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普通の人間になってきた
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大学時代の知人に「霊感はないけど幽霊が見えることがある」と言っているやつがいた。
雑多にメンバーが集められた飲み会で話を聞いてみると、幼稚園くらいの、物心ついたときから女の幽霊がひとり(?)だけ見えるらしい。
恐らく初めて遭遇したときは、墨汁を無造作にひとの形にまき散らしたかのような、なんとも言えない姿をしていたとか。
縦横の縮尺を間違えたかのような、妙に細長い姿で、厚みも薄くひらひらとしており、それを目撃してしまった幼いころのその知人はおしっこを漏らすほど怯えて泣き叫んだという。
その一件は単なる「見間違い」として処理されて、知人も「見間違い」だったと思い込むようになった。なにせまだ幼稚園くらいだったから、大人たちからそう言い聞かせられれば「そうかも」と簡単に流されてしまった。
でもそのひらひらとした、人のように見えなくもない黒い存在は、何度も知人の目の前に現れた。
それも、はじめは知人がひとりきりの場面で、狙いすましたかのように現れていたが、次第に友達や、幼稚園の先生といっしょにいるときにも見るようになった。
そのたびに知人はひどくおびえて、ときには恐怖から引きつけを起こすほどだったという。
両親はそんな我が子を心配して何度か病院に通ったが、脳に異常が見つかるなどということはなく、また問題が解決されることもなく、知人は「ひらひら人間」を見るたびに恐怖におののいた。
手詰まりになった両親はちゃんとした医者ではなく、催眠術を使うと謳うカウンセラーだとか、果ては拝み屋を自称する老婆などのもとに知人を連れて行った。
結論から言うと、大学生になった今でも知人は「ひらひら人間」を見ることがあるという。
ただ――昔「ひらひら人間」と呼んでいたものは、もう「ひらひら人間」ではなくなっているという。
曰く、小学生のときに連れて行かれた、「拝み屋のおばあさん」に言われたことを守り続けていたらそうなったという。
「拝み屋のおばあさん」によると「ひらひら人間」は成仏し損ねた幽霊たちの集合体らしい。
亡くなったにもかかわらず、あの世へ行けず現世をさまよっているかわいそうなひとたち――。
知人がその幽霊たちを見えるようになった理由は定かではないものの、なにか意味があるのだと「拝み屋のおばあさん」は語った。
「だから、それ以来見かけたら心の中で話しかけてるんだよ。『生前の姿を思い出してください。苦しみから解き放たれて、安らかに成仏してください』って。拝み屋のおばあさんにそう話しかけろって言われて。……まあ最初は半信半疑だったんだけど、それがさあ、俺がそうやって心の中で語りかけるたびにさ、『ひらひら人間』の姿が徐々に普通の人間になってきたんだよ」
知人曰く、今はけっこう美人な女の幽霊になっているという。
「ぜんぜん怖くはないね。美人だからもっと見ていたいくらい」
酒が入って赤くなった顔で、冗談だかそうじゃないんだかよくわからないことまで言っていた。
「たぶん、俺が祈りを捧げた? から浄化されてきているんだと思う。今は普通の人間にしか見えないし、近いうちに成仏しちゃうんじゃないかな」
飲み会の帰り道、その知人を抜いたメンバーでなんとなく「ひらひら人間」だった幽霊の話が話題に上った。
「あれってさあ……本当に幽霊なのかな」
メンバーのひとりが、浮かない顔でそんなことを言う。
「拝み屋のばあさんは『集合体』だって言ってたのに、今ひとりの女の姿を取ってるのって、よく考えなくてもおかしいじゃん」
それはあの場でたいていのメンバーは思いはしたものの、語りに水を差したくなかったし、また「知人」と呼ぶていどの付き合いしかなかった相手に矛盾を指摘するのは面倒くさいという気持ちが勝ったから、きっとだれも言わなかった。
「作り話だろ? 霊感ないって言いながら幽霊が見える話するようなひとだしさあ……ちょっとアレなひとだって」
「まあ、そうだよな。……だんだん、『ひらひら人間』が普通の人間のマネをするのが上手くなってきてる、とかじゃないよな」
その場では他のメンバーといっしょに「お前、ヤなこと言うなー!」という感じで盛り上がったあと、解散した。
だれもまともに取り合いはしなかったものの、ひとりになって思い出すとちょっとだけ嫌な気持ちになったのを覚えている。
結局、「霊感はないけど幽霊が見えることがある」と言っていたその知人は、大学三年の夏休みが終わったころに自主退学したと聞いた。
それ以降、なんのうわさも聞かないので、あのときのメンバーが言ったことが当たっていて、その知人になにか障りがあっただとかは、まったくわからない。
雑多にメンバーが集められた飲み会で話を聞いてみると、幼稚園くらいの、物心ついたときから女の幽霊がひとり(?)だけ見えるらしい。
恐らく初めて遭遇したときは、墨汁を無造作にひとの形にまき散らしたかのような、なんとも言えない姿をしていたとか。
縦横の縮尺を間違えたかのような、妙に細長い姿で、厚みも薄くひらひらとしており、それを目撃してしまった幼いころのその知人はおしっこを漏らすほど怯えて泣き叫んだという。
その一件は単なる「見間違い」として処理されて、知人も「見間違い」だったと思い込むようになった。なにせまだ幼稚園くらいだったから、大人たちからそう言い聞かせられれば「そうかも」と簡単に流されてしまった。
でもそのひらひらとした、人のように見えなくもない黒い存在は、何度も知人の目の前に現れた。
それも、はじめは知人がひとりきりの場面で、狙いすましたかのように現れていたが、次第に友達や、幼稚園の先生といっしょにいるときにも見るようになった。
そのたびに知人はひどくおびえて、ときには恐怖から引きつけを起こすほどだったという。
両親はそんな我が子を心配して何度か病院に通ったが、脳に異常が見つかるなどということはなく、また問題が解決されることもなく、知人は「ひらひら人間」を見るたびに恐怖におののいた。
手詰まりになった両親はちゃんとした医者ではなく、催眠術を使うと謳うカウンセラーだとか、果ては拝み屋を自称する老婆などのもとに知人を連れて行った。
結論から言うと、大学生になった今でも知人は「ひらひら人間」を見ることがあるという。
ただ――昔「ひらひら人間」と呼んでいたものは、もう「ひらひら人間」ではなくなっているという。
曰く、小学生のときに連れて行かれた、「拝み屋のおばあさん」に言われたことを守り続けていたらそうなったという。
「拝み屋のおばあさん」によると「ひらひら人間」は成仏し損ねた幽霊たちの集合体らしい。
亡くなったにもかかわらず、あの世へ行けず現世をさまよっているかわいそうなひとたち――。
知人がその幽霊たちを見えるようになった理由は定かではないものの、なにか意味があるのだと「拝み屋のおばあさん」は語った。
「だから、それ以来見かけたら心の中で話しかけてるんだよ。『生前の姿を思い出してください。苦しみから解き放たれて、安らかに成仏してください』って。拝み屋のおばあさんにそう話しかけろって言われて。……まあ最初は半信半疑だったんだけど、それがさあ、俺がそうやって心の中で語りかけるたびにさ、『ひらひら人間』の姿が徐々に普通の人間になってきたんだよ」
知人曰く、今はけっこう美人な女の幽霊になっているという。
「ぜんぜん怖くはないね。美人だからもっと見ていたいくらい」
酒が入って赤くなった顔で、冗談だかそうじゃないんだかよくわからないことまで言っていた。
「たぶん、俺が祈りを捧げた? から浄化されてきているんだと思う。今は普通の人間にしか見えないし、近いうちに成仏しちゃうんじゃないかな」
飲み会の帰り道、その知人を抜いたメンバーでなんとなく「ひらひら人間」だった幽霊の話が話題に上った。
「あれってさあ……本当に幽霊なのかな」
メンバーのひとりが、浮かない顔でそんなことを言う。
「拝み屋のばあさんは『集合体』だって言ってたのに、今ひとりの女の姿を取ってるのって、よく考えなくてもおかしいじゃん」
それはあの場でたいていのメンバーは思いはしたものの、語りに水を差したくなかったし、また「知人」と呼ぶていどの付き合いしかなかった相手に矛盾を指摘するのは面倒くさいという気持ちが勝ったから、きっとだれも言わなかった。
「作り話だろ? 霊感ないって言いながら幽霊が見える話するようなひとだしさあ……ちょっとアレなひとだって」
「まあ、そうだよな。……だんだん、『ひらひら人間』が普通の人間のマネをするのが上手くなってきてる、とかじゃないよな」
その場では他のメンバーといっしょに「お前、ヤなこと言うなー!」という感じで盛り上がったあと、解散した。
だれもまともに取り合いはしなかったものの、ひとりになって思い出すとちょっとだけ嫌な気持ちになったのを覚えている。
結局、「霊感はないけど幽霊が見えることがある」と言っていたその知人は、大学三年の夏休みが終わったころに自主退学したと聞いた。
それ以降、なんのうわさも聞かないので、あのときのメンバーが言ったことが当たっていて、その知人になにか障りがあっただとかは、まったくわからない。
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