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 あたしに拘束魔法を仕掛けようとした魔法女は案の定、小遣い目当てで違法オークションに加担していたようだ。本人を締め上げて、そのような言質を引き出したのだからまあ間違いないだろう。

 どこまで関わってきたかによらず、恐らくはこの魔法女は称号を剥奪され、流刑の身となる。

 同情心はわかなかった。たかが金貨数枚のためにそもそもの才能がなければなれはしない魔法女の地位を、それも大神殿勤めのエリートコースを棒に振るのは単なる馬鹿のすることだからだ。

 そして神殿はこのことを公表せず、秘密裏に処分を下すだろう。神殿の名誉を貶め、傷つけるような事実を、彼らが明かすわけがない。

 そのことにもやもやしてしまうあたしは、まだ子供なのかもしれなかった。

 しかし今はそれよりも――。

「ありがとう。助かりました。貴方のお名前は?」

 裏切り者の魔法女に、ギリギリのところでタックルをかました黒髪黒目に茶褐色の肌をした獣人へと向き直る。

 彼は聖乙女であるあたしから感謝の言葉をかけられても、おもしろいことなどひとつもないとばかりに無感情な瞳を向けてくる。

「……オレはテオ。見ての通り犬の獣人だ」
「そうでしたか。テオ、ありがとう。貴方がいなければ危ない目に遭うところでした」

 テオは舞台裏の隅っこで座り込んでいたので、あたしも自然とそちらへと足を向けた。

 大捕り物は終わり、逮捕した客人やら違法オークションの関係者らを順次押送おうそうしているところだ。

 そして拉致されてここに連れてこられていた被害者たちのうち、数えるほどではあったが、幾人かには家族が駆けつける。

 繰り広げられる喜びの再会を目の端で捉えながら、ひねくれもののあたしでも、胸にじんとくるものを感じていた。

「テオ、心配することはありません。私たちが必ずや元の場所に帰しますからね」

 ニコニコと猫を被って慈愛の笑みを浮かべて、あたしはテオにそう告げる。

 しかしあたしが思い描いたような反応は、ひとつとして返ってはこなかった。

 テオは微笑むあたしが馬鹿だとでも言うように鼻を鳴らす。それにあたしはムッとする前に、違和感を覚えた。

 しかしあたしがなにか問いかける前に、テオはその疑問を先読みしたかのように答えを告げる。

「あんた、おかしいとは思わないのか?」
「……なにがでしょう?」
「ここにいるのはほとんどが若い女だ。男は子供ばかり。成人しているのはオレだけだ」

 テオにそこまで告げられれば、いくらあたしでも彼の置かれた状況を理解する。

 恐らくテオは正当な奴隷だ。ここにいる被害者たちのように、拉致されて連れてこられた者とは違うのだ。

「ではなぜここに?」
「もののついでだ。売れ残りのオレを、なにかの偶然があって処分できれば万々歳。おおかた、あいつがオレを連れてきたのはそういう理由があってのことだろう」
「それではテオは――」
「オレは自らの意思で奴隷身分になった。そこにいる……拉致されてきたやつらとは違う」

 テオの視線が騎士たちに付き添われて舞台裏を出て行く被害者たちに向けられる。その瞳がどんな感情をたたえているのかまでは、あたしにはわからなかった。

「だから帰る場所なんてない」

 言い切ったテオを前に、あたしは黙り込んだ。

 テオをここに連れてきた奴隷商は、十中八九免許を永久に剥奪されるだろう。それなりに頭が回るらしいテオにも、それがわからないハズがない。

 しかしわからないのは、なぜあたしを助けたのか、だ。

 あたしは隠すこともなくそのまま問うた。

 テオはそれに明快な答えを返す。

「あんたを助けたのは礼を期待してのことだ。多少はまともな奴隷商に身分を移せないかと思ってな」
「私には奴隷商人の知り合いはいないのですが……」
「……あんた、助けてやったんだ。その恩人を助けてやろうって気にはならないのか?」

 おおよそ恭順を求められる奴隷には似つかわしくない、呆れた視線を送ってくるテオを前にすれば、なぜ彼が売れ残っていたのかが少しだけわかった気がした。

 テオはあの大騒動の中でも返礼を期待して立ちまわれるほどにカンも悪くなく、見目もいい方だ。しかしその態度は尊大のひとことで、奴隷に従順さを求める者にはほとほと不評であろうことは、界隈に疎いあたしにもわかった。

 けれどもしかしまあ、テオはまったく見当違いの要求をしているわけでもなかった。

 下手をすれば大怪我、もしかしたら殺されていたかもしれないことを考えれば、テオになにかしらの礼をするのは、人として当たり前のことのように思う。

 なによりあたしには聖乙女という体面がある。助けてもらっておいて礼のひとつもしないというのは、面子を損なう行いだった。

「わかりました。アテはありませんが……なんとかしてみましょう」
「よろしく頼む」
「ですが」
「……なんだ?」
「貴方が奴隷身分になった理由をお聞きしたいのです。好奇心からではありませんよ。どういった奴隷であるかは、交渉の際に必要な情報ですからね」

 あたしの言葉にテオはわかりやすく渋い顔をした。よほど答えたくないのだろうか?

 しかしあたしは言葉にしたように好奇心で聞いているのではない。たとえば犯罪奴隷――そのまま、罪を犯して奴隷身分にされた者――であったりした場合などは、交渉をする際にきちんと伝えておかなければならないだろう。

 テオはしばらくむつっと口を閉ざしていたが、結局ややあって唇を開いた。

「オレは犯罪奴隷じゃない。……借金奴隷だ。金を返すアテがなくて奴隷になった」

 あたしはなんとなく、そもそもの生まれが奴隷なのかなと考えていた。奴隷の子供はよほどのことがない限り、奴隷身分として登録される。

 けれどももし生まれついての奴隷であれば、テオのこの横柄にも映る態度には冷静に考えて違和感がある。

 しかし借金が理由で奴隷になった、というのにも、なんとなく納得がいかなかった。短いながらにテオと接していて、彼自身が返しきれないほどの金をだれかから借りるような者には見えなかったからだ。

 となれば連帯保証人にでもなったか、そうでなければ……。

「借金の理由は?」

 直截すぎるあたしの問いに、テオはちょっと鼻白んだようだった。

 そしてまたわかりやすく渋い顔をする。よほど答えたくないのだろう。けれどもあたしは追及の手を緩めなかった。

「……今回の捕り物の内幕が知れ渡るのはすぐでしょうね。そうなれば……もしかしたら、次の奴隷商人のところでは酷い目に遭うかもしれません」
「あんた、悪魔か?」

 呆れと驚きが入り混じった目を向けるテオに、あたしはいつもの慈愛に満ちたニコニコ顔を向けた。

 怒るかもしれない、とあたしは思ったが、意外にも彼は怒りを露わにしたりはしなかった。……その胸の内は知らないが。

 そしてあからさまに渋々、といった様子で話し出す。それでも言葉は先ほどからの通り明快で、途中で詰まったりなどすることはなかった。

「妹が重い病気になってな。その治療費は家族でいくら働いても賄えるものじゃなかった。だから金を借りた。が、返すアテがなかった。だから、奴隷になった」
「あなただけ売られたの?」
「違う」
「……妹さんは?」
「……死んだ。だが、借りた金は返さなきゃならん。そうだろう?」

 あたしの無礼ともいえる言葉にも、テオは微塵も怒る様子を見せず、淡々と答える。その黒い瞳は相変わらず無感情に光っていた。

「わかった」
「そうか」
「あなたの身分は私が買い取ります」
「――は?」

 テオは今度こそぎょっと驚いた顔をして、何度か瞬きをする。

「礼が欲しかったんじゃなかったのかしら?」
「まあ、そうだが……。あんたは性格が悪そうだからな……」

 あたしの性格が悪いのは図星だったけれども、今はそこは気にしないことにする。

「イヤなら――」
「イヤじゃない。……が、あんたはイヤじゃないのか?」

 なぜかテオは気遣わしげな目であたしを見た。そういう目を向けるのは、あたしの役目のハズなのに。

 それがなんだかおかしくて、あたしは自然と口元に笑みを浮かべていた。

「裏切らない駒を金で買うのはおかしい? 聖乙女にも色々と苦労があるのよ」

 被っていた猫を脱いで、声音を変えたあたしのセリフに、テオは呆れた目を向ける。

「オレが裏切らない保証なんて、どこにもないだろう。ハッキリ言って、博打だ」
「それくらいわかってるわよ。でもその博打に、乗る価値があると思ったの。あなたは?」

 深いため息をつくテオを見て、あたしは勝利を確信した。

 テオは思ったよりも情深い相手だ。金で買われた奴隷なのだから、ビジネスライクに接すればいいのに、彼本来の気質からそれができない。まったくもって、奴隷には向かないタイプだと言える。

 だからあたしは、テオを買い取る決断を下すことができた。こいつはあたしを絶対に裏切ったりしないと、彼の言う通り保証もないのに確信できた。

 そしてその確信は――今の今まで裏切られたことがない。

「あたしの名前はペネロペ。なんだったら呼び捨てにしてくれたって構わないわ。――これからよろしく、テオ」
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