元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花

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1.キャンプ場へ

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 小学校の夏休み前半終了に差し掛かった頃。

 夜ご飯を食べた後、私がキッチンで食器のあと片付けをしている時だった。住んでいるアパートは、対面キッチン。ソファに座りながらテレビで動画サイトを見ていた小学一年生の娘、碧(あおい)と目が合う。

「ママ、私キャンプ行きたい……」

 碧は真剣な眼差しで私を見る。

 ふとテレビを見ると、キャンプをしているお兄さんたちの動画が。

――碧がこんな真剣な表情でお願いごとをしてくるのは、珍しい。

 うちは碧がまだ生まれて間もない頃、元旦那と性格の不一致が原因で離婚した。私、小日向美和が二十九歳の時に別れた。もう六年ぐらい経つのだろうか。それからふたりで生活している日々。実家に碧と一緒にいてほしいとお願いすることもあるけれど、基本私ひとりで碧を育てている。最近は「ちょっと待ってて」とか頻繁に言ってしまったりして、私が忙しい素振りを見せてしまっているからか、あまりお願いごとをしてこなかった。そのことに関してはいつも後から反省する日々――。

 きっと、本当にキャンプに行きたいのだろうな。

「キャンプ?」
「うん、同じクラスのみおちゃんも夏休みにキャンプに行くって言ってた。茜ちゃんも……」

 碧が学校でお友達からキャンプの話を聞いた時、きっとお友達のことが羨ましかっただろうな。碧にはできるだけ、やりたいことをやらせてあげたい。

 キャンプなんて、したことがなくてふたりで行くのは不安もあるけれど。でも願いを叶えてあげたい。今日は月曜日。行くのなら、私の仕事が休みな週末かな? スキマ時間に、ネットで安心快適なキャンプ場がないかをまずスマホで調べてみた。

 できるだけ近くがいいかな?と考えながら調べていると『管理体制がしっかりしていて、売店も温泉もすぐ近くにあるので安心です』という言葉が書いてあり、写真に写っている風景もとても綺麗なキャンプ場を見つけた。車で一時間以内で行ける場所だし、ここがいいかも。場所を見つけた時間は真夜中で、今、碧は私の横で眠っている。愛おしい寝顔を見ながら、キャンプに一緒に行ったら喜んでくれるかな?と、想像しながら私も眠った。

***

 次の日、朝ご飯を食べる前に早速聞いてみる。

「ねぇ、このキャンプの場所どう?」
 
 碧にスマホ画面を見せ、昨日見つけたキャンプ場の写真を確認してもらった。
「えっ? キャンプに連れて行ってくれるの?」
 碧の目がスマホを見ながら輝きだす。

「うん、ママ、キャンプ行ったことないから、ちょっと行くの緊張するけど……でも楽しそうだよね!」
「やった!」

 碧の反応はいつもゆるやか。今も静かでゆるやかな反応だけど、心の中では力強く喜んでくれているなって様子がひしひしと伝わってきた。

――良かった!

 碧の喜んでいる姿を見るのは、本当に幸せだな。

 それから当日まで、必要なものをチェックしながら、少しずつ準備をした。ホテルで泊まるのとは違い、意外と持っていくものが多い。

***

 そしてついに、出発する日が来た。

 お昼ご飯を家で食べた後、行く時に通るスーパーで夜のお弁当と次の日の朝に食べるパン、そしてお菓子や飲み物などを買い込んでから目的地に向かう。

 いつもよりテンション高めな碧は、車の助手席で外の風景を「景色良いね!」と言いながら笑顔で眺めていた。

「碧、キャンプ楽しみだね!」
「うん、楽しみ!」

 満開な笑顔でそう言う碧。
 私も自然と笑みがこぼれる。


 キャンプ場に着いた。

 結構大きい駐車場だけど、週末だからかすでにほぼ満車に近い状態だった。他にも停められる場所はあるけれど、そこは少しここから遠いから、荷物を運ぶのは大変で。

 ふたり分の着替えやタオル、他にも必要なものが色々入った大きいボストンバックと、さっき買った買い物袋を持つだけで手一杯。だけど実家から借りてきたテントや、ホームセンターで先日買った寝袋ふたつとか……明らかに一回では運びきれない量がある。

 駐車場内をぐるぐるしていると、なんとか端に空いている場所を見つけた。
 近い方の駐車場に停めれて安堵し、荷物を降ろす。

 碧はいつも一緒に寝ている、お気に入りのぬいぐるみのユニコーンを自分のリュックに入れて背負っている。

「荷物持ちきれないから、もう一度駐車場に来るかな?」
「私これ持てるよ!」

 さっきスーパーで買ったものが入った袋を、碧は自ら持ってくれた。

「碧ありがとう! 助かる」

 最近は特に自分からお手伝いをしてくれる碧。ちょっと前までは赤ちゃんだったのに、いつの間にか成長して――。

 心に余裕がある時に振り返ると、いつも胸の奥からじんとしたものが込み上げてくる。

「本当にありがとう、碧」
「うん! どういたしまして」

 先にテントと寝袋を持って、テントを立ててから他の荷物を持っていくことにした。

 管理棟で受付を済ますと、ゴミは必ず持ち帰ることや、焼肉などで火を使う場合は、直接草の上ではやらずに板や防火シートを引いてくださいなど、細かく説明を受けた。説明を受けると、空いている場所を探す。

――結構混んでいるけど、テントを立てられる場所はあるのかな?

 焼肉を楽しんでいる人達や、とても大きくて立派なテントを立てて楽しんでいる団体などが目に入る。

 碧を見ると、碧の視線が一点に集中していた。視線を追うと、同じぐらいの年齢の男の子がいる家族が、楽しそうに焼肉をしている。

「碧、今度焼肉に挑戦してみよっか?」
「したい! でも、大変そうでない?」

 やっぱり日頃の行いが、気を使わせてしまっているのだろうか。

 そんなに気を使わなくていいのにとも思う。
 碧がいてくれるだけで幸せだから、碧は毎日楽しく幸せに過ごしてくれるだけでいいのに。

「大丈夫だよ。楽しそうだし、次は焼き網とかも持ってこよう」
「うん、次も来るの楽しみ!」

 少し進んでいくと、良さげな場所を見つけた。見つけた場所は、隣とも間を開けてテントを立てられそうな場所だった。

「あそこにしよっか」

 テントを立てる場所に着くと、草むらの上に荷物を置いた。そしてテントを組み立てるためのものを、テント道具が入っている袋から全て出した。


 テントの立て方は、実践はしていないけれど、どれをどこに使うとかはなんとなく頭の中で整理はしていた。

 まずは収納するために小さく折りたたんである紐で繋がっている、上手く説明できない棒を、一本の長い棒になるようにしてから、テント本体と合わせて家の柱みたいになるようにするんだよね? 

 弧を描くような長い棒がふたつ完成した。
 本体の穴達に通すわけだけど、どの穴に?

 頭の中では組み立てられるのに、リアルに組み立てるとなると、テントが大きいからか?苦戦する。

「ママ、大丈夫?」と碧が心配してこっちを見ている。
「うん、なんか組み立て方は分かったかも……?」

 そんな感じで、とにかく四苦八苦している時だった。

「何か、お手伝いしましょうか?」

 彼が、救世主のように現れた――。
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