5 / 7
(5)
しおりを挟む
***
ジジの「武者修行」が果たして順調であるかは当の本人にすらわかりはしなかった。
しかし、「武者修行」と称したコンビニエンスストアでのアルバイトの日々は、普通に充実していた。
アルバイト先であるコンビニの店長はエイトと同じ部隊にいた、いわゆる戦友と言うやつで、口調こそ丁寧とは言い難いが、情緒が育ち切っていないジジでも「親切」と形容できるていどには、彼は善人であった。
このコンビニはもともと彼の父親の持ち物であったが、その父親は息子の帰還を喜び、ぎっくり腰で入院して引退を決意し、この店舗を息子に譲ることにしたのだと伝え聞いている。
ジジを含めると店員は三人。都心から離れた、二四時間営業ではないコンビニなので、店長を入れて四人でも店は回せている。
ジジは人間化手術の影響で超人的な膂力は失ったが、それでも一般的な女性よりは筋肉や体力はあるほうだった。おかげさまでコンビニでの力仕事で困ったことはない。
「店長ー。外に不審者がいるってお客様が……」
ジジが店長とふたり、昼食をとっていたバックヤードに、楚々とした美少女が顔を出す。このコンビニの店員のひとりで、見た目は綺麗な女子高生といった風体であったが、実際のところ彼女もまたジジと同じく人間化手術を受けた元人形兵であった。ジジがエイトに買い取られたように、彼女もまた店長に買い取られてコンビニを共に切り盛りしているのだった。
彼女から「不審者がいる」と告げられた店長は、四白眼をわずかに細めてやおらパイプイスから立ち上がる。以前、彼女が微笑んで「ヤカラって感じでしょ」と言っていたが、ジジには「ヤカラ」という言葉に含まれた意味まではわからなかった。
「なんかさっきからずっと店のほうをチラチラ見てうろついてる若い男がいるって」
このコンビニは、だだっ広い駐車場を備えている。周囲には他にガソリンスタンドなどがあるが、民家はほとんどない。田んぼや畑ばかりの、田舎のロードサイドに近い立地だった。
そんな場所をどこかの店に入る様子もなく、目的地が定かではない様子でうろついていると言われれば、たしかに不審者と断じられても致し方ないだろう。
「お前らは店の中にいろ。ヤバかったら通報しろ」
そう言ってコンビニから出て行く店長をふたりして見送る。
なにか道に迷っているとか、待ち人がいるとかならそれでいい。しかし店長は戦場帰りと言えども生身の人間だ。不意をつかれるなどして刃物で刺されれば怪我をするし、最悪死ぬこともあり得るだろう。
……やがて、店長はうしろに帽子をかぶり白い不織布マスクをつけた、あきらかに怪しい風体の、背の高い男を引き連れて帰ってきた。
ジジは、その男に見覚えがあった。
帽子をかぶり、マスクをつけていようとも、見間違えようはずもなかった。
「なんかすごいお久しぶりですー。不審者ってエイトさんだったんですか?」
観念した様子で帽子とマスクを取り払って出てきたのは、ものすごく気まずげな表情をしたエイトの顔だった。
「――ったくなにしてんだよ。危うく通報するとこだったわ」
「いや……すまない……」
呆れた顔をする店長よりもエイトのほうが背は高かったが、居心地悪げに身を縮こまらせているせいなのか、ジジにはなんだか小さく見えた。
「それで、ウチの外でなにしてたんですか?」
不思議そうな顔をして、無邪気に聞こえる声がエイトにぶつかる。ジジのものではない。ジジの隣にいる彼女のものだ。ジジはまだエイトの突然の登場、という事態を呑み込めず、ただぼうっと彼を見つめることしかできなかった。
「ジジの……ことが気になって……」
「ハア? つーか声ちっせえな。なにもじもじしてんだよ」
「いや……」
「てか怪我して入院してるって聞いてたけど、もう大丈夫なのか?」
「ああ、うん……お気遣いありがとう……」
「なんで歯切れ悪いんだよ」
「いや……」
先ほどからずっとエイトと目が合わないなとジジは思った。かと思えば視線がかち合っても、すぐにそらされてしまう。それでも、エイトがチラチラとジジの様子をうかがっているのは、この場のだれもがわかった。
「ジジが働いてるところ見たかったんだったら普通に客として来いよ」
「ああ、うん……」
「さっきからなんなんだよ。……怪我って、頭打ったのか?」
「……いや、まあ、打ったと言えば打ったけど」
当初はエイトの態度に呆れた様子だった店長も、次第に本気でエイトを心配しだす。それにさらなる居心地の悪さを覚えたのか定かではないが、エイトは顔色を悪くさせつつも、ついに腹をくくった様子を見せる。
「……ジジと話がしたいんだけど、今いいかな?」
「今は昼休憩中だから別にオレはいいけどよ」
店長は当然のように「ジジは?」とジジへと顔を向けて問いかける。ジジは「だいじょうぶ、です」とつたないながらに返答する。店長はそんなジジや、不審なエイトの態度に思うところはあるのだろうが、それでも「わかった」と言ってコンビニのバックヤードスペースを貸してくれることになった。
エイトとは、相変わらず視線が合わなかった。
ジジの「武者修行」が果たして順調であるかは当の本人にすらわかりはしなかった。
しかし、「武者修行」と称したコンビニエンスストアでのアルバイトの日々は、普通に充実していた。
アルバイト先であるコンビニの店長はエイトと同じ部隊にいた、いわゆる戦友と言うやつで、口調こそ丁寧とは言い難いが、情緒が育ち切っていないジジでも「親切」と形容できるていどには、彼は善人であった。
このコンビニはもともと彼の父親の持ち物であったが、その父親は息子の帰還を喜び、ぎっくり腰で入院して引退を決意し、この店舗を息子に譲ることにしたのだと伝え聞いている。
ジジを含めると店員は三人。都心から離れた、二四時間営業ではないコンビニなので、店長を入れて四人でも店は回せている。
ジジは人間化手術の影響で超人的な膂力は失ったが、それでも一般的な女性よりは筋肉や体力はあるほうだった。おかげさまでコンビニでの力仕事で困ったことはない。
「店長ー。外に不審者がいるってお客様が……」
ジジが店長とふたり、昼食をとっていたバックヤードに、楚々とした美少女が顔を出す。このコンビニの店員のひとりで、見た目は綺麗な女子高生といった風体であったが、実際のところ彼女もまたジジと同じく人間化手術を受けた元人形兵であった。ジジがエイトに買い取られたように、彼女もまた店長に買い取られてコンビニを共に切り盛りしているのだった。
彼女から「不審者がいる」と告げられた店長は、四白眼をわずかに細めてやおらパイプイスから立ち上がる。以前、彼女が微笑んで「ヤカラって感じでしょ」と言っていたが、ジジには「ヤカラ」という言葉に含まれた意味まではわからなかった。
「なんかさっきからずっと店のほうをチラチラ見てうろついてる若い男がいるって」
このコンビニは、だだっ広い駐車場を備えている。周囲には他にガソリンスタンドなどがあるが、民家はほとんどない。田んぼや畑ばかりの、田舎のロードサイドに近い立地だった。
そんな場所をどこかの店に入る様子もなく、目的地が定かではない様子でうろついていると言われれば、たしかに不審者と断じられても致し方ないだろう。
「お前らは店の中にいろ。ヤバかったら通報しろ」
そう言ってコンビニから出て行く店長をふたりして見送る。
なにか道に迷っているとか、待ち人がいるとかならそれでいい。しかし店長は戦場帰りと言えども生身の人間だ。不意をつかれるなどして刃物で刺されれば怪我をするし、最悪死ぬこともあり得るだろう。
……やがて、店長はうしろに帽子をかぶり白い不織布マスクをつけた、あきらかに怪しい風体の、背の高い男を引き連れて帰ってきた。
ジジは、その男に見覚えがあった。
帽子をかぶり、マスクをつけていようとも、見間違えようはずもなかった。
「なんかすごいお久しぶりですー。不審者ってエイトさんだったんですか?」
観念した様子で帽子とマスクを取り払って出てきたのは、ものすごく気まずげな表情をしたエイトの顔だった。
「――ったくなにしてんだよ。危うく通報するとこだったわ」
「いや……すまない……」
呆れた顔をする店長よりもエイトのほうが背は高かったが、居心地悪げに身を縮こまらせているせいなのか、ジジにはなんだか小さく見えた。
「それで、ウチの外でなにしてたんですか?」
不思議そうな顔をして、無邪気に聞こえる声がエイトにぶつかる。ジジのものではない。ジジの隣にいる彼女のものだ。ジジはまだエイトの突然の登場、という事態を呑み込めず、ただぼうっと彼を見つめることしかできなかった。
「ジジの……ことが気になって……」
「ハア? つーか声ちっせえな。なにもじもじしてんだよ」
「いや……」
「てか怪我して入院してるって聞いてたけど、もう大丈夫なのか?」
「ああ、うん……お気遣いありがとう……」
「なんで歯切れ悪いんだよ」
「いや……」
先ほどからずっとエイトと目が合わないなとジジは思った。かと思えば視線がかち合っても、すぐにそらされてしまう。それでも、エイトがチラチラとジジの様子をうかがっているのは、この場のだれもがわかった。
「ジジが働いてるところ見たかったんだったら普通に客として来いよ」
「ああ、うん……」
「さっきからなんなんだよ。……怪我って、頭打ったのか?」
「……いや、まあ、打ったと言えば打ったけど」
当初はエイトの態度に呆れた様子だった店長も、次第に本気でエイトを心配しだす。それにさらなる居心地の悪さを覚えたのか定かではないが、エイトは顔色を悪くさせつつも、ついに腹をくくった様子を見せる。
「……ジジと話がしたいんだけど、今いいかな?」
「今は昼休憩中だから別にオレはいいけどよ」
店長は当然のように「ジジは?」とジジへと顔を向けて問いかける。ジジは「だいじょうぶ、です」とつたないながらに返答する。店長はそんなジジや、不審なエイトの態度に思うところはあるのだろうが、それでも「わかった」と言ってコンビニのバックヤードスペースを貸してくれることになった。
エイトとは、相変わらず視線が合わなかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
「白い契約書:愛なき結婚に花を」
ゆる
恋愛
公爵家の若き夫人となったクラリティは、形式的な結婚に縛られながらも、公爵ガルフストリームと共に領地の危機に立ち向かう。次第に信頼を築き、本物の夫婦として歩み始める二人。困難を乗り越えた先に待つのは、公爵領の未来と二人の絆を結ぶ新たな始まりだった。
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音|はたあかね
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
三回も婚約破棄された小リス令嬢は黒豹騎士に睨まれる~実は溺愛されてるようですが怖すぎて気づきません~
鳥花風星
恋愛
常に何かを食べていなければ魔力が枯渇してしまい命も危うい令嬢ヴィオラ。小柄でいつも両頬に食べ物を詰めこみモグモグと食べてばかりいるのでついたあだ名が「小リス令嬢」だった。
大食いのせいで三度も婚約破棄されてしまい家族にも疎まれるヴィオラは、ひょんなことからとある騎士に縁談を申し込まれる。
見た目は申し分ないのに全身黒づくめの服装でいつも無表情。手足が長く戦いの際にとても俊敏なことからついたあだ名が「黒豹騎士」だ。
黒豹に睨まれ怯える小リスだったが、どうやら睨まれているわけではないようで…?
対照的な二人が距離を縮めていくハッピーエンドストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる