35 / 36
(35)
しおりを挟む
撃ったのはミルコだった。後頭部に一撃を喰らったアントーニオは、なすすべもなく絶命した。頭の中身を高そうな絨毯の上にぶちまけて、奇妙な体勢で倒れている。
レオンツィオはそれを見下ろして――嗤った。
ティーナはレオンツィオに後ろから拘束されたまま、その笑い声を聞いた。
恐らくレオンツィオに口を塞がれていなくても、ティーナは言葉を発することなどできなかっただろう。
それでもティーナの瞳は雄弁にレオンツィオを見上げる。
「なぜ? どうして?」――と。まるで自我が芽生え始めた幼子のように、そんな言葉ばかりがティーナの頭の中で渦を巻いている。
ティーナの瞳がレオンツィオに問う。
『なぜ殺したんですか? ――アントーニオと、ガエターノを』
執務室の机に突っ伏したガエターノの顔にはチアノーゼが現れ、その表情は苦悶に満ちていた。開いた唇からはでろりとグロテスクに舌の一部がはみ出している。
この執務室へと足を踏み入れたティーナは、ガエターノの死体を見て言葉を失った。同時に、理解した。ガエターノを殺した下手人がレオンツィオだということに。
「不思議そうな顔をしているね。そんなに変なことかい? 私がガエターノを殺すのは」
ティーナは戸惑いがちにうなずいた。後ろから抱きすくめるようにしてティーナを拘束しているレオンツィオの吐息が首にかかる。それで彼が笑ったのだということがわかった。
「だって世迷言を言うから……レオナをそこの男と結婚させるだなんて。ねえ? 馬鹿馬鹿しいと思わないかい? ……私とレオナを引き裂こうとするから、罰を与えたんだ」
「罰を与えた」……まるで、己が神だとでも言わんばかりの傲慢な物言いに、ティーナは息を詰めた。
「まあ、実際馬鹿なんだろう。そこの男もね。ガエターノも随分と耄碌したものだ。ファミリーの中でも煙たがられているような男はレオナの夫にはふさわしくない」
レオンツィオの腕がティーナから離れる。ティーナはレオンツィオを見上げた。
「――こ、こんなことをしてただで済むと思っているんですか?」
「うん」
あっさりとしたレオンツィオの答えに、ティーナは虚を突かれた。目を丸くするティーナの姿がおかしいのか、レオンツィオはくすくすと笑う。
「レオナ、忘れたのかい? 私は勝てない勝負はしないよ。もうみんな耄碌しきったガエターノに振り回されるのに、いい加減疲れているしね。そこの男にしてもそうだ。ガエターノを殺してしまうなんて……殺されても仕方ないよね?」
レオンツィオの言葉を受けて、ティーナは潔く「そういう筋書き」なのだということを悟った。
「……いつから、ですか?」
「結構前から。でも、今日はチャンスだと思ったから実行したんだ。レオナのことは常に部下に見張らせているからね。その男が接触してきて――面白いことを言い出したから、利用させてもらっただけ」
レオンツィオは「勝てない勝負はしない」と言った。ということは既にテオコリファミリーの幹部たちを味方につけている上、なんだったらカノーヴァファミリーとも話がついている公算が高かった。
ティーナはめまいを覚えた。目の前が真っ白に明滅する。ガエターノが殺されたことよりも、レオンツィオがアントーニオを殺すよう命令したことよりも――そのすべてがティーナに起因していると考えると、頭がくらくらした。
「レオナ……君は『テオコリファミリーのボスの孫娘』じゃなくなってしまったけれど――これからは『ボスの妻』になるのだから、なにも心配する必要はないよ」
「……そ、そんなの……」
「断るの? ……悲しいなあ」
レオンツィオは金の瞳をすっと細めた。その目は猛禽類のそれのように獰猛な色を孕んでいる。
――同じことをするつもりだ。
ティーナは悟った。もし、ティーナがレオンツィオの求愛を断れば、彼はまた同じことをするつもりなのだろう。つまり、ティーナの大切なものすべてをその手で壊しつくして、最後にはティーナの命をも奪うつもりなのだ。
舌の根が乾き、咳き込みそうになる。心臓はバクバクと大きく脈打ち、知らず呼吸が速くなっていた。
「レオナ」
レオンツィオの呼び声に、ティーナは肩を跳ねさせる。
「レオン、さ」
「レオナ。――愛してる」
レオンツィオの微笑みは、ティーナを奈落へと突き落とした。
レオンツィオはそれを見下ろして――嗤った。
ティーナはレオンツィオに後ろから拘束されたまま、その笑い声を聞いた。
恐らくレオンツィオに口を塞がれていなくても、ティーナは言葉を発することなどできなかっただろう。
それでもティーナの瞳は雄弁にレオンツィオを見上げる。
「なぜ? どうして?」――と。まるで自我が芽生え始めた幼子のように、そんな言葉ばかりがティーナの頭の中で渦を巻いている。
ティーナの瞳がレオンツィオに問う。
『なぜ殺したんですか? ――アントーニオと、ガエターノを』
執務室の机に突っ伏したガエターノの顔にはチアノーゼが現れ、その表情は苦悶に満ちていた。開いた唇からはでろりとグロテスクに舌の一部がはみ出している。
この執務室へと足を踏み入れたティーナは、ガエターノの死体を見て言葉を失った。同時に、理解した。ガエターノを殺した下手人がレオンツィオだということに。
「不思議そうな顔をしているね。そんなに変なことかい? 私がガエターノを殺すのは」
ティーナは戸惑いがちにうなずいた。後ろから抱きすくめるようにしてティーナを拘束しているレオンツィオの吐息が首にかかる。それで彼が笑ったのだということがわかった。
「だって世迷言を言うから……レオナをそこの男と結婚させるだなんて。ねえ? 馬鹿馬鹿しいと思わないかい? ……私とレオナを引き裂こうとするから、罰を与えたんだ」
「罰を与えた」……まるで、己が神だとでも言わんばかりの傲慢な物言いに、ティーナは息を詰めた。
「まあ、実際馬鹿なんだろう。そこの男もね。ガエターノも随分と耄碌したものだ。ファミリーの中でも煙たがられているような男はレオナの夫にはふさわしくない」
レオンツィオの腕がティーナから離れる。ティーナはレオンツィオを見上げた。
「――こ、こんなことをしてただで済むと思っているんですか?」
「うん」
あっさりとしたレオンツィオの答えに、ティーナは虚を突かれた。目を丸くするティーナの姿がおかしいのか、レオンツィオはくすくすと笑う。
「レオナ、忘れたのかい? 私は勝てない勝負はしないよ。もうみんな耄碌しきったガエターノに振り回されるのに、いい加減疲れているしね。そこの男にしてもそうだ。ガエターノを殺してしまうなんて……殺されても仕方ないよね?」
レオンツィオの言葉を受けて、ティーナは潔く「そういう筋書き」なのだということを悟った。
「……いつから、ですか?」
「結構前から。でも、今日はチャンスだと思ったから実行したんだ。レオナのことは常に部下に見張らせているからね。その男が接触してきて――面白いことを言い出したから、利用させてもらっただけ」
レオンツィオは「勝てない勝負はしない」と言った。ということは既にテオコリファミリーの幹部たちを味方につけている上、なんだったらカノーヴァファミリーとも話がついている公算が高かった。
ティーナはめまいを覚えた。目の前が真っ白に明滅する。ガエターノが殺されたことよりも、レオンツィオがアントーニオを殺すよう命令したことよりも――そのすべてがティーナに起因していると考えると、頭がくらくらした。
「レオナ……君は『テオコリファミリーのボスの孫娘』じゃなくなってしまったけれど――これからは『ボスの妻』になるのだから、なにも心配する必要はないよ」
「……そ、そんなの……」
「断るの? ……悲しいなあ」
レオンツィオは金の瞳をすっと細めた。その目は猛禽類のそれのように獰猛な色を孕んでいる。
――同じことをするつもりだ。
ティーナは悟った。もし、ティーナがレオンツィオの求愛を断れば、彼はまた同じことをするつもりなのだろう。つまり、ティーナの大切なものすべてをその手で壊しつくして、最後にはティーナの命をも奪うつもりなのだ。
舌の根が乾き、咳き込みそうになる。心臓はバクバクと大きく脈打ち、知らず呼吸が速くなっていた。
「レオナ」
レオンツィオの呼び声に、ティーナは肩を跳ねさせる。
「レオン、さ」
「レオナ。――愛してる」
レオンツィオの微笑みは、ティーナを奈落へと突き落とした。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。
甘寧
恋愛
断罪の最中に前世の記憶が蘇ったベルベット。
ここは乙女ゲームの世界で自分がまさに悪役令嬢の立場で、ヒロインは王子ルートを攻略し、無事に断罪まで来た所だと分かった。ベルベットは大人しく断罪を受け入れ国外追放に。
──……だが、追放先で攻略対象者である教皇のロジェを拾い、更にはもう一人の対象者である騎士団長のジェフリーまでがことある事にベルベットの元を訪れてくるようになる。
ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢と言うフラグが今だに存在している気がして仕方がないベルベットは、平穏な第二の人生の為に何とかロジェとジェフリーと関わりを持たないように逃げまくるベルベット。
しかし、その行動が裏目に出てロジェとジェフリーの執着が増していく。
そんな折、何者かがヒロインである聖女を使いベルベットの命を狙っていることが分かる。そして、このゲームには隠された裏設定がある事も分かり……
独占欲の強い二人に振り回されるベルベットの結末はいかに?
※完全に作者の趣味です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる