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最終試験
獅子の子落とし
しおりを挟む人々が眠りに落ちる時間。明継は嗣己に言い渡された場所へ向かっていた。
嗣己は場所を言い渡すと同時に
「技量を測るための試験だ」
と明継に言った。
それを通過できれば数ヶ月間続いた訓練もようやく一区切りとなる。
緋咲と一緒に過ごす時間が少しでも増えるなら。
そんな気持ちと共に明継は道を急いだ。
試験が執り行われるのは町はずれに存在する、林から山を含むエリアだ。
試験場にたどり着いた明継はそれを囲う鉄線をくぐったものの、どこで何をしていればいいのかも分からずあてもなく歩き始めた。
化け物が来るのか? はたまた人が来るのか?
奥へ行けば行くほど不安になった。
ふと、明継が足元に視線を落とした。
何かが這っている。よく目を凝らせば純白の鱗を輝かせた細長い蛇だ。
普段から化け物を相手にしていたからか、明継は声を上げることなく足をひっこめたが、この暗闇でうすぼんやりと発光して見える蛇は美しく、つい目を惹きつけられた。
吸い寄せられるように体を屈ませると、後頭部を鉛が掠めた。それが飛んできた方向へ顔を向ければ複数の煌めきが見え、瞬きをする暇もなく大量の刃物が飛んでくる。
「明継!」
呼び声と同時に飛び出してきた者に体当たりに近い形で抱きしめられた明継は、茂みの中へ身を転がした。慌てて相手の顔を確認すると、驚きのあまりに声を張った。
「緋咲!?」
「話は後! とにかくついてきて!」
緋咲は明継の体を引っ張り上げると全速力で走り始めた。置いていかれまいと明継もその後を追うと、その後ろから微かに布の擦れる音が聞こえた。
攻撃を仕掛けてきたやつらに違いない。
明継はそう確信して、できる限り足を早めた。
緋咲がようやく足を止めたのは木々と茂みに囲まれた場所だった。二人は身を屈めて周囲を警戒しながら会話の態勢に入った。
「この後の計画はある?」
「いや……特に」
「そう……?」
「そもそも何がいるんだ?」
「何って……全部で5人でしょ? しかも、し――」
「5人!? そいつらをどうするんだ?」
緋咲が話しているにも関わらず、明継が声を張った。
「どうって……朝まで逃げるか、戦うか……」
「朝!?」
「は?」
話のかみ合わなさに、緋咲が眉間に皺を寄せた。
「今日、どうしたら試験をパスできるのか聞いてる?」
明継を落ち着かせるように緋咲が声のトーンを下げて問いかける。
「いや……行きゃわかるって言われたんだけど……」
その答えに深くため息をついた緋咲が
「あの野郎」
と呟いた。
「今日が試験だってことはさすがに言われてるわよね?」
その緊迫した表情に明継は声も出さず何度も頷いた。
「今から朝日が昇るまで生き延びるの。追いかけてくるのは5人。嗣己みたいな上層部の人間じゃないけど、任務に失敗した処刑直前の人間よ。彼らは私たちの首を取ればそれが免除される。自分の首がかかってるんだもの。追手は相当必死だと思うわ」
「あいつなんでそれを言わないんだ!?」
「ちょ、ちょ、いい加減静かに――」
興奮して声が大きくなった明継の口を緋咲が咄嗟に押さえこむ。
同時に精神感応の遮断を解除したが、緋咲の脳内には明継の思考は流れ込まなかった。
「もしかして、精神感応ができるようになったの?」
「え、あ。これ? できてる?」
思い出したように明継が聞き返すと、緋咲は目を見開いたまま小刻みに頷いた。
「元々駄々洩れなのに、明継は興奮すると爆音になるから今日はどうしようかと思ってたんだけど。良かった」
緋咲にそう言われた明継は表情を曇らせた。
試験の事より今まで駄々洩れで生活をしていた普段の自分の事の方が心配になったからだ。
「私はむやみに読まないし、興奮しない限りはそう遠くまでは聞こえないから大丈夫よ」
それを察した緋咲が苦笑いを浮かべてフォローしたが、その複雑な表情はしばらく張り付いたままだった。
「会話はできないわよね?」
「うん。最低限だけど遮断はできるようにって嗣己に教わった。それでも苦手なんだけど」
「ふーん。その辺はちゃんとやるのね」
そんな会話をしている途中で、急に緋咲が顔を上げた。
二人はクナイを構えて背中合わせになると微かな物音に集中した。
緊張感を抱いた明継が武器を握り直すと、目の前に現れたのは小さな野ウサギだった。
「なんだ――」
拍子抜けして思わず体の力を緩めた明継に、緋咲がクナイを振りかざす。
「ひっ」
と、喉から出た声が引き裂かれるように刃物が眼前を通った。同時に緋咲の腕に押されて倒れると、鉛同士がぶつかる音が響く。
漆黒の着物に傘、口布を巻いて闇に溶け込むその相手は、何度かの攻防を経て緋咲のクナイを弾くと腰に携えた小刀を抜く。
弾かれた衝撃で大きく開いた緋咲の胴体目掛けて突き進んだ。
明継が援護をしようと咄嗟に身を起こした瞬間、
「動かないで!」
緋咲が声を張り上げた。
弾かれた反動を利用して体を翻し、勢いをつけた緋咲の足は明継の頭上を通り、男の首にかかとを打ち込んだ。あらかじめ靴底に仕込んであった針が突き刺さる。
殺気を放つ緋咲に明継は見惚れていたが、その向こうに鈍い光があるのを知ると、男が落とした小刀を拾って起き上がった。
緋咲の前へ出ると、分銅のついた鎖が小刀に巻きついた。明継は抵抗することなく武器を捨てて踏みつけると瞳に黒い炎を揺らめかせて火を放つ。相手がそれに気を取られたところで硬化させた腕で顔面を打ちぬいた。
動かなくなった相手を確認し、緋咲の元へ戻れば彼女は目を見開いて明継を見つめている。
「なに、今の?」
「あぁ……えっと。これが俺の”力”みたい」
「うそ……別人みたい」
「緋咲もね」
この数か月、霞月に身を置くことで二人は確実に力をつけていた。
だがその成長をお互いに披露する場を持たなかった2人は、自分たちの力を見せあうことになったのが何故だか照れ臭く、その笑いはぎこちなかった。
ふと、何かを感知した緋咲が周りを見回し始める。
「ひと騒ぎしたから違う追手が近づいてる」
敵の感知に関しては明継より緋咲の方がはるかに上だ。
彼女を先頭に、二人は再び足を進めた。
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