霞月の里

そゆ

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秘められた力

クグイの策略

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 明継はあまりの寒さに目を覚ました。
 なぜこうも寒いのかと自分の体を触ってみると、なんらかの液体で服も体もびっしょりと濡れている。そのうえ体中についた傷は全て消えていて、クグイの姿もなかった。
 夢でも見ていたかのような気持ちにさせられて、しばらくぼんやりしていた明継は、冷たい夜風に吹かれ体を震わした。
 思い出したように立ち上がり、帰路につく。

 静まり返った道を歩きながらクグイとのやりとりを思い返す。

 ”最期”とはどういう意味なのか。
 そしてあの顔、あの態度。

 ふつふつと怒りがぶり返した。

 屋敷の入り口に辿り着いた明継は自分の部屋に戻るのも忘れ、クグイを探し始めた。どこを探せばいいのか見当もつかなかったが、ふと医務室の事を思い出し地下へ降りた。その部屋だけは今も明かりが灯っている。クグイの存在を確信して勢いよく扉を開けた。

「緋咲をどうしたんだよ!!!!」

 そこには名前を呼ばれてポカンとこちらを見つめる緋咲がいた。

「緋咲!?」

「いやこっちのセリフ……というかどうしてそんなに濡れてるの!?」

 緋咲は手近にあったタオルを手に取り、慌てて明継の体を包んだ。

「幼馴染っていいねぇ~」

 その様子を眺めて呑気に笑っているのはクグイだ。

「お前!! 緋咲に何してんだよ!?」

 明継は緋咲の話も聞かずにクグイの元へズンズンと歩いていく。

「治療薬の指導だよ。それとも緋咲くんに何かした方が良かった?」

 嘘くさい笑顔をつくるクグイに明継が掴みかかろうとしたところで、緋咲がその腕を取り上げ捻った。

「いだだだだだだ」

「ちょっと落ち着きなさいよ」

「これが落ち着いていられるか! というか帰ってたのになんで俺のところに来ないんだよ!?」

「部屋に居なかったのは明継でしょう!」

 騒がしく言い合う2人の間にクグイが割って入る。

「彼女はたまに僕の元で医学や薬学を学んでいるんだ。今日キミにぶっかけたのも緋咲くんの新薬だよ」

「嘘でしょ!?」

 食い気味に声を張り上げる緋咲にクグイは

「治ってるし大丈夫なんじゃない?」

 と笑うだけだ。


「体に異常があったらどうするのよ!? 皮膚に何か出てない!?」

 緋咲が慌て出すと、さっきまで何も感じていなかった明継もなぜか青ざめてくる。

「俺、何かけられたの?」

 涙目になった明継にさらに緋咲が慌て出し、クグイがハッハッハッと大笑いした。

「君たちって本当に純粋で面白いね。緋咲くんの薬は僕が監修してるんだから大丈夫だよ」




 落ち着いた明継は服をようやく整えて、改めてクグイに例の件を問いただした。

「別に”緋咲くん”とは言っていないけどね? キミが早とちりしたんじゃない」

 クグイは当然のようにそう返した。

 本当にそうだったのか?
 と、明継が記憶を振り返り始めると、クグイの見透かすような表情に明継の顔が僅かに赤く染まった。

「なんでそんなこと言ったんだよ?」

「人それぞれ限界を超えるためのワードがあるんだよ」

 背もたれに身を預けていたクグイが身を乗り出して、正面に座る明継の瞳をまっすぐに見つめる。

「キミが意識を失うのはその力に身を任せてしまうから。力と精神力がつり合っていないから暴走する。力を抑制できる精神力を鍛えるには、まずは自分の限界を超えないと」

「俺が限界を超えるために必要だったのは……」

「キミは単純だからね。大切なものを連想できればそれでよかった」

 その言葉に明継と、隣で聞いていた緋咲の頬がほんのりと染まった。

「ふふ、若いなぁ。ま、キミは一度それをやり遂げたんだ。いつか必ずその力を制御できるようになる」







 医務室を後にした二人は一緒に部屋まで戻った。
 緋咲と久しぶりに会った明継は、彼女の雰囲気が変わったように感じていた。

「緋咲は普段、どんな事をしてるんだ?」

 すれ違いの生活が続き、まともに話す時間もなかった。次に会えた時に聞こうと思っていた事だ。

「私は……読心術を中心に稽古してる。でも明継とはできることが正反対って聞いてるから内容も全然違うのかもね」

 明継は化け物と対峙している自分を思い浮かべて胸をなでおろした。

「じゃあクグイのところで学んでいるのも?」

 その質問に緋咲は首を振って否定する。

「それは私がお願いしたの。たまに霞月の外に連れて行ってもらうと、自分の力不足を痛感するから。少しでもできる事が増えればと思って色々やらせてもらってるんだ」


 明継は感心すると同時に、その言葉に焦りを感じた。
 今、隣にいる緋咲は円樹村にいた頃の"護らなければいけない少女"では無いのだ。
 自分がのらりくらりと過ごしていれば、彼女には追いつけなくなる。
 そう感じた。

 その日は夜を共に過ごしたが、日が昇るころには既に、緋咲の姿はなかった。

 明継はその日から、朝は体術、昼は力の制御に関わる訓練を毎日行った。
 クグイの特訓も引き続き行われ傷の絶えない日々を過ごしたが、それでも明継が腐らずにやっていけたのは緋咲を想う気持ちと、追いつきたいという焦りがあったからだ。








 そんな日々を明継が続けていたある日の深夜。

「顔つきが変わってきたな」

 明継の指導を終えたクグイの元に嗣己しきが唐突に現れ、声をかけた。

「あぁ、明継くんの事? いつも死にかけになりながら頑張ってるよ」

 驚く様子も見せずにクグイが答える。

「そうか。ところで、お前はいつもあいつを放置して帰るのか?」

 嗣己はその場にいない明継の事を不思議に思って問いかけた。

「放っておけば自力で帰るよ。嗣己はあいつに優しすぎ」

 不満げに返したクグイに、嗣己は納得がいかなさそうに表情を歪めた。


「もうそろそろ、やる?」

 そんな嗣己を気にするそぶりもなくクグイが聞いた。
 すこし考えるように間を置いた嗣己が

「そうだな」

 と短く返すと、クグイの顔が一気に緩んだ。

「あー、良かった! あいつの世話って大変で……」

 そこまで言って、口を噤む。
 依頼主でもある嗣己の前で思わず愚痴っぽくなってしまったことを恥じて、言葉を飲み込んだのだ。

「急に頼んですまなかった。助かったよ」

 その心中を察した嗣己が穏やかな表情で返した。
 クグイも気を取り直して柔らかく笑う。

「僕こそごめん。でも、嗣己が僕を頼ってくれたのは本当に嬉しかった」

 あまりに優しく、真っ直ぐな月白色の瞳に耐えられなくなった嗣己が視線を外すと、クグイがにんまりと笑った。

「あ。今、照れてる? ねぇ」

 無理やり視界に入ろうとまとわりつくクグイから嗣己が逃げるように背中を向けると、

「日程が決まったら伝える」

 と言い残して姿を消してしまった。


 その余韻に笑顔を向けていたクグイが、上機嫌で再び歩き始める。

「せっかくだから根回ししておきますか」

 そして思い出したように呟いて、ほくそ笑んだ。
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