きみの人生を買ったなら。

やなぎ怜

文字の大きさ
上 下
7 / 7

(7)

しおりを挟む
「ジジ、まずは謝りたいことがある」
「うん」
「あのね、『変なひとが寄ってこないように』っていう願いは本気だけど……その、私はきみを騙していた。きみがその位置に指輪を嵌める意味について知らないことを承知で、私はそこに指輪をつけるように言ったんだ」

 エイトの視界の端で、店長の目が「サイテー」と言っているのがわかった。

 一方のジジは、エイトの言葉がすぐには呑み込めない様子で、きょとんとした目を向ける。

 エイトはごくりと唾を飲み込む。今後ジジにどう思われようとも、もはや腹をくくって真実をぶっちゃける以外の選択肢は、今のエイトにはなかった。

「きみのことが、好きで好きで仕方なくて、だからきみの前では格好つけていいひとぶっていたんだ」
「? エイトはいつもカッコイイし、いいひとだと思うよ」
「えっ?! そ、そう、ありがとう……。でも、きみの無知につけこんでいたのは事実なんだ。愛しているは言い訳にしかならないけれど……この気持ちは本気なんだ」

 相変わらず、店長の視線は手厳しい。それでも口を挟まないのはエイトやジジの、お互いと対話したいという意思を尊重しているからなのだろう。エイトはそんな店長に胸中で感謝しつつ、断頭台を前にした死刑囚のような気持ちでジジの返事を待つ。

「エイトは」
「……はい」
「わたしの『無知につけこんで』なにをしたかったの?」
「え?! な、なに、を……」
「そこが、よくわからない」

 ジジのまなこは相変わらず澄んでいた。そこに映る己を直視するのは、エイトには少々つらいことではあった。

「『なにを』……そう問われると困るけれど……。……私は、きみのそばにずっといたくて。も、もちろん下心ゼロなわけじゃなくて! 私は、聖人からはほど遠いから……。でも、突き詰めればそうなのかな……」
「わたしといっしょにいたい……ずっと同じ家で暮らしたいってこと?」
「うん……」
「それはつまりプロポーズってこと?」
「えっ」
「よくわからない……。でも、エイトとずっといっしょにいたいのは、わたしもおんなじだよ」
「――プロポーズ?! あ、でも、いや、その……えっ、ジジも私と?! えっ、え」
「ちったあ落ち着け」

 ほかでもないジジの手で混乱の渦へと突き落とされたエイトの狼狽振りに、ようやく店長が再度口を開いた。

「でもっ、でもジジは私と『おんなじ気持ち』って――」
「おいジジ。このバカはお前を騙してたわけだが、そんなロクデナシでもいいのか?」

 店長の言葉に、エイトは少し冷静さを取り戻す。

 エイトはジジを騙していた。それは事実だ。いいひとぶってジジの気を引こうとしていた。……当のジジのほうに、エイトを「いいひと」だと判じれるほどの社会性や、そもそもの情緒がその時点では育ちきっていなかったので、その行いが効果的であったかどうかは怪しいところではあるのだが。

 店長の問いかけに、ジジはゆっくりとまばたきをした。

「店長たちと出会って、エイトは親切だなとおもった」
「下心アリアリだと思うけどな」
「それってわるいことなんですか?」
「難しいことを聞くな……」
「わたしは……エイトが別に他の兵士さんたちみたいに、わたしと同じモデルの人形兵たちを扱いたくて、そうして親切にしているんだとしても、別にそれでよくて。エイトにぎゅってされるのすきだし。エイトにはたくさんのものをもらったから、すこしでもお返しできるならそれでよくて」
「私は……」

 エイトは、ジジの思いを聞いて、その本心に初めて触れて、言葉に詰まった。

 けれどもエイトはもはや腹をくくっているのだ。ジジが一生懸命に思いを言葉にしてくれたのなら、己もそうやって返してあげるべきなのだとエイトはそう思った。

「私は、あのときの兵士たちみたいに、きみを手酷く扱ったりはしない。今後も絶対に。誓うよ。騙したりもしない。ちゃんときみと向き合う。……本当にその、騙していた件については……ごめん」
「どうして謝るの?」
「悪いことをしたから……。悪いことをしたら謝るっていうのは、当たり前のことだから。償いもする。どうすればいいのかはまだ少し時間が欲しいけれど――」
「……じゃあ、ぎゅってして」
「え?」
「『つぐない』。意味はわかる。悪いことをしたら、謝って、つぐなう。……そしたら元に戻る? わたしは、前みたいにエイトと同じ家にいたい。もっとずっと、ぎゅってしてほしい」

 「それじゃあ罰になんねーだろ……」という店長のぼやきがバックヤードの天井に溶けて行くようだった。

「元に、戻してもいいのなら、そうする。わたしもきみと暮らしていたい。もっと、わたしもきみをぎゅってしたい」
「じゃあして」
「うん」

 エイトはパイプイスから立ち上がり、ジジのそばへと近寄る。

 ジジはエイトが前に立つと、おもむろに両腕を広げて抱擁をねだった。

 エイトはそれに応え、ジジを抱きしめる。優しく、けれども力強く。

 エイトにはそのときのジジの顔は当然見えなかった。けれども店長だけは、エイトに抱きしめられたジジが甘く微笑み、目を細めている表情を見ることができた。


 ――その後、店長の前でエイトがジジの左手薬指に再度指輪を嵌めたり、そうしたあとにエイトがだらしのない顔をしているのを見て、店長はエイトに高級焼肉を奢らせようと密かに決意したりするのだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

処理中です...