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ゆっくりと公道を進むパレードの列の脇に立ち、歓声を上げる人々の顔は、なんだかんだで明るいものだ。
そこには滅多に見られない王族を見てやろうとか、あるいは「できそこない」の現聖乙女の顔を拝んでやろうとか、そういう野次馬根性がありありの人もいるだろうが。
しかしがんぜない子供などは純粋に目を尊敬の色に染めて、沿道に立つ人々へ手を振るツェーザル殿下と現聖乙女のアンナ・ヒイラギを見ている。
アンナ・ヒイラギは口元にうっすらと笑みを浮かべているが、民衆に手を振る姿は正直言ってサマにはなっていない。明らかに慣れていないのだろうぎこちない動きに、緊張に微笑む目。
野暮ったい黒髪に茶色の目をしたアンナ・ヒイラギは、どこからどう見てもそこらの小娘と大差がなかった。
あたしだってお世辞にも容姿に優れているわけじゃないから、これは棚に上げた発想だ。
けれどもあたしの中にある正直な願望として、アンナ・ヒイラギは美少女であって欲しかった。
あたしより優れた法力、あたしより優れた知性、あたしより優れた容姿――。
あたしから聖乙女の座を奪ったのだ。そういうものが備わっている女であって欲しかった。
しかし現実は思ったよりもよくはできていなくて、町で評判の美少女でも連れてきたほうが幾分かマシだな、と思うていどには、アンナ・ヒイラギは地味で平凡な女に見えた。
法力を使いこなせていないのだし、本当にそこらの顔のいい小娘でも連れてきたほうがいいんじゃないか。
あたしはアンナ・ヒイラギが持つ大きな聖杖に目をやりながら思う。
その重さを疎ましく思いながらも、手離すのが本当に辛かった、聖乙女の証。
それを今手にしているのが、ロクに聖乙女の役割を果たせない女だなんて、なんていう喜劇なんだろう。
そして思うのは、クソったれな王室も神殿も、存分に困ればいいという暗い感情だった。
つぶれてしまえばいいとまでは思わない。そんなことになれば、あたしの悠々自適の年金生活がパアになってしまう。
でも、あたしを聖乙女の座からおろすことを決めた連中には、困って困って後悔して欲しいと思っている。
そう思うことで、あたしはどうにか自分のちっぽけな自尊心を守ろうとする。
法力だとか聖乙女だとかそんなものはない世界から、たったひとりでやってきてしまったアンナ・ヒイラギの、その身上を思えば、最初から上手く行かないのは当たり前だと理解しながらも。
それでもあたしは心の中でアンナ・ヒイラギを腐すのがやめられない。
しかしそんなことを考えていたからだろうか、パレードを追う子供のひとりが思い切りあたしの腰辺りにぶつかった。
片脚が少々不自由なあたしは、びっくりするくらい体勢を崩してレンガ道にこけそうになる。
――しかしあたしが無様に道に伏すことはなかった。
「気をつけろ、坊主」
「ごめんなさーい!」
あたしにぶつかった子供は、あまり悪びれた様子もなくまた友人たちを追って駆けて行く。
あたしの腰にまわされたテオの腕が、思ったよりもがっちりとしていたのでびっくりする。
普段からことさら鍛えている様子はないのだが……それでもしっかりと筋肉がついているのは、獣人だからだろうか?
「ったく。この人混みじゃあんたのお守りも大変だ」
「お守りってねえ……」
テオに文句を言おうと思ったが、つい先ほども人混みにまぎれてテオとはぐれそうになったことを思い出す。
そのときもテオは素早く人込みをかき分けて、あたしのもとへやってきた。
そしてあたしのもとへたどりつくと同時に、ぎゅっと手を握ってきたのだ。
あたしがおどろいたのは、言うまでもない。
普段からあたしは、テオのことを男だと意識しないようにしている。
そうしないと、彼の言動に一喜一憂してしまう自分が、容易に想像できるからだ。
すなわち恋愛を抜きにしても異性に対して耐性がないあたしが、年頃の男というだけで右往左往してしまうのがイヤなのだ。
けれどもどうしても、あたしは女でテオは男で、あたしの恋愛の対象は異性なのだ。
不意にテオの「男」みたいな部分を――たとえば手を繋がれたときに彼の手のほうが、あたしよりずっと大きいことに気づいたり――意識してしまうと、もうなんだか恥ずかしくなってしまう。
先ほど、手を繋がれたときもそうだったし、今、こうして腰をテオのほうへ抱き寄せられる形になっていることも、気恥ずかしくって仕方がない。
気心の知れた男友達であるハンスにエスコートされても照れはしないのだが、テオは別だった。そもそもハンスはあたしに恋愛感情なんて向けてこないわけだし。
「……もう大丈夫だから、離して」
「しばらくはこのまま歩くのもいいんじゃないか?」
「ちょっと?!」
「別にいいだろう。今日は魔法女のローブも着ていないのだし、この人混みだ。だれも見てやいない」
テオの言う通り、今日のあたしは野暮ったい黒のローブではなく、町娘のような明るい黄色のドレスを身にまとっていた。
はじめは地味に目立たないように紺色や茶色のドレスにしようとしたのだが、テオとハンスの反対にあい、結局彼らの言うところの「娘らしい」流行りのドレスを着せられるハメになったのだ。
ハンス曰く、「年頃の娘がそんなトウの立った女家庭教師みたいな服を着ていたら、逆に目立つよ」……とのことである。
まあ一理あるなと思ったからこそ、渋々ではあるが明るい黄色などという、普段のあたしだったら絶対に選ばない色と、流行りの型のドレスを着ることにしたのだ。
「……それにそろそろ脚が辛くなってくるころだろう」
テオの言ったことは当たっていた。
ゆっくりとはいえパレードの列を追うのは、片脚が少々不自由なあたしには、しんどい。
けれどもパレードに混じって護衛するのは論外である。あたしは一応、神殿内では失脚した身なのだ。
それにツェーザル殿下と現聖乙女のアンナ・ヒイラギを護衛するために、殿下の元婚約者にして元聖乙女が駆り出されているというのは――なんというか、外聞が悪い。
あたしもあたしで、散々内心でアンナ・ヒイラギを腐してはいたものの、彼女の近くに行くのは、正直に言って気まずいものがある。
ふたりだって、よりにもよってあたしなんかに護衛されたくはないだろう。
そういう諸々の理由があって、あたしとテオはパレードを追う一部の民衆に混じって、ツェーザル殿下とアンナ・ヒイラギの護衛任務に就いているのであった。
けれども長々と続くパレードを追っているうちに、あたしの脚は悲鳴を上げかけている。
もちろんこれしきのことで、シュテファーニエから頼まれた護衛の仕事をフイにしたくはない。
痛みを押してでも護衛は続けるつもりだった。
……だというのに。
「ちょ、ちょっと。そんなことしたら目立つ――」
「オレに体重をかけておいても、恋人同士でイチャついているようにしか見えないだろう」
テオがあたしの腰を抱いたままゆっくりと歩き出した。
テオに体重を預けると、たしかに歩きやすくはなった。
あたしは体を支えるための長い杖はあまり使わない。それは、未だに不自由になった自分の体が受け入れられていないから、というのもあるし、今ここで使っていればそれなりに目立ってしまうから、という取ってつけたような理由もある。
けれどもテオに心配されて、こんなにも隙間なく密着するハメになるのならば……長杖を持ってくればよかったと後悔するも、後の祭り。
たしかにテオの言った通り、民衆はパレードに釘付けなこともあって、ほとんどあたしたちには気を払っていない様子だった。
こちらを見る視線も、「こんなときにイチャついているカップルがいるよ」というような感じのものばかりだ。
護衛に集中せねばならないのに、あたしの顔は熱くなるし、心臓はドキドキと音を立てる。
けれども見上げたテオの顔はいつも通り涼しげで……それがなんだか悔しい。
そうやって見上げていれば、気づいたらしいテオと視線が交わる。
テオの目が、ニヤっと笑ったような気がした。
あたしは護衛に集中するという名目で、テオからわざとらしく視線を外した。
……しかしそのような甘い気分に浸っていられたのは、わずかなあいだだった。
ポン、ポンと、小さな花火が弾けたような音がにわかに響き渡るや、沿道の中空に赤っぽい煙の塊が出現する。
パレードで警備に就いていた騎士たちのあいだに緊張が走り、あたしも爆弾でも使ったのかと思い、空を見上げた。
沿道に立つ人々も、同じように突如として現れた謎の煙の塊を、興味深げに眺めている。
「え?」
「なになに?」
「花火?」
煙はゆっくりと雲状に分散し、やがて雲散霧消した。
そして――。
「うわっ」
「あれっ?」
「え?」
「なにこれ?!」
そこかしこで悲鳴のようなおどろきの声が上がる。
沿道にいた人々の頭は――いずれも自然ではありえないカラフルな色に変化し、ついでに動物の耳が生えていた。
そしてまたポン、ポン、と気の抜けた音が響き渡るや、赤い紙に黒く太いフォントで「愉快痛快魔女様様」と書かれたビラが中空を舞い――そして。
「やあやあ聖乙女様第七王子様。初めまして。此度の聖乙女就任、祝着至極に存じます。つきましてはこちらの犯罪者くんをお受け取り頂ければと思い、馳せ参じた次第でゴザイマス」
幌のない馬車の、車のヘリに唐突に人間が現れた。その男は片手に麻縄でぐるぐる巻きにふんじばって猿轡を噛ませた別の男を連れている。
王族であるツェーザル殿下が座る車を、高みから見下ろす傲岸不遜な態度――。
どこか皮肉げだが、愛嬌のある糸目に、ふわふわの茶髪。
見間違えようハズもない。
「ヘクター!」
テオを突き飛ばすようにして、あたしはツェーザル殿下とアンナ・ヒイラギを守るべく、魔法杖を片手に公道へと躍り出た。
そこには滅多に見られない王族を見てやろうとか、あるいは「できそこない」の現聖乙女の顔を拝んでやろうとか、そういう野次馬根性がありありの人もいるだろうが。
しかしがんぜない子供などは純粋に目を尊敬の色に染めて、沿道に立つ人々へ手を振るツェーザル殿下と現聖乙女のアンナ・ヒイラギを見ている。
アンナ・ヒイラギは口元にうっすらと笑みを浮かべているが、民衆に手を振る姿は正直言ってサマにはなっていない。明らかに慣れていないのだろうぎこちない動きに、緊張に微笑む目。
野暮ったい黒髪に茶色の目をしたアンナ・ヒイラギは、どこからどう見てもそこらの小娘と大差がなかった。
あたしだってお世辞にも容姿に優れているわけじゃないから、これは棚に上げた発想だ。
けれどもあたしの中にある正直な願望として、アンナ・ヒイラギは美少女であって欲しかった。
あたしより優れた法力、あたしより優れた知性、あたしより優れた容姿――。
あたしから聖乙女の座を奪ったのだ。そういうものが備わっている女であって欲しかった。
しかし現実は思ったよりもよくはできていなくて、町で評判の美少女でも連れてきたほうが幾分かマシだな、と思うていどには、アンナ・ヒイラギは地味で平凡な女に見えた。
法力を使いこなせていないのだし、本当にそこらの顔のいい小娘でも連れてきたほうがいいんじゃないか。
あたしはアンナ・ヒイラギが持つ大きな聖杖に目をやりながら思う。
その重さを疎ましく思いながらも、手離すのが本当に辛かった、聖乙女の証。
それを今手にしているのが、ロクに聖乙女の役割を果たせない女だなんて、なんていう喜劇なんだろう。
そして思うのは、クソったれな王室も神殿も、存分に困ればいいという暗い感情だった。
つぶれてしまえばいいとまでは思わない。そんなことになれば、あたしの悠々自適の年金生活がパアになってしまう。
でも、あたしを聖乙女の座からおろすことを決めた連中には、困って困って後悔して欲しいと思っている。
そう思うことで、あたしはどうにか自分のちっぽけな自尊心を守ろうとする。
法力だとか聖乙女だとかそんなものはない世界から、たったひとりでやってきてしまったアンナ・ヒイラギの、その身上を思えば、最初から上手く行かないのは当たり前だと理解しながらも。
それでもあたしは心の中でアンナ・ヒイラギを腐すのがやめられない。
しかしそんなことを考えていたからだろうか、パレードを追う子供のひとりが思い切りあたしの腰辺りにぶつかった。
片脚が少々不自由なあたしは、びっくりするくらい体勢を崩してレンガ道にこけそうになる。
――しかしあたしが無様に道に伏すことはなかった。
「気をつけろ、坊主」
「ごめんなさーい!」
あたしにぶつかった子供は、あまり悪びれた様子もなくまた友人たちを追って駆けて行く。
あたしの腰にまわされたテオの腕が、思ったよりもがっちりとしていたのでびっくりする。
普段からことさら鍛えている様子はないのだが……それでもしっかりと筋肉がついているのは、獣人だからだろうか?
「ったく。この人混みじゃあんたのお守りも大変だ」
「お守りってねえ……」
テオに文句を言おうと思ったが、つい先ほども人混みにまぎれてテオとはぐれそうになったことを思い出す。
そのときもテオは素早く人込みをかき分けて、あたしのもとへやってきた。
そしてあたしのもとへたどりつくと同時に、ぎゅっと手を握ってきたのだ。
あたしがおどろいたのは、言うまでもない。
普段からあたしは、テオのことを男だと意識しないようにしている。
そうしないと、彼の言動に一喜一憂してしまう自分が、容易に想像できるからだ。
すなわち恋愛を抜きにしても異性に対して耐性がないあたしが、年頃の男というだけで右往左往してしまうのがイヤなのだ。
けれどもどうしても、あたしは女でテオは男で、あたしの恋愛の対象は異性なのだ。
不意にテオの「男」みたいな部分を――たとえば手を繋がれたときに彼の手のほうが、あたしよりずっと大きいことに気づいたり――意識してしまうと、もうなんだか恥ずかしくなってしまう。
先ほど、手を繋がれたときもそうだったし、今、こうして腰をテオのほうへ抱き寄せられる形になっていることも、気恥ずかしくって仕方がない。
気心の知れた男友達であるハンスにエスコートされても照れはしないのだが、テオは別だった。そもそもハンスはあたしに恋愛感情なんて向けてこないわけだし。
「……もう大丈夫だから、離して」
「しばらくはこのまま歩くのもいいんじゃないか?」
「ちょっと?!」
「別にいいだろう。今日は魔法女のローブも着ていないのだし、この人混みだ。だれも見てやいない」
テオの言う通り、今日のあたしは野暮ったい黒のローブではなく、町娘のような明るい黄色のドレスを身にまとっていた。
はじめは地味に目立たないように紺色や茶色のドレスにしようとしたのだが、テオとハンスの反対にあい、結局彼らの言うところの「娘らしい」流行りのドレスを着せられるハメになったのだ。
ハンス曰く、「年頃の娘がそんなトウの立った女家庭教師みたいな服を着ていたら、逆に目立つよ」……とのことである。
まあ一理あるなと思ったからこそ、渋々ではあるが明るい黄色などという、普段のあたしだったら絶対に選ばない色と、流行りの型のドレスを着ることにしたのだ。
「……それにそろそろ脚が辛くなってくるころだろう」
テオの言ったことは当たっていた。
ゆっくりとはいえパレードの列を追うのは、片脚が少々不自由なあたしには、しんどい。
けれどもパレードに混じって護衛するのは論外である。あたしは一応、神殿内では失脚した身なのだ。
それにツェーザル殿下と現聖乙女のアンナ・ヒイラギを護衛するために、殿下の元婚約者にして元聖乙女が駆り出されているというのは――なんというか、外聞が悪い。
あたしもあたしで、散々内心でアンナ・ヒイラギを腐してはいたものの、彼女の近くに行くのは、正直に言って気まずいものがある。
ふたりだって、よりにもよってあたしなんかに護衛されたくはないだろう。
そういう諸々の理由があって、あたしとテオはパレードを追う一部の民衆に混じって、ツェーザル殿下とアンナ・ヒイラギの護衛任務に就いているのであった。
けれども長々と続くパレードを追っているうちに、あたしの脚は悲鳴を上げかけている。
もちろんこれしきのことで、シュテファーニエから頼まれた護衛の仕事をフイにしたくはない。
痛みを押してでも護衛は続けるつもりだった。
……だというのに。
「ちょ、ちょっと。そんなことしたら目立つ――」
「オレに体重をかけておいても、恋人同士でイチャついているようにしか見えないだろう」
テオがあたしの腰を抱いたままゆっくりと歩き出した。
テオに体重を預けると、たしかに歩きやすくはなった。
あたしは体を支えるための長い杖はあまり使わない。それは、未だに不自由になった自分の体が受け入れられていないから、というのもあるし、今ここで使っていればそれなりに目立ってしまうから、という取ってつけたような理由もある。
けれどもテオに心配されて、こんなにも隙間なく密着するハメになるのならば……長杖を持ってくればよかったと後悔するも、後の祭り。
たしかにテオの言った通り、民衆はパレードに釘付けなこともあって、ほとんどあたしたちには気を払っていない様子だった。
こちらを見る視線も、「こんなときにイチャついているカップルがいるよ」というような感じのものばかりだ。
護衛に集中せねばならないのに、あたしの顔は熱くなるし、心臓はドキドキと音を立てる。
けれども見上げたテオの顔はいつも通り涼しげで……それがなんだか悔しい。
そうやって見上げていれば、気づいたらしいテオと視線が交わる。
テオの目が、ニヤっと笑ったような気がした。
あたしは護衛に集中するという名目で、テオからわざとらしく視線を外した。
……しかしそのような甘い気分に浸っていられたのは、わずかなあいだだった。
ポン、ポンと、小さな花火が弾けたような音がにわかに響き渡るや、沿道の中空に赤っぽい煙の塊が出現する。
パレードで警備に就いていた騎士たちのあいだに緊張が走り、あたしも爆弾でも使ったのかと思い、空を見上げた。
沿道に立つ人々も、同じように突如として現れた謎の煙の塊を、興味深げに眺めている。
「え?」
「なになに?」
「花火?」
煙はゆっくりと雲状に分散し、やがて雲散霧消した。
そして――。
「うわっ」
「あれっ?」
「え?」
「なにこれ?!」
そこかしこで悲鳴のようなおどろきの声が上がる。
沿道にいた人々の頭は――いずれも自然ではありえないカラフルな色に変化し、ついでに動物の耳が生えていた。
そしてまたポン、ポン、と気の抜けた音が響き渡るや、赤い紙に黒く太いフォントで「愉快痛快魔女様様」と書かれたビラが中空を舞い――そして。
「やあやあ聖乙女様第七王子様。初めまして。此度の聖乙女就任、祝着至極に存じます。つきましてはこちらの犯罪者くんをお受け取り頂ければと思い、馳せ参じた次第でゴザイマス」
幌のない馬車の、車のヘリに唐突に人間が現れた。その男は片手に麻縄でぐるぐる巻きにふんじばって猿轡を噛ませた別の男を連れている。
王族であるツェーザル殿下が座る車を、高みから見下ろす傲岸不遜な態度――。
どこか皮肉げだが、愛嬌のある糸目に、ふわふわの茶髪。
見間違えようハズもない。
「ヘクター!」
テオを突き飛ばすようにして、あたしはツェーザル殿下とアンナ・ヒイラギを守るべく、魔法杖を片手に公道へと躍り出た。
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