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「ジジ、まずは謝りたいことがある」
「うん」
「あのね、『変なひとが寄ってこないように』っていう願いは本気だけど……その、私はきみを騙していた。きみがその位置に指輪を嵌める意味について知らないことを承知で、私はそこに指輪をつけるように言ったんだ」
エイトの視界の端で、店長の目が「サイテー」と言っているのがわかった。
一方のジジは、エイトの言葉がすぐには呑み込めない様子で、きょとんとした目を向ける。
エイトはごくりと唾を飲み込む。今後ジジにどう思われようとも、もはや腹をくくって真実をぶっちゃける以外の選択肢は、今のエイトにはなかった。
「きみのことが、好きで好きで仕方なくて、だからきみの前では格好つけていいひとぶっていたんだ」
「? エイトはいつもカッコイイし、いいひとだと思うよ」
「えっ?! そ、そう、ありがとう……。でも、きみの無知につけこんでいたのは事実なんだ。愛しているは言い訳にしかならないけれど……この気持ちは本気なんだ」
相変わらず、店長の視線は手厳しい。それでも口を挟まないのはエイトやジジの、お互いと対話したいという意思を尊重しているからなのだろう。エイトはそんな店長に胸中で感謝しつつ、断頭台を前にした死刑囚のような気持ちでジジの返事を待つ。
「エイトは」
「……はい」
「わたしの『無知につけこんで』なにをしたかったの?」
「え?! な、なに、を……」
「そこが、よくわからない」
ジジのまなこは相変わらず澄んでいた。そこに映る己を直視するのは、エイトには少々つらいことではあった。
「『なにを』……そう問われると困るけれど……。……私は、きみのそばにずっといたくて。も、もちろん下心ゼロなわけじゃなくて! 私は、聖人からはほど遠いから……。でも、突き詰めればそうなのかな……」
「わたしといっしょにいたい……ずっと同じ家で暮らしたいってこと?」
「うん……」
「それはつまりプロポーズってこと?」
「えっ」
「よくわからない……。でも、エイトとずっといっしょにいたいのは、わたしもおんなじだよ」
「――プロポーズ?! あ、でも、いや、その……えっ、ジジも私と?! えっ、え」
「ちったあ落ち着け」
ほかでもないジジの手で混乱の渦へと突き落とされたエイトの狼狽振りに、ようやく店長が再度口を開いた。
「でもっ、でもジジは私と『おんなじ気持ち』って――」
「おいジジ。このバカはお前を騙してたわけだが、そんなロクデナシでもいいのか?」
店長の言葉に、エイトは少し冷静さを取り戻す。
エイトはジジを騙していた。それは事実だ。いいひとぶってジジの気を引こうとしていた。……当のジジのほうに、エイトを「いいひと」だと判じれるほどの社会性や、そもそもの情緒がその時点では育ちきっていなかったので、その行いが効果的であったかどうかは怪しいところではあるのだが。
店長の問いかけに、ジジはゆっくりとまばたきをした。
「店長たちと出会って、エイトは親切だなとおもった」
「下心アリアリだと思うけどな」
「それってわるいことなんですか?」
「難しいことを聞くな……」
「わたしは……エイトが別に他の兵士さんたちみたいに、わたしと同じモデルの人形兵たちを扱いたくて、そうして親切にしているんだとしても、別にそれでよくて。エイトにぎゅってされるのすきだし。エイトにはたくさんのものをもらったから、すこしでもお返しできるならそれでよくて」
「私は……」
エイトは、ジジの思いを聞いて、その本心に初めて触れて、言葉に詰まった。
けれどもエイトはもはや腹をくくっているのだ。ジジが一生懸命に思いを言葉にしてくれたのなら、己もそうやって返してあげるべきなのだとエイトはそう思った。
「私は、あのときの兵士たちみたいに、きみを手酷く扱ったりはしない。今後も絶対に。誓うよ。騙したりもしない。ちゃんときみと向き合う。……本当にその、騙していた件については……ごめん」
「どうして謝るの?」
「悪いことをしたから……。悪いことをしたら謝るっていうのは、当たり前のことだから。償いもする。どうすればいいのかはまだ少し時間が欲しいけれど――」
「……じゃあ、ぎゅってして」
「え?」
「『つぐない』。意味はわかる。悪いことをしたら、謝って、つぐなう。……そしたら元に戻る? わたしは、前みたいにエイトと同じ家にいたい。もっとずっと、ぎゅってしてほしい」
「それじゃあ罰になんねーだろ……」という店長のぼやきがバックヤードの天井に溶けて行くようだった。
「元に、戻してもいいのなら、そうする。わたしもきみと暮らしていたい。もっと、わたしもきみをぎゅってしたい」
「じゃあして」
「うん」
エイトはパイプイスから立ち上がり、ジジのそばへと近寄る。
ジジはエイトが前に立つと、おもむろに両腕を広げて抱擁をねだった。
エイトはそれに応え、ジジを抱きしめる。優しく、けれども力強く。
エイトにはそのときのジジの顔は当然見えなかった。けれども店長だけは、エイトに抱きしめられたジジが甘く微笑み、目を細めている表情を見ることができた。
――その後、店長の前でエイトがジジの左手薬指に再度指輪を嵌めたり、そうしたあとにエイトがだらしのない顔をしているのを見て、店長はエイトに高級焼肉を奢らせようと密かに決意したりするのだった。
「うん」
「あのね、『変なひとが寄ってこないように』っていう願いは本気だけど……その、私はきみを騙していた。きみがその位置に指輪を嵌める意味について知らないことを承知で、私はそこに指輪をつけるように言ったんだ」
エイトの視界の端で、店長の目が「サイテー」と言っているのがわかった。
一方のジジは、エイトの言葉がすぐには呑み込めない様子で、きょとんとした目を向ける。
エイトはごくりと唾を飲み込む。今後ジジにどう思われようとも、もはや腹をくくって真実をぶっちゃける以外の選択肢は、今のエイトにはなかった。
「きみのことが、好きで好きで仕方なくて、だからきみの前では格好つけていいひとぶっていたんだ」
「? エイトはいつもカッコイイし、いいひとだと思うよ」
「えっ?! そ、そう、ありがとう……。でも、きみの無知につけこんでいたのは事実なんだ。愛しているは言い訳にしかならないけれど……この気持ちは本気なんだ」
相変わらず、店長の視線は手厳しい。それでも口を挟まないのはエイトやジジの、お互いと対話したいという意思を尊重しているからなのだろう。エイトはそんな店長に胸中で感謝しつつ、断頭台を前にした死刑囚のような気持ちでジジの返事を待つ。
「エイトは」
「……はい」
「わたしの『無知につけこんで』なにをしたかったの?」
「え?! な、なに、を……」
「そこが、よくわからない」
ジジのまなこは相変わらず澄んでいた。そこに映る己を直視するのは、エイトには少々つらいことではあった。
「『なにを』……そう問われると困るけれど……。……私は、きみのそばにずっといたくて。も、もちろん下心ゼロなわけじゃなくて! 私は、聖人からはほど遠いから……。でも、突き詰めればそうなのかな……」
「わたしといっしょにいたい……ずっと同じ家で暮らしたいってこと?」
「うん……」
「それはつまりプロポーズってこと?」
「えっ」
「よくわからない……。でも、エイトとずっといっしょにいたいのは、わたしもおんなじだよ」
「――プロポーズ?! あ、でも、いや、その……えっ、ジジも私と?! えっ、え」
「ちったあ落ち着け」
ほかでもないジジの手で混乱の渦へと突き落とされたエイトの狼狽振りに、ようやく店長が再度口を開いた。
「でもっ、でもジジは私と『おんなじ気持ち』って――」
「おいジジ。このバカはお前を騙してたわけだが、そんなロクデナシでもいいのか?」
店長の言葉に、エイトは少し冷静さを取り戻す。
エイトはジジを騙していた。それは事実だ。いいひとぶってジジの気を引こうとしていた。……当のジジのほうに、エイトを「いいひと」だと判じれるほどの社会性や、そもそもの情緒がその時点では育ちきっていなかったので、その行いが効果的であったかどうかは怪しいところではあるのだが。
店長の問いかけに、ジジはゆっくりとまばたきをした。
「店長たちと出会って、エイトは親切だなとおもった」
「下心アリアリだと思うけどな」
「それってわるいことなんですか?」
「難しいことを聞くな……」
「わたしは……エイトが別に他の兵士さんたちみたいに、わたしと同じモデルの人形兵たちを扱いたくて、そうして親切にしているんだとしても、別にそれでよくて。エイトにぎゅってされるのすきだし。エイトにはたくさんのものをもらったから、すこしでもお返しできるならそれでよくて」
「私は……」
エイトは、ジジの思いを聞いて、その本心に初めて触れて、言葉に詰まった。
けれどもエイトはもはや腹をくくっているのだ。ジジが一生懸命に思いを言葉にしてくれたのなら、己もそうやって返してあげるべきなのだとエイトはそう思った。
「私は、あのときの兵士たちみたいに、きみを手酷く扱ったりはしない。今後も絶対に。誓うよ。騙したりもしない。ちゃんときみと向き合う。……本当にその、騙していた件については……ごめん」
「どうして謝るの?」
「悪いことをしたから……。悪いことをしたら謝るっていうのは、当たり前のことだから。償いもする。どうすればいいのかはまだ少し時間が欲しいけれど――」
「……じゃあ、ぎゅってして」
「え?」
「『つぐない』。意味はわかる。悪いことをしたら、謝って、つぐなう。……そしたら元に戻る? わたしは、前みたいにエイトと同じ家にいたい。もっとずっと、ぎゅってしてほしい」
「それじゃあ罰になんねーだろ……」という店長のぼやきがバックヤードの天井に溶けて行くようだった。
「元に、戻してもいいのなら、そうする。わたしもきみと暮らしていたい。もっと、わたしもきみをぎゅってしたい」
「じゃあして」
「うん」
エイトはパイプイスから立ち上がり、ジジのそばへと近寄る。
ジジはエイトが前に立つと、おもむろに両腕を広げて抱擁をねだった。
エイトはそれに応え、ジジを抱きしめる。優しく、けれども力強く。
エイトにはそのときのジジの顔は当然見えなかった。けれども店長だけは、エイトに抱きしめられたジジが甘く微笑み、目を細めている表情を見ることができた。
――その後、店長の前でエイトがジジの左手薬指に再度指輪を嵌めたり、そうしたあとにエイトがだらしのない顔をしているのを見て、店長はエイトに高級焼肉を奢らせようと密かに決意したりするのだった。
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