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2*陽向視点 大切な人

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 手芸の店に行った後は、駅の隣にあるお店で売っている、濃厚な牛乳味のソフトクリームをふたつ買い、駅前の広場にある白くて丸いテーブルの席に座り、叶人と一緒に食べる。

 最近の、俺にとって至福な時間だった。

 ソフトクリームを食べている時の叶人は、いつも幸せそうな顔をしてる。そして口元にいつもソフトクリームつけてて、可愛い。うん、その時だけではなく、いつも可愛いんだ。見た目も小さくて、小動物みたいな見た目で、言動もふわふわしていて。

さっき「白い色の羊毛がかわいい」と言っていた叶人だけど、叶人が白い羊毛みたい。

毎回ソフトクリームが食べ終わった後に「口の横についてるよ」ってティッシュを渡すと「本当に?」って言いながら、照れたような表情をしてティッシュを俺から受け取り拭いている。

「美味しかった! ごちそうさまでした」

 ほら、今日も。

「叶人、口の横にソフトクリームついてるよ」
「本当に?」
「ふふ、叶人、毎回ソフトクリーム口についてるよな?」
「だって、美味しいから顔につくの気にしないで、真剣に食べちゃうんだもん」
「はい、ティッシュ」

――美味しいって言ってくれて、嬉しいな!

 ゆっくりと口元についたソフトクリームを拭く叶人。

「叶人、今日はこの後も暇?」
「暇だよ」
「そしたら、羊毛フェルトやりに叶人の家に行っていい?」
「いいよ! やり方教えてあげるよ」
「ありがとな!」

 そうして俺らは、叶人の家で一緒に羊毛フェルトをやることになった。




 自分の家に自転車を置くと叶人の家へ。

「おじゃまします!」
「あら、陽向くん。家に来るの、ちょっとだけ久しぶりじゃない?」
「最近カフェのバイト、シフトが結構入ってたんで……」
「そっか、ゆっくりしてってね」
「ありがとうございます」

 俺と軽く会話した後、叶人の母親は微笑みながら叶人と目を合わせて首を傾けた。そしてその反応を確認した叶人は笑顔で頷いた。まるでテレパシーで会話してるみたいだな。叶人はテレパシーが本当に使えてもおかしくはない雰囲気をしているし。

 というか、ふたりは何を確認したのだろう。

 二階へ上がり、叶人の部屋に入る。
 叶人は可愛いものが大好きで、水色の生地に白い水玉の柄なカーテンをはじめ、ベットやぬいぐるみも〝可愛い〟で揃えられている。その中に馴染む叶人はやっぱり可愛い。

 叶人は部屋の真ん中に、折りたたみ式のベージュのローテーブルを置く。俺がテーブルの前に座ると、叶人は前髪をピンで止め、勉強机に乗せっぱなしだった羊毛フェルトの制作セットを手に取り、俺の向かい側に座った。

 俺も今日買った羊毛フェルトセットの準備を終え、早速作業に取り掛かる。
 俺はウサギの胴体を、叶人は顔を手伝ってくれることになった。
 


 ひたすら羊毛をニードルでチクチクする作業をしている。何度もチクチクするが、変化は何もなし。

「何も変わらない……」
「ニードルを持っていない方の手で、もっとギュッと羊毛を強く押して、そしてそのままチクチクしてみて?」とアドバイスをくれた。

 今日の叶人は自信満々で、いつもよりもたくましい雰囲気。アドバイス通りにやると、少し形になってきた。

「叶人、さっき親と何かテレパシーしてたの?」
「テレパシー?」

 チクチクしながら叶人にそう質問すると、叶人は、くしゅっと笑った。叶人は些細なことでも本当によく笑う。

「だって、この部屋に来る前、親となんかアイコンタクトして、叶人も頷いてたから」
「あれね! 陽向くんに秘密事して僕が謝った時あったでしょ?」
「うん」
「あの時、謝る前にね、陽向くんと喧嘩したみたいなことをお母さんに言ってたから、さっきは『仲良しに戻ってよかったね』って、僕の心の中にお母さんが直接話しかけてきた気がして。だから僕は頷いたんだよ」
「そうだったんだ……」
「お母さんね、陽向くんは僕のこと大好きだよってその時に言ってた。陽向くんは、僕のこと好き?」
「なんだよ急に、好きだよ!」

 叶人は、他の友達よりも一番一緒にいたい人だし、一緒にいるとなんか眠くなるぐらいに落ち着いて、優しい気持ちにもなれる。同じ歳だけど、弟みたいで何かしてあげたくなるし。

「よかった! 僕も陽向くんのことが大好きだよ!」

 俺らは一緒に、微笑んだ。
 俺は叶人が大好きだ――。

 お互いに好きだと思っていたのに、それを覆す、俺にとっては大きな事件が起きた。

***



 羊毛フェルトを始めてから少し経った日。何気なくスマホのカレンダーを見ると『陽葵、誕生日』と書いてあるのが目に入った。ちょうど連休中の、五月三日が陽葵の誕生日だ。

――そっか、そういえばもうそんな時期。今作っているウサギをあげようかな? 喜んでくれるかな?

 だけど、誕生日まで後二週間じゃん。

 作り始めてから何回か、のんびり叶人と一緒に作業はした。だけどバイトの日は一切、手をつけていない。それに、ひとりの時にできる時間はあったけれど、叶人と一緒にじゃないとやる気はでなかった。ウサギ制作の進行状況は、まだ顔と身体の形だけができた感じだ。

 間に合わなさそうだ。
 どうしよっかな?

 登校中とりあえず事情を叶人に話してみた。

「じゃあさ、学校の昼休みとか一緒にやろうよ! なんか暇だし。あっ、陽向くんは人気者だし忙しいのかな?」
「いや、別に忙しくないけど」
「あっ、じゃあ今日からやる? まだ家から出たばかりだから道具持ってこれるよね?」

 返事を聞かないまま叶人は家の方向に戻っていく。もちろん俺もついていき、それぞれ自分の羊毛フェルト制作セットを取りに、家に戻った。先に準備を終え、自転車に乗って外で待っていると「お待たせ!」と明るい声の叶人も家から出てきた。叶人も自転車に乗り、再び学校に向かう。

――なんか、羊毛フェルトの話をしている時の叶人は、本当に生き生きしていて楽しそうだな。

 叶人は秘密事として羊毛フェルトをしている。それを打ち明けてくれて、本当にありがたいと思う。叶人の楽しい時間を共有できて、嬉しい。

 と言うか、これは叶人の秘密事だっけ?

「そういえば、学校の人たちには秘密事バレて大丈夫なの?」
「あ、そっか、そうなるよね……僕の羊毛フェルト制作中の世界は、陽向くんと家族以外には触れられたくはないかも……でも、陽向くんとふたりだけの世界を築ける自信はあるし、大丈夫だよ!」

 学校でふたりだけの世界?
 ちょっと分からないけれど……。

 まぁ、叶人が大丈夫そうならいいのか。



 そして昼休み。

 急いで弁当を食べて、叶人がいる隣のクラスに行こうとしたら、叶人が弁当と羊毛フェルト制作セットが入っている鳥柄模様の巾着を持って教室に入ってきた。

「叶人がこっちに来るの、珍しいな」
「うん、違うクラスの中に混ざるのはちょっとドキドキするけどね……陽向くんのために、来ちゃった」

 はにかんだ笑顔の叶人。
 俺のために頑張って、教室の奥にある俺の席にまで来てくれたんだ――。

「夏樹、席借りるわ」
「おう」

 教室の後ろで立ちながら友達と話している、前の席の夏樹に俺は声を掛ける。

「叶人、ここ座りな」
「ありがとう」
「ありがとうはこっちの台詞だよ」

 叶人はふふっと笑いながら夏樹の椅子に腰掛けて、こっちを向き、俺の机の上に羊毛フェルト制作セットを出そうとした。

「先に弁当食べちゃえば?」
「あ、うん。そうだね」

 叶人は、俺の作業スペースを空けて、弁当箱を俺の机の端に置く。そして弁当箱の蓋を開けた。

「うわ、めちゃ可愛い弁当だな」
「そうなの! 最近ね、自分で作ってるんだ!」
「すごいな!」
「可愛いって言ってくれて嬉しいな! 実は今日ね、陽向くんにお弁当見られるかな?って思って、いつもよりも頑張ってみたんだ」

 弁当箱の中には花の形のウインナーと卵焼きと人参。そしてハンバーグや丸められたご飯には可愛い鳥の顔が海苔で描かれていた。

「可愛いし、美味しそうだな」
「陽向くん、これあげる」

 叶人が持っているフォークに刺さったハンバーグが俺の口に入る。

「叶人が作ったハンバーグ、おいしい!」
 俺の反応を確認した叶人は「良かった!」と言うと、弁当を食べ始めた。

「ご飯、顔についてる」
「ありがとう、陽向くん! おかしいな……お弁当、いつもは顔につけないんだけど。陽向くんがいる所で食べると美味しさが増して食べるの真剣になっちゃうから、顔に何か食べ物をつけちゃうのかな?」

――めちゃくちゃ可愛いこと言うよな。

 叶人の顔についたご飯をとると、自分の口に入れた。
 俺は叶人の食べる姿をチラ見しながら、羊毛フェルト制作作業を先に始めた。



 昼休みに叶人が俺の教室に来て弁当を食べ、一緒に羊毛フェルト制作作業をする。そんな生活を始めてから数日が過ぎた。

 一人通れるぐらいの距離がある隣の席。そこの席のクラスメイトはいつも昼休みになると、この教室からいなくなる。叶人が教室に入ってくると、俺の前の席にいる夏樹はそこに自ら移動してくれた。そして夏樹の席には叶人が座る。

 夏樹は頬杖つきながらこっちをじっと見ていた。

 かまわず俺らは黙々と作業をする。昼休みや放課後に叶人も頑張ってくれているお陰で、順調にウサギは完成へと近づいている。顔や胴体の他に、手足もできてきた。後は耳や尻尾と、顔とかの細かい部分、か? この調子なら、なんとか間に合いそうだ。

「ふたり、めちゃくちゃ仲良いよな」

 夏樹が話しかけてきた。

「うん、俺ら昔からずっと仲良いよ」
「陽向の、雪白への好きってオーラがダダ漏れだよな」
「うん、俺、叶人のこと大好きだもん」

 夏樹の言葉に、流れるような返事をしながら作業を進める。

「なんか、ふたり恋人みたいだな」

――こ、恋人?

 俺の手が止まった。
 ふたりの関係が恋人なんて、初めて言われた。

 叶人はどんな反応をしているんだろうか気になって、チラリと視線を叶人に向けた。

 叶人も動きが止まっている。

「雪白も、陽向のこと大好きっぽいよね?」

 当たり前だ。こないだだって、お互いに〝好き〟って言葉をきちんと確認しあったし。
 
「そんな好きではないし……」

 無表情で羊毛フェルトを見つめたまま、気のせいかいつもよりも低い声で叶人はそう言った。

 ん? 今の叶人の言葉はまぼろしか?

 ありえない。俺のこと、好きではないとか。
 ありえない、ありえない――。

 しかも叶人は「ちょっと体調不良になったから、教室に戻るね?」って、教室から出ていった。

 なんで?

 叶人は一体どうしたんだ――?

「俺、なんかまずいこと雪白に言った?」
「いや、うん。いや、どうだろ……」

 夏樹に質問されるも、答えが全く見つからない。

 叶人の「そんな好きではないし……」って言葉が何度も頭の中で繰り返され、胃がギリギリと痛くなってきた。


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