読切怪奇談話集(仮)

やなぎ怜

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旅日記からの抜粋

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(旅日記より該当箇所を抜粋)


 ██月。過日よりの雨で土砂崩れが起きたらしく、通る予定の道が土砂で塞がれていた。仕方なく迂回。A(編註:仮名)、ぶちぶちと文句を言う。しかし土砂が相手ではどうしようもない。

 日が落ちかけたところで、村につく。名前は████。山と山の狭間で、肩身を狭そうにしているような小さな村。

 村長の家にて歓待を受ける。████魚の煮つけなどを出される。川で取れる白身魚とのこと。うまかった。

 宿として村はずれの小屋を借りる。明日から、████祭りの手伝いをすることになっている。一昨年の流行り病で手が足りないとのこと。快く引き受ければたいそう喜ばれた。Aは、またぶちぶちと文句を言っていた。


 朝、井戸へ行こうとすれば小屋の扉開かず。村人から「祭りの手伝いをしてもらう」と小屋の上部にはまった格子のあいだから言われる。「手伝いとはなにか」と具体的に問えば、「ただ祭りの期間中小屋にいればいい」とのこと。

 村人が去ってしまったため、寝ていたAを起こす。A、怒り心頭にて扉を壊そうとする。少し肩を痛めるだけに終わる。

 日中、小屋の外の、恐らく村の中心部とおぼしき位置から祭りばやしが聞こえ始める。私たちのいる小屋へとまっすぐに向かい、しばらく小屋の周囲を練り歩くと、山へと向かって行った。音はそこでやんだ。

 ふて寝していたAは祭りばやしに起こされて不機嫌。格子窓から文句を言うが、村人取り合わず。

 祭りが終わるまで小屋にいるしかない模様。

 日が落ちると、小屋までなにかがやってきた。動くと、魚のような生臭いにおいがする。小屋の周囲を練り歩く。体を小屋の壁にこすりつけているらしき音がする。ざりざり、とか、さりさり、とかいうような音。しかしそれ以上はなにも起きなかった。

 Aは背伸びをして格子窓から外を見たが、暗くてなにも見えなかったと言う。「くさいくさい」とひたすら文句を言う。


 小屋の周囲を練り歩いていたなにかは、朝起きるといなくなっていた。しかし生臭いにおいはまだうっすらとあたりにただよっているようだった。Aは「山に帰った」と言った。Aは私よりも長く起きていたらしい。

 格子窓から魚の干物と木の実、果実を渡される。干物は████魚か。干物にしてもおいしい。Aは、味気ないと文句を言っていた。

 小屋には厠の類いがないため、外に出される。しかしさすがにひとりずつであった。ひとりは小屋に残しておく。なるほど、ひとり逃げてもひとり残れば村としては問題がないのだ。

 夜、やはり日が落ちるとなにかはやってきた。恐らく昨晩と同じ個体か、そうでなければ同一の種だろう。やはり魚のような生臭いにおいがする。動くと、濃厚に香る。小屋の周囲を練り歩き、ときおり壁に体をこすりつけているような音がした。

 その夜は山から降りてきたなにかが扉の前で止まった。すわ扉を破られるかと身構えていれば、格子窓からなにかを投げ入れられる。びしゃりとあまり快くない水音が立ち、腐敗臭が一度に小屋の中に立ち込める。腐った魚だ。████魚かもしれない。

 Aは怒った様子で腐った魚を手づかみし、格子窓から外へとそれを投げ捨てた。

 小屋の扉の前に立っていたなにかが、格子窓の下に移動するのがわかった。そのまま、なにかは夜明けを待たずに山へと帰って行った。

 水がめから汲んだ水を土間でAの手に流してやったが、しばらく腐敗臭は取れず、なかなか寝つけなかった。Aは小屋の周囲を練り歩いていたものからの「嫌がらせ」に怒り心頭で、またなかなか寝つけなかった様子。


 朝、小用を足したいと言えば外へと出される。私たちを監視したり、世話をしている村人はおおむね中年以降に見えたが、今日は若い男性であった。二〇代頭くらいだろうか。

 青年に「夜中に山から降りてくるものはなにか」と尋ねれば、声を潜めて「あれは████████です」と教えられた。とは言え、村人らがその名で呼ぶことは少なく、「████████」はもっぱら「オロシ」と呼ばれているとのこと。

 青年が思ったよりもひとが好さそうだったので、私は色々と突っ込んで聞いた。青年から聞いたことを以下にまとめる。

 ・オロシはもとは無害な山神であった。

 ・一昨年、水利権を巡って隣村と諍いが起きて、死人が出た。

 ・報復として、この村のひとびとはオロシを使った。

 ・隣村はそれで今はほとんどひとがいなくなった。

 ・しかしオロシは今度はこの村のひとびとを襲うようになった。

 ・色々と対策を講じてはいるが、オロシの被害は増えるばかり。

 ・オロシに狙われた村人を外へ逃がしたり、あるいは逃げたりで村人は減る一方。

 ・オロシに狙われて生きている人間がいるかは、逃げた村人も多いのでわからない。

 青年は「こんな村からが逃げたほうがいいです」「夜中はみな閉じこもっていますから、逃げるなら夜」だと教えてくれた。私は青年に礼を言って小屋に戻った。

 Aは「村人を殺したほうが手っ取り早い」「オレたちの仕業だってわかるのはこの村のもんだけだ」と言ってきた。さすがにそれは、となだめる。私は旅は好きだが、Aとふたり、遠島(編註:流刑のこと)にでもなるのはごめんである。

 しかしこのままではオロシとやらの生贄にされてしまうのだろうということは、青年の言葉から察せられる。となればやはり逃げるべきなのだろう。だが日中は青年曰く村人の監視の目があるということで、ひとまず夜を迎えることにした。

 夜、オロシが現れる。やはり小屋の扉の前に立つ。硬い爪で扉を引っかくような音がする。オロシは小屋の出入り口を認識しているのかもしれない。

 Aが「ヒグマみてえなやつだ」と言う。「ヒグマは執着心が強い」とかぶつぶつと言う。

 オロシはぐるぐると小屋の周囲を練り歩き、生臭いにおいを振りまくだけ振りまいて、朝になれば山へと帰って行った。


 朝、小用のために外へと出されて、振り返ると小屋の扉に爪痕が残っていた。

 その日の目つけは昨日と同じ青年だったので、また話を聞いた。

 ・私たちと同じように幾人かの旅人を生贄にしたが、みな小屋から逃げ出したところで死んでいる。

 ・祭りが終わるまで滞在していた旅人はいない。

 私は逃げなければ害はないのではないかと思った。

 Aはオロシを「ヒグマのよう」だと言った。逃げれば追う習性があるのであれば、背中を見せるのは禁忌である。

 小用から戻ってAに言うと「村人殺したほうが手っ取り早い」とまた言い出したので、なだめた。

 夜、オロシが来る。やはり小屋の扉のすぐ前に立った。やおら私は扉にかかっていた閂を抜いて、扉を開け放った。

 私はオロシを見た。黒い毛並みはAの言う通りにヒグマのように見えた。しかしクマというよりは、人毛を寄せ集めた巨大な玉のように見えた。玉には人間のような青白い顔がついていたが、上下がさかさまだった。オロシの薄い唇が動くと、魚のような生臭いにおいがした。普段は、魚を食べて生きているのかもしれない。

 しばし、オロシと見つめ合う。それからしばらくすると、オロシは興味を失ったかのように山へ向かって行ってしまった。

 了承を得ずに扉を開けはなったため、Aにはしこたま怒られた。

 私は、オロシは「アマノジャク」というものではないかと思った。逃げるならば負うし、隠されたものは暴く。もとは無害であったものが有害になったと聞いた。もしかしたら、オロシは様々なものが逆になってしまったのかもしれないとも思ったが、どうだろうか。


 祭りが終わったが、私とAは生きている。私は村長にオロシの対処法を提案しておいた。オロシとでくわしても、逃げてはならない。オロシが来れば、家の扉は開け放つ。ただそれだけでよい。それだけでオロシとは共存できるはずだ。

 「隣村の連中を呪った代償がよくわかんねー怪物との共同生活か」とAはひどく嫌そうに言っていたが、私は死ぬよりはましだと思うのだが、どうだろうか。


(抜粋終わり)
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