読切怪奇談話集(仮)

やなぎ怜

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ヒーローバッジ

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 書いてみたらあんまり怖くない話なんだけど。

 今大学生のあほな弟が輪をかけてあほだった小学生時代の話。小学校低学年だったかな? 一年生か二年生かそれくらいだったはず。俺と弟とは五歳差だからまだ当時は俺も小学生だった。

 たしか夏休みが終わってしばらくしてからのことだから、九月が十月頭くらいのことだったと思う。秋ごろのできごとなのはたしか。

 自分の部屋で宿題をしていたところに、半べその弟がやってきた。

 べそかきそうになりながら「うちが火事になるかもしれん」と言ってきたので当然「はあ?」となった。

 そのころ、俺らの住んでいたニュータウンと呼ばれる地域では火事が頻発していた。放火らしいという話だった。けど当時の俺には興味のあるトピックじゃなかったからあんまり詳しくは知らない。放火の証拠があったのか、単に噂の範囲内だったのかとかも。

 でもその火事が起こっていた範囲? と言えばいいのか……は、まあ俺らの家からはちょっと離れてた。だから、俺も興味が向かなかったのだと思う。

 でも、弟によるとその火事は呪いのせいらしい。駅前の学習塾に通っていた子たちの家が燃えたとかなんとか。弟は塾には通っていなかったので俺は余計にわけわかんなくて「はあ?」となった。

 弟も小学校低学年で、口が達者なわけじゃなかったから、話を把握するのには時間がかかった。

 「火事の呪い云々」の発端は、弟の友達で駅前の塾に通っている子から聞いた話らしい。

 幸運が舞い込む「ヒーローバッジ」っていうのがあるらしくて、それが塾に通っている子たちのあいだで流行っているんだと。

 俺は「うさんくせえ」と思ったけど、弟たちは信じちゃったのかな。あるいは信じてないけどタダだったから貰っちゃったのかもしれない。

 完全伝聞なんだけど、「ヒーローバッジ」はおっさんが駅前で配っていたんだそうな。純真な小学生の小遣いを巻き上げるでもなく、タダで配り歩いてるって話だった。

 おっさんがどんなやつかは知らない。弟は塾に通っていた子から「ヒーローバッジ」の話を聞いて、その子経由で貰ったんだそうな。だからおっさんは直接見ていないんでどんなやつなのかは俺は今でも知らん。

 今だったらGPSタグとか心配になるかもしれないけど、これは一〇年以上前の話だから、俺が見ても本当に普通のバッジだった。カンカンでできた、裏が銀色で安全ピンがついている缶バッジ。表はデフォルメされた動物っぽいキャラクターが描かれてた。なんの動物だったかはわかんないけど、禍々しい感じの画風とかではなかった。

 あとなんで「ヒーローバッジ」っていう名前だったのかはわからない。絵柄はなんてうか、テンプレ的ヒーローみたいなイラストじゃなかったし……。

 とにかく、弟が言うにはこの「ヒーローバッジ」が呪われていて、このバッジを持っていると家が火事になるとのことだった。

 塾に通っていた子の家が立て続けに火事に遭って、それが放火らしいということ、気がついたら駅前でだいたいいつもいたバッジを配っていたおっさんがいなくなっていることに気づいて、狭いコミュニティーの中でそういう噂というか、結論になったらしい。

 俺は全然信じてなかったし、今でも半信半疑というか……そんなことあるか? って感じなんだが、いつもげはげは笑ってる弟が半べそかいてるから、兄としてなんとかしないといけないなと思わされた。

 弟たちがそろって大人に言わなかったのは、素性不明の怪しいおっさんからバッジ貰って火事になったなんてバレたら怒られると思ったからだろう。あるいは言ったけど取り合ってもらえなかったんだと思う。それで、ちょっと年上の俺にお鉢が回ってきた。

 でも俺は霊感とかなんもないし、今に比べるとオカルト方面の知識もゼロ。

 それでもテレビで観た「灯篭流し」とか「精霊流し」に着想を得て「川に流せばいいんじゃね?」と提案した。バッジは流れずに沈むし、単に不燃ごみを川に投棄してるだけだろって今なら突っ込めるけど、当時は結構本気だったから俺も大概あほだった。

 それでも弟は俺から解決策を出されたことで安心したらしい。次の日に学校でその塾に通っている子を含め、バッジを持っている子たちに話してみると言った。

 でもその日の夜に、弟の友達の家が火事に遭った。わりと俺らの家からも近いところだったし、俺もその子とは会ったことあったから、正直かなりビビった。マジで呪いってあるのかとちょっとは思ったくらい、衝撃的な出来事だった。

 しかもその火事でその子のご両親が亡くなった。三人暮らしで、その子だけかろうじて助け出されたとかなんとか。

 そんなことになったからもう弟たちは恐慌状態で、明けてその日の放課後、顔色のよくない弟たちを連れて自転車で川辺に向かった。

 会話はほとんどなかくて、俺もなんて声かければいいかわかんなくて、その時間がすごく居心地悪かったことだけは覚えてる。

 同時に、「こんな川に流すとかいう対処法でどうにかなるようなことなのか?」とも思った。弟たちがどう思っていたのかは分かんないけど、藁にも縋る感じだったんじゃないかとは思う。

 自転車停めて、背の高い草をかき分けて川辺に近づいて、そのまま川の、多少は深くなっている真ん中あたりにバッジを投げ入れた。

 バッジは軽い音を立てて川の水に落ちて、たぶんそのまま川底に落ちたんだと思う。そんなに綺麗な川じゃなかったし、そこそこ川辺から距離もあったからバッジの行方は見えなかった。

 でも弟たちはそれでほっとすることができたみたいだった。

 それからボヤ騒ぎはあっても、死人が出るような火事は起こらず、今でも同じ場所に俺らの実家はある。

 連続放火疑惑の話は今でも実家に帰ったときにふと話題に上ることがあるくらい、そのニュータウンでは異常な出来事だった。

 火事に遭った弟の友達は、あれから一度も登校することはなく、親戚に引き取られたらしく転校した。

 「ヒーローバッジ」が結局なんだったのかはわからない。それを配っていたおっさんの正体も目的も未だにわからない。

 俺は当事者っていうわけじゃないからそんなに怖くはない(火事はさすがに怖いが)んだけど、でもやっぱりあの日弟たちが川に捨てた「ヒーローバッジ」の絵柄だけはたまに思い出して、なんだったんだろうなとは思う。
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