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あわゆきのような片想い
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淡雪。重なり合いながら降る雪の結晶たち。すぐに溶けそうな春の雪。
***
冬のミントの香りが、春のそよ風に乗って私をすり抜けてゆく。すぐに溶けてしまいそうな雪が、ほろほろと空からこぼれ落ちてきた。
私はぼんやり、雪の結晶が重なりあっている儚い淡雪を眺め、なんとなく彼を思い出していた。
――お元気ですか?
*中学三年生の夏
学校に行き、授業を受ける。同級生や先生と必要最低限の話だけをする。給食を食べる。掃除をする。与えられた事をして家に帰る。そんな流れ作業のような毎日が過ぎてゆく。
中野しょうくんとは同じクラスで、同じ保健委員になった。うちのクラスはいつも早く終礼が終わる。だから委員会で集まる時には、他のクラスの人達よりも早く集合場所の席に着き、全員揃うのを毎回待っていた。その時、席が隣だということもあり、いつもふたりで話をしていた。私の中で唯一必要最低限ではない、世間話とか。
周りの人にとってはこれが“普通の会話”なのかな? 私にとっては日頃、こういう会話をする事がとても難しい事だった。
彼は明るくて、クラスの人気者だった。誰とでも気さくに話せる。だからきっと彼にとっては、私と話をするこの時間は日常の一部なのだろう。私にとっては特別な事なのだけれど。
私は彼と正反対で、人と目を合わせる事すら苦手。
ある日、いつものように集まるのを待っている時、彼がぽつりと呟いた。
「あ、そういえばペンケースと間違えたんだった」
――何を間違えたのだろう?
ちらりと見ると、彼の手元にはコーンマヨネーズパンが。きっと他の人ではない、彼がそうしたのだからだろう。笑うのを我慢していたけれど、耐えられなくなって、声を出して笑ってしまった。
「笑ったらいいよ! うん、可愛い」
彼は言った。綺麗な歯を見せながらキラキラ微笑んで。
私は、笑顔も苦手。初めてそんな事を言われた。
お世辞なのは分かっているけれど、その言葉が私をまどわせ、彼のさわやかな笑顔が私の心の中をいっぱいにした。こんな私に話しかけてくれて、優しい人だなと好感は持っていたけれど。
――完全恋に落ちた瞬間だった。
私は、彼の事をよく目で追うようになっていた。
彼は見た目も華やかで、いつも人を笑わせていた。彼は優しいから人を笑わせる時、決して誰かを傷つける技を使う事はなかった。
困っている人がいたらすぐに手を差し伸べていた。だから委員会の時、友達のいない私に気遣って話しかけてくれているのかな。なんて彼を観察していると思ってきた。
こんな素敵でキラキラしている人と付き合うのはきっと同じようなキラキラした人なんだろうな。きっとそうだと思うけれど、想像だけなら良いよね。
私は、彼がもしも自分と付き合ったらどうなるのかを想像した。一緒に手を繋いで登下校したり、休日公園デートしたり。寝る前に特別な用事はないのだけど、電話をして「おやすみ」って言う。現実ではありえない夢の世界を、ふたりで幸せに過ごす日々を頭の中でくるくると巡らせていた。人と会話をするのが苦手な分、想像が得意だったから、ずっとその想像は続けられる。
想像を楽しんでいた矢先、彼には彼女が出来た。想像の世界は、ぴたりとすぐに終わった。
やっぱり、そうなるよね……。
彼がお付き合いした相手の事を私は「水野さん」って呼んでいるけれど、ほとんどの人が「あかりちゃん」って呼んでいて、周りに親しまれていた。ちなみに私は“ 長岡あやね”って名前なんだけれど、周りからは「長岡さん」。学校で下の名前で呼ばれたことはない。
彼女は朝、太陽のような笑顔と明るくて可愛い声でみんなに「おはよう!」と自ら声をかけている。もちろん私にも言ってくれる。私は聞こえるか聞こえないかの小さな細い声で「おはよう」と答える。
うちの学校は全学年で女子が約二百人いるのだけど、可愛いランキングがもしもあったのなら五位以内には入る、性格も明るくてキラキラした女の子だった。本当に釣り合いのとれたカップルだった。
彼女と話して幸せそうにしている彼を見ていると、心が痛くなった。なんだろう、心臓をえぐられた感覚。まるでジェンガの大切な支えの部分が抜き取られたような、頭の中がぐらぐらしている感じがする。見なきゃいい話なのに、彼のひとつひとつの仕草が気になるから見ちゃう。目で追っちゃう。
――片想いは切ない世界。
ある冬の日。学校から家に帰る時、少しだけ遠回りして家の近くにある川へ行った。しょっちゅう寄り道してここに来ている。流れている水の周りは誰も近寄らないので雪が深く積もっている。だから少し離れた堤防の高いところから眺めていた。
今日はよく見ると、誰か歩いた跡があった。それは川と並行に続いていた。
私は流れる水の見つめる場所を決めて、それを目で追うのが好きだった。せわしなく目が左右に動く。
後ろから話し声が聞こえた。振り向くと同じ学校の制服を着たカップルがこっちに向かって来ていた。
嫌だなぁ……。
その人達の顔を確認する事はせず、黒いコートのフードを被り、ベージュのチェック柄のマフラーで口元を隠し、彼らを横切り走って家に帰った。
次の日学校で中野くん水野さんカップルの様子がいつもと違っていた。いつもみたいに休み時間一緒にいないし、帰りも別のタイミングで教室から出ていった。
コソコソと聞こえてきた噂話によると、ふたりは昨日あの川の近くで、別れ話をしたらしかった。私がすれ違ったのは、あのふたりだった。
お似合いで上手く行きそうなカップルもすぐに別れたりして、付き合うって大変なのかな。
ふたりが別れたからって、私と彼が付き合う確率はゼロだけど、うきうきした気持ちになった。
*高校一年生
それから、中学を卒業し、彼と私は別の高校に進学した。
彼への気持ちは薄れていく途中の道のりだった。まだその道を進み始めたばかりだから、彼はまだ心の中に濃い姿でいる。このままリアルで彼の姿を見なくてすむならば、私の心の中から消えていってくれるだろう。多分。
私は、彼のおかげでほんの少しだけど、自然に笑えるようになっていた。そのおかげか、中学の時よりも人と話す事が怖くなくなった。そして、友達と呼んでも良いのか分からないけれど、そんな人がふたり出来た。「みっちゃん」と「なーちゃん」。あだ名で呼んでいる。私の事も「あやちゃん」って呼んでくれている。学校の休み時間に世間話をして、放課後もたまに寄り道してハンバーガーを食べに行き、話したりする。私は無理して友達を作らなくても良いという考えを持っていて、高校もひとりかなって思っていた。無理しないで自然に出来た友達。
私の心に大好きなタンポポのような黄色い花が一輪、ふわっと咲いた。
中野しょうくんは、ほろ苦い思い出の人で、私の笑顔の恩人。で、終わるはずだった。
*高校二年生の冬
相変わらず私は、流れている川の姿を見に行っている。冬は特に見に行く頻度があがる気がする。白に包まれた川が癒してくれるから。
その日は眠れなくて、ついに寝るのを諦めた。まだ暗さも残る、朝になりかけの時間に川を見に行った。この時間は一番景色も空気も澄んでいるから好き。月に数回、早起きしてこの時間にさまよっている。
外に出ると空気がとても冷えていて、すぐに目がシャキッとした。風は全くないから肌寒さは少ない。ちょっとだけ川を見たら帰ろうと思っていた。遠くから川を眺めていると、誰かが雪明かりに照らされていた。
「あっ!」
私は叫んだ。見覚えのある顔が目の前に……。彼だった。しょうくん。私は声をかけた。
最初は最近のお互いの様子とかを話していたけれど、途中から話す事がなくなり、立ちながら流れる川をふたりで静かに眺めていた。川は音を出し、湯気を上げながらずっと流れている。寒いのに凍らずに。なんだか不思議。
ショルダーバックにずっと入れっぱなしだった、小さなカイロが十枚入っている未開封の箱の事を思い出し、鞄から出して箱を開けると、彼に半分渡した。カイロの袋を開けるとすぐに温かくなり、長靴やポケットに入れたりして、一枚を自分の頬に当てた。彼も全く同じ事をしていた。
冷えた空から陽の光が降りてきた。
「あっ!」
彼は突然大きな声を出した。
彼の視線を追うと、キラキラしているものが空中を舞っていた。
「ダイヤモンドダストだ……」
彼が小さく吐くその言葉は、冷たい空気の中に溶け込んでいった。
SNSの写真では見た事があったけれど、実物は初めて。
「これって、水蒸気だよね?」
彼の声はとても明るかった。
「うん、水蒸気が凍って細氷になって、それが陽の光に当たってキラキラしてるらしいよ」
実はダイヤモンドダストについて詳しく調べた事がある。見ることが出来る条件も。
今はどうでも良かった。ただ、今目の前にあるこの風景をふたりで見れることが、この世界をふたりだけの記憶にしまえることが、何よりも嬉しかった。
今、彼の隣にいるのは私。この風景は一生ふたりだけのもの。
ちらっと彼を見ると、キラキラした小さい子のような顔をしていて、まばたきするたびに凍って白くなっていたまつ毛が揺れて、可愛い天使みたいだった。
***
彼との記憶を辿りながら今、川を眺めている。
あれから一度も会っていないけれど、私の心の中には、彼への想いが、彼の姿がひっそりとすぐに溶けそうな状態でまだ住んでいる。それは、今、空から落ちてきている、淡雪みたいだった。
ありがとう、しょうくん。美しい世界を教えてくれて。
――片想いは、切ないけれど、美しい。
☆しょうの気持ち
ダイヤモンドダストを見た日の帰り道
――もう一度、今隣にいる子とダイヤモンドダストを見たい。
と、僕は思った。さっきダイヤモンドダストを見た後、すぐに“ダイヤモンドダストが見られる条件”をスマホのネットでチェックしていた。
氷点下十度以下で晴れた日、風が無くて湿度が高いなどいくつかの条件が書いてあった。
誘う時は、きちんと天気予報をチェックして、早朝が良いらしいけれど、早すぎて寒さで風邪をひかせてしまったらあれだから、少し明るくなってから待ち合わせをして……。で大丈夫かな?
そんな事を考えながら、それは伝えずに別々の道を進んだ。
少したってから「あ、連絡先聞かないと待ち合わせ出来ないじゃん」と、彼女の連絡先を知らない事に気が付き、僕は急いできた道を戻り、彼女のいそうな方向に向かって走った。彼女は見当たらなかった。
また明日も同じ時間、川に行ってみよう。
会えるかな?
***
冬のミントの香りが、春のそよ風に乗って私をすり抜けてゆく。すぐに溶けてしまいそうな雪が、ほろほろと空からこぼれ落ちてきた。
私はぼんやり、雪の結晶が重なりあっている儚い淡雪を眺め、なんとなく彼を思い出していた。
――お元気ですか?
*中学三年生の夏
学校に行き、授業を受ける。同級生や先生と必要最低限の話だけをする。給食を食べる。掃除をする。与えられた事をして家に帰る。そんな流れ作業のような毎日が過ぎてゆく。
中野しょうくんとは同じクラスで、同じ保健委員になった。うちのクラスはいつも早く終礼が終わる。だから委員会で集まる時には、他のクラスの人達よりも早く集合場所の席に着き、全員揃うのを毎回待っていた。その時、席が隣だということもあり、いつもふたりで話をしていた。私の中で唯一必要最低限ではない、世間話とか。
周りの人にとってはこれが“普通の会話”なのかな? 私にとっては日頃、こういう会話をする事がとても難しい事だった。
彼は明るくて、クラスの人気者だった。誰とでも気さくに話せる。だからきっと彼にとっては、私と話をするこの時間は日常の一部なのだろう。私にとっては特別な事なのだけれど。
私は彼と正反対で、人と目を合わせる事すら苦手。
ある日、いつものように集まるのを待っている時、彼がぽつりと呟いた。
「あ、そういえばペンケースと間違えたんだった」
――何を間違えたのだろう?
ちらりと見ると、彼の手元にはコーンマヨネーズパンが。きっと他の人ではない、彼がそうしたのだからだろう。笑うのを我慢していたけれど、耐えられなくなって、声を出して笑ってしまった。
「笑ったらいいよ! うん、可愛い」
彼は言った。綺麗な歯を見せながらキラキラ微笑んで。
私は、笑顔も苦手。初めてそんな事を言われた。
お世辞なのは分かっているけれど、その言葉が私をまどわせ、彼のさわやかな笑顔が私の心の中をいっぱいにした。こんな私に話しかけてくれて、優しい人だなと好感は持っていたけれど。
――完全恋に落ちた瞬間だった。
私は、彼の事をよく目で追うようになっていた。
彼は見た目も華やかで、いつも人を笑わせていた。彼は優しいから人を笑わせる時、決して誰かを傷つける技を使う事はなかった。
困っている人がいたらすぐに手を差し伸べていた。だから委員会の時、友達のいない私に気遣って話しかけてくれているのかな。なんて彼を観察していると思ってきた。
こんな素敵でキラキラしている人と付き合うのはきっと同じようなキラキラした人なんだろうな。きっとそうだと思うけれど、想像だけなら良いよね。
私は、彼がもしも自分と付き合ったらどうなるのかを想像した。一緒に手を繋いで登下校したり、休日公園デートしたり。寝る前に特別な用事はないのだけど、電話をして「おやすみ」って言う。現実ではありえない夢の世界を、ふたりで幸せに過ごす日々を頭の中でくるくると巡らせていた。人と会話をするのが苦手な分、想像が得意だったから、ずっとその想像は続けられる。
想像を楽しんでいた矢先、彼には彼女が出来た。想像の世界は、ぴたりとすぐに終わった。
やっぱり、そうなるよね……。
彼がお付き合いした相手の事を私は「水野さん」って呼んでいるけれど、ほとんどの人が「あかりちゃん」って呼んでいて、周りに親しまれていた。ちなみに私は“ 長岡あやね”って名前なんだけれど、周りからは「長岡さん」。学校で下の名前で呼ばれたことはない。
彼女は朝、太陽のような笑顔と明るくて可愛い声でみんなに「おはよう!」と自ら声をかけている。もちろん私にも言ってくれる。私は聞こえるか聞こえないかの小さな細い声で「おはよう」と答える。
うちの学校は全学年で女子が約二百人いるのだけど、可愛いランキングがもしもあったのなら五位以内には入る、性格も明るくてキラキラした女の子だった。本当に釣り合いのとれたカップルだった。
彼女と話して幸せそうにしている彼を見ていると、心が痛くなった。なんだろう、心臓をえぐられた感覚。まるでジェンガの大切な支えの部分が抜き取られたような、頭の中がぐらぐらしている感じがする。見なきゃいい話なのに、彼のひとつひとつの仕草が気になるから見ちゃう。目で追っちゃう。
――片想いは切ない世界。
ある冬の日。学校から家に帰る時、少しだけ遠回りして家の近くにある川へ行った。しょっちゅう寄り道してここに来ている。流れている水の周りは誰も近寄らないので雪が深く積もっている。だから少し離れた堤防の高いところから眺めていた。
今日はよく見ると、誰か歩いた跡があった。それは川と並行に続いていた。
私は流れる水の見つめる場所を決めて、それを目で追うのが好きだった。せわしなく目が左右に動く。
後ろから話し声が聞こえた。振り向くと同じ学校の制服を着たカップルがこっちに向かって来ていた。
嫌だなぁ……。
その人達の顔を確認する事はせず、黒いコートのフードを被り、ベージュのチェック柄のマフラーで口元を隠し、彼らを横切り走って家に帰った。
次の日学校で中野くん水野さんカップルの様子がいつもと違っていた。いつもみたいに休み時間一緒にいないし、帰りも別のタイミングで教室から出ていった。
コソコソと聞こえてきた噂話によると、ふたりは昨日あの川の近くで、別れ話をしたらしかった。私がすれ違ったのは、あのふたりだった。
お似合いで上手く行きそうなカップルもすぐに別れたりして、付き合うって大変なのかな。
ふたりが別れたからって、私と彼が付き合う確率はゼロだけど、うきうきした気持ちになった。
*高校一年生
それから、中学を卒業し、彼と私は別の高校に進学した。
彼への気持ちは薄れていく途中の道のりだった。まだその道を進み始めたばかりだから、彼はまだ心の中に濃い姿でいる。このままリアルで彼の姿を見なくてすむならば、私の心の中から消えていってくれるだろう。多分。
私は、彼のおかげでほんの少しだけど、自然に笑えるようになっていた。そのおかげか、中学の時よりも人と話す事が怖くなくなった。そして、友達と呼んでも良いのか分からないけれど、そんな人がふたり出来た。「みっちゃん」と「なーちゃん」。あだ名で呼んでいる。私の事も「あやちゃん」って呼んでくれている。学校の休み時間に世間話をして、放課後もたまに寄り道してハンバーガーを食べに行き、話したりする。私は無理して友達を作らなくても良いという考えを持っていて、高校もひとりかなって思っていた。無理しないで自然に出来た友達。
私の心に大好きなタンポポのような黄色い花が一輪、ふわっと咲いた。
中野しょうくんは、ほろ苦い思い出の人で、私の笑顔の恩人。で、終わるはずだった。
*高校二年生の冬
相変わらず私は、流れている川の姿を見に行っている。冬は特に見に行く頻度があがる気がする。白に包まれた川が癒してくれるから。
その日は眠れなくて、ついに寝るのを諦めた。まだ暗さも残る、朝になりかけの時間に川を見に行った。この時間は一番景色も空気も澄んでいるから好き。月に数回、早起きしてこの時間にさまよっている。
外に出ると空気がとても冷えていて、すぐに目がシャキッとした。風は全くないから肌寒さは少ない。ちょっとだけ川を見たら帰ろうと思っていた。遠くから川を眺めていると、誰かが雪明かりに照らされていた。
「あっ!」
私は叫んだ。見覚えのある顔が目の前に……。彼だった。しょうくん。私は声をかけた。
最初は最近のお互いの様子とかを話していたけれど、途中から話す事がなくなり、立ちながら流れる川をふたりで静かに眺めていた。川は音を出し、湯気を上げながらずっと流れている。寒いのに凍らずに。なんだか不思議。
ショルダーバックにずっと入れっぱなしだった、小さなカイロが十枚入っている未開封の箱の事を思い出し、鞄から出して箱を開けると、彼に半分渡した。カイロの袋を開けるとすぐに温かくなり、長靴やポケットに入れたりして、一枚を自分の頬に当てた。彼も全く同じ事をしていた。
冷えた空から陽の光が降りてきた。
「あっ!」
彼は突然大きな声を出した。
彼の視線を追うと、キラキラしているものが空中を舞っていた。
「ダイヤモンドダストだ……」
彼が小さく吐くその言葉は、冷たい空気の中に溶け込んでいった。
SNSの写真では見た事があったけれど、実物は初めて。
「これって、水蒸気だよね?」
彼の声はとても明るかった。
「うん、水蒸気が凍って細氷になって、それが陽の光に当たってキラキラしてるらしいよ」
実はダイヤモンドダストについて詳しく調べた事がある。見ることが出来る条件も。
今はどうでも良かった。ただ、今目の前にあるこの風景をふたりで見れることが、この世界をふたりだけの記憶にしまえることが、何よりも嬉しかった。
今、彼の隣にいるのは私。この風景は一生ふたりだけのもの。
ちらっと彼を見ると、キラキラした小さい子のような顔をしていて、まばたきするたびに凍って白くなっていたまつ毛が揺れて、可愛い天使みたいだった。
***
彼との記憶を辿りながら今、川を眺めている。
あれから一度も会っていないけれど、私の心の中には、彼への想いが、彼の姿がひっそりとすぐに溶けそうな状態でまだ住んでいる。それは、今、空から落ちてきている、淡雪みたいだった。
ありがとう、しょうくん。美しい世界を教えてくれて。
――片想いは、切ないけれど、美しい。
☆しょうの気持ち
ダイヤモンドダストを見た日の帰り道
――もう一度、今隣にいる子とダイヤモンドダストを見たい。
と、僕は思った。さっきダイヤモンドダストを見た後、すぐに“ダイヤモンドダストが見られる条件”をスマホのネットでチェックしていた。
氷点下十度以下で晴れた日、風が無くて湿度が高いなどいくつかの条件が書いてあった。
誘う時は、きちんと天気予報をチェックして、早朝が良いらしいけれど、早すぎて寒さで風邪をひかせてしまったらあれだから、少し明るくなってから待ち合わせをして……。で大丈夫かな?
そんな事を考えながら、それは伝えずに別々の道を進んだ。
少したってから「あ、連絡先聞かないと待ち合わせ出来ないじゃん」と、彼女の連絡先を知らない事に気が付き、僕は急いできた道を戻り、彼女のいそうな方向に向かって走った。彼女は見当たらなかった。
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