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花乞
花乞・7
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ぎこちないまま菘と別れて、さてどうしようと悩んだ。
本当であれば、先日の礼をしに辛夷様のところにも顔を出すつもりだったけれど、菘が直接ぼくに訊ねてくるほどだ。あの件は屋敷の人間には筒抜けなのだろう。そんな中ぼくが訪れたら、辛夷様の迷惑になるのではないかと躊躇ってしまう。
もちろん、ぼくの噂ごときでどうこう言われるほど、あの方は弱くなんてないとわかってはいるが。
…ちがう。ぼくは、辛夷様にまで疎んじて見られるのが怖いのだ。
もっといえば、そんな風に人から疎まれてばかりのぼくが槐様に仕えていられるのかと、怖くてたまらない。
「…………」
自らの心の内を覗き見て、ふ、と苦笑いが零れる。そんなこともう今更かも、なんて。
辛夷様がいま任務に出ていないことは連翹様に聞いていたので、お屋敷のどこかにいらっしゃるのだろう。辛夷様か蔓様のお部屋か、もしくは道場で鍛練中か。
ぼくはひとまず道場へと足を向けた。
道中すれ違う者は皆ちらちらとこちらを見てくる。そのくせ、声をかけようとするとふいっと顔を背けて離れていくのだ。
はあ、と、ため息が漏れる。
ぼくは元々このお屋敷で下働きをしていた頃からよく思われてなかった。
もとよりなにも秀でたものがなく、隠密としての任務を頂けなかったグズだ。そのくせ突然槐様の側仕えに選ばれて、その上であの噂。
周りの反応は仕方のないものだろう。
それでも身に受ける不躾な視線は快いものではなく、ぼくは逃げるように道場に急いだ。
ところが、訪れた場所はがらんとして誰もおらず、探していた辛夷様ももちろんいない。
しまった。やっぱりお部屋だったかな。
道場の周りをぐるりと回って、その裏手でようやく人影を見つける。また避けられてしまうかもなと思いながら声をかけた。
「あの、すみません、辛夷様はどちらに…」
「は?…おまえ、清白?」
振り返った顔にどきりとする。
「あ…」
「久しぶりだな、いま槐様の側に仕えてるんだろ?」
ざかざかと足音荒く歩み寄られて、思わず後ずさる。
そうだ、この人は槐様の隊の人だ。そして一時だけ、ぼくの先輩だった人。
「ったく、どうせなんにもできないくせに。どうしてお前が槐様の側仕えなんだよ、どうせ迷惑しかかけてないんだろ?そのくせなんだ?今度は辛夷様か、一体何の用だよ!」
どん!と肩を押されて、よろめいたぼくは簡単に尻をついてしまった。
「痛…っ!」
「あのときお前が失敗したせいでオレもずいぶんどやされたんだ。ふざけんじゃねぇよ」
見下ろしてくる瞳には明らかな恨みが込められている。
「す、みませ……」
「なんで槐様もお前なんかを!」
苛立ちを隠すことなく舌を打った彼は、そうだと先程までなにやら作業をしていた小包を持ち出した。
「ほらこれ。懐かしいだろ?お前が作ったものより小さいけど、同じ形だぜ」
「あ…あ……!!」
それを目にした途端、がたがたと身体が震え出す。
「覚えてるか?ここが仕掛けになって、」
まだなにか話しているがまったく耳に入ってこない。ぼくの視線はその小さな仕掛け爆弾に釘付けだった。
「や、いや……!」
「はは。子供騙しだろ、こんなの」
『――子供騙しだよ、少しびっくりするだけだって』
脳裏に過去の記憶が甦る。
ほら、とその小包を鼻先に突きつけられた瞬間、抑え込んでいた恐怖が爆発した。
「ああああ!やだ、あつい、いたい、こわい!いやだあぁ!」
「な、なんだ突然…!?」
「おい!なんだ、なにがあった!?大丈夫か!」
「清白さん…!?」
道場の表から複数の気配がして、相手がハッと振り返る。その中に菘の声もあったような気がしたが、ぼくは蹲ったまま意識を失った。
本当であれば、先日の礼をしに辛夷様のところにも顔を出すつもりだったけれど、菘が直接ぼくに訊ねてくるほどだ。あの件は屋敷の人間には筒抜けなのだろう。そんな中ぼくが訪れたら、辛夷様の迷惑になるのではないかと躊躇ってしまう。
もちろん、ぼくの噂ごときでどうこう言われるほど、あの方は弱くなんてないとわかってはいるが。
…ちがう。ぼくは、辛夷様にまで疎んじて見られるのが怖いのだ。
もっといえば、そんな風に人から疎まれてばかりのぼくが槐様に仕えていられるのかと、怖くてたまらない。
「…………」
自らの心の内を覗き見て、ふ、と苦笑いが零れる。そんなこともう今更かも、なんて。
辛夷様がいま任務に出ていないことは連翹様に聞いていたので、お屋敷のどこかにいらっしゃるのだろう。辛夷様か蔓様のお部屋か、もしくは道場で鍛練中か。
ぼくはひとまず道場へと足を向けた。
道中すれ違う者は皆ちらちらとこちらを見てくる。そのくせ、声をかけようとするとふいっと顔を背けて離れていくのだ。
はあ、と、ため息が漏れる。
ぼくは元々このお屋敷で下働きをしていた頃からよく思われてなかった。
もとよりなにも秀でたものがなく、隠密としての任務を頂けなかったグズだ。そのくせ突然槐様の側仕えに選ばれて、その上であの噂。
周りの反応は仕方のないものだろう。
それでも身に受ける不躾な視線は快いものではなく、ぼくは逃げるように道場に急いだ。
ところが、訪れた場所はがらんとして誰もおらず、探していた辛夷様ももちろんいない。
しまった。やっぱりお部屋だったかな。
道場の周りをぐるりと回って、その裏手でようやく人影を見つける。また避けられてしまうかもなと思いながら声をかけた。
「あの、すみません、辛夷様はどちらに…」
「は?…おまえ、清白?」
振り返った顔にどきりとする。
「あ…」
「久しぶりだな、いま槐様の側に仕えてるんだろ?」
ざかざかと足音荒く歩み寄られて、思わず後ずさる。
そうだ、この人は槐様の隊の人だ。そして一時だけ、ぼくの先輩だった人。
「ったく、どうせなんにもできないくせに。どうしてお前が槐様の側仕えなんだよ、どうせ迷惑しかかけてないんだろ?そのくせなんだ?今度は辛夷様か、一体何の用だよ!」
どん!と肩を押されて、よろめいたぼくは簡単に尻をついてしまった。
「痛…っ!」
「あのときお前が失敗したせいでオレもずいぶんどやされたんだ。ふざけんじゃねぇよ」
見下ろしてくる瞳には明らかな恨みが込められている。
「す、みませ……」
「なんで槐様もお前なんかを!」
苛立ちを隠すことなく舌を打った彼は、そうだと先程までなにやら作業をしていた小包を持ち出した。
「ほらこれ。懐かしいだろ?お前が作ったものより小さいけど、同じ形だぜ」
「あ…あ……!!」
それを目にした途端、がたがたと身体が震え出す。
「覚えてるか?ここが仕掛けになって、」
まだなにか話しているがまったく耳に入ってこない。ぼくの視線はその小さな仕掛け爆弾に釘付けだった。
「や、いや……!」
「はは。子供騙しだろ、こんなの」
『――子供騙しだよ、少しびっくりするだけだって』
脳裏に過去の記憶が甦る。
ほら、とその小包を鼻先に突きつけられた瞬間、抑え込んでいた恐怖が爆発した。
「ああああ!やだ、あつい、いたい、こわい!いやだあぁ!」
「な、なんだ突然…!?」
「おい!なんだ、なにがあった!?大丈夫か!」
「清白さん…!?」
道場の表から複数の気配がして、相手がハッと振り返る。その中に菘の声もあったような気がしたが、ぼくは蹲ったまま意識を失った。
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