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 わかっている。ほかでもない恋人である私が、たとえ冗談でも「『運命のつがい』と会ってみたくないのか」と問うのはよくないということは。浮気を推奨しているわけでも、「浮気をするかも?」と疑っているわけでもないのは事実だが、どうしても折に触れて「運命のつがい」については千春に問うてしまう。

 どうしても、不安になってしまうのだ。ときどき、千春と私の生きるべきステージがあまりにも違っているように見えて――そのうち、私は千春には不要の存在になるんじゃないかと、怖くなる。

 表向きは千春との第二性別の違いなんて気にしていないように明るく振舞っているけれど、内心では不安でいっぱいだった。馬鹿みたいに明るく振舞ってしまうのは、これはもう身に染み付いた処世術みたいなものだ。

 しおらしく、素直に「あなたに『運命のつがい』が現れたらと思うと怖い!」と言えれば、少しは可愛げもあるものだが、そんな風に弱みを見せることは、私は躊躇してしまう。たとえ恋人で、信頼している千春が相手だとしても。少しでも千春からためらいや拒絶みたいなものを感じ取ってしまったら、きっと私は身勝手に深く傷つくと、わかっているから。

 私の姉の花梨かりんはオメガだ。生まれたときはベータと診断されたが、中学へ上がる前の一斉検診でオメガだということが判明した。以来、両親の関心はほとんど花梨に向けられるようになった。

 別に両親が私を愛さなくなったわけでも、ネグレクトされていたわけでもない。けれども花梨がオメガだとわかった日から、彼女を中心に家のことすべてが回るようになった。

 仕方ない。オメガを狙った犯罪は今でも後を絶たないし、オメガ性に対する差別だってしかり。両親が花梨の身や、その将来を心配するのは致し方ないことなのだ。

 それは私もわかっていた。だから花梨に発情期がきたものの、思春期でその周期が安定せず、家族旅行という行事がなくなったときも、私はなにも言わなかった。花梨が下校途中に不審者に襲われて、私の三者面談に来るはずだった母親が来なかったときも、私はなにも言わなかった。

 でも、なにをするにも「花梨が」「花梨は」という家庭内の状況に、内心で嫌気が差したのは事実。けれども家族のだれも悪くはないことはわかっていたし、私だって生まれたときからずっといっしょにいる家族のことを、憎んだり、恨んだりしたくなかった。

 だから大学への進学を期に家を出た。両親も内心では私の本音に気づいていたのかもしれない。ひとり暮らしをしたいと言ったとき、両親は反対しなかった。花梨は「女の子のひとり暮らしって大丈夫?」だなんて心配していたけれども。

 でもこれ以上、両親や花梨といっしょにいたら、私はきっと愛していた家族のことを嫌いになる。そんな確信があったから、特にひとり暮らしにあこがれを抱いていたわけではなかったけれども、実家を出て両親が用意してくれた単身女性向けのマンションで暮らし始めた。

 そして大学で千春と出会った。きっかけはまあ、ありがちで……どこかのサークル――すでに記憶の彼方で思い出せない――の新歓コンパの席で、なんとなく話をして、そこでなんとなく気が合うと思って、ふたりで居酒屋を抜け出した。そのまま私たちは友達になって――なんとなく、恋人になった。

 「なんとなく」とは言ったものの、私はそういう意味でちゃんと千春のことが好きだ。つまり恋愛感情があり、性愛の情がある。ただ千春とのやり取りは未だに友達感覚の部分もあって、だから彼との関係は友達関係の延長線上のようなものだと捉えている。

 私たちのあいだには、近づく蛾を焼き尽くすような、燃え上がるような愛情はないと、思っている。炎ではなく、凪いだ海のような、穏やかな関係だと思っている。それをちょうどいいと、居心地がいいと思う一方で、やっぱり熱烈な愛情ではないと、不安になってしまうのが、ワガママでめんどうな乙女心というやつだった。

 だから私は千春に問うてしまうのだ。「『運命のつがい』に会いたくないか」と。「『運命のつがい』に興味はないか」と。自分でも鬱陶しいと思うし、めんどうな女だと思う。けれども、確認するように聞かずにはいられない。そして千春の無関心な様子を確認するたびに安堵する。

 だから――だから、これはバチが当たったのかもしれないと、思った。千春のことを信頼し切れなかった私へ――実の姉を疎ましく感じてしまった私への、罰かもしれないと――いや、絶対にそうだろうと、思った。


 夏服が見たいと言った私に連れられるまま、千春と共にやって来たショッピングモール。しかしその約束をしてすぐあたりから私の調子はイマイチで、そのときも千春を残してお手洗いに向かった。

 なんだか微熱があるような気がしたし、お腹の調子もよくない。腹がゆるくなっているわけではなかったのだが、なんだかお腹の奥のほうに違和感があるような――そんな感覚に悩まされていた。

 一応、市販の風邪薬を飲んでみたものの、改善はされないまま今日を迎えている。症状が続くようならば、億劫だが医者に掛からねばならないだろう。それを思うとちょっとめんどうくさくなった。

 けれども今日は千春とのショッピング。気心知れた千春と出かけるのに特別気合いを入れるわけじゃないけれど、お気に入りの一枚を着て臨んでいる。私は鏡の前でおかしなところがないか全身をチェックしたあと、急いでお手洗いを出た。

 色々と、このところの症状について思いを馳せていたら少し時間が掛かってしまった。千春はそれで機嫌を損ねるほど狭量な人間ではないが、それで待たせていい理由にはならない。

「ごめん、千春」

 そう言おうとしたが、私の言葉は口から出てこなかった。

 千春と――なぜか、ほかでもない私の姉の花梨が、その場で見つめ合っていたからだ。近づけば焦げつきそうな、熱烈な視線を交し合って――。

「あなたが……わたしの『運命』なんですね」

 うっとりと、千春に視線を送る花梨を見て――私は千春の顔も見れず、それどころか彼らをショッピングモールに置いて、逃げ帰った。
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