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「あっ……連れてきたんですね、彼……」
「まあ、私の従僕というか従者というか……だから。気になるなら席を外させるけれど」
「護衛も兼ねているから」とまで言いかけて、今のあたしは聖乙女でもなんでもない人間だということに気づいたので、口をつぐんだ。
セミロングの黒髪の先をきっちり水平にそろえた、一見可憐で清楚の体現のように見える後輩のイルマは、ちらちらとテオを見たあと、にっこりと笑ってあたしに視線を戻す。
「いえ。ちょっとびっくりしただけです」
あたしが失脚し、聖乙女の称号も失い、婚約の話もなくなったことは、すでに民衆の端々にまで知れ渡っている。
もちろんイルマだって知っているし、なんだったらあたしの知らないような細かい流れだって知っている可能性すらある。
なにせイルマは大神殿付きの魔法女。大神殿付きの魔法女となることは、最大のエリートコースである聖乙女の次に上がる出世コースなのだから、神官たちの覚えもめでたいわけである。
特にイルマのような、愛嬌をふりまくのが得意な――もっと嫌な言い方をすれば媚を売るのが上手い――タイプは、あたしよりも一連の事象に対して情報通である可能性は、高い。
だからこそイルマに会う価値はあると判断して、また今日も大神殿を訪れたわけなのだ。
イルマがなににびっくりしたかは、まあまあわかる。
あたしはなにもかもを失って、追い立てられるように大神殿を出された――と思っていたのだろう。
それはほとんど事実だったが、ひとつまみだけ真実ではない。
聖乙女の聖杖も返却し、神殿動乱の時代さながらの短期間で聖乙女の座からおろされたあたしには、テオだけは残った。
テオはあたし個人に付いている奴隷だったから、当然のように着いてきたわけだが、もしかしたらイルマはあたしがテオを手離すことにすると思っていたのかもしれない。
彼女は以前、テオを買い取ったあたしのことを「民衆に懐の深さをアピールするため」とかなんとか陰口を叩いていたし。
そしてその陰口はあたしを貶めるための主張ではなく、イルマ自身の認識から出たものだったのかもしれない。
しかしいずれにせよ、今日はそのことを問い詰めにきたわけではないので、彼女の言葉をさっくりと流して本題へと進む。
イルマは相変わらず、ちらちらと後ろの壁際に控えるテオのことを物珍しげに見ていたが、あたしが水を向けると愚痴を爆発させた。
「聞いてくださいよ! あの女の世話係、だれがしていると思います?!」
「その言い方だと、あなたなんでしょう?」
「そうなんですよー! もお~いい迷惑ですよ~~~!」
「あの女」がだれかなんて、聞かなくてもわかった。現聖乙女のアンナ・ヒイラギ。イルマがこうして陰で文句を言うには格好の相手だと思ったから、特に考え込むこともなく答えは出せた。
「……世話係ってそんなに大変なの?」
「そりゃ通常の業務もありますもん。ちょっとは他の魔法女たちに割り振られますけど……」
「不満そうね」
「そりゃそうですよ! なあーんでわたしがぽっと出のよくわかんない女にせっせと魔法を教えなきゃなんないのか!」
「世話係に任命されたからでしょ」
「ちょっとは同情してくださいよお~。ハア……」
イルマはため息をついて用意した紅茶に口をつける。あたしもそれにならってひと息つく。
紅茶は少々ぬるくなり始めていたが、イルマの愚痴はまだまだ終わりそうになかった。
「アンナ・ヒイラギは今どれくらい法力を扱えるようになったの?」
「あのお~……このことは内密にオネガイしますネ……?」
「言わない言わない。っていうか田舎暮らしの私には言う相手なんていないから」
「じゃあ言っちゃいますけどお……ぜんっっっぜんですよ!!!」
「……そんなに?」
イルマの声があまりにも渾身の一声だったので、あたしは表面上はおどろいて見せる。
が、内心では「やっぱりか」という気持ちだった。
既にハンスからは噂を、シュテファーニエからは真相を聞いていたのだ。アンナ・ヒイラギが法力を使いこなせていないという事実は、今さらおどろくようなことではない。
イルマはひどく憂鬱そうな深い、それはそれは深ーいため息をついた。
「それで……どれくらいできないの?」
「だから、ぜんっっっぜんですよ! ぜんっっっぜんできないんですよ!」
「でも彼女、魔法を使ったからこそ『発見』されたわけでしょう? 一切使えないってわけではないハズよね?」
アンナ・ヒイラギは片田舎の村で好意によって保護されていたと聞く。
法力を有していることが判明したきっかけは、領主の館に子守として働きに上がったときだと言う。
領主のまだ幼い娘が法力を暴走させたときに、居合わせたアンナ・ヒイラギは自らの法力を使い暴走を相殺した……らしい。
そこからあれよあれよという間にアンナ・ヒイラギが「幸運の運び手」とも称される渡り人であると判明し――あとの流れはあたしもよく知っている。
アンナ・ヒイラギからすればきらびやかなサクセス・ストーリー。あたしの方はとんだ無様な転落譚。
思い出すとどうしても行き場のない感情までもが想起されて、下唇を噛みたくなった。
イルマはそんなあたしには気づかずに、茶請けのドライフルーツをひとつ口に放り込んで話を続ける。
「そりゃ、まっすぐに放出するくらいはさすがにできますよ。でも、細かい制御が必要な魔素治療なんかはゼッタイにムリですね。放出だってガッタガタでまったく安定していませんし」
「暴走した法力を相殺したって聞いたけれど……火事場の馬鹿力ってやつだったのかしら?」
「ゼッタイそうですよ! まぐれアタリってやつですよ!」
憤然としたイルマを見るに、よっぽどフラストレーションが溜まっているようだ。
「あの女がまったく法力を制御できないせいで、わたしの資質まで疑われだしてるんですよ?! もお~ホント勘弁して欲しいって話ですよ!」
イルマはこと法力の細かな制御にかけては右に出る者がいないと言われるほどの巧者だ。それはかつて聖乙女だったあたしをも上回るほど。そのことはあたしもよくよく承知していた。
だからこそその自負がイルマにはある。だからこそイルマはアンナ・ヒイラギの世話係という名目で、魔法教育をも任されたのだろう。
ところが、アンナ・ヒイラギはほとんど法力を扱えない。彼女が聖乙女となってから半年も経ってはいないが、逆にそれだけの期間教育してもまったく成果が出ないのでは、イルマもたまったものではないだろう。
「まだ学校に通えないようなちっちゃな子供だって、一ヶ月もあれば初級魔法くらいは扱えるようになるのに! あの女はそれがぜんっっっぜんできないんですよ! 法力の量だけはあるんですけど、ホントそれ『だけ』ですね!」
王室も神殿も、まさかここまでアンナ・ヒイラギの魔法教育が上手く行かないとは想像だにしなかったのだろう。
でなければロクに法力を扱えないアンナ・ヒイラギを、急ぐように聖乙女の座に据えるわけがなかった。
このままアンナ・ヒイラギが法力を使えなければ、いったいどうするつもりなのだろうか?
いずれにせよ神殿は面目丸つぶれ。
王室は……アンナ・ヒイラギの「幸運の運び手」と称される渡り人という身分を利用したいだろうから、仮に彼女が聖乙女を下ろされてもツェーザル殿下とは婚約させるかもしれない。
そんなことを考えていれば、イルマからタイミングよくツェーザル殿下の名前がでてきたのでちょっとおどろく。
「で、例の女についてなんですけど、未だにきちんと魔法ひとつ使えないくせに、一丁前に『気晴らし』だとかでツェーザル殿下とデートしてるんですよ! わたしがキリキリ働いてるときに優雅に舟遊びですよ! おかしくないですか?! どう思います?!」
「どうって……魔法については長い目で見るしかないんじゃないかしら?」
「もうずーっと長い目で見てます! でもぜんっっっぜん使えないんですよお~~~」
デートか。あたしのときは、婚約しているあいだはどちらも多忙なこともあってデートなんてほとんどしたことはなかったのに。
ツェーザル殿下には一切恋愛感情を抱いてはいなかったものの、なんとなく対応の差を遅ればせながら感じさせるような言葉をイルマから得ると、不思議と複雑な気分になる。
あたしはもうツェーザル殿下の婚約者ではないし、さっき言ったように恋慕の情なんて一度として抱いたことはないのに、だ。
人間の心というものは、めんどうくさい。
「そんなに言うほどダメダメだったら、アンナ・ヒイラギの神殿内の地位は危うそうね」
「ですねー。反アンナ派は表立って動いてはいませんけど、水面下で色々動こうとしているってのは聞きますね。でもそんなに数自体は多くないですよ。あと圧倒的に対立に無干渉の中立派が多い感じです」
「そうなの。私は大神殿内の動きには疎いから、初めて聞いたわ」
中立派が一番多い、という情報は初耳だった。
しかし反アンナ派にはどうもあたしを聖乙女に推薦した過去を持つシュテファーニエがいるらしいことを考えれば、神殿内では存在感のある派閥ではあるだろう。
聖乙女候補となった魔法女たちの教育を一手に担うシュテファーニエの人脈には、優秀な魔法女が数多く存在する。
そんなシュテファーニエが、アンナ・ヒイラギの魔法教育を任されていないのはおかしい。
つまり、シュテファーニエはアンナ・ヒイラギから距離を取るような立ち回りをしている、ということになる。
あたしより処世術に長けているイルマがアンナ・ヒイラギの教育係から逃げられなかったのは、シュテファーニエが一枚噛んでいるからかもしれない。
イルマとて、大神殿内で聖乙女の決定権を持つ一大神官という存在感があり、かつ恩師であるシュテファーニエの「頼み」であれば断るのは難しいだろう。
……色々と、上手く行かないものだ。
「あっ、もうこんな時間! ああ~あの女のところに行かなきゃ!」
「気軽に頑張ってと言いづらいけど……頑張ってね」
「そうするしかないですね……」
本当に心からそう思っているのかは不明だが、イルマは「センパイに会えてよかったです」と言って質素な応接室から去って行った。
しかしそれにしてもアンナ・ヒイラギの前途は多難なようだ。
そんなことはほぼ望んでいないのに、あたしが聖乙女に返り咲くという可能性も現実味を帯びてきているような気がする。
そうなったとき、シュテファーニエは「してやったり」と喜ぶのだろうか?
微笑んでいる彼女があまりに想像できなくて、わたしはちょっとだけ心の中で笑った。
「まあ、私の従僕というか従者というか……だから。気になるなら席を外させるけれど」
「護衛も兼ねているから」とまで言いかけて、今のあたしは聖乙女でもなんでもない人間だということに気づいたので、口をつぐんだ。
セミロングの黒髪の先をきっちり水平にそろえた、一見可憐で清楚の体現のように見える後輩のイルマは、ちらちらとテオを見たあと、にっこりと笑ってあたしに視線を戻す。
「いえ。ちょっとびっくりしただけです」
あたしが失脚し、聖乙女の称号も失い、婚約の話もなくなったことは、すでに民衆の端々にまで知れ渡っている。
もちろんイルマだって知っているし、なんだったらあたしの知らないような細かい流れだって知っている可能性すらある。
なにせイルマは大神殿付きの魔法女。大神殿付きの魔法女となることは、最大のエリートコースである聖乙女の次に上がる出世コースなのだから、神官たちの覚えもめでたいわけである。
特にイルマのような、愛嬌をふりまくのが得意な――もっと嫌な言い方をすれば媚を売るのが上手い――タイプは、あたしよりも一連の事象に対して情報通である可能性は、高い。
だからこそイルマに会う価値はあると判断して、また今日も大神殿を訪れたわけなのだ。
イルマがなににびっくりしたかは、まあまあわかる。
あたしはなにもかもを失って、追い立てられるように大神殿を出された――と思っていたのだろう。
それはほとんど事実だったが、ひとつまみだけ真実ではない。
聖乙女の聖杖も返却し、神殿動乱の時代さながらの短期間で聖乙女の座からおろされたあたしには、テオだけは残った。
テオはあたし個人に付いている奴隷だったから、当然のように着いてきたわけだが、もしかしたらイルマはあたしがテオを手離すことにすると思っていたのかもしれない。
彼女は以前、テオを買い取ったあたしのことを「民衆に懐の深さをアピールするため」とかなんとか陰口を叩いていたし。
そしてその陰口はあたしを貶めるための主張ではなく、イルマ自身の認識から出たものだったのかもしれない。
しかしいずれにせよ、今日はそのことを問い詰めにきたわけではないので、彼女の言葉をさっくりと流して本題へと進む。
イルマは相変わらず、ちらちらと後ろの壁際に控えるテオのことを物珍しげに見ていたが、あたしが水を向けると愚痴を爆発させた。
「聞いてくださいよ! あの女の世話係、だれがしていると思います?!」
「その言い方だと、あなたなんでしょう?」
「そうなんですよー! もお~いい迷惑ですよ~~~!」
「あの女」がだれかなんて、聞かなくてもわかった。現聖乙女のアンナ・ヒイラギ。イルマがこうして陰で文句を言うには格好の相手だと思ったから、特に考え込むこともなく答えは出せた。
「……世話係ってそんなに大変なの?」
「そりゃ通常の業務もありますもん。ちょっとは他の魔法女たちに割り振られますけど……」
「不満そうね」
「そりゃそうですよ! なあーんでわたしがぽっと出のよくわかんない女にせっせと魔法を教えなきゃなんないのか!」
「世話係に任命されたからでしょ」
「ちょっとは同情してくださいよお~。ハア……」
イルマはため息をついて用意した紅茶に口をつける。あたしもそれにならってひと息つく。
紅茶は少々ぬるくなり始めていたが、イルマの愚痴はまだまだ終わりそうになかった。
「アンナ・ヒイラギは今どれくらい法力を扱えるようになったの?」
「あのお~……このことは内密にオネガイしますネ……?」
「言わない言わない。っていうか田舎暮らしの私には言う相手なんていないから」
「じゃあ言っちゃいますけどお……ぜんっっっぜんですよ!!!」
「……そんなに?」
イルマの声があまりにも渾身の一声だったので、あたしは表面上はおどろいて見せる。
が、内心では「やっぱりか」という気持ちだった。
既にハンスからは噂を、シュテファーニエからは真相を聞いていたのだ。アンナ・ヒイラギが法力を使いこなせていないという事実は、今さらおどろくようなことではない。
イルマはひどく憂鬱そうな深い、それはそれは深ーいため息をついた。
「それで……どれくらいできないの?」
「だから、ぜんっっっぜんですよ! ぜんっっっぜんできないんですよ!」
「でも彼女、魔法を使ったからこそ『発見』されたわけでしょう? 一切使えないってわけではないハズよね?」
アンナ・ヒイラギは片田舎の村で好意によって保護されていたと聞く。
法力を有していることが判明したきっかけは、領主の館に子守として働きに上がったときだと言う。
領主のまだ幼い娘が法力を暴走させたときに、居合わせたアンナ・ヒイラギは自らの法力を使い暴走を相殺した……らしい。
そこからあれよあれよという間にアンナ・ヒイラギが「幸運の運び手」とも称される渡り人であると判明し――あとの流れはあたしもよく知っている。
アンナ・ヒイラギからすればきらびやかなサクセス・ストーリー。あたしの方はとんだ無様な転落譚。
思い出すとどうしても行き場のない感情までもが想起されて、下唇を噛みたくなった。
イルマはそんなあたしには気づかずに、茶請けのドライフルーツをひとつ口に放り込んで話を続ける。
「そりゃ、まっすぐに放出するくらいはさすがにできますよ。でも、細かい制御が必要な魔素治療なんかはゼッタイにムリですね。放出だってガッタガタでまったく安定していませんし」
「暴走した法力を相殺したって聞いたけれど……火事場の馬鹿力ってやつだったのかしら?」
「ゼッタイそうですよ! まぐれアタリってやつですよ!」
憤然としたイルマを見るに、よっぽどフラストレーションが溜まっているようだ。
「あの女がまったく法力を制御できないせいで、わたしの資質まで疑われだしてるんですよ?! もお~ホント勘弁して欲しいって話ですよ!」
イルマはこと法力の細かな制御にかけては右に出る者がいないと言われるほどの巧者だ。それはかつて聖乙女だったあたしをも上回るほど。そのことはあたしもよくよく承知していた。
だからこそその自負がイルマにはある。だからこそイルマはアンナ・ヒイラギの世話係という名目で、魔法教育をも任されたのだろう。
ところが、アンナ・ヒイラギはほとんど法力を扱えない。彼女が聖乙女となってから半年も経ってはいないが、逆にそれだけの期間教育してもまったく成果が出ないのでは、イルマもたまったものではないだろう。
「まだ学校に通えないようなちっちゃな子供だって、一ヶ月もあれば初級魔法くらいは扱えるようになるのに! あの女はそれがぜんっっっぜんできないんですよ! 法力の量だけはあるんですけど、ホントそれ『だけ』ですね!」
王室も神殿も、まさかここまでアンナ・ヒイラギの魔法教育が上手く行かないとは想像だにしなかったのだろう。
でなければロクに法力を扱えないアンナ・ヒイラギを、急ぐように聖乙女の座に据えるわけがなかった。
このままアンナ・ヒイラギが法力を使えなければ、いったいどうするつもりなのだろうか?
いずれにせよ神殿は面目丸つぶれ。
王室は……アンナ・ヒイラギの「幸運の運び手」と称される渡り人という身分を利用したいだろうから、仮に彼女が聖乙女を下ろされてもツェーザル殿下とは婚約させるかもしれない。
そんなことを考えていれば、イルマからタイミングよくツェーザル殿下の名前がでてきたのでちょっとおどろく。
「で、例の女についてなんですけど、未だにきちんと魔法ひとつ使えないくせに、一丁前に『気晴らし』だとかでツェーザル殿下とデートしてるんですよ! わたしがキリキリ働いてるときに優雅に舟遊びですよ! おかしくないですか?! どう思います?!」
「どうって……魔法については長い目で見るしかないんじゃないかしら?」
「もうずーっと長い目で見てます! でもぜんっっっぜん使えないんですよお~~~」
デートか。あたしのときは、婚約しているあいだはどちらも多忙なこともあってデートなんてほとんどしたことはなかったのに。
ツェーザル殿下には一切恋愛感情を抱いてはいなかったものの、なんとなく対応の差を遅ればせながら感じさせるような言葉をイルマから得ると、不思議と複雑な気分になる。
あたしはもうツェーザル殿下の婚約者ではないし、さっき言ったように恋慕の情なんて一度として抱いたことはないのに、だ。
人間の心というものは、めんどうくさい。
「そんなに言うほどダメダメだったら、アンナ・ヒイラギの神殿内の地位は危うそうね」
「ですねー。反アンナ派は表立って動いてはいませんけど、水面下で色々動こうとしているってのは聞きますね。でもそんなに数自体は多くないですよ。あと圧倒的に対立に無干渉の中立派が多い感じです」
「そうなの。私は大神殿内の動きには疎いから、初めて聞いたわ」
中立派が一番多い、という情報は初耳だった。
しかし反アンナ派にはどうもあたしを聖乙女に推薦した過去を持つシュテファーニエがいるらしいことを考えれば、神殿内では存在感のある派閥ではあるだろう。
聖乙女候補となった魔法女たちの教育を一手に担うシュテファーニエの人脈には、優秀な魔法女が数多く存在する。
そんなシュテファーニエが、アンナ・ヒイラギの魔法教育を任されていないのはおかしい。
つまり、シュテファーニエはアンナ・ヒイラギから距離を取るような立ち回りをしている、ということになる。
あたしより処世術に長けているイルマがアンナ・ヒイラギの教育係から逃げられなかったのは、シュテファーニエが一枚噛んでいるからかもしれない。
イルマとて、大神殿内で聖乙女の決定権を持つ一大神官という存在感があり、かつ恩師であるシュテファーニエの「頼み」であれば断るのは難しいだろう。
……色々と、上手く行かないものだ。
「あっ、もうこんな時間! ああ~あの女のところに行かなきゃ!」
「気軽に頑張ってと言いづらいけど……頑張ってね」
「そうするしかないですね……」
本当に心からそう思っているのかは不明だが、イルマは「センパイに会えてよかったです」と言って質素な応接室から去って行った。
しかしそれにしてもアンナ・ヒイラギの前途は多難なようだ。
そんなことはほぼ望んでいないのに、あたしが聖乙女に返り咲くという可能性も現実味を帯びてきているような気がする。
そうなったとき、シュテファーニエは「してやったり」と喜ぶのだろうか?
微笑んでいる彼女があまりに想像できなくて、わたしはちょっとだけ心の中で笑った。
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