僕が写した世界。

立坂雪花

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★写す僕

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 目の前から消えてしまった彼女に、言いわすれたことを伝えたい。けれど、今更伝えられない。
 忘れない。忘れられるわけがない。長くて焦げ茶色の綺麗な髪。白い肌にすらっと細くて長い手足。えくぼが可愛い笑顔。甘くふんわりとした声。
 まるで写真に撮ったかのように、鮮明に脳裏に焼きついている。
“ あなたの世界はここだけではないから。大人になればもっと広いところに行けるから大丈夫”
 君はそう言った。何が大丈夫なのかは分からなかった。けれど、その言葉がずっと心に突き刺さっている。
 



 僕は今、暗闇な自分の部屋にいる。
 部屋にある小さなライトを点灯させると、消えてほしい写真達がほのかに照らされる。
 それをびりびりと細かく破る。
 大きい透明なゴミ袋にまとめる。
 そして、破いたものたちのデータを全て削除する。
 すると存在が僕の心の中から消えてくれる。消えてほしくて撮ったもの達が。

***

 うだるような暑さの日。
 放課後、いつものように、僕の仕草が気に入らないという、どうでも良い理由で、僕は高校の同級生達に虐められていた。ただ公園でカメラをいじっていただけなのに気持ち悪いと。
 ほっといてくれればいいのに。気に入らないのならせめて、僕の事を存在しないもののようにずっと思っていて欲しい。面倒くさい。
 そいつらが去っていき、地面に座り込んでいたら「大丈夫?」と、全く話をしたことがない、同級生の秋岡陽菜が僕に優しい口調で話しかけてきた。それからふわりと、僕の頬に手を当ててきた。
 元々気温が高くて汗ばんでいたけれど、触れられた瞬間、頬から全体に火照りが広がり、じわじわと汗が流れ出てきた。
「……気にしないで、いつもの事だから」
 僕はぼそっと呟く。
 彼女と目が合った。目が合うと、そのはっきり二重のとても大きな瞳に吸い込まれそうになったから、慌てて視線をそらした。
「これ、カメラ。ベンチに置きっぱなしだったよ。大切なものなんでしょ?」
 彼女は、両手で丁寧に持ちなおすと僕のカメラを渡そうとしてくれた。
「あ、大切……ではないけど、ありがとう」
 僕は片手で受け取った。
 大切? ううん、このカメラは親の言いなりになりながら生きている証。
***
 僕がまだ幼い頃に、僕達の前から消えていった父さんはカメラマンだった。
 そいつが置いていったカメラ。
 未練たらたらな僕の母さんが、父さんが去った後すぐに写真を撮る事を僕に勧めてきた。「ずっと撮り続けて実力を付けなさい、将来役に立つわよ」と。それは撮る事を勧めてきた表向きの理由。
 母さんは写真を撮っている僕の姿を見て、僕と父さんの姿を重ね合わせているのだと思う。見ているのは僕ではなく、彼女の元夫。
 写真を撮っている僕の姿を見ると、母さんの機嫌が良くなるから写真を撮り続けていた。機嫌が良くなる、それだけの理由。虚しいな。
 母さんは、僕がどんな写真を撮ったのかなんて、全く気にしてなかった。まして、どんな気持ちで撮っているかなんて。
 その事に気がついてから僕は写真を撮るのが嫌になっていった。けれども辞められない。
 嫌になると、嫌いなものばかり写すようになっていく。最初は、撮った写真のデータを全て削除するようになった。やがて撮った写真をプリントして、破るようになり、そうする事によって撮った嫌いなものの存在が頭の中から消えていってくれる気がした。リアルではそのまま存在していて、頭の中でだけだけど。
 消えてほしいもの、嫌いなものしか撮れなくなった。そんな気持ちは誰にも内緒。
 破かれた写真の姿を見て僕は笑っていた。
***
 母さんが買ってきたカメラ雑誌を無気力に、ぱらぱらとページをめくり、眺めていた時だった。興味がそそられるテーマのコンテストを見つけた。ジャンルは問わない。あるテーマの写真を撮るコンテストだった。
 そのテーマを見て、すぐにあの時に声を掛けてきた、秋岡陽菜の笑顔が頭の中に浮かんできた。

 休み時間、いつもひとりで机に顔を伏せて寝たフリをしていた。周りに生きている事を悟られないように、気配を消す事を意識して。
 公園で声を掛けてくれた日以来、彼女が友達と楽しそうに話している姿を見たくて、顔を上げるようになり、目で追うようになっていった。
 彼女のクラスは2-2で、僕のクラスの隣。
 彼女は、休み時間になると教室を出て廊下の窓の前でいつも友達と話をしていた。ちょうど僕の席から見える位置だった。
 彼女はいつも笑顔だった。人の心を引きつける魅力的な。表面上だけで笑っている人も沢山いるけれど、彼女の笑顔は本心のように見えた。
 ――本気で彼女の笑顔を撮ってみたい。
***
 学校から帰宅する時間。僕は公園で彼女が通るのを待っていた。彼女が自転車でここを通って行く姿をよく見ていたので、多分通学路なんだと思う。
 なかなか声を掛けられなくて、彼女が通らない日もあり、何日も待っていた。
 一週間が過ぎた頃、彼女から声を掛けてくれた。
「毎日カメラ持ってここにいるよね」
「あ、うん」
 まさか、声を掛けてくれるなんて思わなかったから心の中はとても動揺していた。
「なんか、最近ここで悩んでる顔してたよね」
 彼女はこっちをみながら自転車で公園の横を通っていたのか?
「……窮屈で、生きていることが息苦しくて」
 確かにとっさに僕の口から出てきたこの言葉も本心だけど。違う、今彼女に伝えたい事は! 彼女が何かを話そうとしかけた時、僕はとっさに「ポートレート撮らしてください!」と、声が裏返り、震えながら言った。
 彼女はきょとんとし、しばらく沈黙してから「いいよ! でも何で私なんか?」って、えくぼを強調した、くしゃくしゃな笑顔で聞いてきた。
「コンテストがあって。女の子を撮るやつ」
 雑誌に書いてあったテーマやジャンルを詳しく伝えれば良いのに緊張して、少し曖昧な伝え方をしてしまった。
「あぁ、雑誌やネットとか、写真のコンテストいっぱいあるらしいよね! 私の兄もね……」
 彼女のお兄さんの趣味がカメラらしく、直ぐに理解し、モデルになってくれる事を承諾してくれた。
 お願いしても気持ち悪いとか言われ、全く相手にされず断られるかと思っていた。
 少しだけ自分が生きている感じがした。
 その日から、僕は秋岡陽菜と仲良くなっていった。
***
 撮影する約束をした。
 これって、デート……かな?
 あっさり約束したものの、そう思うと緊張してきた。
 まずは場所を決めないと。日帰りでポートレートが綺麗に取れる場所。
 調べて、電車で片道2時間くらいの場所にある湖に行くことにした。
 場所を決める上で一番大切なことは、こんな僕と彼女、釣り合わないふたりが一緒にいる。しかも休日に。周りから見たらあきらかにデートのようだ。
 それを同級生にバレないようにする事だった。彼女は僕と話をする時、周りの目を気にしている。きっと僕と話している所を見られたくないのだろう。彼女も馬鹿にされてしまうかもしれないし、見られても良い事はひとつもない。
 いつも公園で話をする時、横を通る人には死角になるような場所で話していたから誰にも見られなかったけれど、こんなにも狭い街。遭遇する確率は高い。
 初めて電車で遠出をすることにした。
 僕は初めてこの街を出る。
***
 彼女に遠出する計画を伝えると「いいよ! 行こう!」と、明るい声で返事をしてくれた。
 その返事を聞いた日、家に帰るとすぐに当日の天気予報をチェックして、電車の時間、目的地までの行き方、着いてからの行動……。
 僕は細かいところまで念入りに計画を立てた。
***
 遂に当日になった。
 駅で待ち合わせしていると彼女が現れた。高校の制服姿とは違う彼女の姿は神々しかった。
「モデルって、何着ていけばいいのか分からなくって。お兄ちゃんのカメラ雑誌あさったりネット見たりしてポートレート写真眺めていたらこんな感じかなって思ったの」
 彼女は白いノースリーブのロングワンピースを着て、麦わら帽子を被っていた。
 風景に似合いそうな服装。いや、服装関係なしにきっと彼女は全ての風景に馴染んで似合うのだと思う。
 化粧もしっかりしていて、普段よりも大人っぽく見えて、ドキドキした。
***
 電車に乗り、十時ぐらいに目的地に着いた。
 空は雲ひとつない水色。黄色の太陽が元気に光を地上に届けている。湖は空が映り青くてキラキラしている。すぐそばには緑の森もある。
 いつも僕が見える景色は無彩色に近い。今日はいつもよりも色がはっきりと見えた。
「自然っていいね!」
 彼女は笑顔で言った。
 僕は早くその笑顔を撮りたくて、急いでカメラの準備をした。
 急ぎすぎてカメラバッグから取り出そうとしたレンズを落としてしまった。
「ゆっくり準備しなよ」
 彼女は微笑みながらレンズを拾ってくれた。
「好きなように動いて貰える? 楽しんでいる感じで」
「うん、分かった。上手く動けるか分からないけれどやってみるね」
 設定を調整して彼女にピントを合わせ試し撮りをした。
 ファインダー越しの彼女もとても美しかった。こんな僕が撮っても良いのかと思うくらいに。
 彼女はとても自然に動いてくれた。
 くるっとまわってくれたり、空を見上げたり、水をばしゃばしゃしたり……沢山撮れた。
 今の気持ちは小さい頃、まだ父が家にいた時にカメラを初めて触らせて貰った時の気持ちに似ている。ワクワクしながらシャッターを切っていた。自分はカメラを楽しんでいた時もあったんだな。記憶が蘇る。
 昼になり、太陽の位置が高くなって光が強くなり、イメージの写真が撮れなくなってきたので、休憩も兼ねてお昼ご飯にした。
「全部計画たててくれたから、私がお昼ご飯準備するね」
 僕が応募するコンテストの為に、彼女は付き合ってくれているのに、そう言って、サンドイッチを持ってきてくれた。しかも手作りで。彼女が作ってくれたから美味しかった。
***
「実は私もお兄ちゃんからカメラを借りて持ってきたの」 
 彼女はショルダーバッグからカメラを取り出した。
 午後は森の辺りの日陰で少し撮って終わりにする計画だったけれど、予定を変更してそれぞれ好きな景色を撮る事にした。
 今日の僕は、消したいもの達を撮りたい気分じゃなく、彼女以外撮りたくなかったので、景色を撮ってる彼女を撮ったり、カメラについて教えたりしていた。
 あっという間に夕方になり、撮影は終わりな雰囲気になった。けれど、まだもう少しだけで良いから彼女を撮りたい気持ちが収まらずに、僕はずっと首にカメラをぶら下げたままでいた。
 帰り際、彼女の希望で、撮影していた場所から少し歩いたところにある展望台に寄る。一緒に上から広い景色を見下ろした。湖が見える。上から見ると、下にいた時には見えなかった建物とかも沢山見えた。大きなものも小さく見えて、さっきまでとは違う光景。
 なんだろう……今まで見ていたものが全てではないんだなと思った。
 展望台から降りる時、階段で彼女は言った。
「ねぇ、雑誌で見たやつの真似なんだけど、階段の下の方でジャンプして飛び降りるから撮って欲しいの。浮いた瞬間を」
「いいよ!」
 僕は階段を先に降り少し離れた場所で撮るスタンバイをした。
「いくよ! 3、2、1」
 彼女はカウントダウンを始めた。0を言わずに、勢いよく階段を下りてきた。
 下から2段目辺りでジャンプするのかと思っていたけれど、なんと4段目の所からジャンプした。予想外だった。
「痛!」
 彼女は思い切り転んだ。
「あはははははっ!」
 そして突然、空の方向に顔を向けながら大きな声で笑いだした。
***
「大丈夫? 膝から血が出てる」
 僕は、彼女の膝に触れようとしたけれど、さすがにそれは駄目だと思い、触れる直前で手を止め、カバンからバンソーコーを取り出して彼女に渡した。
「ありがとう。大丈夫だよ! 面白くなっちゃって、予定より早くジャンプしちゃったよ。驚かせてごめんね」
「こっちこそごめん。跳んだ瞬間は撮れなかった」
「いいの。全然」
 彼女は汚れた膝を洗いにトイレへ行き、バンソーコーを膝に貼って出てきた。
 そして、いきなり僕に言ってきた。
「あ、そうそう、これずっと言おうと思っていたの。あなたの世界はここだけではないから。大人になればもっと広いところに行けるから大丈夫」
 彼女は夕陽に包まれながら、キラキラしていて、言葉もキラキラしていた。
***
「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとね」
「こちらこそモデルになってくれてありがとう」
 僕たちは静かに帰りの電車を待った。
「今日撮った写真、良さげなのありそう?」
「めちゃくちゃあるよ。全部良いから選ぶの時間かかると思う」
 そう言ったけれど、僕の中ではもうどれにするか決まっていた。
 電車に乗った。車内は空いていた。
 席に座ると、納得のいく写真が撮れた達成感と同時に、一日を無事に終えた安心感が同時に来て、深い息を吐いた。
「さっき撮ったの見たいな」
「いいよ」
 カメラの背面液晶モニターで今日撮った写真を見せるのと同時に、自分も写真を確認した。改めて確認すると彼女が写っている全ての写真が、僕にとって絶対に消したくないと思えるものだった。
「いい感じだね! 今すぐ大きい画面で見たい!」
「後で、スマホかパソコンに送ろうかなと思ってたけど」
「本当に? 嬉しい。あ、でも家にパソコン、お兄ちゃんのがあるけど今壊れてるって言ってた」
「そうなんだ……あ! 今から家に来る? 写真プリントして渡せるよ!」
 僕は今まで消えてほしい写真ばかり撮っていたけれど、今日は残したい、いつもとは違う感覚の写真を撮ったからか、気持ちが高まり大胆な発言をしてしまった。
「いいの? じゃあ、寄っていこっかな」
 彼女は迷うことなくすぐに返事をしてきた。
 この僕が女の子を家に呼ぶなんて。こんなにも気軽に。
 撮った写真を半分ぐらい見た時、駅に到着した。
 外は少し暗くなり始めていた。
***
「おじゃまします!」
 家に連れてきてしまった。
「いらっしゃい」
 軽く僕の母と話をしてから、階段の下で彼女に待っててもらい、急いで2階にある自分の部屋に行き、片付けた。
 僕は、緊張しながら部屋に彼女を招き入れた。
 えっと、どうしよう……。
 まずは、お菓子と飲み物かな?
「ちょっと待っててね! 自由に過ごしてね」
 予想外の事だったから、どう過ごすかをすぐに頭の中で考えた。
 まずは、お菓子を食べたりして、今日の出来事を振り返り、そしてパソコンのスイッチを入れて、それから……。
 僕が部屋に戻ると、考えていた事全てが吹き飛ぶような出来事が起きていた。
***
 僕が撮り、プリントして細かくびりびりに破った写真達が床に落ちていた。彼女の視線はそこにあった。
 さっき片付けをした時、机に積み上げてまとめたカメラ雑誌や学校の教科書。その中にあった少し古いカメラ雑誌にそれらを挟み込んでいた。何故その雑誌に挟んでいたのかは記憶にない。
 偶然彼女がその雑誌を手に取り、ぱらぱらと床に落ちてしまっていた。多分写真10枚分くらい。
 彼女は無表情でそれらを見つめていた。
「お菓子とか持ってきたよ」
「あ、ありがとう」
 彼女は言葉と同時に微笑み、何事もなかったかのように写真を拾い集めた。雑誌に挟んで、その雑誌を元通りに戻していたけれど、茶色い瞳を左右小刻みに震わせ、明らかに動揺していたのを僕は見逃さなかった。
 小さなテーブルのすぐ近くにある座布団に彼女は座ったので、それを確認すると僕は、彼女から距離をとり部屋の隅で体育座りをした。
 まずは、今日の撮影の話をしながらくつろいだ。
 彼女は破れた写真についてひと言も聞いてこなかった。少しでも興味があるのなら少し遠回りな話をしながらでも探ってきたりしないものか。
 だって、さっき彼女が会ったばかりの僕の母が写っていた写真だって混ざっていたのに。なんて事を考えながら違う内容の事を話していたら、チョコレートを口にした彼女は聞いてきた。
「私の写真はどうなるの?」と。
「え? コンテストに応募するよ。良い写真沢山撮れたし」
「そういう事じゃなくて。私の写真もあんな風になるのかなって」
 彼女は破れた写真達の方向を指さした。
「ならないよ」
 僕は彼女なら受け入れてくれるような気がして、事情を話した。
 消えてほしいものしか撮れなくなった事。プリントして、びりびりに破り、データを削除する。そうする事によって僕の中からそれらが消えてくれる事……。
***
「なんか、怖い」
 少し困ったような顔をして彼女は微笑んだ。
 僕には嘲笑っているかのようにも見えた。
 怖い? そしてなんで笑うんだ。
 想像とは違う反応だった。
 確かに客観的に見たら僕の行動は怖いのかも知れないけれど、彼女ならきっと受け入れてくれる気がしていた。
 やっぱり、きっと僕と君は住む世界が違うんだな。
「いつも人に囲まれて、楽しそうに生きていて。不満のなさそうな君には分からないよ」
 僕はイラッとして自分のスマホを壁に投げつけた。
 ぶつかった大きな音が小さな部屋に響き渡る。
…………。
 しばらく無言が続き、彼女は言った。
「は? 何言ってるの? 楽しくないよ。もうこの世に不満だらけ……」
…………。
「私、帰るね。写真はコンテストに出しても削除しても……破り捨てても。自由にしてね」
 彼女は荷物を持つと足早に部屋を出ていった。
 しばらく僕は動けなくなった。
 これは喧嘩? 僕は人と喧嘩をしたことがなかった。それは今まで人と深く関わる事がなかったから。
 どうすれば良いのか分からなかった。
 写真のコンテストを出す気持ちはまだ残っていたから、このまま動けなくなりそうだったけれど最後の力を振り絞り応募する準備をした。
「あ、言いわすれた、好きって」

 ――コンテストのテーマは“ 好き ” だった。

 結局、彼女に伝えていなかった。
 その事に気がついたのは、コンテストに送る写真の明るさや色などを確認しようと、パソコンの大きな画面で彼女を見た時だった。 
***
 応募する準備を終えると、僕の心の糸が突然プツリと切れた。
 すると、ずっと待っていたかのように闇が勢いよく僕の心を真っ暗にしてきた。
 その日以来僕は家から出られなくなった。もちろん学校にも行けてない。
 作品の入った封筒は母さんに出してもらった。母さんは何故僕が家から出ないのかを一切聞いてはこなかった。
 自分がなんで生きているのか。今にも亡くなりそうで人から愛されている人を、世の中の役に立っている人を僕の代わりに生かせばいいのに。
 スマホは画面にひびが入ってしまい、元々母さんとたまに連絡するだけだったし、どうせもう彼女からも連絡来ないだろうし、必要ないと思い解約して捨てた。
 もう僕の心は生きていない。
 けれど、ひとつだけ叶えば良いのにと心の隅でかすかに願っている事があった。奇跡的にコンテストに受賞して、載った雑誌を彼女が偶然手にとり、記事を見てくれる事を。
 僕の下手な写真なんか載るわけないけれど、魅力的な彼女が写ってくれたお陰でもしかしたら……。
 そんな事を考えながら窓から差し込んできた、細々として、今にも消えそうな薄明かりを眺めていた。


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