わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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 撃ったのはミルコだった。後頭部に一撃を喰らったアントーニオは、なすすべもなく絶命した。頭の中身を高そうな絨毯の上にぶちまけて、奇妙な体勢で倒れている。

 レオンツィオはそれを見下ろして――わらった。

 ティーナはレオンツィオに後ろから拘束されたまま、その笑い声を聞いた。

 恐らくレオンツィオに口を塞がれていなくても、ティーナは言葉を発することなどできなかっただろう。

 それでもティーナの瞳は雄弁にレオンツィオを見上げる。

「なぜ? どうして?」――と。まるで自我が芽生え始めた幼子のように、そんな言葉ばかりがティーナの頭の中で渦を巻いている。

 ティーナの瞳がレオンツィオに問う。

『なぜ殺したんですか? ――アントーニオと、ガエターノを』

 執務室の机に突っ伏したガエターノの顔にはチアノーゼが現れ、その表情は苦悶に満ちていた。開いた唇からはでろりとグロテスクに舌の一部がはみ出している。

 この執務室へと足を踏み入れたティーナは、ガエターノの死体を見て言葉を失った。同時に、理解した。ガエターノを殺した下手人がレオンツィオだということに。

「不思議そうな顔をしているね。そんなに変なことかい? 私がガエターノを殺すのは」

 ティーナは戸惑いがちにうなずいた。後ろから抱きすくめるようにしてティーナを拘束しているレオンツィオの吐息が首にかかる。それで彼が笑ったのだということがわかった。

「だって世迷言を言うから……レオナをそこの男と結婚させるだなんて。ねえ? 馬鹿馬鹿しいと思わないかい? ……私とレオナを引き裂こうとするから、罰を与えたんだ」

「罰を与えた」……まるで、己が神だとでも言わんばかりの傲慢な物言いに、ティーナは息を詰めた。

「まあ、実際馬鹿なんだろう。そこの男もね。ガエターノも随分と耄碌したものだ。ファミリーの中でも煙たがられているような男はレオナの夫にはふさわしくない」

 レオンツィオの腕がティーナから離れる。ティーナはレオンツィオを見上げた。

「――こ、こんなことをしてただで済むと思っているんですか?」
「うん」

 あっさりとしたレオンツィオの答えに、ティーナは虚を突かれた。目を丸くするティーナの姿がおかしいのか、レオンツィオはくすくすと笑う。

「レオナ、忘れたのかい? 私は勝てない勝負はしないよ。もうみんな耄碌しきったガエターノに振り回されるのに、いい加減疲れているしね。そこの男にしてもそうだ。……殺されても仕方ないよね?」

 レオンツィオの言葉を受けて、ティーナは潔く「そういう筋書き」なのだということを悟った。

「……いつから、ですか?」
「結構前から。でも、今日はチャンスだと思ったから実行したんだ。レオナのことは常に部下に見張らせているからね。その男が接触してきて――面白いことを言い出したから、利用させてもらっただけ」

 レオンツィオは「勝てない勝負はしない」と言った。ということは既にテオコリファミリーの幹部たちを味方につけている上、なんだったらカノーヴァファミリーとも話がついている公算が高かった。

 ティーナはめまいを覚えた。目の前が真っ白に明滅する。ガエターノが殺されたことよりも、レオンツィオがアントーニオを殺すよう命令したことよりも――そのすべてがティーナに起因していると考えると、頭がくらくらした。

「レオナ……君は『テオコリファミリーのボスの孫娘』じゃなくなってしまったけれど――これからは『ボスの妻』になるのだから、なにも心配する必要はないよ」
「……そ、そんなの……」
「断るの? ……悲しいなあ」

 レオンツィオは金の瞳をすっと細めた。その目は猛禽類のそれのように獰猛な色を孕んでいる。

 ――同じことをするつもりだ。

 ティーナは悟った。もし、ティーナがレオンツィオの求愛を断れば、彼はまた同じことをするつもりなのだろう。つまり、ティーナの大切なものすべてをその手で壊しつくして、最後にはティーナの命をも奪うつもりなのだ。

 舌の根が乾き、咳き込みそうになる。心臓はバクバクと大きく脈打ち、知らず呼吸が速くなっていた。

「レオナ」

 レオンツィオの呼び声に、ティーナは肩を跳ねさせる。

「レオン、さ」
「レオナ。――愛してる」

 レオンツィオの微笑みは、ティーナを奈落へと突き落とした。
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