27 / 32
(27)
しおりを挟む
「アンナ・ヒイラギってそんなに魅力があるのかしら?」
魔素が突出する危険な森――黒の森へと向かう道すがらの馬車の中で、あたしは思わずそんなつぶやきをこぼす。
女から見ても「あ、男にモテるわ」と理解できる女がいるのはわかる。
けれども、アンナ・ヒイラギはハッキリ言って平々凡々などこにでもいる村娘と大差がない。
そこらの村娘と違うのは、アンナ・ヒイラギがあたしをしのぐ法力の持ち主で、現聖乙女であることくらいか。
女も惚れるような気っ風のいい性格というわけでもなければ、男に媚びるのが上手いようにも見えなかった。
けれどもまあ、ツェーザル殿下にだって女性の好み、というものはあるのだろう。
アンナ・ヒイラギは好みだが、あたしは別に好みではなかった。それだけの話なのかもしれない。
「あんたのほうが魅力的だがな。オレにとっては」
珍しく同じ車の中に乗っているテオは、あたしのそんなつぶやきを拾って言う。
「またそういうことをサラッと言う……」
「思ったことは口にしなければ伝わらないんでな」
テオの言葉にあたしはちょっとドキッとする。ときめきではなく、図星を突かれたときの「ドキッ」だった。
あたしはテオのことを明らかに好いている自分に気づいていたが、それを素直に伝えるのを気恥ずかしく思う自分にも気づいていた。
――でも、たしかに言わなければ伝わらないわよね。だけど今はそういうときじゃないし……。もう少し、身の回りが落ち着いてから気持ちを伝えたい……。
先延ばしにしていることには気づきつつも、たしかに今は気持ちを伝えるような状況ではない。
テオが車に同乗しているのは、聖乙女と偽聖乙女との勝負にあたしがかかわっていることをあまり喧伝したくないから……らしい。
見る人が見ればテオがあたしが所有する奴隷だというのはすぐにわかる。この国で旅装ではない獣人は珍しいのだから。
そしてあたしは前の聖乙女で、その仕事をしているあいだはテオを連れ回していたから、わかる人にはわかるのだろう。
勝負を手伝えとは言われたものの、当然ながらあたしは浄化には参加しない。というか、できない。そんなことをしたら勝負にならなくなってしまう。
あたしたちの役目は浄化しているあいだは無防備になる上、そもそも攻撃魔法がマトモに使えないアンナ・ヒイラギを護衛すること。
ちなみに他にも護衛がつくのだが、それはアンナ・ヒイラギの教育係という厄介な仕事を押しつけられたあたしの後輩・イルマであった。
どこまでもアンナ・ヒイラギのお守りをしなければならない運命には、ご苦労様としか言えない。
そしてこの勝負の見届け人は神殿からはシュテファーニエ、王室からはツェーザル殿下が選出されている。
アンナ・ヒイラギからすれば――一応は――身内しかいない状況は、あたしからすると首をかしげざるを得ない。
見届け人というものは、勝負をする両者の、中立な立場の人間が務めるものではないのだろうか?
その点はテオも情報に敏いハンスも、あたしと同じように首をかしげていた。
しかし偽聖乙女の側がそれでいいと了承したのでは、あたしが疑問を呈する理由は一切ないわけで。
もちろんそういうわけであるから、なにかしらの罠は最初から疑っている。
たとえば偽聖乙女が捨て身をもってアンナ・ヒイラギを亡き者にしてしまおうだとか考えているのだとすれば、それは阻止せねばなるまい。
様々な可能性を検討しているうちに、あたしはなんとなく頭が痛くなってきた。
聖乙女を辞めさせられて、魔法女として田舎で悠々自適の年金生活を送るハズが、なぜか聖乙女の勝負の護衛なんてものを引き受けてしまっている。
案件の背後にシュテファーニエがいるのでは断れないも同然であるから、仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
人差し指をコメカミに当ててぐりぐりと動かすあたしを見て、テオもさすがに心配げな目を向ける。
「オレは別にあの女がどうなろうと知ったことではないし、オレはあんたを守るが……まあ一応気をつけておいてくれ」
「わかってるわ。油断はしない。いつだってそうよ」
そんな会話をしたところで、馬車の動きがゆるゆると止まる。
いよいよ仕事の始まりだ。
しかしアンナ・ヒイラギのお守りなんかで一日を潰すのだと思うと、やはりため息は禁じ得ないのであった。
「勝負の内容は単純です。黒の森の中心部を相手に先んじて浄化した方の勝ちとします。――よろしいですね?」
黒の森を前にして、相変わらずの鉄仮面のまま告げるシュテファーニエに、アンナ・ヒイラギは緊張した面持ちでうなずく。
一方の偽聖乙女――アンネリーゼも自信満々の笑みを浮かべて優雅にうなずいた。
――アンネリーゼって名前は、絶対アンナにかぶせてつけたんだろうな……。
あたしはそんなことを思いつつアンネリーゼを見る。偽の聖乙女の噂は色々と聞いていたが、本人を見るのは初めてだった。
恐らく、民衆が想像するだろう「聖乙女」という言葉にぴったりの女だ。
つまり見るからに清楚を体現したかのような、おっとりとした笑顔に、可憐な容姿。腕も脚もほっそりとしていて優雅だ。
もしこの女がアンナ・ヒイラギのように突然現れて聖乙女の座をかっさらっていったとしたら――。
やはりムカつくが、自信に満ちあふれた美女だということを考えると、自分に自信がなさげで平凡な女であるアンナ・ヒイラギよりも、納得感は強いような気がする。
ムカつくものは、やはりムカつくが。
「魔獣への攻撃は許可しますが、勝負する相手への攻撃は許可しません。相手への攻撃が確認された時点で、攻撃した側は勝負を下りたものとみなします」
シュテファーニエの近くに立つツェーザル殿下は、いつも通り麗しい容姿であったが、その顔はどこか憂い気であった。
愛するアンナ・ヒイラギがこれから黒の森へ立ち入るのだ。まあ、心配なんだろう。
――あたしが魔獣狂乱を相手にしたときは、果たしてそんな顔をしていたのだろうか?
そんな思いが脳裏をよぎるも、これではまるでツェーザル殿下に気があるみたいだと思って、鳥肌が立った。
ツェーザル殿下のことは今は忘れよう。なにはともあれ、アンナ・ヒイラギの護衛である。
テオが言ったように、あたしだってアンナ・ヒイラギが怪我をしようが、最悪死んでしまおうがハッキリ言ってどうでもいい。
どうでもいいが、仕事は仕事だ。引き受けたのであればしっかりとこなさなければ、あたしの名に傷がつく。
「――それでは、始めましょう」
シュテファーニエの言葉に、あたしはアンナ・ヒイラギを見た。
聖乙女だけが持つことを許された大きな聖杖を携え、聖乙女の正装である白衣に身を包んでいるが、「着せられている」感はぬぐえない。つまり、まったく似合っていない。
にわかに不安になる。
ツェーザル殿下に依頼されたときも、大神殿へと赴いてシュテファーニエと打ち合わせをしたときも、アンナ・ヒイラギは「場の浄化くらいならできる」と聞いていたが……本当だろうか?
ガチガチに緊張しているアンナ・ヒイラギを見て不安に思っているのは、同じく護衛についているあたしの後輩のイルマもそうらしい。
明らかに「失敗すんなよ……」というような目でアンナ・ヒイラギを見ている。
気持ちはわかるが、今はプレッシャーをかけても仕方がない。
ここでアンナ・ヒイラギが負けるようなことにでもなれば、神殿の威信にかかわる。
あたしをしのぐ法力を持つアンナ・ヒイラギは、普通に考えて偽の聖乙女との浄化勝負で負けるハズはないのだが……。
それにしてもこの護衛の人選はシュテファーニエが決めたのだろうか?
だとしたらどう考えてもアンナ・ヒイラギにはプレッシャーだろう。
前の聖乙女に、前の聖乙女が所有する奴隷。それから教育係の魔法女。
イルマがあたしに愚痴りまくっていた姿を思い出すと、彼女とアンナ・ヒイラギがうまくいっているのかどうかも怪しいところだ。
処世術に長けたイルマのことだから、アンナ・ヒイラギにはいい顔しか見せていない可能性もあるが。
……なんにせよ、アンナ・ヒイラギにちょっと同情してしまうくらいには、この人選は酷だなと思ってしまう。
かと言ってこれ以上の人選も思い浮かばないのはたしかだ。
アンナ・ヒイラギを護衛するという点で言えば、これ以上ないほどいいパーティであることには違いない。
イルマも聖乙女の候補に上がるくらいの法力の持ち主で、今も大神殿付きの魔法女をしているのだから。
そしてあたしとテオの実力は言わずもがな。
偽聖乙女ももちろん護衛役を連れていた。しかし三人の護衛役はいずれもローブを目深にかぶっていて、顔はよく見えなかった。
しかし獣人はいないようではある。となれば仮に接近戦に持ち込まれても、瞬発力と膂力に優れたテオが上手いことさばいてくれるだろう。
「……ぐずぐずしてないで、行くわよ」
「――は、はい!」
緊張した面持ちのまま黒の森を見上げていたアンナ・ヒイラギに声をかける。
正直に言ってこの先が思いやられるが……とにかく黒の森へ入らないわけにはいかないのだ。
「とにかくあなたは浄化に集中して。魔獣は全部あたしたちがどうにかするから」
「はい! よろしくおねがいします!」
アンナ・ヒイラギの声は緊張か、恐怖か、あるいは両方からか、少し震えていた。声量も以前会ったときより妙に大きい。
……やはり不安だ。
不安だが、アンナ・ヒイラギはやらなければならないのだ。
あたしが護衛の仕事を引き受けたからアンナ・ヒイラギを守らなければならないように、彼女も聖乙女の仕事を引き受けたのだから、この浄化勝負に勝たなければならない。
ちらりとテオとイルマを見る。テオは相変わらず落ち着いているが、イルマはやはり不安げにあたしを見ていた。
テオはいつも通りで大丈夫だろう。
イルマは黒の森へ立ち入ったことはないが、まああたしに次ぐ法力の持ち主だ。ヘマはしないだろう。
「……それじゃ、とにかく頑張りましょう」
鼓舞になっているのかはさっぱりわからなかったが、あたしは取り繕うようにしてそう言った。
……やはり不安はぬぐえないが、やるしかないのだ。
あたしたちの向かう先は、「頑張る」しかないのである。
アンナ・ヒイラギがまたやたらに大きな声量で「は、はい!」と言った。
魔素が突出する危険な森――黒の森へと向かう道すがらの馬車の中で、あたしは思わずそんなつぶやきをこぼす。
女から見ても「あ、男にモテるわ」と理解できる女がいるのはわかる。
けれども、アンナ・ヒイラギはハッキリ言って平々凡々などこにでもいる村娘と大差がない。
そこらの村娘と違うのは、アンナ・ヒイラギがあたしをしのぐ法力の持ち主で、現聖乙女であることくらいか。
女も惚れるような気っ風のいい性格というわけでもなければ、男に媚びるのが上手いようにも見えなかった。
けれどもまあ、ツェーザル殿下にだって女性の好み、というものはあるのだろう。
アンナ・ヒイラギは好みだが、あたしは別に好みではなかった。それだけの話なのかもしれない。
「あんたのほうが魅力的だがな。オレにとっては」
珍しく同じ車の中に乗っているテオは、あたしのそんなつぶやきを拾って言う。
「またそういうことをサラッと言う……」
「思ったことは口にしなければ伝わらないんでな」
テオの言葉にあたしはちょっとドキッとする。ときめきではなく、図星を突かれたときの「ドキッ」だった。
あたしはテオのことを明らかに好いている自分に気づいていたが、それを素直に伝えるのを気恥ずかしく思う自分にも気づいていた。
――でも、たしかに言わなければ伝わらないわよね。だけど今はそういうときじゃないし……。もう少し、身の回りが落ち着いてから気持ちを伝えたい……。
先延ばしにしていることには気づきつつも、たしかに今は気持ちを伝えるような状況ではない。
テオが車に同乗しているのは、聖乙女と偽聖乙女との勝負にあたしがかかわっていることをあまり喧伝したくないから……らしい。
見る人が見ればテオがあたしが所有する奴隷だというのはすぐにわかる。この国で旅装ではない獣人は珍しいのだから。
そしてあたしは前の聖乙女で、その仕事をしているあいだはテオを連れ回していたから、わかる人にはわかるのだろう。
勝負を手伝えとは言われたものの、当然ながらあたしは浄化には参加しない。というか、できない。そんなことをしたら勝負にならなくなってしまう。
あたしたちの役目は浄化しているあいだは無防備になる上、そもそも攻撃魔法がマトモに使えないアンナ・ヒイラギを護衛すること。
ちなみに他にも護衛がつくのだが、それはアンナ・ヒイラギの教育係という厄介な仕事を押しつけられたあたしの後輩・イルマであった。
どこまでもアンナ・ヒイラギのお守りをしなければならない運命には、ご苦労様としか言えない。
そしてこの勝負の見届け人は神殿からはシュテファーニエ、王室からはツェーザル殿下が選出されている。
アンナ・ヒイラギからすれば――一応は――身内しかいない状況は、あたしからすると首をかしげざるを得ない。
見届け人というものは、勝負をする両者の、中立な立場の人間が務めるものではないのだろうか?
その点はテオも情報に敏いハンスも、あたしと同じように首をかしげていた。
しかし偽聖乙女の側がそれでいいと了承したのでは、あたしが疑問を呈する理由は一切ないわけで。
もちろんそういうわけであるから、なにかしらの罠は最初から疑っている。
たとえば偽聖乙女が捨て身をもってアンナ・ヒイラギを亡き者にしてしまおうだとか考えているのだとすれば、それは阻止せねばなるまい。
様々な可能性を検討しているうちに、あたしはなんとなく頭が痛くなってきた。
聖乙女を辞めさせられて、魔法女として田舎で悠々自適の年金生活を送るハズが、なぜか聖乙女の勝負の護衛なんてものを引き受けてしまっている。
案件の背後にシュテファーニエがいるのでは断れないも同然であるから、仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
人差し指をコメカミに当ててぐりぐりと動かすあたしを見て、テオもさすがに心配げな目を向ける。
「オレは別にあの女がどうなろうと知ったことではないし、オレはあんたを守るが……まあ一応気をつけておいてくれ」
「わかってるわ。油断はしない。いつだってそうよ」
そんな会話をしたところで、馬車の動きがゆるゆると止まる。
いよいよ仕事の始まりだ。
しかしアンナ・ヒイラギのお守りなんかで一日を潰すのだと思うと、やはりため息は禁じ得ないのであった。
「勝負の内容は単純です。黒の森の中心部を相手に先んじて浄化した方の勝ちとします。――よろしいですね?」
黒の森を前にして、相変わらずの鉄仮面のまま告げるシュテファーニエに、アンナ・ヒイラギは緊張した面持ちでうなずく。
一方の偽聖乙女――アンネリーゼも自信満々の笑みを浮かべて優雅にうなずいた。
――アンネリーゼって名前は、絶対アンナにかぶせてつけたんだろうな……。
あたしはそんなことを思いつつアンネリーゼを見る。偽の聖乙女の噂は色々と聞いていたが、本人を見るのは初めてだった。
恐らく、民衆が想像するだろう「聖乙女」という言葉にぴったりの女だ。
つまり見るからに清楚を体現したかのような、おっとりとした笑顔に、可憐な容姿。腕も脚もほっそりとしていて優雅だ。
もしこの女がアンナ・ヒイラギのように突然現れて聖乙女の座をかっさらっていったとしたら――。
やはりムカつくが、自信に満ちあふれた美女だということを考えると、自分に自信がなさげで平凡な女であるアンナ・ヒイラギよりも、納得感は強いような気がする。
ムカつくものは、やはりムカつくが。
「魔獣への攻撃は許可しますが、勝負する相手への攻撃は許可しません。相手への攻撃が確認された時点で、攻撃した側は勝負を下りたものとみなします」
シュテファーニエの近くに立つツェーザル殿下は、いつも通り麗しい容姿であったが、その顔はどこか憂い気であった。
愛するアンナ・ヒイラギがこれから黒の森へ立ち入るのだ。まあ、心配なんだろう。
――あたしが魔獣狂乱を相手にしたときは、果たしてそんな顔をしていたのだろうか?
そんな思いが脳裏をよぎるも、これではまるでツェーザル殿下に気があるみたいだと思って、鳥肌が立った。
ツェーザル殿下のことは今は忘れよう。なにはともあれ、アンナ・ヒイラギの護衛である。
テオが言ったように、あたしだってアンナ・ヒイラギが怪我をしようが、最悪死んでしまおうがハッキリ言ってどうでもいい。
どうでもいいが、仕事は仕事だ。引き受けたのであればしっかりとこなさなければ、あたしの名に傷がつく。
「――それでは、始めましょう」
シュテファーニエの言葉に、あたしはアンナ・ヒイラギを見た。
聖乙女だけが持つことを許された大きな聖杖を携え、聖乙女の正装である白衣に身を包んでいるが、「着せられている」感はぬぐえない。つまり、まったく似合っていない。
にわかに不安になる。
ツェーザル殿下に依頼されたときも、大神殿へと赴いてシュテファーニエと打ち合わせをしたときも、アンナ・ヒイラギは「場の浄化くらいならできる」と聞いていたが……本当だろうか?
ガチガチに緊張しているアンナ・ヒイラギを見て不安に思っているのは、同じく護衛についているあたしの後輩のイルマもそうらしい。
明らかに「失敗すんなよ……」というような目でアンナ・ヒイラギを見ている。
気持ちはわかるが、今はプレッシャーをかけても仕方がない。
ここでアンナ・ヒイラギが負けるようなことにでもなれば、神殿の威信にかかわる。
あたしをしのぐ法力を持つアンナ・ヒイラギは、普通に考えて偽の聖乙女との浄化勝負で負けるハズはないのだが……。
それにしてもこの護衛の人選はシュテファーニエが決めたのだろうか?
だとしたらどう考えてもアンナ・ヒイラギにはプレッシャーだろう。
前の聖乙女に、前の聖乙女が所有する奴隷。それから教育係の魔法女。
イルマがあたしに愚痴りまくっていた姿を思い出すと、彼女とアンナ・ヒイラギがうまくいっているのかどうかも怪しいところだ。
処世術に長けたイルマのことだから、アンナ・ヒイラギにはいい顔しか見せていない可能性もあるが。
……なんにせよ、アンナ・ヒイラギにちょっと同情してしまうくらいには、この人選は酷だなと思ってしまう。
かと言ってこれ以上の人選も思い浮かばないのはたしかだ。
アンナ・ヒイラギを護衛するという点で言えば、これ以上ないほどいいパーティであることには違いない。
イルマも聖乙女の候補に上がるくらいの法力の持ち主で、今も大神殿付きの魔法女をしているのだから。
そしてあたしとテオの実力は言わずもがな。
偽聖乙女ももちろん護衛役を連れていた。しかし三人の護衛役はいずれもローブを目深にかぶっていて、顔はよく見えなかった。
しかし獣人はいないようではある。となれば仮に接近戦に持ち込まれても、瞬発力と膂力に優れたテオが上手いことさばいてくれるだろう。
「……ぐずぐずしてないで、行くわよ」
「――は、はい!」
緊張した面持ちのまま黒の森を見上げていたアンナ・ヒイラギに声をかける。
正直に言ってこの先が思いやられるが……とにかく黒の森へ入らないわけにはいかないのだ。
「とにかくあなたは浄化に集中して。魔獣は全部あたしたちがどうにかするから」
「はい! よろしくおねがいします!」
アンナ・ヒイラギの声は緊張か、恐怖か、あるいは両方からか、少し震えていた。声量も以前会ったときより妙に大きい。
……やはり不安だ。
不安だが、アンナ・ヒイラギはやらなければならないのだ。
あたしが護衛の仕事を引き受けたからアンナ・ヒイラギを守らなければならないように、彼女も聖乙女の仕事を引き受けたのだから、この浄化勝負に勝たなければならない。
ちらりとテオとイルマを見る。テオは相変わらず落ち着いているが、イルマはやはり不安げにあたしを見ていた。
テオはいつも通りで大丈夫だろう。
イルマは黒の森へ立ち入ったことはないが、まああたしに次ぐ法力の持ち主だ。ヘマはしないだろう。
「……それじゃ、とにかく頑張りましょう」
鼓舞になっているのかはさっぱりわからなかったが、あたしは取り繕うようにしてそう言った。
……やはり不安はぬぐえないが、やるしかないのだ。
あたしたちの向かう先は、「頑張る」しかないのである。
アンナ・ヒイラギがまたやたらに大きな声量で「は、はい!」と言った。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる