になっていること。

あっちの世界線の蒼空はどこに行ったのか。美月を失ってからの彼は今もどこかで苦しんでいるのだとしたら?

 もうこっちの世界の蒼空と美月は大丈夫な気がした。今のふたりなら、きっと幸せになれる。

 あと、僕がすべきことは?

 僕の答えは見つかった。




#さようならの時


 いなくなるということをふたりに伝えた時、多くを語ってしまうと僕の感情のコントロールが出来なくなって、取り乱れることが分かっていたので、必要最低限な言葉だけを伝えた。

 蒼空が何度も、いなくなるなって言ってくれた時、これ以上言われたら涙が溢れてきそうだったので、本当にギリギリなところまで耐えたけど、もう無理だと思い

 「分かったよ!」

と嘘をついてしまった。

ごめん……。


 家の中の僕のものは少しずつ片付けていたけれど、美月は、美月の広くなった世界の中で忙しくて気がついていない様子だった。

そのことがとても嬉しかった。

 美月が完成させた絵をみた。

あっちの世界線で3人でみようと約束した景色だ。
繊細で優しい気持ちになれる絵。

 「3人で一緒にこの景色、見たかったなぁ……」

 行ったことないけれど小さい頃から頭の中で描かれていた景色なんだってことを美月は教えてくれた。

 でも、何でここの景色なのだろう……。

 この世界線では美月をここに連れていくことを避けていた。連れていくことが出来なかった。

 美月の記憶はなさそうだけど、もしかしたら一緒にこっちの世界に来たのかな。なんてね、ありえない。





 僕は蒼空と美月と過ごした最後の日、懐かしくてとても幸せだった。

こっちの世界でいちばん幸せな時間だったのかも。

 3人でのんびり過ごした時間をこの世界での、最後の記憶に。

美月、蒼空……。

 「さようなら……」


 次の日、朝寝たふりをして美月が仕事でいなくなったのを確認した後、行動を開始した。業者に頼んで僕のものを全て処分してもらって、持っていくものをまとめた。

 僕のいた跡がひとつも残らず消えた部屋の姿を眺めながら、最後にここで美月と一緒に過ごした日々を思い出し、脳裏に焼きつけた。

 笑った顔、怒った顔、泣いた顔。表情、言葉……。全ての美月が僕の心からこぼれてしまわぬように、するりと消えてしまわぬように。強く、強く刻み込んだ。

 この世界で、美月を愛したんだ。


 そして僕は、家を出た。




#3人の約束、夢叶う



 再び海の砂浜で横になった。

 毎回、すーっと自分が透明になっていく感じがする。

 色んなことを考える。

 この世界からいなくなったら、僕の存在はどうなるのだろうか……誰かの心の片隅でも良いから存在していたい。

蒼空、嘘ついたこと怒ってないかな。

美月、もう自分には何もないって言葉、言わないでいてくれるかな。

僕がいなくても、夢のおかげであの出来事は起こらずに、ふたりは幸せに過ごせる運命なのかも知れないけれども。

何かふたりの為になることが出来ていたら良いな。

幸せになってほしい……。

 そんなことを考えていたら、ふたりが僕を呼んでいる気がした。

 けれど、僕の目はもうぼやけてきて、うっすらと満月の光と、その光の反射でキラキラしている水面しか見えない。

このまま眠ったらまたあっちに戻れるのかな…
戻れなかったらどうしよう……。

 ふわふわと雪が降ってきて顔に当たった。
 仰向けになり、そっと目を閉じた。

 瞼の上に当たって溶けた雪が流れて、頬を伝う感触は涙みたいだった。

 耳元で

 「大和、長い間ありがとう」

って聞こえた気がしたから僕は

 “こちらこそ本当にありがとう”。

と、心の中で答えた。




#平行線の世界に


  「ここにいた! こんな寒いところで寝るなよ!」

 起きると駅前のベンチで目を覚ました。
 寒い中座りながら眠っていた。でも僕はこの雪景色が幻に思えるほど暖かく感じていた。

 「蒼空……探してた。やっと会えた! これって、もしかして夢なのか」

 「何言ってるの? 昨日待ち合わせのメールしたしょ。こっちこそ探したわ。寒いのに何で外にいるの? 売店でコーヒー買ってきたけど飲む? これも半分ずつ食べよ」

 蒼空は温かいコーヒーと肉まんを半分くれた。

 僕がこっちの世界に戻ってきてから少し経った日、知らないアドレスからメールが来た。

“ 俺、蒼空だけど。久しぶり! 明日ヒマ? 地元に帰るんだけど、夜に駅で会おう! ”

 連絡がつかなくてどうやって探そうかと思っていたら、蒼空本人から連絡がきた。

 そして考え事ばかりしていて、寝不足だった僕は、今待ち合わせ場所でうたた寝をしていて、蒼空に起こしてもらった。

  「夢だったのかも…長い夢……」

  「えっ? 座りながらウトウトしてただけでしょ?ってか肉まん足りない。お腹空いたから何か作って? 早く大和の家に行こう!」

  「うん、今日はハンバーグ作るね」

 蒼空の大好きなハンバーグを作って、美味しいって言って喜んでくれる顔がとても見たくなった。




#平行線の世界  いちばんの光景


 駅前にある雪の結晶の形をしたイルミネーションたちが、キラキラしながらこっちをみている。

 街の灯りが反射した雪がふわふわと輝いて舞い降りる。

 そして今、ずっと逢いたかった蒼空が隣にいる。
 彼は消えずにいてくれた。生きていてくれた。



 その光景は、今まで見てきた中でいちばん綺麗で明るく見えた。




#平行線の世界   蒼空がみた夢



 「夢の話なんだけど、夢の中で美月に謝ることが出来たんだ……やっと謝れた。微笑んで許してくれた。罪悪感は一生消えないけど……」

 目を細めて、三日月を見ながら蒼空は言った。

 蒼空は何もかも忘れようと、こことは真逆な冬もとても暖かい場所に今まで居たらしい。

 でも、その夢がきっかけで少しずつ気持ちに、変化が起きてきて、このままではダメだと思い、地元に戻ってきたらしい。

その夢のおかげで……。

 僕は空を見上げて

 「ありがとう」

と呟いた。




~美月と蒼空・その後の世界~



★蒼空・その後


 大和は平行線の世界の俺が心配だと話していた。

 探して見つけることが出来たのか気になる。
 きっと見つけられる。

 美月がいなくなって、その空いた穴は塞がる事がないと思うけれど、ふたりで支え合って生きて欲しいと願っている。


  「美月を守って……必ず」

 大和が言ったその言葉には続きがあって

 「お腹の子も……」

 小さい声で聞き取りづらかったけれど確かにそういった。

 何をするべきか、どっちの世界にいるべきかすごく迷ったと思う。

 もし俺が大和の立場だったら、決められないかもしれない……。

 大和の相手を思いやれる気持ちを、これからもずっと尊敬し続ける。



 大和の両親のことが気になり電話をしてみると

 「長い旅にいってくる。ずっと元気だから心配しないでね」

としか、伝えていなかったらしい。


 子供が産まれて美月の体調が落ち着いた頃、3人で大和の家に行き、真実を伝えた。

いきなりそんな話をしてもまずは疑うだろう。

けれども、大和の両親は俺の話をすんなりと信じて受け入れてくれた。

 「大和の子なのね……」

 大和のお母さんは泣きながら

まだすわっていない首に優しく触れ、それから優しく、愛情いっぱいに抱っこした。

 続けてお父さんも久しぶりに赤ちゃんを抱っこすることに緊張しながら優しく抱っこしていた。

 それから、大和の両親は孫を見つめて愛情いっぱいに微笑んだ。孫が声を出して笑うと、両親は綻んだ笑顔になった。きっと、その顔は大和にも向けられていた顔なんだよなぁ。

 今は一緒に成長を見守っている。




 娘が3歳になった。

 ひとつひとつの仕草がたまらなく可愛い。

 オムツを取り替えたり、ミルクを飲ませたり、あやしたりする度に、大変だったけれどそれ以上にどんどん愛情が深まって、娘が何か新しいことが出来るようになる度に、本気で喜びもした。

 毎日凄く愛しくてたまらない。

 血が繋がっているかどうかなんてことは、とてもちっぽけな事なんだと大和には伝えたい。

 ご飯を食べている途中、娘が遊び出したので食べさそうとしている時

 「今日ね、仕事のあと個展やらせて貰うカフェの人と打ち合わせあるからちょっと遅くなるかも……保育園のお迎え頼んでもいい?」

と、美月が申し訳なさそうに聞いてきた。

 「仕事でやらないといけない書類あるけど、家に持って帰って出来るから大丈夫! お迎え行けるよ! 
あと俺、夜ご飯も準備するわ」

 「わぁ、ありがとう! あとね、絵の展示のことでちょっと迷うことがあって、相談に乗って欲しいな!」

 「いいよ」

 美月が心から楽しそうに幸せそうにしている姿を見るのが、俺の幸せ。

 美月には“ 好き”に囲まれて生きていって欲しい。

 いつからか、仲良く暮らすのが俺の夢になっていた。
 あんなことがここでも起こらないように、彼女を全力で守りたい。

 そして大和の “ 大切 ” を守って生きていきたい。

 これからは俺が守る番。



☆美月・その後


 コンテストで下の方の賞だったけれど、受賞して絵が展示される事になった。

 自分の絵がこんな風に飾られるなんて。

 嬉しさと緊張が交差して心が落ち着かなかった。

 ちょうどその会場にいた時、私の絵をみてくれていたお婆さん2人組が

 「綺麗ねぇ……温かい気持ちになれるねぇ」

と、褒めてくれていた。

 こんな私が描いた絵でも、誰かにそう思ってもらえることが出来るんだ!

 私の描いた絵が誇らしい気持ちで、堂々と壁に飾られているように感じた。


 このコンテストで自信を持ち、どうしようか迷っていた個展を開いてみようと決心した。

 「お母さん、私個展開くから見に来てね!」

 子供が産まれてから、子育ての大変さを知り、きっと母も大変だったんだろうなぁって考えた。私は気難しい子供で夜泣きも凄かったらしいし。そんなことを考えていたらある日、急に連絡をしたくなった。

以前は自分のことを話すのが嫌だったし、必要な時以外連絡をしたくなかったけれど。母とは今は少しずつだけど、距離は縮まっている……気がする。



  「さて、準備しよう!」

 長いテーブルの上に並べられた額縁に入っている絵。数ある中から飾る絵を1枚選ぶ。

大人になってから母校で蒼空と大和が無邪気な笑顔でサッカーをしている絵。

 別の絵も順番に飾っていった。

 そして、雪が降っている海の風景の中に満月を見上げている3人の後ろ姿が描かれた絵を最後に飾った。

 自分の手で飾られた最後の絵を見ていると、何故か長く夢見ていた願いが叶った気がした。

 

(絵を飾る時、美月の手にはガラスで切った深い古傷の後がうっすらとあった)




個展のテーマは
                 
              “ 毎日同じ夢をみる”













 「大和と美月の子供を俺が育ててる、とても不思議な夢をみたんだ」

 あれから数年たったある日、蒼空は言った。

 「その子、めちゃくちゃ可愛くて愛おしくてたまらなかった」

 僕はその話を聞いてとても幸せな気持ちになった。



       ٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。


 その日の夜、僕も夢をみた。

 真っ白な雪景色。

 美月と蒼空が3歳くらいの小さな女の子を間に挟んで3人で手を繋ぎ、幸せそうに歩いている。

 雪と星の明かりに照らされている家族を、後ろから僕は、そっとみている。

 すぐにその小さな女の子は、僕の子だと分かった。

 蒼空がその子を高い高いして

 「世界で1番好き。愛している!」
と、叫ぶと

 女の子がきゃっきゃと笑い

 「私もパパが1番好き!」
と、叫んだ。

 「え! 私は?」
 美月が言った。

 3人が笑っている。

 それから

 「夢の中に出てくるパパも大好き」

 その子はこっちを向いてそう言った。
 


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