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わたしのモテ期が壮大すぎる!

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 一生のうち、ひとには三度モテ期が訪れると言う。ならば一度目でを引き当てたわたしの残りのモテ期は、きっとたいそうなものに違いない。


 わたしは馬鹿である。小さい頃からぼこぼこ殴られて育って、義務教育でなければ確実に中学を卒業できないくらいの馬鹿である。

 同じように馬鹿だった人間は何人か見てきた。その何人かはわたしと違って不良になった。不良になって周囲の「普通」の人たちから馬鹿にされていた。わたしは……そんな風に馬鹿にされる不良にすらなれなかった。

 そういうわけでヤンキーのみなさんのようなコミュ力もネットワークもなく、わたしは社会の底辺でひとりのたうちまわるハメになった。

 どうにかこうにか自分ひとりが食べて行けるだけの稼ぎはあったが、それ以上の経済力はない。趣味に費やす時間も金もない。そもそも、趣味なんてものはわたしにはない。

 未来への不安を上げればキリがなかったが、どうすればいいのかわからなかった。相談できるような親も親戚も友人も、わたしにはいなかった。

 行政へ相談するとかいう方法はかろうじてぼんやりと頭にあったが、馬鹿なわたしは怖くて足が向かない。わたしは馬鹿だけど陽気な馬鹿ではなく、被害妄想を抱くことにかけて一人前の馬鹿だった。

 そのうちにわたしは病んだ。毎日毎日死にたいと思いながらすごすようになった。でも、実際に行動に移せるだけの意志すらなく、その度胸のなさにわたしはますます自分自身がイヤになった。

 わたしの向かう先は、恐らくは孤独死なんだろう。それで、どこのだれかもわからない、顔も知らない人間に一時いっとき哀れまれて、すぐさま忘れ去られる。

 そう考えると悲しみよりも先に虚無感が訪れる。

 そう考えると、やっぱりわたしは早いとこ死んでしまったほうがいいんじゃないかと思って、でもそれを選ぶ度胸もなくて、自己嫌悪に陥って……堂々巡り。

 その日もそんな堂々巡りを繰り返しながら駅ホームへの階段をくだっていた。仕事の帰りで体はくたくた。ぼんやりとした意識の中で、「死にたいなあ」と心の中でつぶやく。死ぬ度胸もないくせに。

 ……そんなことを考えていたから、バチが当たったのかもしれない。

「ならばその願いを叶えてあげましょう」ってな具合に神様が決めてしまったのかもしれない。

 背中に衝撃が加わって、階段から足を踏み外したわたしは、頭からまっさかさまに落ちて行った。だれかが悪意を持ってやったのか、そうでないのかわからないまま、全身を激しい衝撃が襲い――わたしはなぜか異世界にやってきた。


 不思議と体には傷ひとつなく痛みもなく。そうしてわたしの混乱する頭に叩き込まれたのは、「わたしが選ばれた人間だ」という素っ頓狂な状況だった。

 ――魔王退治でもしなきゃいけないのかな?

 乏しい娯楽に対する知識を引き出して、そんなことを無言のままに考える。わたしが神妙に話を聞いていると思っているらしい、目の前に立つ老人はさらなる混乱へと突き落とすことに遠慮がない。

 大仰な口ぶりの老人の言葉をテキトーに解釈すると、なにやらわたしはこの国の次代の王を決めなければならないらしい。そして、そうやって決めた王様と結婚して王妃様にならなければならないらしい。

 ――は? さっぱりわからん。

 心の中で呆気に取られたのは、仕方のないことだと思う。そもそも異世界人を国家ぐるみで拉致するような国に身を捧げよと命じられたところで、大人しく聞く人間がどれくらいいるのだろうか。

 しかし昔からぼこぼこに殴られて育ったわたしは、他人の顔色をうかがう癖がついていた。いかにも偉そうなこの老人に物申せるだけの度胸は、わたしにはなかった。

 ここでなにかしら言い返せたり、怒りを表明できるのであれば、わたしはとっくにこの世からおさらばしていたに違いない。

 そういうわけでわたしは神妙な顔つきで、曖昧に頷いた。老人はそれを見届けてなぜか満足そうに何度か首肯する。

 ……その日からわたしの、お姫様みたいな生活が始まった。


 わたしが最初にやってきたのは、この国にある神殿の中庭で、あの老人は神官長とかいうとっても偉い人らしい。

 しかしそれよりも偉いという王様には会っていない。病を得て寝ついているそうだ。なるほど、だから次代の王を決める必要があるのだなとわたしは納得した。

 そういう理屈は納得したが、そのたいそうな役にわたしが選ばれたことについてはまだ納得がいっていない。

 それに、次代の王を決める重要な役割をわたしに任せるのは、テキトーに作ったくじを引くのと大差がないように思えて、胸の内がモヤモヤする。国民やら家臣やらはそれでいいのだろうか? しかしそれに答えてくれる人間はいない。

 基本的にわたしの周りにいるのは行儀見習いに王宮へと上がっている、貴族令嬢の侍女さんたち。それからこの国の王様の息子――つまり、王子様たちだけ。護衛の騎士さんもいるのだが、言葉を交わしたことはない。

 法的な結婚可能年齢に達している王子様たちは全部で五人。他にも幼い王子や王女がたくさんいるらしい。王様、以前は元気だったんだな、とどうでもいいことを考える。

 王子様たちは軒並み顔がよくて、おしなべて甘い言葉を放ってくる。

 曰く、月も恥じらう美しさだとか。

 曰く、小鹿のように軽やかで可憐だとか。

 曰く、鈴を転がしたように愛らしい声だとか。

 ……残念ながら生来から猜疑心の強いわたしには、それらは上滑りして聞こえてしまう。わたしは馬鹿だが、素直な馬鹿ではなく、無駄に警戒心の強い馬鹿なのだ。

 わたしが美人じゃないのは、だれよりも知っていた。いつもなにを考えているのかわからない、曖昧な気持ちの悪い笑みを浮かべていることも、わかっている。性格だって可愛げのカケラすらない。

 そんな自分を振り返ってみると、王子様たちが可哀想に思えた。好きでもないちんちくりんの小娘を口説いて、玉座を手に入れるのに躍起になっている姿は、ハタから見れば滑稽そのもの。しかも王位に就けたら就けたで、わたしを妻にしなければならないなんて。

 この国には側室制度や後宮制度なんてものはないが、妾を持つことは公然と認められている。……となれば仮にわたしが五人の王子様のだれかを選んで、王妃様になっても、きっとそのだれかさんはソッコーで妾を作るに違いない。

 ――それって地獄に近くない?

 性的にだらしのない母親を持ったわたしには、公然と妾を作られるという未来はどうにも耐え難かった。どうしても「気持ち悪い」とか「ムカつく」とかいう感情を抱いてしまうのだ。

 こんなわたしを妻にしなければならないとすれば……それもまた地獄に近いに違いない。

 わたしは何度か「そんなたいそうな役目はできない」と主張したが、聞き入れてくれる人間はいなかった。そんな主張を繰り返せば繰り返すほど、わたしにつけられた侍女さんたちの心証が悪くなっていくのもわかったので、いつしかわたしは口を閉ざすようになった。

 ……一応、聞き入れてはくれなかったけれど、わたしの主張に耳を傾けてくれる人間は、いたのだけれど。

 その人の名前はレグダール。軍を束ねる地位にある、三人いる大将軍のひとりにして、史上最年少で大将軍の座を射止めた戦巧者である……らしい。

 正直に言って、戦争の「せ」の字もしらないようなわたしには、「戦巧者」などと言われてもどうすごいのかまではわからなかった。筋肉がすごいなとは思ったが、それくらいの貧相な感想しか抱けなかったのも確かだ。

 レグダールさんは、わたしにとっては単に気のいいアラフォーのおっさんであった。

「なんにも知らない小娘が王様を決めるって……それでいいんですか?」

 投げやりな態度のわたしに対しても、レグダールさんは優しかった。

「知らないことを罪だと考えるなら、知ればいいじゃないか」
「いや、今から知っても……それに、わたし馬鹿だし……」
「……そうやって逃げ回っていたら、いつまで経っても状況は変わらない。いや、むしろ悪い方向へと変わるかもしれないし――そもそも、そうなっていることにすら気づかないかもしれない」

 レグダールさんの言葉は、内容に反してわたしを咎め立てるような色合いはなかった。

 けれども、彼の言葉はわたしの胸に刺さった。

 わたしはいつだって、馬鹿だから仕方がないと思っていた。

 九九もまともに覚えていないほど馬鹿だから仕方がない。生まれも育ちも悪い馬鹿だから仕方がない。……全部、自分が馬鹿であることにして、馬鹿であることに責任をおっかぶせて、現実を直視しようとも、都合の悪い現実から逃れようという手段も、取りはしなかった。

 挙句の果てに毎日のように死を願って――行きついた先でも似たような調子で過ごしている。

 なるほど、レグダールさんは大将軍だけあって人を見る目があるのだろう。その鋭い眼差しでわたしの愚かさを見通したに違いなかった。

「でも……どうすればいいのか、わからないです」

 自分の馬鹿さを開陳するような恥ずかしい気持ちに襲われたが、真実わたしは事態を好転させるにはどうすればいいのかまったくわからなかった。

 レグダールさんはそんなわたしにも手を差し伸べてくれた。平兵士から士官まで、レグダールさんを支持する軍属の人間は多いと聞いていたが、こんなどこの馬の骨とも知れない馬鹿な小娘に優しくできる度量があるのだ。そんな軍内の空気も納得できる。

 レグダールさんは大将軍として忙しいだろうに、わたしに、それこそ子供の手習いのようなことから教えてくれた。

 最初は正直に言って、さっぱりわからずついて行けなかったが、それでも自分の馬鹿さのせいにするのはやめたのだ。必死に食らいついて、王子様との謁見の時間も削り、不満そうな顔をされれば「この国を理解する勉強をするため」とか断って、わたしは勉強に没頭した。

 レグダールさんは決してわたしを馬鹿にするような言葉を口にはしなかったし、そういう雰囲気も出さなかった。心の中ではどう思っていたかは知れないが、それだけでわたしは幾分か救われた。

 王子様たちは「そんなことはしなくていい」と甘い言葉をささやくが、わたしは見向きもしなかった。

 散々嫌悪していた、無知で馬鹿な自分と決別するチャンスは、もうこの先訪れないかもしれない――。そんな心持ちでわたしはレグダールさんとのレッスンに臨んだ。

 勉強は多岐に渡った。美しい話言葉に、無駄のない礼儀作法。歴史、地理、数学からダンスのレッスン。それらに食らいつくのはキツかった。何度も何度もやめてしまおうかと思った。

 けれどもレグダールさんは流石の観察眼でそれを見抜いては、上手いことわたしを褒めたり励ましたりして、何度も鼓舞してくれた。……教師役がレグダールさんでなければ、きっとわたしはここまで知識をモノにできなかっただろう。


 そうやって知識をつけて行く内に、この国の問題点も明瞭にわかるようになった。

 放漫な政治に、無責任な閣僚たち。先代の財産を食いつぶしながら遊び呆けていた王様と、権力にしか目を向けないあまたの妾たち。そうしてそんな親の血をしっかりと受け継いでいる王子様たち。

 知識をつければつけるほど、わたしの状況が詰んでいることが明確になって行った。

 もし仮に五人の王子様の内だれかを選んだとしても、わたしはいないことにされそうだし、下手すれば幽閉されるかもしれない、と思うようになったのだ。

 これには困った。知識を身につけはしたものの、生来からの頭の回転の良さだとか、機転の良さとは無縁のわたしは、完全に行き詰った。

 この異世界へ拉致されてから既に一年が経過していた。日に日に、王子様たちからのアタックは強くなるばかりだ。

 加えてわたしとどうにかなれば――既成事実があればいいとでも考えるほどに追い詰められているのか、イラだっているのか、色々と危ない場面も何度かあった。

 そこをやんわりと助けてくれたのはレグダールさんの息のかかった騎士さんたちで、わたしは非常に助かっていたが、迷惑をかけていることに対して気が引ける思いは日に日に強くなって行った。

「王宮から出て行くしかないと思うんです」

 切羽詰まったわたしは、信頼できるレグダールさんにそう打ち明けた。

 レグダールさんも状況をわかっていたのだろう。おどろいた顔はされなかったものの、「あとひと月待ってはくれないか」と予想外の言葉をかけられて、わたしの方がおどろいた。

「あとひと月……ひと月後には貴女の悩みを解消されると約束しよう」



 きっかりひと月……というわけではなかったけれど、それはある日突然訪れた。

 その日はレグダールさんとの勉強の予定はなかったので、わたしは与えられた離宮で自主学習に励んでいた。王子様の誘いはもちろん断って。

 王子様は露骨というほどではないにしても、気分を害したような顔を一瞬だけして去って行った。ここのところの王子様たちはなぜだかは知らないがイラだっている。他人の顔色をうかがうことだけは長けているわたしには、よくわかった。

 けれども当たり前だがわたしは超能力者とかではないので、その理由までは推察できない。しかし一年以上世話になっておいて、王子様たちのいずれともまったく交流を持とうとしないわたしを、よく思っていないことは確かだ。

 もし逆の立場であれば、わたしだって「なんだこいつ」と思うだろう。勝手な都合で拉致してきたことを置いておいても、だ。

 だからわたしはタイムリミットが近いと感じていた。貞操に危機が及びそうな気配も感じていた。

 かつてのわたしはぼこぼこ殴られるだけで済んではいたが、そういう方向の危機を感じなかったわけではない。幸いにもわたしは今この瞬間も処女ではあるが、あのなんとも言えない空気感や視線は、思い出すだに鳥肌が立つ。

 その種の恐怖を、王子様たちから感じている……だから、わたしはタイムリミットは近いと感じているのだ。

 今の状況を打破できるのは、きっとレグダールさんだろう。わたしを王宮から逃がすことくらい、さっとしてしまえそうな信頼をわたしは彼に感じていた。

 レグダールさんの優しさに甘えることへの忌避感はあったけれど、現実を見ればわたしひとりでどうにかできる状況ではないことも明らかだ。

 ハッキリ言って、わたしひとりじゃ詰んでいる。そのたしかな現実を直視できるていどの知識がついていたわたしは、手段を選んでいられないという状況も認識していた。

 しかし頼みの綱のレグダールさんは「ひと月待て」と言った。なら、わたしは待つしかない。レグダールさんの言葉を信じて、ひたすら犬のように待つしかない。

「ひと月」経ってどうなるのかまでは、わたしにはわからなかった。

 しかしこの日、レグダールさんはその回答を軽やかに、鮮やかに提示した。


 *


 急に武装した兵士さんが部屋を訪れたので、侍女さんたちが絹を裂くような悲鳴を上げた。わたしだったらこんな可愛らしい声は出せないだろうな、と他人事のように思いながら、わたしは周囲を見回す。

 そこでようやくいつもは警備についている騎士さんたちがいないことに気づいた。そうやって薄っすらと「イヤな予感」がわたしのうなじを撫でて行く。

 ――王子様の内のだれかが、強硬手段に出たのかな?

 平静を装うわたしに対して、兵士さんの内、リーダー格らしい年嵩の男が「離宮からは出られませんように」と思ったよりは穏当な言葉をかけてくる。

 それに果敢にも噛みついたのは侍女さんのひとりだった。「ここがどこと心得ていますの?」。暗に「ここはすごい偉い人がいる宮なんだぞ」という発言に、まるで急に舞台に上げられたかのような気分に襲われる。

 ここでなにも言わないのは変かと思い、「落ち着いてください」と侍女さんに声をかける。「落ち着いていられますか!」と侍女さんは「まあそうだよな」というようなセリフを口にした。

 もし、この兵士さんたちが王子様のいずれかの手先であれば、わたしの身は危ないだろう。次代の王を決められる権利を有する女……王子様たちが欲しいのは、わたしの愛や気持ちなんかじゃないのだから。

 そうこうしている内に、わたしの部屋の出入り口に、まだあどけない顔をした――けれども武装している――兵士さんがやってくる。彼はリーダー格の年嵩の兵士さんになにか耳打ちをした。それから兵士さんたちはなにごとかを短く話しあったあと、いっせいにわたしの方を見たのでぎょっとする。

「レグダール閣下がお越しです」

 わたしはその言葉を咀嚼するのに時間をかける。知識は得られても、機転の利かなさは元のままなので、唐突に投げ入れられた言葉を理解するのに少々時間がかかった。

 ――レグダールさん? 助けにきてくれたのかな……?

 わたしがなんと返すべきか迷っているあいだに、部屋の外が徐々に騒がしくなる。その喧騒に部屋の中にいる侍女さんたちの顔が不安に歪んだ。

 けれどもわたしは――。

「よう。失礼するぜ」
「――閣下!」
「――レグダールさん……」

 開け放たれた部屋の出入り口にぬっと現れた大きな人影。それは間違えようもなく、わたしの頼みの綱、レグダールさんだった。

 レグダールさんはいつもの気安げな調子で片手を上げてわたしを見た。わたしはそんなレグダールさんを見て、ほっと安堵の息を吐く。知らずの内に、全身に力が入っていたようだ。肩や背中の筋肉が緩んで、わたしは居住まいを正す。

「騒がしくして悪いな。ちっとばかし『クーデター』ってやつを起こしたもんで」

 豪放磊落なレグダールさんの笑いとは対照的に、侍女さんたちの顔が強張った。彼女らは貴族令嬢。体制側の存在なのだ。クーデターを起こした張本人が目の前に現れれば、不安に駆られるのは致し方ないことだろう。

 一方のわたしも一応は体制側の人間。現体制に保護されている存在である。ならば侍女さんたちと同じような心境になってもおかしくはなかったが、当のわたしはほっとまたひと息つく。

 クーデターを起こしたレグダールさんが、離宮に入り込めているということは、王宮も似たような状況なのだろう。気安い調子でいられるのは、もうすべてことが終わったことを意味しているようにも思える。

「ひと月待て」という言葉。その言葉の、レグダールさんからの回答をようやく得られた気になったわたしは、肩に勝手に載せられていた荷が降りるような感情を抱く。

「王子様たちはどうなったんですか?」
「先にそれを聞くのか?」
「ええ……」
「だれひとりとして死んじゃいないさ。生け捕りにするように言ったし、そもそもあの王子様たち――元王子様か――には自死する度胸もないだろうからな」
「それじゃあ、わたしはもうだれも選ばなくていいんですね?」

 わたしは喜びに少々上擦った声を出し、レグダールさんに問うた。

 レグダールさんはニッと笑って、しかしわたしを突き落とすような言葉を放つ。

「悪いが、お前さんには選んでもらわなければならない」
「え?」

 わたしの頭の中を様々な予測が駆け抜けて行く。わたしに王子様のだれかを選ばせ、生まれた子供を傀儡に仕立て上げるとか、そういう陰謀じみた予測だ。

 わたしの顔は知らず知らずの内に百面相をしていたのか、レグダールさんは「碌でもないことを考えているな」と笑う。

「だって――」
「安心しろ……とは言えないが、お前さんを元王子様たちには渡さないさ」
「じゃあ」
「お前さんが選ぶのは、俺だ」

 レグダールさんは自信に満ちた顔でわたしを見る。

 そんなレグダールさんの態度に、わたしは呆気に取られて必死で言葉を探す。

「それは――レグダールさんが王様になりたいって、こと?」
「違うな。『お前さんが欲しい』って言ってるんだ」

 わたしはその言葉を理解するのにたっぷり五秒はかけたあと、それでも上手く理解できなくて頭が真っ白になった。

「おいおい、なにか言ってくれよ」
「いえ、その、いえ……それは、つまり――」
「『俺の嫁さんになってくれ』って言ってるんだ」

 レグダールさんは気恥ずかしさなど微塵も感じていない、豪胆な様子でそう言い切る。

「なっ、なんで……」
「俺の好みなんだよ。必死に努力が出来るタイプの女はな」
「い、いや、でも」
「なんだ、俺の好みに文句あんのか?」
「そう、じゃない、ですけど」
「理由が聞きたいか?」
「は、はい……」
「お前さん――ルルといたら、毎日楽しいだろうなって、思ったらな、なんだか物凄く嫁にしたくなった。以上」

 レグダールさんに名前を呼ばれたのは、初めてかもしれない。おまけにすごくシンプルではあったが、わたしの心臓を射抜くようなプロポーズの言葉。今のわたしはきっと、耳まで真っ赤になっているに違いなかった。

 ぱくぱくと酸欠の金魚のような動作をするわたしに、レグダールさんは大股で近づく。

「ルルが俺を選べば、神殿側の大半が俺を支持するという理由もある。……まあ、それはオマケみたいなもんだ。俺はルルが欲しくて今ここにいる。あの碌でなしの元王子様たちのだれにも渡したくなかったんでな」
「……それで、クーデターを? え? 本気ですか……?」
「本気も本気。大真面目だよ。ルルを手篭めにしようっていう話を聞いたら、びっくりするくらいムカついてな。……ま、そーいうわけだ。腹括って、俺と一緒に歴史に名を残そうぜ?」
「え、え、え~~~?!」

 おどろいた。死ぬほどおどろいた。

 けど一番おどろいているのは、レグダールさんのプロポーズがイヤじゃないわたしの本心に気づいたことで……。


 ……このあと、レグダールさんの言った通り、しっかり歴史に名を刻むことになるとは、このときのわたしはまだ実感など抱いていなかったのであった。
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