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最終試験
楼淡と茅翠
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緋咲が消えた場所から数メートル先。そこには洞窟があった。
奥行きのある構造で、入口は木々と岩に阻まれ見つかりにくい。身を隠すには最適な場所だ。
その洞窟の最深部で緋咲が目を覚ましたのは、ハイヒールが地面を打ち鳴らす音が響き始めたころだ。
その音は緋咲に向かって真っ直ぐに近づいてきている。
音の主はくっきりとした目鼻立ちの美しい女性だ。肌は色白どころか青白く、艶やかな黒髪が強いコントラストを与えていた。ふくよかな胸をかろうじて包み込んでいる服はネックラインが肩まで大きく開き、その先のタイトスカートは引き締まったウエストラインを美しく浮かび上がらせている。
「お目覚めかしら?」
胸まである髪をかき上げながら優しい声色でそう言うと、指先で緋咲の顎を持ち上げた。
「ナイトはあなたとは似ても似つかない化け物について行っちゃったわ。こんなに可愛い子を置いてね」
後ろ手に縛られた状態で壁にもたれかかるように座らされていた緋咲は、ぼんやりとした意識の中でその声を聞いていた。
かろうじて動かせる腕に力を入れてみているが、この様子では逃れられそうにない。
私はどうしてここに……?
緋咲は薄れた記憶を取り戻そうと、脳内で時間をさかのぼった。
黒服の男を片付け、明継と場所を移動した。その時何かに引っ張り上げられ、体が宙に浮く。抵抗をしている間に首筋に――
その記憶がきっかけになったように首筋に痛みを感じ、顔を歪める。
「明継は……」
「自分の心配より男の心配? 健気で泣けるわね」
そう言った女――茅翠は深紅の瞳を細めて意地悪く笑った。
「力が入らないでしょう? あなたの血、とっても美味しかったわ。もう一人の子を殺したら私があなたを食料として飼ってあげる」
「ふざけないで……」
「ふふ、気が強いところも好きよ」
緋咲に目線を合わせると体を摺り寄せて耳元で囁く。
「でも、その体で何ができるというの?」
首筋にいくつかのキスを落とし、牙で引き裂いた傷口にたどり着くと、そこから血液を吸い上げた。
「う、あぁ、いや……」
緋咲の顔からみるみる血の気が引いていく。
茅翠は首筋から唇を離すと舌なめずりをして緋咲の顔をもう一度見た。
「人間って血液を抜くだけで死んじゃうのよね。つまり、あなたの命は私に握られているのよ。わかった?」
緋咲はその言葉を聞き終わる前に、また意識を手放した。その姿を満足そうに見届けた茅翠は腕を組んで洞窟の外に目を向けた。
「彼、上手くやっているかしら。ちゃんと殺してくれないとこの子が私のものにならないわ」
蝙蝠を操る男――楼淡は変わり果てた姿の明継と対峙していた。
黒く染まった白目の上に黄金の虹彩を光らせた瞳。体にまとわりつく黒い霧。
獣が獲物を狙うような視線を向けられた楼淡は、明継を人として扱ったところで意味がないと判断した。
刀の柄に手をかけながら距離を測る。力の全容がわからないことにはどれほどの間合いが必要なのか判断できかねた。
その見つめ合いに終止符を打ったのは、霧を纏わせた足でスタートダッシュを切った明継だった。
瞬く間に楼淡の間合いに入ると飛び上がって手甲鉤のように変形させた鋭い爪を振りかぶる。
しかし楼淡の抜刀はそれよりも速く、明継の腹を鮮やかに切り裂いた。
これで終わると楼淡は確信した。
腹の中身が露わになるほどの傷口を見たのだ。誰でもそう確信するだろう。
だが明継の能力にその常識は通じなかった。
ぱっくりと裂けた腹に黒い霧がざわざわと集まると、ファスナーでも閉めるかのように傷口が癒えていく。
明継は表情をゆがめることもなく楼淡の横に転がり込み、彼の脇に爪を突き刺しえぐり取った。
一瞬の出来事に目を見開いた楼淡の顔面に明継の膝が突き刺さる。
美しい顔から血を滴らせながら楼淡はどさり、と大きな音を立てて体を横たわらせた。
動きを止めた楼淡を、明継はギラついた金瞳で見つめ喉を鳴らした。
吸い寄せられるように腹の裂けめに食らいつくと、楼淡の体から白銅色の光を吸い上げる。
血ぬられた顔が恍惚に染まった。
明継の体からわずかに力が抜けたその瞬間、咄嗟に楼淡は体を解き、何匹もの蝙蝠となって一斉に飛び立った。
明継が空を見上げる。
視線の先には不安定な軌道で逃げていく蝙蝠が1匹。明継は刺すような視線を向けたまま駆け出した。
しかし相手は空を舞う蝙蝠だ。どうあがいても地上からは離れられない明継を、あざ笑うかのように翻弄して闇夜に消えた。
獲物を見失った明継は、速度を落として嗅覚を働かせた。
微かにあった獣の臭いはもうしなかった。
その代わりに、懐かしく、温かい香りを肺が取り込んだ。
愛おしさが胸いっぱいに広がって、明継の体が震える。
脳裏に浮かんだ名前を呟いた。
「緋咲」
奥行きのある構造で、入口は木々と岩に阻まれ見つかりにくい。身を隠すには最適な場所だ。
その洞窟の最深部で緋咲が目を覚ましたのは、ハイヒールが地面を打ち鳴らす音が響き始めたころだ。
その音は緋咲に向かって真っ直ぐに近づいてきている。
音の主はくっきりとした目鼻立ちの美しい女性だ。肌は色白どころか青白く、艶やかな黒髪が強いコントラストを与えていた。ふくよかな胸をかろうじて包み込んでいる服はネックラインが肩まで大きく開き、その先のタイトスカートは引き締まったウエストラインを美しく浮かび上がらせている。
「お目覚めかしら?」
胸まである髪をかき上げながら優しい声色でそう言うと、指先で緋咲の顎を持ち上げた。
「ナイトはあなたとは似ても似つかない化け物について行っちゃったわ。こんなに可愛い子を置いてね」
後ろ手に縛られた状態で壁にもたれかかるように座らされていた緋咲は、ぼんやりとした意識の中でその声を聞いていた。
かろうじて動かせる腕に力を入れてみているが、この様子では逃れられそうにない。
私はどうしてここに……?
緋咲は薄れた記憶を取り戻そうと、脳内で時間をさかのぼった。
黒服の男を片付け、明継と場所を移動した。その時何かに引っ張り上げられ、体が宙に浮く。抵抗をしている間に首筋に――
その記憶がきっかけになったように首筋に痛みを感じ、顔を歪める。
「明継は……」
「自分の心配より男の心配? 健気で泣けるわね」
そう言った女――茅翠は深紅の瞳を細めて意地悪く笑った。
「力が入らないでしょう? あなたの血、とっても美味しかったわ。もう一人の子を殺したら私があなたを食料として飼ってあげる」
「ふざけないで……」
「ふふ、気が強いところも好きよ」
緋咲に目線を合わせると体を摺り寄せて耳元で囁く。
「でも、その体で何ができるというの?」
首筋にいくつかのキスを落とし、牙で引き裂いた傷口にたどり着くと、そこから血液を吸い上げた。
「う、あぁ、いや……」
緋咲の顔からみるみる血の気が引いていく。
茅翠は首筋から唇を離すと舌なめずりをして緋咲の顔をもう一度見た。
「人間って血液を抜くだけで死んじゃうのよね。つまり、あなたの命は私に握られているのよ。わかった?」
緋咲はその言葉を聞き終わる前に、また意識を手放した。その姿を満足そうに見届けた茅翠は腕を組んで洞窟の外に目を向けた。
「彼、上手くやっているかしら。ちゃんと殺してくれないとこの子が私のものにならないわ」
蝙蝠を操る男――楼淡は変わり果てた姿の明継と対峙していた。
黒く染まった白目の上に黄金の虹彩を光らせた瞳。体にまとわりつく黒い霧。
獣が獲物を狙うような視線を向けられた楼淡は、明継を人として扱ったところで意味がないと判断した。
刀の柄に手をかけながら距離を測る。力の全容がわからないことにはどれほどの間合いが必要なのか判断できかねた。
その見つめ合いに終止符を打ったのは、霧を纏わせた足でスタートダッシュを切った明継だった。
瞬く間に楼淡の間合いに入ると飛び上がって手甲鉤のように変形させた鋭い爪を振りかぶる。
しかし楼淡の抜刀はそれよりも速く、明継の腹を鮮やかに切り裂いた。
これで終わると楼淡は確信した。
腹の中身が露わになるほどの傷口を見たのだ。誰でもそう確信するだろう。
だが明継の能力にその常識は通じなかった。
ぱっくりと裂けた腹に黒い霧がざわざわと集まると、ファスナーでも閉めるかのように傷口が癒えていく。
明継は表情をゆがめることもなく楼淡の横に転がり込み、彼の脇に爪を突き刺しえぐり取った。
一瞬の出来事に目を見開いた楼淡の顔面に明継の膝が突き刺さる。
美しい顔から血を滴らせながら楼淡はどさり、と大きな音を立てて体を横たわらせた。
動きを止めた楼淡を、明継はギラついた金瞳で見つめ喉を鳴らした。
吸い寄せられるように腹の裂けめに食らいつくと、楼淡の体から白銅色の光を吸い上げる。
血ぬられた顔が恍惚に染まった。
明継の体からわずかに力が抜けたその瞬間、咄嗟に楼淡は体を解き、何匹もの蝙蝠となって一斉に飛び立った。
明継が空を見上げる。
視線の先には不安定な軌道で逃げていく蝙蝠が1匹。明継は刺すような視線を向けたまま駆け出した。
しかし相手は空を舞う蝙蝠だ。どうあがいても地上からは離れられない明継を、あざ笑うかのように翻弄して闇夜に消えた。
獲物を見失った明継は、速度を落として嗅覚を働かせた。
微かにあった獣の臭いはもうしなかった。
その代わりに、懐かしく、温かい香りを肺が取り込んだ。
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脳裏に浮かんだ名前を呟いた。
「緋咲」
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