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色々とびっくりした。
びっくりしたんだけれど、なにより一番びっくりしたのは、おれを殴って明に殴り飛ばされたのが、おれの父親だという事実だった。
恐らくあの場にいた関係者の中で、その事実を認識していなかったのはおれだけのようだ。
響さんはわかっていてあの場からおれの父親を引き離そうとしていたし、明は険しい顔でおれの父親を見ていた。
もうひとりいた中年男性は、おれの父親に付き添っていた三条家の分家の人……だとあとから聞かされた。
なんでもおれの父親はちょっと前まで刑務所にいたらしい。それが、最近出所した。そして、おれに会いに行こうと――いや、取り返しに行こうと? していたらしい。
三条家の分家の人は、どうも本家に取り入りたいがために邪魔なおれを排除しようと動いて――結局は暁さんや崇朗さんの不興を買うことになった。
なぜおれの父親が、いまさらおれを取り返そうとしてきたのかさっぱりだったが、響さん曰く「今さらになってオメガの価値に気づいて、惜しくなったんじゃないか」ということらしい。
「価値」というのが、「市場価値」だということはなんとなくおれにもわかった。世の中にはお金で希少なオメガを買うアルファもいると聞く。本当にそんなアルファが存在するのかどうか、おれにはわからないが。
まあとにかく、あのロクでもない父親が、またロクでもないことを考えて、その尻馬に三条家の分家の人が乗った――というのが、ことの顛末らしかった。
そして暁さんと崇朗さんが、おれの父親と分家の人との話し合いをしたのが、ちょうど今日。おれが、響さんに連れ出されているあいだのことだったようだ。
もちろん三条家の本家――つまり、普段おれたちが暮らしている家――ではなく、近くのホテルで話し合いをしたらしいのだが……。
そのときには当たり前のように物別れに終わり、憤懣やるかたない父親はおれを捜してあてどなく街を巡っていたようだ。
暁さんや崇朗さんに面と向かって文句が言えないところが、おれの父親らしいと言えばらしい。一緒に暮らしていたときも、彼は権威のある人や、地位の高い人にはおどろくほど腰が低かったから。
それが奇跡的に駅でかちあってしまって――おれは殴られ、殴り返し、最終的に明が殴り飛ばした。
さすがに殴られたからとは言え、殴り返しては話がこじれてしまうのではないかとおれは心配したが、その辺りは大丈夫だと言われた。
おれの父親と、三条家の分家の人については今後は三条家が懇意にしている弁護士さんに任せるとのことだ。
暁さんたちはもう二度とあの父親には会わせないと息まいている。おれも、もう二度と会いたくない気持ちでいっぱいだった。弁護士さんが上手くやってくれれば、次に会うのは恐らく父親の葬式のときだろう。お願いだから、そうなって欲しい。
となると、子供であるおれの出番はもはやまったくないわけで……。
ちなみに響さんは落胆していた。暁さんからおれを頼まれたのに、最終的におれが殴られてしまったかららしい。
響さんのアパートの部屋が水漏れでしばらく住めなくなったのは本当で、しばらく居候をさせてもらう恩返しとしておれのことを引き受けた、というのが真相だった。
「俺の立場が……」とうめく響さんをしばらく慰めたが、比例するように明の機嫌が微妙に悪くなったのは、ちょっと笑ってしまった。
「それにしても、本家とか分家とか……住む世界が違うなあ……」
「そんな他人事言って。瑞貴くんはもう三条家の一員なんだから、そういうことにも気を払わないと行けなくなるんだぞ」
響さんはそう言いつつ「まあ確かにイマドキ本家だの分家だの、メンドクセー家だよ」とボヤく。響さんは分家筋ということになるのだろうが、それでも色々と今までに面倒なことに巻き込まれた経験があるのかもしれない。
それよりもおれは、響さんがおれのことを「三条家の一員」と言ってくれたことのほうがうれしくて、口の端が自然と持ち上がった。
「……そっか」
「明がアレだからな……瑞貴くんがしっかり差配しないと」
「う……。が、がんばります……」
響さんとそんな話をしていれば、肩口に吐息がかかった。この部屋に今いるのはおれと響さんと明だけなので、だれかはわかりきっていた。
「明――」
「どうしたの?」……そんなおれの声は明の唇に吸い込まれるようにして消えてしまった。
不意打ちのキスに、離れて行く明の顔。おれは一番間抜けな顔をして、明の顔が離れて行くのを見ていた。
「おいおい、イチャつくなら俺のいないところでしてくれ」
響さんの呆れた声で我に返る。その頃には響さんはソファから立ち上がり、部屋の扉に手をかけているところだった。
「暁さんたちの話し合いはまだ終わりそうにないようだが……おっぱじめるなら夜の方がいいと思うぞ」
「おっ――」
「じゃあ、明。瑞貴くんのこと、大事にしろよ」
響さんの背中が扉の向こうに消える。
残されたおれの目の前には、真剣な顔つきの明。
……今日は長い夜になりそうだと、おれの直感が訴えていた。
びっくりしたんだけれど、なにより一番びっくりしたのは、おれを殴って明に殴り飛ばされたのが、おれの父親だという事実だった。
恐らくあの場にいた関係者の中で、その事実を認識していなかったのはおれだけのようだ。
響さんはわかっていてあの場からおれの父親を引き離そうとしていたし、明は険しい顔でおれの父親を見ていた。
もうひとりいた中年男性は、おれの父親に付き添っていた三条家の分家の人……だとあとから聞かされた。
なんでもおれの父親はちょっと前まで刑務所にいたらしい。それが、最近出所した。そして、おれに会いに行こうと――いや、取り返しに行こうと? していたらしい。
三条家の分家の人は、どうも本家に取り入りたいがために邪魔なおれを排除しようと動いて――結局は暁さんや崇朗さんの不興を買うことになった。
なぜおれの父親が、いまさらおれを取り返そうとしてきたのかさっぱりだったが、響さん曰く「今さらになってオメガの価値に気づいて、惜しくなったんじゃないか」ということらしい。
「価値」というのが、「市場価値」だということはなんとなくおれにもわかった。世の中にはお金で希少なオメガを買うアルファもいると聞く。本当にそんなアルファが存在するのかどうか、おれにはわからないが。
まあとにかく、あのロクでもない父親が、またロクでもないことを考えて、その尻馬に三条家の分家の人が乗った――というのが、ことの顛末らしかった。
そして暁さんと崇朗さんが、おれの父親と分家の人との話し合いをしたのが、ちょうど今日。おれが、響さんに連れ出されているあいだのことだったようだ。
もちろん三条家の本家――つまり、普段おれたちが暮らしている家――ではなく、近くのホテルで話し合いをしたらしいのだが……。
そのときには当たり前のように物別れに終わり、憤懣やるかたない父親はおれを捜してあてどなく街を巡っていたようだ。
暁さんや崇朗さんに面と向かって文句が言えないところが、おれの父親らしいと言えばらしい。一緒に暮らしていたときも、彼は権威のある人や、地位の高い人にはおどろくほど腰が低かったから。
それが奇跡的に駅でかちあってしまって――おれは殴られ、殴り返し、最終的に明が殴り飛ばした。
さすがに殴られたからとは言え、殴り返しては話がこじれてしまうのではないかとおれは心配したが、その辺りは大丈夫だと言われた。
おれの父親と、三条家の分家の人については今後は三条家が懇意にしている弁護士さんに任せるとのことだ。
暁さんたちはもう二度とあの父親には会わせないと息まいている。おれも、もう二度と会いたくない気持ちでいっぱいだった。弁護士さんが上手くやってくれれば、次に会うのは恐らく父親の葬式のときだろう。お願いだから、そうなって欲しい。
となると、子供であるおれの出番はもはやまったくないわけで……。
ちなみに響さんは落胆していた。暁さんからおれを頼まれたのに、最終的におれが殴られてしまったかららしい。
響さんのアパートの部屋が水漏れでしばらく住めなくなったのは本当で、しばらく居候をさせてもらう恩返しとしておれのことを引き受けた、というのが真相だった。
「俺の立場が……」とうめく響さんをしばらく慰めたが、比例するように明の機嫌が微妙に悪くなったのは、ちょっと笑ってしまった。
「それにしても、本家とか分家とか……住む世界が違うなあ……」
「そんな他人事言って。瑞貴くんはもう三条家の一員なんだから、そういうことにも気を払わないと行けなくなるんだぞ」
響さんはそう言いつつ「まあ確かにイマドキ本家だの分家だの、メンドクセー家だよ」とボヤく。響さんは分家筋ということになるのだろうが、それでも色々と今までに面倒なことに巻き込まれた経験があるのかもしれない。
それよりもおれは、響さんがおれのことを「三条家の一員」と言ってくれたことのほうがうれしくて、口の端が自然と持ち上がった。
「……そっか」
「明がアレだからな……瑞貴くんがしっかり差配しないと」
「う……。が、がんばります……」
響さんとそんな話をしていれば、肩口に吐息がかかった。この部屋に今いるのはおれと響さんと明だけなので、だれかはわかりきっていた。
「明――」
「どうしたの?」……そんなおれの声は明の唇に吸い込まれるようにして消えてしまった。
不意打ちのキスに、離れて行く明の顔。おれは一番間抜けな顔をして、明の顔が離れて行くのを見ていた。
「おいおい、イチャつくなら俺のいないところでしてくれ」
響さんの呆れた声で我に返る。その頃には響さんはソファから立ち上がり、部屋の扉に手をかけているところだった。
「暁さんたちの話し合いはまだ終わりそうにないようだが……おっぱじめるなら夜の方がいいと思うぞ」
「おっ――」
「じゃあ、明。瑞貴くんのこと、大事にしろよ」
響さんの背中が扉の向こうに消える。
残されたおれの目の前には、真剣な顔つきの明。
……今日は長い夜になりそうだと、おれの直感が訴えていた。
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