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あるとき菫青は、使用人たちと『いつになったらオレの髪が元に戻るのか』と話をしていた。オレはそれを偶然聞いてしまって愕然とした。そして腑に落ちた。
菫青は優しいし、とてもよくしてくれるが、それはオレが過去の恋人の生まれ変わりだからだ。決してオレ自身を好いてくれたわけではない。
現に菫青はいつかオレが石英に戻ると思っている。盗み聞いてしまった言葉は、それを明確に突きつけてきた。
悲しくて、胸が苦しくて、塞ぎ込むオレを菫青は懸命に慰めた。
『どうしたの、何があったの、お前が沈んでいると私まで悲しいよ――石英』
名前すら呼ばれないのか、といっそ笑い出したくなった。歪に表情を崩したオレを見て、菫青は少しほっとしていた。
冷静になれば、周囲の声が正しく耳に入ってくる。
菫青が『石英の好きなものを用意するように』と命じ、彼の使用人たちは『石英様のために』と動く。菫青の屋敷の者はみんな優しいが、それはオレを石英だと思っているからだ。
誰もオレを――『輝』という個人として見てくれる者はいない。
心の弱ったオレは途端に体調を崩した。
菫青はとても心配していたが、無意識だったんだろう。ぽつりとひとつ呟いた。――やはり石英と同じだ、と。
石英という人は龍族ではなく人間で、しかも身体の弱い人だったらしい。
長命な龍族からしてみれば短い人の生を、さらに瞬くようにして儚くなってしまったのだそうだ。今度こそ、と意気込む使用人たちの会話を繋いで理解した。
菫青は石英の話をしない。
それもそうだ。オレを石英だと思っているのだから、あえて本人に昔の自分の話をする必要はなかったのだろう。
抜け殻のようになったオレが菫青の屋敷でまんじりと過ごしていたある日、急に使用人たちが慌ただしくなった。
菫青の婚約者だという人がいきなりオレを訪ねてきたのだという。
それが柘榴だった。
白い髪に白い肌。白い着物を身につけた細身で美しい少年は、瞳だけがくっきりと赤く光っていた。目があったその瞬間、びりりと電気が走る。理屈じゃない。彼だ、と一目で理解した。
柘榴もまた一瞬でオレを認識して、腕を取られてあっという間に連れ去られた。白い龍の鱗を一枚残して。
「――今頃、菫青の屋敷は大騒ぎだろうね」
柘榴がオレを背後から抱き締めながら笑う。
少年のような見た目の柘榴だが、それでもオレより背が高く、腕も長い。抱き締められるとぴったりと収まってしまう。
「大丈夫かな?柘榴に何かあったりしない?」
「鱗を置いてきたんだから、向こうだってわかってるはずだよ」
龍族の間で鱗というのは名刺のようなもので、己の番と出会ったとき、一刻も早く己の巣穴に連れ出してしまう龍族がよく使う手段らしい。
柘榴はオレの――『輝』の番だ。
「菫青は間違ったんだよ。石英とずっといっしょにいたかったのなら、龍の里になんか連れてくるべきじゃなかったんだ」
「輝は龍の秘薬を口にした?」と聞かれて、首を横に振る。よかったと柘榴は笑った。
菫青は優しいし、とてもよくしてくれるが、それはオレが過去の恋人の生まれ変わりだからだ。決してオレ自身を好いてくれたわけではない。
現に菫青はいつかオレが石英に戻ると思っている。盗み聞いてしまった言葉は、それを明確に突きつけてきた。
悲しくて、胸が苦しくて、塞ぎ込むオレを菫青は懸命に慰めた。
『どうしたの、何があったの、お前が沈んでいると私まで悲しいよ――石英』
名前すら呼ばれないのか、といっそ笑い出したくなった。歪に表情を崩したオレを見て、菫青は少しほっとしていた。
冷静になれば、周囲の声が正しく耳に入ってくる。
菫青が『石英の好きなものを用意するように』と命じ、彼の使用人たちは『石英様のために』と動く。菫青の屋敷の者はみんな優しいが、それはオレを石英だと思っているからだ。
誰もオレを――『輝』という個人として見てくれる者はいない。
心の弱ったオレは途端に体調を崩した。
菫青はとても心配していたが、無意識だったんだろう。ぽつりとひとつ呟いた。――やはり石英と同じだ、と。
石英という人は龍族ではなく人間で、しかも身体の弱い人だったらしい。
長命な龍族からしてみれば短い人の生を、さらに瞬くようにして儚くなってしまったのだそうだ。今度こそ、と意気込む使用人たちの会話を繋いで理解した。
菫青は石英の話をしない。
それもそうだ。オレを石英だと思っているのだから、あえて本人に昔の自分の話をする必要はなかったのだろう。
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菫青の婚約者だという人がいきなりオレを訪ねてきたのだという。
それが柘榴だった。
白い髪に白い肌。白い着物を身につけた細身で美しい少年は、瞳だけがくっきりと赤く光っていた。目があったその瞬間、びりりと電気が走る。理屈じゃない。彼だ、と一目で理解した。
柘榴もまた一瞬でオレを認識して、腕を取られてあっという間に連れ去られた。白い龍の鱗を一枚残して。
「――今頃、菫青の屋敷は大騒ぎだろうね」
柘榴がオレを背後から抱き締めながら笑う。
少年のような見た目の柘榴だが、それでもオレより背が高く、腕も長い。抱き締められるとぴったりと収まってしまう。
「大丈夫かな?柘榴に何かあったりしない?」
「鱗を置いてきたんだから、向こうだってわかってるはずだよ」
龍族の間で鱗というのは名刺のようなもので、己の番と出会ったとき、一刻も早く己の巣穴に連れ出してしまう龍族がよく使う手段らしい。
柘榴はオレの――『輝』の番だ。
「菫青は間違ったんだよ。石英とずっといっしょにいたかったのなら、龍の里になんか連れてくるべきじゃなかったんだ」
「輝は龍の秘薬を口にした?」と聞かれて、首を横に振る。よかったと柘榴は笑った。
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