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ハロウィンの夜にあの世からやってきた幽霊に見られながら初夜エッチをしないといけない家系に嫁いできた花嫁

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「私の家では……一〇月三一日の夜に、あの世からやってきた幽霊たちの前で初夜を済ませなければならないんだ」

 非常に、非常に沈痛な面持ちでアンブローズはミディアム家の「しきたり」について告げる。

 かつては恋人という関係で――今は夫であるアンブローズのその言葉を受けても、わたしの心は少しも揺らぎはしなかった。


 歴史ある男爵家であるミディアム家は、その家名が示すとおりにあの世とこの世を仲立ちすることができる……俗に「境界に立つ者」とも言われ――要は、幽霊を見ることができる力を持つ一族だ。その力は一族の個々人により振れ幅はあるが、ミディアムの血を継ぐ者は一様に幽霊を見るという。

 わたしの夫であるアンブローズもそうだ。前当主の兄の息子――つまり甥――であるアンブローズにももちろん幽霊を見る力は備わっており、幼少期はそれで苦労することもあれば、逆にそれを利用しているところを大体わたしは見てきた。

 それじゃあわたしもどこぞの貴族令嬢なのかと言えばそういうことはない。じゃあお金持ちの中流階級のお嬢さんかと言われると、違う。

 どこの馬の骨とも知れない娘。野良犬が産んだ娘。物心ついたときにはすでに路上にいた、浮浪児。

 わたしとアンブローズは、流行り病が枯れ草の野につけられた火のごとき勢いで次々にひとびとを死に追いやった次の年、路上で出会った。

 両の親を流行り病で亡くして孤児になった子供が多かったからなのか、孤児院に引き取られることもない少年少女が路上でにわかに増え、その中にアンブローズもいたのだ。

 わたしはアンブローズを含む、自分よりも無知で幼い子供たちに路上での生き方を教えた。物乞いの仕方、盗みの仕方。それらをするにもこの街には縄張りがあること。……そうしたことを教えたわたしは、そこから彼ら彼女らの上前をはねることで、多少は懐が潤って大きな顔ができるようになった。

 わたしからすればアンブローズはそんな――金づるの――子供たちの中のひとりにすぎなかったが、その中で彼はいっとうどんくさかった。そして奇矯な振る舞いで浮いていた。

 わたしがそんなアンブローズを飢えるに任せず、手取り足取り色々教えてやったのは、単に懐が潤ったことで精神的に余裕ができていたから。つまり、気まぐれの産物だった。

 両親を喪う前は、それなりにいい暮らしをしていたのだろう無垢なアンブローズは、たちまちのうちにわたしに懐いた。わたしも、純真に慕ってくるアンブローズを多少鬱陶しくは思っても、意外と悪い気はしなかった。

 そんなあるとき、路上暮らしの子供たちの中に体調を崩すものが続出した。もちろん原因なんてわかりはしない。路上暮らしの環境は劣悪のひとことで、どこで病気を貰ってくるかなんてわかりはしないのだ。そうやって病を得て薬も与えられず、亡くなる子供は珍しくない。

 しかしそのとき、浮浪児のコミュニティではある噂がささやかれた。

 ――『赤い手形の痣ができると一週間以内に死ぬ』。

 多くの子供たちは当初、一笑に付した。呪いよりも、明日飢えて死ぬほうが子供たちにとっては恐ろしい。しかし「赤い手形の痣」はまるでそれを嘲笑うかのごとく猛威を振るった。日に日に、赤い手形の痣を持つ子供は増え、同時に体調を崩し寝込む。正体がわからない「病気」に、子供たちは震えあがった。

 ……しかし最終的に死者は出ることはなく、赤い手形の痣もいつの間にか出なくなった。そしてその痣が薄れていくのと同じように、日々厳しい生活を強いられている子供たちのあいだでも奇妙な痣と呪いの噂の記憶は薄れて行った。

 わたしだけは知っている。アンブローズが「赤い手形の痣の呪い」を解決したのだということを。

 噂が子供たちのあいだを席巻しているそのさなか、アンブローズはコミュニティに蔓延している「病気」は正しく「呪い」なのだということを見抜いた。

 きっかけは、子供たちのひとりが盗んだルビーの指輪だった。わたしがそのときの状況を聞けば、置き引きで手に入れたものだという。

 アンブローズは、それが呪われた指輪だとわたしにだけ告げた。恐らく元の持ち主はわざと指輪を放置したのだ。呪われていると知っていたから。捨てなかったのは、もしかしたらだれかに押しつける必要性があったのかもしれないとアンブローズは言った。

 今や顔役でもあったわたしは、その子供からルビーの指輪を買い取った。そしてその指輪をアンブローズに渡した。

 この時点では、わたしはアンブローズの言葉を頭から信用したわけではなかった。

 しかしわたしがアンブローズに指輪を渡し、彼がそれを持ってしばらく行方をくらませてから数日。再びわたしの前に姿を現したアンブローズは、ひとこと「もう大丈夫」と言った。そしてその言葉通り、コミュニティに蔓延していた病気はひとりの死者を出すこともなく収まり、それからゆっくりと忘れ去られて行った。

 わたしはアンブローズに聞いた。アンブローズは「あれはたちの悪い呪いだった」と言った。それをどうしたのかと問えば「説得したんだ」と言った。「ずいぶんと骨が折れたけれど」……そう言うアンブローズの顔には青タンができていたので、わたしは本当に彼の骨が折れていないか少し気にかかった。

 思えばアンブローズを目で追いかけるようになったのは、それがきっかけだったように思う。わたしはアンブローズのことをもっと知りたくなって、彼といっしょにいる時間を増やすようにした。アンブローズは相変わらず育ちの良い無垢な子供のように見えたが、それだけではないことをわたしだけが知っている……。それは甘やかな優越感をわたしにもたらした。

 そうして何度目かの冬を共に越し、少しだけ寒さが和らいだころ、アンブローズは路上から消えた。

「身なりのいいおじさんがアンブローズのこと、『甥っ子』だって言って連れて行ったよ」

 わたしはなんだか急に肩を強く押されて、突き放されたような気持ちになった。

 それでもアンブローズがいなくなったことを……彼に置いて行かれたという事実を認めたくなくて、わたしは彼を捜して回った。そのうちに色々とアンブローズに関する情報は嫌でも耳に入ってきた。

 アンブローズの父親は貴族の子息だったが、女中との貴賤結婚を当主に拒否され駆け落ちし、やがてその女中がアンブローズを産んだこと。その当主が亡くなったことで、アンブローズの父親の行方を追い、アンブローズの存在が知られたこと。その家は、特殊な血筋を重要視しており、アンブローズは直系の子孫であるがために連れて行かれたということ――。

 しかしその嘘か本当かわからない事情を知ったところで、わたしがアンブローズに置いて行かれたという事実に変わりはない。

「さる貴族の当主様が先年娘を亡くされましてね……貴女はそのご令嬢にそっくりだということで、養女にしたいと先方は言っておられて――」

 ……だから、そんな怪しい誘いに乗ってしまった。貴族の生活に夢を見てのことではなく、ただひと目、もう一度アンブローズに会いたいという一心で――わたしは男の手を取った。

 男は「さる貴族の当主」に仕える使用人だった。そして彼の仕えている主は、「錬金術師」を自称するうろんな人間であった。

 安易に素性の知れない大人を信用した子供の末路なんて、だいたい同じだ。

 わたしの地獄の日々はなんと一〇年弱も続いたそうなのだが、実のところ記憶は曖昧である。

 自称「錬金術師」の養父は不老不死の研究をしており、わたしは日々その実験台にされたという記憶は、おぼろげながらにある。だが苦痛と恐怖の輪郭は覚えていても、その中身までは思い出せないし、きっとそのほうがいいのだろう。

 実験の成果なのか、はたまた別の要因があるのか、わたしの体は成長を止めた。養父はその結果を喜び、引き続きわたしを実験台にすること一〇年弱。不老不死研究の最大のパトロンが死んだことで、その遺産諸々を相続した息子が当局に相談したことから、芋づる式に自称「錬金術師」の悪事は白日のもとに晒された。

 わたしはおおよそ二〇歳前後のはずだったが、見た目は一〇代の中盤ごろで止まったままだった。これまで社会から隔離されてきたことと、苛烈な実験の日々を送っていたがために、その精神は実年齢より若い見た目よりも、ずっと幼かった。

 養父の屋敷に踏み入ったひとびとの中に、アンブローズはいた。それはまったくの偶然だったが、わたしは再びアンブローズに会えたことを喜んだ。アンブローズはひどくショックを受けた顔をしていたが、そのときのわたしにはその表情から彼の心情を察せられるほどの社交性はなかった。

 養父は当然の結果として爵位を剥奪された。名目上は貴族令嬢であったわたしは、再び平民に戻ることとなった。

 しかし一時的にしろ、「貴族令嬢であった」という事実はその後アンブローズと結婚するときに大いに役立った。こういうことを不幸中の幸いと言うのだろうとアンブローズに言えば、彼は困った顔をした。

 そう、精神的にも肉体的にも大いに傷ついたわたしを見舞うため、アンブローズは足しげく療養所に通い、四年ほど前にプロポーズをしてきた。

「今度こそ、私の手でジェーンを幸せにしたいんだ」

 わたしはびっくりして、そして次いでアンブローズの同情心を疑った。だから最初は断ったのだ。アンブローズも、一度は引き下がった。けれどもなにごともなかったかのように、わたしがいる療養所に通い続けるアンブローズを、意識しないというのはなかなか無理な話である。

 きっかり一年後、アンブローズから再びのプロポーズを受け、結局わたしは彼の手を取った。

 路上で暮らしていたときはわたしが主導権を握っていたので、すっかりアンブローズの手の内という状態は少し奇妙な感覚をおぼえざるを得なかったが……決して、嫌ではなかった。

 アンブローズのプロポーズを受け入れて、実際に結婚するまでの三年間は矢のように過ぎ去って行った。今はアンブローズが当主を務めるミディアム家の、その親戚筋にあたる貴族の養女となったわたしは、その家で三年間みっちり花嫁修業を受けた。

 ひとつ上の世代では忌避されてきた貴賤結婚が、さほど問題とはならなくなった現在においても、まったくの平民だった女が貴族の男と結婚をするのはなかなか大変だということだ。

 色々と奮闘ありつつ、長いようで短すぎた三年ののち、一応の及第点を貰えたわたしはついにアンブローズと夫婦になった。

 一〇月三一日……その日を結婚記念日とすることを決めたのはアンブローズだった。それがミディアム家の「しきたり」にかかわってくるのだと聞いたとき、わたしはなにも思うところはなかった。ただ、アンブローズが「しきたり」という語を口にするとき、どこか歯切れの悪さを感じたのも事実。

 けれどもわたしはもう、アンブローズと生きる覚悟を決めている。そのために三年間の花嫁修業を終えてきたのだ。その覚悟が尋常ならざるものであることは、アンブローズが口にしたミディアム家の「しきたり」を聞いてもひとつも心が揺らがなかったことが証明しているようだった。

『一〇月三一日の夜に、あの世からやってきた幽霊たちの前で初夜を済ませなければならない』――。

 その「しきたり」を告げられ素直にうなずいたわたしに、むしろアンブローズのほうが動揺した様子だ。

「あの、そのしきたりの由来は色々あって……この屋敷には悪霊を含む幽霊がたくさんいて、彼ら彼女らに受け入れてもらうための儀式だとか、一〇月三一日の夜は幽霊の力が一番強まる日でとか、いろいろと言われているんだけれど……たしかなことはわからなくて。でもそのしきたりをしないといけないのは事実らしくって……!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」

 かわいそうなくらいに目を泳がせて、言い訳のような響きを持つ言葉を重ねるアンブローズを落ち着かせる。

「そんな様子じゃ先に夜が明けちゃう」
「それは……」
「『困る』でしょ?」
「そうだけど……」
「アンブローズは幽霊が見えるから緊張するかもしれないけど、わたしは見えないから大丈夫。それとも幽霊に見られてるとできないとか?」
「……そんなことはない」

 そこからまたアンブローズが言葉を重ねそうだったので、わたしは彼に抱き着いた。硬く広い胸板が頬に当たり、アンブローズとの身長差、体格差を実感する。

 わたしも彼も成人年齢を超して数年が経過していたが、わたしだけはかつての養父の実験の影響か、あまり成長も加齢も見られない。もしかしたら、そんなわたしに欲情するのは難しいかもしれないという危惧もあったが、意外と問題はない様子だ。

 わたしは白いカウチから立ち上がり、アンブローズの手を引く。わたしたちはすでに夫婦の寝室にいた。ふたり並んで寝てもなお余る、大きなベッドはすぐそばだ。

「……夫婦になるの、三年待ったんだから」

 アンブローズは決意が固まったのだろう。わたしに促されてようやくカウチから立ち上がった。

 かと思えば突然わたしの視界がぶれる。アンブローズがわたしの体を横抱きに、お姫様抱っこをしたのだ。

 そんなアンブローズの突然の行動に、わたしはなにも言わなかった。いや、言えなかった。

 言外に、「これから夜の営みをする」と堂々宣言されたような気持ちになって、うまく言葉が出なかったのだ。


 *


 アンブローズの腕から、そっと広いベッドの上へと降ろされる。次いですぐに上からアンブローズのキスが贈られて、なんだか息つく暇もない。それでも嫌かと問われればそんなことはなく、じっくりと唇同士をすり合わせるようなキスをわたしも堪能する。

 触れるだけのキスが終わって、アンブローズの顔が離れる。不意に、皮膚にじっとりとした視線が刺さったような気がして、わたしは思わず周囲をぐるりと見回さずにはいられなかった。そんなわたしの様子に、アンブローズが困ったような微笑を向けているのに気づくのは、すぐだった。

「……気になる?」
「本当に、見てるのかなって……」

 アンブローズと、彼の一族――ミディアム家の「幽霊が見える」という能力について、疑いを差し挟んだことはあるにはある。理由は簡単で、わたしには幽霊なんてものは見えないからだ。それでもこの屋敷ではときおり目の前で物が動くことがある。アンブローズ曰く、それは外国の言葉で「ポルターガイスト」と言うらしい。

 そういったひとつひとつは小さな出来事でも、重なると信じざるを得ない……というのがわたしの今の見解だ。

「今日はいつもよりたくさんいるね。老若男女揃ってる。そういう日だから」
「幽霊がたくさんいる日?」
「そう。善なる霊も悪霊も、今日はたくさん巷を闊歩している。地獄の扉も開いているんだろう」

 アンブローズにわたしを怖がらせたり、萎縮させたりする意図がないことはわかりきっている。彼にとって、幽霊の存在は当たり前の事実でありすぎるのだ。それでもわたしにとっては当たり前ではないから、思わず再度視線を部屋へと巡らせてしまう。

 そんなわたしにアンブローズはまた困ったように笑って、柔らかい声をかけてくる。

「大丈夫だよ。別に、なにかしようっていう霊はこの部屋にはいないから。ただ単に、新婚夫婦の寝室を物珍しく覗いているだけなんだ」
「……それはそれでどうかと思うけれど」

 見ている……。たくさんの幽霊の目が、わたしたちを見ている。

 そのさまをありありと脳裏に描いたところで、肌の表面が粟立った。だがそれは恐怖からくるものだけではない。しかし捉えどころなく、言語化できない感覚であったがゆえに、わたしは鳥肌が立ったという事実を丸ごと無視した。

 今日は、アンブローズとの初夜である。晴れて夫婦となって迎える、初めての夜の営み――。しかしわたしの薄い胸の奥で刻まれる鼓動は、高鳴りと表現するには完全に適切とは言いがたく、それは不安から来る音に近かった。

 愛の高まりの帰結として、わたしとアンブローズは婚姻を交わし、今夜ベッドの上で交わろうとしている。

 だがわたしには不安があった。かつての実験の影響で神経が鈍化しているのか、わたしの体は触覚に対する反応がにぶいのだ。

 ありていに言ってしまうと、感じたことが――性的な快楽を得たことがない。

 たとえばアンブローズにキスをされても、視覚で処理をしてから精神的な充足感を得ているような感じで、口づけそのものの感覚から快楽を得ているわけではないのだ。

 性感帯とされる乳首や、クリトリス、膣口にひとり触れてみたことはある。けれども快楽を得るには至らなかった。なんだか、気持ちいいという感覚はうっすらと感じなくもない。だがそれなりの厚さの膜に感覚器を覆われているかのような、そんな感じで、それを破ってひと並みの快楽を得るにはまだ一手ほど足りない気がする……。

 そんな状態のまま、初夜まできてしまったことがわたしの気がかりだった。

 わたしは男性器を挿入される側であるから、最悪股をおっぴろげたままでいればことは済む。しかし愛するアンブローズとの初夜でそれはあまりにも味気ない気がした。

 一方で、性的快楽に対しにぶいこと――つまるところ不感症気味であることをアンブローズに知られたくないという思いもあった。もし事実を告白すれば、アンブローズは気にしてしまうだろう。なんだったら、初夜を中止してしまうかもしれない。わたしとしては、それだけは嫌だった。

 それにミディアム家の「しきたり」では、一〇月三一日に初夜を迎えなければならないということになっている。もしアンブローズが初夜を取りやめてしまったら、次に彼と結ばれるのには丸一年待たねばならないことになる。夫婦となるのに三年も待ったのだ。それだけは嫌だった。

 わたしは胸中の「気がかり」をアンブローズに悟られることがないよう祈りながら、白い寝間着の前を広げる。

 象牙色の生白い肌と、薄い胸があらわになった。肌にはいくつもの古傷が走り、乳房は未成熟と受け取られても仕方がないほどに小ぶりだ。古傷は人体実験を繰り返し受けた過程でつき、小ぶりの乳房はわたしの成長がほとんど一〇代半ばで止まっているからだった。

 気恥ずかしく思いつつ、わたしはアンブローズの瞳をうかがうように見る。彼の双眸にはわたしを慈しむあたたかさと、決してそれだけではない熱が宿っていた。わたしはアンブローズのその熱を――性欲を認めて少しだけ安堵する。

 傷だらけで、幼いままのわたしの体を見ても、アンブローズは怯まなかった。それどころか、欲情している。わたしはその事実に不快感を抱きはしなかった。アンブローズとは愛し合う仲なのだ。だからわたしの見た目ではなく、「わたし」という個人を――もっと言えば魂そのものを見てもらえているような気になれて、安心できた。

「……好きなだけ、触って」

 わたしの乳首は外気に触れても立ち上がることなく、柔らかそうなままだった。それでもわたしの言葉に促されるように伸ばされた、アンブローズの指先が乳房に触れると、乳首は少しだけ芯を持って硬くなる。

「柔らかいね」
「そんなに肉づきはよくないと思うんだけど」
「でも気持ちいい。ずっと触っていたい」
「そんなんじゃ夜が明けちゃう」
「それは困るかな」

 気心の知れた、他愛ない会話が心地よい。わたしの心の中は満たされて、アンブローズでいっぱいになるような、そんな錯覚をする。

「あっ」

 思わずおどろいたような声がわたしの口から漏れ出た。アンブローズがわたしの左の乳頭を口に含んだからだ。あたたかく、ぬめって、少しだけざらざらとしたアンブローズの肉厚の舌がわたしの乳首をねぶる。その事実を視覚から得て脳で処理をすると、背筋から腰にかけて、やわく快楽が走ったような気になる。

 同時に、刺さるような視線を感じた……気がした。それは単なる空想の産物で、わたしの気のせいかもしれない。けれども先にアンブローズに、この寝室にもたくさんの幽霊がいると――わたしとアンブローズの営みを覗いていると聞いてしまっている。気のせいと切って捨てられず、わたしはなんだかもどかしく、不思議な気持ちにさせられた。

「ねえ……この部屋にもいるんでしょ? 赤ちゃんみたいに吸いついてるところ、見られちゃってるけどいいの?」

 気恥ずかしさから、ついついそんな可愛げのないことを口にしてしまう。するとアンブローズはわたしの乳頭をその口から解放し、わたしの目をじっと見ていたずらっぽく微笑んだ。あまり見たことのないアンブローズの表情に、わたしの体の内側が不可思議にざわめいた、気がした。

「気になる?」
「わたしは……別に。見えないし」
「でもこの部屋にいるし、見ているよ」
「それは、さっき聞いた」
「ジェーンは気にしなくていいよ。さっきも言ったけど悪さをするような霊はここにはいないし……今夜はジェーンの可愛いところ、全部余さず見てもらおう?」
「ええ……」

 アンブローズの大胆な提案に、わたしは乗り気ではないような口ぶりをしたものの、体の内側がまたざわついたのを感じ取って、当惑した。同時に、じっとりとした視線がわたしの体に送られているかのような気になった。その視線たちは、わたしを舐めるように見ている……。それが事実であるのか、わたしは知るすべを持たない。

「ジェーン、脚を開いて」

 アンブローズに見下ろされた状態で、懇願のような色を帯びた、けれども命令に近いその言葉を聞くと、三度みたびわたしの内側はざわついた。けれども不快感だとか、嫌悪感だとかが湧いてきたわけではない。むしろ、それは歓喜に近い気がした。

 わたしはわたしの心の内側を巡る感覚についていけないまま、しかしアンブローズに言われるがまま両脚を開く。脚の動きにあわせて、外陰部もまた開くのが見ずともわずかな感覚でわかった。

 なんら覆いのない秘部が、アンブローズの眼前であらわになる。毛が生える気配のない、つるつるの恥丘も見られたのだと思うと、羞恥心が込み上げてくる。

 そんなことに気を取られていれば、アンブローズの顔が近づいてキスが降ってきた。しかしその顔は何度かわたしの顔に近づいてから離れると、ずっとわたしの体の下へ下へと向かっていった。

「あ――アンブローズ?!」

 思わずおどろきに満ちた声で彼の名を呼んだのは、彼が先ほどわたしの乳頭を吸ったように、クリトリスを唇で挟むようにしてくわえたからだった。クリトリスの先端を、アンブローズの舌先がくすぐるように動いているだろうことが、わずかな感覚から察せられる。

「ん、ジェーンはそのまま……楽にしていて。ジェーンはさっきから霊たちの視線が気になるみたいだけど、気にしなくていいよ。むしろ、見せつけてやればいいんだ」
「そ、んな……恥ずかし……ん♡」

 「見せつけてやればいい」――。そんなアンブローズの言葉に、わたしは自然と一瞬息を詰めて……無意識のうちに膣口を収縮させていた。下腹部の奥が、不可思議にざわついている。感じたことない感覚にわたしは戸惑うことしかできない。

「ジェーン……可愛いね。『見せつければいい』って言われて感じたんだ。それとも見られてるのがいいのかな」
「感、じ……?」

 アンブローズに言われて、腹落ちする。

 これが「感じる」ということなのかと。

 ひと並みの感覚を得られたことにわたしは密かに喜ぶと同時に、疑問を抱いた。しかしそれもまたアンブローズの言葉で氷解する。

「ジェーン、みんなじっと君を見ているよ。君が可愛く感じているところも、私にクンニされてびっくりしたところも……こうして指を挿入れられているところも、全部見られているよ」

 わたしよりずっと太くて、節くれ立った男のひとの指。アンブローズのそんな指の先がわたしの膣口に潜り込み、浅いところをゆっくりとかき回すように動いた。

「――んぅうっ♡」

 わたしの喉から、まるで媚びるような、奇妙に高い声が漏れ出る。同時に、わたしは無意識のうちに、おののくように膣内を収縮させて、中に侵入していたアンブローズの節くれ立った指を締めつけていた。

 気がつけば、先ほどは少し芯を持ったていどだった乳首が硬く勃起している。性感帯であるそこが、少し冷たい外気に当たっているのがわかる。

 くちゅくちゅと淫らな水音を立てて、膣口をゆっくりとかき回すように動くアンブローズの指の太さを、わたしは理解した。その指から与えられる感覚を、わたしの体が快楽だと受け取っていることも、明瞭に理解した。

「ジェーンは見られているのがいいんだね」
「そ、そんっ♡ あっ♡ あぅうっ♡」
「なんだか嫉妬しちゃうな。わたしに見られているよりも、どこのだれかもわからない視線を受けているほうが気持ちいいの?」
「ち、ちがっ♡ んぅ♡ ふぅっ♡ ううっ♡ あううぅ♡」

 くちゅくちゅという水音はいつの間にか、ぐぽっぐぽっと激しく膣穴を指が出し入れされる淫音に取って代わられていた。アンブローズの指も、いつの間にか一本から二本へと、そして今は三本が揃ってわたしの膣穴を犯している。わたしの感覚はそれを正確に把握できるようになっていた。そしてその情報が脳へ送られると、背筋から腰にかけて、快楽の雷が走るようだった。

「あ、あ♡ アンブローズのっ♡ アンブローズの指だからぁ――あっ♡ ああぁっ♡」

 いつの間にかわたしの腰は浮いていて、情けなくへこへこと前後運動を繰り返していた。ときおりびくびくと痙攣するように弾む腰を、わたしは自分の意志で止めることができなかった。

「ジェーンが一生懸命腰をへこへこしているところ、しっかり見られてるよ♡」
「んぅ♡ あ、アンブローズぅ♡ あっ♡ いじわるぅ♡ やだぁあ♡ 腰へこへことまんないのっ……♡」
「ジェーンは可愛いね♡ このまま一度イく? それとも私のものでイきたい?♡」

 わたしの脳はすぐさまアンブローズの勃起した男性器を想像して、膣穴をわななかせる。アンブローズの三本の指をぎゅっと抱きしめるように締めつけている膣穴の奥から、どろりとした熱い愛液が膣口へと向けて流れ出てくるのがわかった。

「ジェーン、聞いてる?」
「――ん゛ひぃっ♡♡♡」

 わたしがぼんやりと快楽を享受していると、不意にアンブローズがもう片方の指でわたしの勃起したクリトリスをつまんで、軽く引っ張った。アンブローズにとってはそれだけの、いたずらていどの戯れかもしれなかったが、わたしは思わず喉を反らせるほどの快感を得た。

 かろうじて絶頂の手前で止まれたものの、わたしは自分の肩も胸も荒く上下していることを認識する。そういったわたしの様子は、当然アンブローズにも筒抜けで、彼の指がわたしの膣穴から抜け出ていくのがわかった。わたしの膣口がまた不随意にぱくぱくと切なくわななく。

「ジェーンがたくさん可愛いところ見せてくれたから――」

 アンブローズが下穿きの前をくつろげると、そこからわたしの細い腕とひと回りていどしか違いがないような、勃起した男性器が現れた。わたしはそれに恐怖を覚えるどころか、ようやくアンブローズと身体面でも結ばれるという事実に心躍らせた。

「ジェーンはちょっといじわるされるのが好きみたいだけど、ごめんね、私にあんまり余裕はないかも」
「い、いじわるが好きだなんて……」
「だって、そうでしょう? ――みんなジェーンを見ているよ。可愛らしく濡れた秘所も、わたしの愛撫がなくなってからずっとひくひくしている穴もね♡」
「あ、そ、そういうこと言うな……♡」

 わたしの抗議の声は、心に正直に、甘い響きを伴っていた。

 それを聞いたアンブローズは、微笑んで言う。

「みんなに見届けてもらおう。私とジェーンが繋がるところ♡」
「あ、う……恥ずかし……」
「みんな見てる。みんな、君に釘づけだよ♡」
「んぅぅう――♡♡♡」

 アンブローズはいじわるな口ぶりとは正反対に、わたしの破瓜の痛みを少しでもやわらげようとしてくれているのか、クリトリスの一番敏感な部分を優しく指の腹で撫でてくれる。わたしは再び腰を浮かせてしまい、びくりびくりと不随意の動きに支配される。

 アンブローズの丸い先端、亀頭がわたしの膣口に潜り込んだ。雁首が広げた傘みたいに張っているのがわかる。そして太い竿の部分まで、わたしの膣穴にゆっくりと挿入はいって行くのがわかった。

 わたしは暑さに喘ぐ犬みたいに、短い呼気を吐き続ける。痛みはなく、ほとんど純粋に性的興奮のためだった。

 ずりずりと張った雁首がわたしの膣穴を押し拡げて行く。同時に膣襞をえぐっていくようなそれに、わたしは嬌声をこらえきれない。喉からはずっと、普段は出さない……というか出せない、妙に甲高い声ばかりが出て行く。

「あ――全部挿入はいった♡」

 うれしさがにじんだアンブローズの声に、わたしの膣穴はきゅうとアンブローズの男性器を締めつけることで応えたようだった。

「ジェーン、最後まで挿入れたけど、痛くない?」
「だ、だいじょうぶ……そういうのは、ぜんぜん……」
「ん、そっか。じゃあ――」

 アンブローズが身をかがめるようにして顔を近づけ、わたしの耳元でいじわるくささやく。

「ジェーンが私のペニスでイくところ、みんなに見てもらおう♡」

 わたしがなにかを言う前に、アンブローズの腰がわたしの子宮を突き上げるように動く。そこでは快楽を感じ取れないと教わったはずなのに、子宮全部を突き上げるようなアンブローズの腰の動きにわたしの下腹部の奥はうずいた。そのうずきをアンブローズは的確に突くように動く。

 膝裏を持ち上げられ、脚を閉じることができない状況下で、わたしはアンブローズにのしかかられている。アンブローズが腰を打ちつけ、引くたびにわたしの膣穴からは淫らな水音と共に、どろりとした愛液がこぼれ出て行くのがわかった。

「私のペニスで感じているジェーンの可愛い顔、みんな見てるよ♡」

 わたしの口から出てくるのは、おおよそ尊厳ある人間が出していい声ではなかった。嬌声としか言いようのない、どうしようもない甘さと媚びを伴った高い声。その声に呼応するように、アンブローズの腰の動きに遠慮会釈は失われて行くようだった。あるいは、逆なのかもしれないが、わたしにはもうわからなかった。

 背筋から腰にかけて、雷が走るように快楽が駆けて行く。不随意に体は跳ねたが、アンブローズが膝裏を捉えて、わたしの体を覆うように体重をかけてきているためか、逃げ場はなかった。終わりのない快楽にわたしの腰は逃げを打とうとしたが、それはすべて無駄に終わった。

「……ああ、もしかしたらジェーンに赤ちゃんができるところも、見届けてもらえるのかな?」

 吐息のようにささやかれたアンブローズの言葉に、快楽が増幅される。避妊は当然していない。わたしとアンブローズはは正式な夫婦で、ミディアム家の存続のためには継嗣が必要だからだ。当然、わたしもアンブローズとの子供は欲しいと思っていた。けれどもそれを考えたときにいだいた、ほのあたたかな感覚と、今抱く熱はあまりにも違いすぎた。

 先ほど見た、アンブローズの立派に勃起した男性器の像が、再びわたしの頭の中で結ばれる。そのつるりとした亀頭にある鈴口から、わたしの子宮口に向かって白濁の精液が注ぎ込まれる――。

「――あ♡ ジェーン、イったんだね……♡」

 その空想でわたしはたやすく絶頂を迎えた。初めての絶頂に、まるで脳を焼かれたかのような錯覚すらあった。まぶたの裏が、白く明滅しているようだった。

「ジェーン、私が射精するまでちょっと我慢してね?♡」

 ひくひくとわななく膣穴を、アンブローズの男性器が容赦なく突き上げる。絶頂を迎えたばかりのわたしはその快楽に耐え切れず、何度か首を左右に振った。――やがて、アンブローズの男性器がわたしの最奥で止まる。アンブローズが息を詰めたのがわかって、わたしは膣内射精なかだしされたことを悟った。



 理性が戻ってきて、無事に初夜を終えられそうなことに安堵すると同時に、急激な睡魔に襲われる。気がつけば体はくたくたで、腰も脚も重いしで、疲れきっている。それでも――幸せだった。

 ……ただ、恥ずかしさも募った。見えない幽霊たちの視線に興奮し、アンブローズの言葉責めにも興奮し……その事実はちょっと今のわたしには恥ずかしすぎる。

 だから、しばらくは夢の世界に逃げたい。そう思ってわたしはひどく思いまぶたには抗わなかった。

 意識が眠りの淵へと落ちていく前、アンブローズが困ったように笑う気配がしたが、それがなんだかうれしそうに聞こえたのは、たぶんわたしの気のせいではない。
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