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お父様からのわたしを心配する手紙に、「なにも心配することはない」というような内容で返す。閨でのことはさすがにお父様には言えないというのもあったし、仮に文字の上でのやり取りでも、ザカライアさんのよくない点を書くのは気が引けた。
それに、今さらこの結婚をなかったことにするなんて、できはしない。この結婚はお父様の商会を助けるためのものなのだ。わたしがザカライアさんとの結婚生活が嫌だからと言って、御破算にするなんて、とてもじゃないけどできないことである。いくらお父様がわたしのことを愛していても、それはできない話なのだ。
それは一番お父様がわかっているはずだ。けれども心配性なお父様は、娘であるわたしに手紙を送らざるを得ない。だからわたしはそれに半分ほどの嘘を書き連ねて返す。「上手く行っている」なんていうのは完全な嘘であったが、今後真実にすればいいのだ――というのは、いささか楽観が過ぎるとは自分でも思う。
けれどもお父様への手紙に「結婚生活は上手く行っていません」と書いても、お父様にはどうすることもできないのだ。それがわからないほど、わたしは子供ではなかった。
だから結局、お父様への返信に書くことはひとつだけ。嘘をついて、お父様が心穏やかに過ごせるように配慮する。今まで、お父様にはたくさんお世話になったのだ。少しでも恩返しをしたいと思うのは、娘として変な話ではないと思う。
それに先ほども言ったように、現状には不満があるが、それを克服すればわたしは幸せになれるし、お父様への手紙に書いたことも嘘にはならない。わたしが今すべきことは、ザカライアさんといっしょに幸せになれるよう、ほころびを直し、妥協点を探して着地すること。
そのためにすることはたくさんあって、それにはとても時間がかかって、加えて様々なことを考慮し、熟考する時間も欲しい。とにかく必要なのは時間だ。時間が経てばすべてが解決する……というわけではないのだが、どう考えても時間を費やさなければ解決しないこともある。
そして、その解決法を導き出すためにも時間が必要だ。……というわけで、わたしはスクールでの授業の合間にも絶えずザカライアさんのことを考えることになった。
ザカライアさんの好みを探るのには本人に聞くのが一番だが、一応、メアリーにも探ってもらうことにした。他にも様々な「理想の夫婦」計画を実現するための一端をメアリーには担ってもらうことになる。彼女には、本当に頭が上がらない。多分、一生そうだろう。
そういうわけで、わたしはザカライアさんのためにわたしの時間を費やすと決めたので、変になってしまったライナスや、あからさまな敵意を向けてくるタビサ・ロートンを相手にする暇を捻出できない。けれどもふたりにはそんなことはさっぱりわからないわけで……。
相変わらずライナスは「モテモテな自分」に酔っ払っていて言動が気持ち悪かったし、タビサ・ロートンは直接対決までは行かないまでも、積極的にわたしに関する悪い噂を振り撒いていた。
しかし今のわたしはあんまりそれらが気にはならなかった。なぜならば、あのふたりとはスクールを卒業すればほぼ縁が切れてしまう。スクール内を飛び交う悪い噂だってそうだ。
けれどもザカライアさんとの問題は違う。これからザカライアさんかわたしが死ぬまで夫婦生活、家庭生活という問題に頭を悩ませるのは、わたしはごめんだ。直せる部分は早い内に、新婚の内に直してしまいたい。幸い、ザカライアさんは表面上は――実際のところはまだわからない――わたしの言葉を受け入れる姿勢を見せてくれている。今が最大のチャンスなのだ。
そのチャンスを逃すわけにはいかない。だからわたしは大してよくもない頭をうんうんと唸らせて、頑張ってザカライアさんとの関係を改善するための計画を練るのであった。
それにしてもライナスはともかく、タビサ・ロートンの言動は不思議だ。そもそも、わたしを見事にフって捨てたのはライナスだ。そのライナスにわたしに対する未練なんてものは、普通だったらないはずである。普通はそう考える。だから、わたしとライナスの仲を邪推して、あれこれと嫌がらせをしてくるのが不思議で仕方がない。
ライナスもライナスだ。わたしのことを捨てたことをまるで忘れているかのような言動は謎だ。
ライナスかタビサ・ロートン。どちらかが正気に戻って、どちらかをたしなめてくれたらいいのに……。そうは思っても、なぜだが上手くことが運ばないのが現実というもので。
……いけない、いけない。ライナスとタビサ・ロートンに割く時間なんて現実的にないのに、気がつけば理不尽なふたりについて考えてしまっている。これはいけない。
わたしは広げたノートに視線を落とし、今度ザカライアさんに贈ろうと思っているハンカチーフの刺繍の図案を考え始めた。
「え? 仲良しに見せるコツ? ……もしかして、アン、ライナス・アースキンやタビサ・ロートンみたいに外でイチャつきたいなら、やめておきなさいと言っておくわよ」
「違うってば! はしたなく見えない範囲で仲良しだと思わせるコツを聞きたいの。ほら、エリーはトムと仲がいいなあっていうのが、話していても伝わってくるから……」
「ああ、そういうこと。でも、コツねえ……特に意識していることなんてないけれど……」
テラスにやってきたエリーに、思い切ってトム――エリーの婚約者だ――と仲良く見せるコツを聞いてみたが、それらしい答えは得られなかった。わたしは内心でがっくりと肩を落とす。
仲良く見せるコツとは言ったものの、まあないだろうなというのがわたしの予測ではあった。こういうことは、心から互いを思いやっているからこそ、自然と外ににじみ出るものなのだろう。エリーとトムがそうで、たとえばわたしのお父様とお母様はそうではなかった。
「わざとらしく仲良く見せても仕方がないんじゃないの? アンの目指している方向を聞くに、外で良く見せたって、家庭では冷え冷えしていたら意味がないと思うわ」
「そう、よね……」
エリーにはザカライアさんの秘密までは話していなかったが、恥を忍んで家庭生活がぎくしゃくしていることだけは伝えた。とは言ってもエリーとて婚約者はいるものの、まだ未婚の女性である。既婚者であるわたしに対して、具体的なアドバイスはしにくいように見えた。
それでも付き合ってくれるのだから、持つべきものは友人である。今回も的確な指摘をしてくれるエリーに感謝しつつ、しかし肩を落とさずにはいられないのであった。
「地道に尽くして雪解けを待つしかないんじゃないかしら。まあ、一方的に尽くすのはシャクだけど」
「主人も協力してくれるとは言っているんだけれど……どこまで本心なのか、正直なところわからないしね……」
「そうよねー。その場しのぎの嘘を言っている可能性もあるものね……」
お互い、自然と深いため息が出る。とにかくふたりで出した結論は、時間をかけて「理想の家庭」を作るしかない、というものだった。あまりにも、当たり前すぎる結論である。ではあるが、至極当然の結論であった。
「そうねえ……ちょっとずつ決まりごとをつくってみるのがいいかもね。連帯感が得られるから」
「決まりごと?」
「たとえば、一週間に一度は一緒に出かけるとか」
「それ、いいかも……その案、貰ってもいいかしら」
「役に立てるのなら、いくらでもどうぞ」
一緒にどこかへ出かけるとはいい案に思えた。一緒に出かけて仲がいい姿を見せれば、ザカライアさんに対する周囲のネガティブな印象も拭えるかもしれない。そうやってわたしたちの夫婦としての仲も深まればいいとこどりである。
そこまで考えて、返す返すも不思議なのはライナスとタビサ・ロートンだった。わたしのことばかり考えていないで、ふたりで仲良くしていればいいのにと心から思う。自分の幸せだけに注力できない理由は、やはりわたしにはとうてい理解できそうにない。
それに、今さらこの結婚をなかったことにするなんて、できはしない。この結婚はお父様の商会を助けるためのものなのだ。わたしがザカライアさんとの結婚生活が嫌だからと言って、御破算にするなんて、とてもじゃないけどできないことである。いくらお父様がわたしのことを愛していても、それはできない話なのだ。
それは一番お父様がわかっているはずだ。けれども心配性なお父様は、娘であるわたしに手紙を送らざるを得ない。だからわたしはそれに半分ほどの嘘を書き連ねて返す。「上手く行っている」なんていうのは完全な嘘であったが、今後真実にすればいいのだ――というのは、いささか楽観が過ぎるとは自分でも思う。
けれどもお父様への手紙に「結婚生活は上手く行っていません」と書いても、お父様にはどうすることもできないのだ。それがわからないほど、わたしは子供ではなかった。
だから結局、お父様への返信に書くことはひとつだけ。嘘をついて、お父様が心穏やかに過ごせるように配慮する。今まで、お父様にはたくさんお世話になったのだ。少しでも恩返しをしたいと思うのは、娘として変な話ではないと思う。
それに先ほども言ったように、現状には不満があるが、それを克服すればわたしは幸せになれるし、お父様への手紙に書いたことも嘘にはならない。わたしが今すべきことは、ザカライアさんといっしょに幸せになれるよう、ほころびを直し、妥協点を探して着地すること。
そのためにすることはたくさんあって、それにはとても時間がかかって、加えて様々なことを考慮し、熟考する時間も欲しい。とにかく必要なのは時間だ。時間が経てばすべてが解決する……というわけではないのだが、どう考えても時間を費やさなければ解決しないこともある。
そして、その解決法を導き出すためにも時間が必要だ。……というわけで、わたしはスクールでの授業の合間にも絶えずザカライアさんのことを考えることになった。
ザカライアさんの好みを探るのには本人に聞くのが一番だが、一応、メアリーにも探ってもらうことにした。他にも様々な「理想の夫婦」計画を実現するための一端をメアリーには担ってもらうことになる。彼女には、本当に頭が上がらない。多分、一生そうだろう。
そういうわけで、わたしはザカライアさんのためにわたしの時間を費やすと決めたので、変になってしまったライナスや、あからさまな敵意を向けてくるタビサ・ロートンを相手にする暇を捻出できない。けれどもふたりにはそんなことはさっぱりわからないわけで……。
相変わらずライナスは「モテモテな自分」に酔っ払っていて言動が気持ち悪かったし、タビサ・ロートンは直接対決までは行かないまでも、積極的にわたしに関する悪い噂を振り撒いていた。
しかし今のわたしはあんまりそれらが気にはならなかった。なぜならば、あのふたりとはスクールを卒業すればほぼ縁が切れてしまう。スクール内を飛び交う悪い噂だってそうだ。
けれどもザカライアさんとの問題は違う。これからザカライアさんかわたしが死ぬまで夫婦生活、家庭生活という問題に頭を悩ませるのは、わたしはごめんだ。直せる部分は早い内に、新婚の内に直してしまいたい。幸い、ザカライアさんは表面上は――実際のところはまだわからない――わたしの言葉を受け入れる姿勢を見せてくれている。今が最大のチャンスなのだ。
そのチャンスを逃すわけにはいかない。だからわたしは大してよくもない頭をうんうんと唸らせて、頑張ってザカライアさんとの関係を改善するための計画を練るのであった。
それにしてもライナスはともかく、タビサ・ロートンの言動は不思議だ。そもそも、わたしを見事にフって捨てたのはライナスだ。そのライナスにわたしに対する未練なんてものは、普通だったらないはずである。普通はそう考える。だから、わたしとライナスの仲を邪推して、あれこれと嫌がらせをしてくるのが不思議で仕方がない。
ライナスもライナスだ。わたしのことを捨てたことをまるで忘れているかのような言動は謎だ。
ライナスかタビサ・ロートン。どちらかが正気に戻って、どちらかをたしなめてくれたらいいのに……。そうは思っても、なぜだが上手くことが運ばないのが現実というもので。
……いけない、いけない。ライナスとタビサ・ロートンに割く時間なんて現実的にないのに、気がつけば理不尽なふたりについて考えてしまっている。これはいけない。
わたしは広げたノートに視線を落とし、今度ザカライアさんに贈ろうと思っているハンカチーフの刺繍の図案を考え始めた。
「え? 仲良しに見せるコツ? ……もしかして、アン、ライナス・アースキンやタビサ・ロートンみたいに外でイチャつきたいなら、やめておきなさいと言っておくわよ」
「違うってば! はしたなく見えない範囲で仲良しだと思わせるコツを聞きたいの。ほら、エリーはトムと仲がいいなあっていうのが、話していても伝わってくるから……」
「ああ、そういうこと。でも、コツねえ……特に意識していることなんてないけれど……」
テラスにやってきたエリーに、思い切ってトム――エリーの婚約者だ――と仲良く見せるコツを聞いてみたが、それらしい答えは得られなかった。わたしは内心でがっくりと肩を落とす。
仲良く見せるコツとは言ったものの、まあないだろうなというのがわたしの予測ではあった。こういうことは、心から互いを思いやっているからこそ、自然と外ににじみ出るものなのだろう。エリーとトムがそうで、たとえばわたしのお父様とお母様はそうではなかった。
「わざとらしく仲良く見せても仕方がないんじゃないの? アンの目指している方向を聞くに、外で良く見せたって、家庭では冷え冷えしていたら意味がないと思うわ」
「そう、よね……」
エリーにはザカライアさんの秘密までは話していなかったが、恥を忍んで家庭生活がぎくしゃくしていることだけは伝えた。とは言ってもエリーとて婚約者はいるものの、まだ未婚の女性である。既婚者であるわたしに対して、具体的なアドバイスはしにくいように見えた。
それでも付き合ってくれるのだから、持つべきものは友人である。今回も的確な指摘をしてくれるエリーに感謝しつつ、しかし肩を落とさずにはいられないのであった。
「地道に尽くして雪解けを待つしかないんじゃないかしら。まあ、一方的に尽くすのはシャクだけど」
「主人も協力してくれるとは言っているんだけれど……どこまで本心なのか、正直なところわからないしね……」
「そうよねー。その場しのぎの嘘を言っている可能性もあるものね……」
お互い、自然と深いため息が出る。とにかくふたりで出した結論は、時間をかけて「理想の家庭」を作るしかない、というものだった。あまりにも、当たり前すぎる結論である。ではあるが、至極当然の結論であった。
「そうねえ……ちょっとずつ決まりごとをつくってみるのがいいかもね。連帯感が得られるから」
「決まりごと?」
「たとえば、一週間に一度は一緒に出かけるとか」
「それ、いいかも……その案、貰ってもいいかしら」
「役に立てるのなら、いくらでもどうぞ」
一緒にどこかへ出かけるとはいい案に思えた。一緒に出かけて仲がいい姿を見せれば、ザカライアさんに対する周囲のネガティブな印象も拭えるかもしれない。そうやってわたしたちの夫婦としての仲も深まればいいとこどりである。
そこまで考えて、返す返すも不思議なのはライナスとタビサ・ロートンだった。わたしのことばかり考えていないで、ふたりで仲良くしていればいいのにと心から思う。自分の幸せだけに注力できない理由は、やはりわたしにはとうてい理解できそうにない。
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