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第二任務 寂池村
清光と元晴 前編
しおりを挟む寂池村と呼ばれる自然豊かな村に、3人の男が訪れた。
彼らが村の門をくぐると村長が出迎え、引きつった笑みで深々と頭を下げた。村長の態度から、3人のうちの1人は霞月の使者で、この村がその統治下にある事がわかる。
そしてその使者に連れられた残りの2人はというと、今後この村に住む予定の子供だ。
顔も体格も瓜二つ。10代半ばの少年たちだが、落ち着いた雰囲気は実年齢より少し大人びて見える。
「清光、元晴。挨拶しなさい」
使者に名を呼ばれた二人は返事をすると、村長に向かって丁寧に挨拶をした。
優し気な瞳に微笑みを浮かべる清光と、切れ長の瞳で気の強さを漂わせる元晴はほとんど同じ造りの顔だがその性格は正反対に思えた。
村長はにっこりと笑うと何度か頷いた。
使者は依頼者に言われた通り指定された寂池村の家に2人を放り込み金を渡すと、あらかじめ話を通しておいた村長に2人の生活を保証するように再度釘をさしてさっさと帰っていった。
村に残された2人は泣きもわめきもしなかった。今の二人には何に対しても深い感情という物がない。
なぜなら二人の記憶は寂池村へ向かう道中から始まり、やっと人生のウォーミングアップが済んだところだからだ。それでもどこでしつけを受けたのか、挨拶をしろと言われれば卒なくこなすし自分の生活をどう回していけばいいのかもわかっている。それに加えて自分たちが双子だという事や、共に過ごした記憶だけは脳内にインプットされていた。
彼らは記憶喪失というよりは、設定済みのアンドロイドに電源を入れた状態に近いと言える。
二人はさっそく生活を始めた。働くことも必要なく、気心の知れた兄弟で自分たちが生きるために好きなように生活をする。それだけだった。
贅沢はできなくとも、その生活に不自由は無かった。
そんな生活が数年続いたある日の事だった。
清光は買い物帰りに民家が集まる道を歩いていた。
この一帯は家族層が多いからか子供が活発に遊びまわる姿がよく見られる。子供好きな清光はこの道を通るのが好きだった。
だが今日はいつもと雰囲気が違う。
違和感を感じながら歩いていると、男の怒号と子供の泣きわめく声が響き渡った。
清光が何事かと足を止めると、民家から子供を抱いた女が転げるように飛び出した。
あざだらけの体で縋るように周りを見回すが、
それに応えようとする者はいない。
その間に怒号をあげた主であろう男がのしのしと家の中から現れた。
震える女の目の前に迫り、その顔を叩いた。
異様な光景に目を丸くした清光が周りを見回せば、大人たちは見て見ぬふりで通り過ぎ、民家から覗く者たちは眉を潜め囁き合っているだけだ。
男は女を蹴り飛ばすと、今度は子供に向かって拳を振り上げた。
清光は考えるよりも先に体が動き出していた。男と子供の間に体をねじ込んで、その拳を腹に受ける。ずんと重い衝撃にうずくまると、また子供が大きな声で泣き叫んだ。
男は口汚く清光を罵り何度も体を蹴とばした。さすがに周りの大人もどよめき始めると男は大声をあげて威嚇した。
痛みに顔を歪めていた清光がゆっくりと顔を上げる。その瞳に青い炎が揺らめくと、人影が立ち上がった。
刀を握り、鎧を纏った武士のようなシルエットを見せた影は、清光の目の前の男にそれを振り下ろして体を斬り裂いた。
真っ二つに分かれた男の体が清光に崩れ落ちる。
清光は訳が分からず呆然としていたが、周囲の人間のどよめきを聞くと途端に怖くなり、慌てて走り去った。
この出来事はたちまち村中に知れ渡った。
清光は自宅に飛び込むと、出迎えた元晴に縋るように抱きついた。
堰を切ったように泣き出した清光の体は土埃と痣にまみれ、べっとりと血でぬれている。ただ事では無いその姿に元晴は目を丸くしたが、理由を聞くのはぐっとこらえて、まずは彼が落ち着くのを待った。
清光が泣きやむと、体を拭って着替えさせた。
それでも清光は思い出したように度々泣くのでその晩はしっかりと抱きしめて眠ることにした。
朝がきた。
清光の顔色は昨日に比べれば良くなった。様子を窺いながら元晴が涙の訳を聞けば、それはずいぶんと現実離れした話だった。
「……お前が殺したと言っても、それをやったのは……影だろ?」
しばらく考えた後、元晴がそう言った。
「そうだけど……その影は僕の体から出てきたんだ」
弱々しく言う清光は不安そうに視線を泳がせた。
「お前が刀でも持って真っ二つにしたのか?」
「違う!」
「じゃあそれは影に責任があるな。お前が気にする事じゃない」
そう言う元晴の顔を見て清光は目を瞬かせた。
「男は清廉潔白だったか? いつもニコニコと笑って虫も殺さない?」
「僕はその人を初めて見たし……女性と子供にひどいことを……してた……けど」
「じゃあしかたないな」
何が仕方ないというのか。
清光はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
罪の意識で押し潰されそうだった清光はそんな元晴に少し救われながらも、肩透かしを食らったような気持ちになった。
複雑な心境の清光を置いて、元晴がうーんと唸る。
「俺にも変な力がある」
「僕は本当の話をしているんだぞ? 揶揄わないでくれよ」
困惑した表情で清光が抗議したが、元晴の目は至って真剣だ。
「外に人がいるだろ?」
清光が人の視線を怖がって光を通すために1枚しか開けられなかった雨戸から二人は外を窺った。視線の先では男女2人が畑仕事をしている。
自宅の敷地を越えて幾つかの道と畑を挟んだ先にある畑だ。人の大きさは小指の先くらいしか無い。
元晴は深紅の目を見開いた。虹彩の色がじわじわと黄金へと変化する。すると畑仕事をしていた男女の動きがピタリと止まり、今度はこちらに向かって両腕をぶんぶんと振り始めた。
清光は驚いて身を隠すように部屋の中へ入ったが、元晴はそんな清光を見ていたずらっぽく笑った。
「これ、俺の変な力」
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