宰相補佐の隠し事

まめだだ

文字の大きさ
上 下
4 / 8

4

しおりを挟む
はじめて見たときから何となく既視感を感じていた。閉じられた目元、すっとした鼻筋。

「彼を知っているかもしれない」と口を滑らせた私に老医師はこれ幸いと男を私に押しつけた。
医師はこの地を離れて息子たちと暮らしたいのだと言う。怪我人の面倒なんて見れないと断ったが、しばらくは付き合ってやるからと言い負かされてしまった。


私の他にも中央から人が送り込まれ、復興が進んでいく。この地で全滅したのは第二王子が率いる部隊だったそうだ。生存者なしの書類に私も署名した。

私の実家は外観が残っていたので、どうにか人が住めるよう直してから男と共に移り住んだ。

男はまだ目覚めない。
けれど彼が青嵐殿下であろうことは薄々気付いていた。髭を剃ってやったらあまりに男前で目眩がした。だからだろうか、彼の正体は老医師にも誰にも告げなかった。


彼と出会って三ヶ月ほど経ったある晩。

隣に潜り込んで彼の美しい顔を飽きもせず眺めていた私は、ゆっくりと彼の瞳が開かれる夢のような瞬間を目の当たりにした。


「誰……?」


掠れきって音にならない声に慌てて水を含んだ布で唇を濡らしてやる。


「私は暘谷と言います。ご自身のことはお分かりになりますか?」

「だれ……?」


ぼんやりとした美しい瞳がまた閉ざされてしまう。


「オレは、誰?」


強く息を飲んだ。そして私は魔が差した。



***
「う、う、う…っ、ごめんなざい、申し訳ございまぜん…っ!謝ってゆるされることじゃ、ないって、わかってます…っ!うぐっ、う、うううっ」


子供のようにびゃあびゃあ泣いて謝る私の周りには翠雨陛下、宰相、その他たくさんの偉い方々。そして私の後ろ、というより尻の下には、慣れ親しんだ野分こと青嵐殿下が。


「暘谷はさあ、オレのことを助けてくれたんだよ。でも最初にオレが目覚めたときに記憶が混濁してたから、先回って色々考えてくれたんだよな」


次に目を開いた青嵐殿下がぽつりと「野分…」と呟いたから、私は「そうです、あなたの名前は野分です!」と強く言い放った。

あれ、そう言えばあのとき青嵐殿下はちょっと変な顔をしてた。寝たきりでわかりにくかったけど。もしかして記憶がなくなってなんかいなかった…?

涙でびしょびしょの顔で振り返ると、青嵐殿下はにこりと笑う。


「野分ってさあ、オレの愛馬ね」

「ひょわああああ!」

「はは。かわいいなあ」


後ろからぎゅうぎゅう抱き締めて私の肩に顎を乗せた青嵐殿下が楽しげに笑う。ううっ、重たくて潰れそうです…。


「兄上!兄上はそれでいいんですか!暘谷は国の英雄であるあなたを何年も隠していたんですよ!」


翠雨陛下が叫ぶ。オレはいたたまれなくて視線を落として、またじわりと涙が浮かんだ。


「あーあー泣かされてかわいそうになあ、暘谷」

「ん、せいらんさま…」


ぺろぺろと目尻を舐められて色のついた吐息が落ちる。誰かが「んん!」と咳払いをした。


「暘谷がオレを見つけたときには翠雨はもう国王になっていたし、オレの足も、ほら」


ひょいと青嵐殿下が左足を浮かせてみせて、周囲の空気が張りつめる。


「すでにこうだった。そもそもオレは目が覚めるまで数ヶ月かかっていたし、目覚めても衰弱していてすぐには動けなかった。それにあれだ。戦場で敗けるというのは思ったよりも心に負担があってな、情けないことにいまだにオレは夜に魘されることがあるらしい」


張りつめた空気が今度はどんよりとする。


「オレをずっと支えてくれたのは暘谷だ。文官の仕事もちゃんとしていただろう?地方の筆頭文官から宰相補佐まで成り上がった。そしてオレを王都まで連れてきてくれた。だからこうしてお前たちと再会できたんだ、何を咎めることがある?」


私が宰相補佐になれたのも青嵐殿下がいたからだ。
世間話に紛れて世相の行方を訊かれて、代わりに彼の知識を与えられて……まったく、記憶がなくなってなんかいないじゃないか!


「ですが、それは結果的にそうなっただけであって…」


翠雨陛下は苦々しい顔で青嵐殿下を見下ろしている。わかる、わかるよ。家族を失って、天涯孤独になったときの喪心といったらない。例え療養中でも兄が生きていると知ればどれだけの救いになったことか。


「翠雨陛下、本当に申し訳ございませんでした」


深く頭を下げるとぽたぽたと涙が落ちた。


「はあ、もういいよ。兄上がいいと言っている以上どう罰しろというんだ」


翠雨陛下は大きく息を吐いて「それで」と続けた。


「青嵐兄上は今後どうされるおつもりで?」

「それな、オレは暘谷専用の椅子になるよ」

「「「はあ!?」」」


これには部屋中から驚愕の声が上がった。もちろん私も含まれている。


「青嵐様、何を仰って……?」

「だってよお、いまさらオレが生きてましたとか言ってももう王は翠雨な訳だし、混乱の元だろ?隣国だってまた何を言い出すかわからない。それにオレのこの足じゃあ、騎士として前線に立つこともままならない。だったら暘谷専用の椅子として存在した方がいいだろ?喋る椅子だぞ、すごいだろう」

「恐れながら青嵐殿下、王家の血統については…」

「あー椅子じゃなかったら馬でもいいぞ。暘谷の種馬。野分と呼んでくれ」


言うや否や下から強く突き上げられて、「あっうんん!」と高い声が漏れる。くず折れた私を抱き止めてにやりと笑う青嵐殿下。


「これじゃあいままでと一緒だなあ。ああそうだ、翠雨」


弟を呼んだ彼は艶かしい手つきで私を撫でた。思わずかあっと顔が熱くなる。


「暘谷もう処女じゃないんだ、悪いな」

「ちょっとなんてこと言ってるんですかあああ!」



***
それからの青嵐殿下は、自身にぴったりの義足を得て翠雨陛下の相談役兼宰相補佐の専用椅子として堂々と城を闊歩した。そして時々、義足とは思えない動きで敵を凪払うのだとか。

田舎上がりの堅物と有名だった宰相補佐は童貞だったが処女ではなく、椅子にいたずらされる度に涙目で真っ赤になって、毎回それを見せつけられた奔放な王はすっかり節度を守るようになったとか。


なお騒音騒動の件は、抜き打ち視察により飼育崩壊寸前の犬の多頭飼いが発見されたのだが、残念ながら城内ではあまり知られていない事実である――。



おわり
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のおじさんは☓☓でした

林 業
BL
両親が死んだ。 引取ってくれる親戚がいないということで、施設に入る直前だったとき、絶縁状態だった母の兄に引き取られた。 彼には一緒に住んでいる人がいると言う。 それでもという条件で一緒にすむことになった。

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

愛し合う条件

キサラギムツキ
BL
異世界転移をして10年以上たった青年の話

【BL】SNSで出会ったイケメンに捕まるまで

久遠院 純
BL
タイトル通りの内容です。 自称平凡モブ顔の主人公が、イケメンに捕まるまでのお話。 他サイトでも公開しています。

嘘〜LIAR〜

キサラギムツキ
BL
貧乏男爵の息子が公爵家に嫁ぐことになった。玉の輿にのり幸せを掴んだかのように思えたが………。 視点が変わります。全4話。

処理中です...