これを運命と呼びたい

やなぎ怜

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「たくさん、嘘をついてごめん。『愛してる』のひとことですべてが赦されるだなんて思ってはいないけど、どうしても言いたかった。ずっと、言いそびれていたから」

 歳若いディードにはそれほど実感はなさそうだが、かつての花の一族と石の一族にあいだに横たわっていた溝は大きかった。

 花の一族であるノノヴィと、石の一族であるディードを見る目はいつだって冷たかった。ふたりともそれがわからないほど、盲目的に愛しあっていたわけではなかったけれど、さりとて別れを選択するほどまでには淡白な関係でもなかった。

 それでもノノヴィは言えなかった。

 たったひとことで済む、「愛してる」の言葉を。

 どうあがいてもノノヴィはエンプワーリよりも先に逝く運命だ。石の一族は普通の人間よりも長命だったが、花の一族は逆に短命だからだ。出会って、愛し合った瞬間からもう、その運命は決まっていた。

 たから別に、まだ見た目が幼いエンプワーリをかばって致命傷を負ったことを、ノノヴィは後悔したことはなかったし、急速に死に向かっていく己の運命を前にしても、恐怖を感じたことはなかった。

 それでも悔いがあったとすれば――。

「わたしも、エンプを遺して逝くのは同じくらい怖かった」
「でも……意見を変えてはくれないんだね」
「うん」
「ああ……ひどいなあノノヴィは」

 エンプワーリの肩が下がって、吐息のような言葉が漏れ出るようにその場に滑り落ちた。

「愛してる」

 エンプワーリのその顔は、泣き笑い、という言葉がぴったりだった。

「『ひどい』って言ったあとに『愛してる』って言うんだ」
「……仕方ないよ。これはもう、平行線に終わるしかない話題だと気づいたから。でも、同時にひどく愛おしいと思ったんだよ。ああでも本当に君はひどく強情だ……いっそ、どこかに閉じ込めてしまおうかな」

 後半の、独り言にも似たエンプワーリの本音を聞いて、隣で静かにことの推移を見守っていたディードが、ぎょっとした顔をする。

「閉じ込めても、きっと蹴破って出て行っちゃうかな。わたしは『強情』らしいので」
「そういうところも全部愛しているって話だよ。――でも、そっか。そっかあ……」

 ディードは、今度は強張った中にも安堵をにじませた顔をする。エンプワーリの隣で繰り広げられるその百面相が、ノノヴィにはなんだか面白く映った。

「ディードさん」
「な、なんだ?!」
「ひとつ、手伝って欲しいことがあるんですけれど」
「俺にできることなら……まあ」
「埋めた指輪を発掘したくて」

 ディードはぱちくりと目をしばたたかせる。

 一方エンプワーリはなにかを悟ったらしく、ディードからノノヴィへと顔を動かした。

「指輪……見つからないと思ったら埋めてたんだ?」
「エンプから贈ってもらった大切なものだから、劣化しないよう魔法をかけて、箱に入れて、死ぬ前に埋めてもらったの。でもエンプには言えなかった」
「なぜ?」
「重い女だと思われたくないという乙女心から」

 ノノヴィは少しは気まずい思いがあったために、茶化すようにそう言った。

 するとエンプワーリではなくディードが、不思議そうな顔をして言う。

「……『前世の記憶を引き継ぐ魔法』を開発する男と、よく釣り合っていると思うが」

 ディードの素直な評に、ノノヴィもエンプワーリも、思わず笑ってしまった。

「ありがとう。そう言ってくれるのはうれしいな」

 前世のノノヴィとエンプワーリを見て、そんなことを言ってくれる者はひとりとていなかった。

 指輪の入った箱を埋めて欲しいという、ノノヴィの頼みを聞いてくれた花の一族の者ですら、ただそのときノノヴィが死の床についていることを知っていたから、同情心から応じてくれたに過ぎない。

 けれども、ディードからするとノノヴィとエンプワーリは「よく釣り合っている」らしい。ディードにとってはなにげない、ささいな言葉かもしれない。けれどもノノヴィとエンプワーリにとっては、胸の内側が温かくなるような、そんな言葉だったのだ。

「……ノノヴィ。指輪を見つけたら、今度こそ私の手で君の指に嵌めたい。以前は贈るだけで、『好みじゃなかったら売っていいよ』なんて言って――とても君の指に嵌める勇気はなかったけれど……ノノヴィ、君は許してくれる?」

 どこかまだこちらをうかがうような顔のエンプワーリの問いに、ノノヴィは花がほころぶような笑顔で答えるのだった。

「もちろん!」
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