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見つかりたがり
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アマチュア作家のオフ会に参加したときに聞いた話。ちょっとフェイクが入っている。
酒の席でのことだから、どこまで本当の話なのか、まったくの創作なのかはわからない。
同じ小説投稿サイトで活動していて、そことは別のSNSでもやり取りしているアマチュア作家数人でオフ会をした。最近の話じゃなくて、数年は前の話。
オフ会のメンツの中にAという男がいて、彼は主に実話怪談風のホラー小説を投稿していた。
俺もホラー小説を書いてはいたが、当たり前だけど霊感(幽霊を見る力のほう)なんてものはないし、それまでに幽霊らしきものを見たという経験をしたことは皆無。だから、俺のホラー小説は発想の元とか(たとえば「こういうときにこうなったら怖いな」とかいう妄想)はあっても、完全に空想上の怖い話だった。
逆にAは他人から聞いた怖い話を脚色してサイトに投稿していた。もちろん許可は取ってる。「出会った人には必ず一度は怖い話をせがむ」とAは言っていた。
俺は同好の士だけ集まったオフ会に出るだけでも、かなり勇気を必要とするくらいの引っ込み思案で、Aみたいに他人から採話……っていうのかな。まあ話を聞き出すのとかハードルが高すぎて、それを難なくこなせるAはすごいなと思ったことを覚えている。
Aはもちろんオフ会のメンツにも怖い話をせがんだ。
正直、そこで語られたのはどこかで聞いたことのある話ばかりだったけど、文字の羅列であるテキストではなく、こう他人の口から直接聞かされると、やっぱりそこそこ怖いというか、不気味な気持ちが喚起された。
期せずして俺はトリを務めることになってしまった。でも前述のとおり心霊体験なんてしたことがないから、地元で聞いた怖い話を披露することにした。
雨の日に白いレインコートを着た女の幽霊が出るっていう話。小学生のころは真に受けて、雨の日の帰り道はドキドキしながら帰ったものだが、中学生くらいのときにはもう信じてはいなかった。
女の幽霊は「ぐしゃ女」って呼ばれてた。その名の通り、レインコートから覗く顔や手足がぐしゃぐしゃになっているから。雨の日に交通事故に遭った女の幽霊、ともっともらしく語られていた。出る理由は、自分を殺した運転手を捜しているからとか、ありがちなやつ。
「ぐしゃ女」が出るって言われていた場所のひとつが、住宅街の中にある小さな公園の電話ボックスのそば。他にも出るって言われてた場所はあったはずなんだけど、俺が覚えてるのはそこだけ。その住宅街の近くに俺の家があったからだと思う。
実害についてはあるとかないとか、あやふや。追いかけてくるとか、襲ってくるとか言われていたけど、実際に学校から注意喚起とかされたことはなかったし、子供たちのあいだでも「見た」という眉唾な話はあれど、「襲われた!」みたいな主張は聞いたことがなかった。
まあ、細部のどれを取ってもありがちな怪談だと思う。
そのオフ会の時点で地元には年単位で帰っていなかったけれど、その公園の電話ボックスが撤去されたという話はずいぶん前に聞かされた。
「ぐしゃ女」は関係ないと思う。俺が子供のころは電話ボックスなんてあちこちにあったけれど、ガラケーからスマホも普及した今じゃほぼ見なくなったものだし。
書き連ねてみるとまったく怖くないな。でも俺が知っている実話というか……直接聞かされた怪談って、これくらいしかなかったんだよね。
で、その全然怖くなくてぶっちゃけつまんない話を俺はちょっとつっかえつつもAたちの前で話した。
でも途中でさ、Aが「待った」のジェスチャーをしたんだよね。酒飲むとすぐに顔に出るのか、Aの顔はすでにちょっと赤くなってた。
それでAが言った。「その話知ってる」って。「ぐしゃぐしゃの女の幽霊が雨の日に電話ボックスのそばにたたずんでるんだろ」って。俺はその時点では幽霊の特徴とか、そこまで言ってなかったのに、Aは的確に言い当ててきた。
そうなると「あれ? 地元同じ?」って話になるんだけど、Aと俺の地元は別。ちょっと離れてるとかいうレベルじゃなくて、全然違う県。
じゃあ俺と同じ地元出身のやつが書き込んだ話をネット上で見たとかなのかなと思った。あるいは直接聞いたか。今は知らないけど、地元の小学生のあいだじゃ「ぐしゃ女」の怪談を知らないやつはモグリってレベルで有名だったから。
Aは赤ら顔のまま、「その怪談話を聞くのは君で五人目」と俺に言った。
ますますわけわかんねーってなる俺たちを置いて、Aはちょっと酔いが回ってきたような声で語り始めた。
先に書いた通り、Aの作風は実話の怖い話を小説映えするように脚色するというもの。Aに怖い話を語ってくれたひとに許可を取って、小説投稿サイトにぽつぽつそういう話を出していた。
「本当に怖い話を書きたくて、自然とそうなっていった」というのがAの弁。
AはSNS上でもDMを開放して怖い話を募っていた一方、リアルでも怖い話を集めていた。その中に、俺が語った「ぐしゃ女」と同じような話が五つあったらしい。
先に書いた通り、「ぐしゃ女」の怪談のディティールは正直話した俺が言うのもなんだけど、チープだと思う。怪談話においてありふれた特徴をそなえていると、怖い話慣れしたやつは思うんじゃないかな。
俺も、オフ会に参加した他のメンツもそう思って言った。たとえば、俺の世代じゃないけど「口裂け女」とかは全国各地に目撃例が出たわけで、どこかから全国に伝播していった怪談じゃないか、とかね。俺が小学生のころにはインターネットがそこそこ発達していたし。
でもさ、Aは「違うと思う」って言った。
その怪談に登場する幽霊の名前(たとえば俺の地元だと「ぐしゃ女」)自体は語り手によって変わるけど、怪談の内容がほとんど同じだから「気づく」とAは言った。
「たぶんそいつはそれを狙っているんだと思う」
「オレに気づいて欲しがっているんだと思う」
「雨の日、撤去されたはずの電話ボックスのそばにそいつが立っているのを見て……無視してからこの話が集まってくるようになったんだ」
……「だから、実話怪談を脚色する作風はもう封印する」。Aはそう言ってビールジョッキを呷ったあと、酔いが回りすぎたのか壁に寄りかかってうんともすんとも言わなくなった。
もちろんオフ会は変な空気になって、わりと早い時間に解散した。酔っぱらったAはちゃんと起こして、タクシー呼んで乗せたよ。あれ以来、オフ会には参加していないからAと顔を合わせたのはそれが最初で、たぶん最後。
その後、Aが元の作風を封印したのかはわからない。
あのオフ会のあと、Aが何作かホラー小説を投稿したことまでは知っている。「実話怪談風」と銘打たれていて、内容はこれまでの作品と遜色はなかった。
でも、気がついたら投稿サイトの感想欄で返信もしなくなってて、最近SNSのタイムラインでも見ないなと思ってAのアカウントを確認したら、その時点で二ヶ月前くらいから一切ポストがされていないことがわかった。
まあいつの間にか作品投稿を辞めていて、ネット上からも足跡が消えていたなんて、別にアマチュア作家ならよくあることだと思う。
でもAとの最初で最後の顔合わせがあれだったから、たまに思い出してはちょっともやもやしてしまう。
最初に書いた通り、酒の席での話だから、Aの語ったことが嘘か本当かはわからない。というか、確かめようがない。
ただ俺は、あれ以来一度も「ぐしゃ女」に似た怪談は読んだことも聞いたこともないとは書いておく。
酒の席でのことだから、どこまで本当の話なのか、まったくの創作なのかはわからない。
同じ小説投稿サイトで活動していて、そことは別のSNSでもやり取りしているアマチュア作家数人でオフ会をした。最近の話じゃなくて、数年は前の話。
オフ会のメンツの中にAという男がいて、彼は主に実話怪談風のホラー小説を投稿していた。
俺もホラー小説を書いてはいたが、当たり前だけど霊感(幽霊を見る力のほう)なんてものはないし、それまでに幽霊らしきものを見たという経験をしたことは皆無。だから、俺のホラー小説は発想の元とか(たとえば「こういうときにこうなったら怖いな」とかいう妄想)はあっても、完全に空想上の怖い話だった。
逆にAは他人から聞いた怖い話を脚色してサイトに投稿していた。もちろん許可は取ってる。「出会った人には必ず一度は怖い話をせがむ」とAは言っていた。
俺は同好の士だけ集まったオフ会に出るだけでも、かなり勇気を必要とするくらいの引っ込み思案で、Aみたいに他人から採話……っていうのかな。まあ話を聞き出すのとかハードルが高すぎて、それを難なくこなせるAはすごいなと思ったことを覚えている。
Aはもちろんオフ会のメンツにも怖い話をせがんだ。
正直、そこで語られたのはどこかで聞いたことのある話ばかりだったけど、文字の羅列であるテキストではなく、こう他人の口から直接聞かされると、やっぱりそこそこ怖いというか、不気味な気持ちが喚起された。
期せずして俺はトリを務めることになってしまった。でも前述のとおり心霊体験なんてしたことがないから、地元で聞いた怖い話を披露することにした。
雨の日に白いレインコートを着た女の幽霊が出るっていう話。小学生のころは真に受けて、雨の日の帰り道はドキドキしながら帰ったものだが、中学生くらいのときにはもう信じてはいなかった。
女の幽霊は「ぐしゃ女」って呼ばれてた。その名の通り、レインコートから覗く顔や手足がぐしゃぐしゃになっているから。雨の日に交通事故に遭った女の幽霊、ともっともらしく語られていた。出る理由は、自分を殺した運転手を捜しているからとか、ありがちなやつ。
「ぐしゃ女」が出るって言われていた場所のひとつが、住宅街の中にある小さな公園の電話ボックスのそば。他にも出るって言われてた場所はあったはずなんだけど、俺が覚えてるのはそこだけ。その住宅街の近くに俺の家があったからだと思う。
実害についてはあるとかないとか、あやふや。追いかけてくるとか、襲ってくるとか言われていたけど、実際に学校から注意喚起とかされたことはなかったし、子供たちのあいだでも「見た」という眉唾な話はあれど、「襲われた!」みたいな主張は聞いたことがなかった。
まあ、細部のどれを取ってもありがちな怪談だと思う。
そのオフ会の時点で地元には年単位で帰っていなかったけれど、その公園の電話ボックスが撤去されたという話はずいぶん前に聞かされた。
「ぐしゃ女」は関係ないと思う。俺が子供のころは電話ボックスなんてあちこちにあったけれど、ガラケーからスマホも普及した今じゃほぼ見なくなったものだし。
書き連ねてみるとまったく怖くないな。でも俺が知っている実話というか……直接聞かされた怪談って、これくらいしかなかったんだよね。
で、その全然怖くなくてぶっちゃけつまんない話を俺はちょっとつっかえつつもAたちの前で話した。
でも途中でさ、Aが「待った」のジェスチャーをしたんだよね。酒飲むとすぐに顔に出るのか、Aの顔はすでにちょっと赤くなってた。
それでAが言った。「その話知ってる」って。「ぐしゃぐしゃの女の幽霊が雨の日に電話ボックスのそばにたたずんでるんだろ」って。俺はその時点では幽霊の特徴とか、そこまで言ってなかったのに、Aは的確に言い当ててきた。
そうなると「あれ? 地元同じ?」って話になるんだけど、Aと俺の地元は別。ちょっと離れてるとかいうレベルじゃなくて、全然違う県。
じゃあ俺と同じ地元出身のやつが書き込んだ話をネット上で見たとかなのかなと思った。あるいは直接聞いたか。今は知らないけど、地元の小学生のあいだじゃ「ぐしゃ女」の怪談を知らないやつはモグリってレベルで有名だったから。
Aは赤ら顔のまま、「その怪談話を聞くのは君で五人目」と俺に言った。
ますますわけわかんねーってなる俺たちを置いて、Aはちょっと酔いが回ってきたような声で語り始めた。
先に書いた通り、Aの作風は実話の怖い話を小説映えするように脚色するというもの。Aに怖い話を語ってくれたひとに許可を取って、小説投稿サイトにぽつぽつそういう話を出していた。
「本当に怖い話を書きたくて、自然とそうなっていった」というのがAの弁。
AはSNS上でもDMを開放して怖い話を募っていた一方、リアルでも怖い話を集めていた。その中に、俺が語った「ぐしゃ女」と同じような話が五つあったらしい。
先に書いた通り、「ぐしゃ女」の怪談のディティールは正直話した俺が言うのもなんだけど、チープだと思う。怪談話においてありふれた特徴をそなえていると、怖い話慣れしたやつは思うんじゃないかな。
俺も、オフ会に参加した他のメンツもそう思って言った。たとえば、俺の世代じゃないけど「口裂け女」とかは全国各地に目撃例が出たわけで、どこかから全国に伝播していった怪談じゃないか、とかね。俺が小学生のころにはインターネットがそこそこ発達していたし。
でもさ、Aは「違うと思う」って言った。
その怪談に登場する幽霊の名前(たとえば俺の地元だと「ぐしゃ女」)自体は語り手によって変わるけど、怪談の内容がほとんど同じだから「気づく」とAは言った。
「たぶんそいつはそれを狙っているんだと思う」
「オレに気づいて欲しがっているんだと思う」
「雨の日、撤去されたはずの電話ボックスのそばにそいつが立っているのを見て……無視してからこの話が集まってくるようになったんだ」
……「だから、実話怪談を脚色する作風はもう封印する」。Aはそう言ってビールジョッキを呷ったあと、酔いが回りすぎたのか壁に寄りかかってうんともすんとも言わなくなった。
もちろんオフ会は変な空気になって、わりと早い時間に解散した。酔っぱらったAはちゃんと起こして、タクシー呼んで乗せたよ。あれ以来、オフ会には参加していないからAと顔を合わせたのはそれが最初で、たぶん最後。
その後、Aが元の作風を封印したのかはわからない。
あのオフ会のあと、Aが何作かホラー小説を投稿したことまでは知っている。「実話怪談風」と銘打たれていて、内容はこれまでの作品と遜色はなかった。
でも、気がついたら投稿サイトの感想欄で返信もしなくなってて、最近SNSのタイムラインでも見ないなと思ってAのアカウントを確認したら、その時点で二ヶ月前くらいから一切ポストがされていないことがわかった。
まあいつの間にか作品投稿を辞めていて、ネット上からも足跡が消えていたなんて、別にアマチュア作家ならよくあることだと思う。
でもAとの最初で最後の顔合わせがあれだったから、たまに思い出してはちょっともやもやしてしまう。
最初に書いた通り、酒の席での話だから、Aの語ったことが嘘か本当かはわからない。というか、確かめようがない。
ただ俺は、あれ以来一度も「ぐしゃ女」に似た怪談は読んだことも聞いたこともないとは書いておく。
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