わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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 スマートフォンのスピーカーから流れるコール音がティーナの鼓膜を震わす。

 ガエターノの電話番号は知っていたが、一度としてそこに電話をかけたことなどないし、逆にかかってきたこともない。

 アントーニオの穏健ならざる勢いに押されてガエターノの番号にコールをかけたものの、ここから先、どうすればいいのかティーナはわからなかった。

 アントーニオに逆らえないわけはないはずだったし、そもそもティーナにはアントーニオに従う理由もない。しかし、ティーナはそうはできなかった。

 心の中にある引っかかり。アントーニオを裏切っていたという事実。それが、ティーナからアントーニオに抗う言葉を奪う。

 響き渡るコール音。ガエターノはなかなか電話に出ない。隣に座るアントーニオがイラ立ちを募らせていくのがわかり、ティーナの心にあせりが生まれる。

『レオナ?』

 ようやく繋がったかと思えば、応答したのはまぎれもなくレオンツィオの声で、ティーナはますます混乱した。

 なぜ、どうして。そんな言葉がティーナの脳裏を駆けめぐるものの、口からは出てこない。当惑はそのままティーナの言語中枢に作用しているようだった。

 レオンツィオが電話口に出てきたことで困惑するティーナの様子をどう取ったのか、アントーニオがその脇を小突く。ティーナはびくりと肩を揺らしたあと、どうにかこうにか言葉を吐き出す。

「……ガエターノは?」
『ああ、今はちょっと出られそうにないから。代わりに私が。それよりもレオナから連絡するだなんて、どうかしたのかい?』
「えっと……話したいことがあって。今から屋敷そっちに行ってもいいですか?」
『電話では話せないこと?』
「……ガエターノにちゃんと話したいんです。できれば今日中に」
『……わかった。迎えは――』
「大丈夫です」
『場所はわかる?』
「はい……」
『それじゃあちゃんと伝えておくから。屋敷のほうで待っているね』
「はい……。それじゃあ」

 通話が終わり、ティーナはそっと息を吐く。スマートフォンを持つ手のひらは、汗をかいて少ししっとりとしていた。

「なんでガエターノの屋敷に行くなんて言ったんだ?」

 アントーニオは面倒なことになったとでも言いたげな顔をしている。彼の予定ではティーナの口から直接アントーニオとの結婚の約束を、ガエターノから取り付けるところを見るつもりだったのだろう。

 アントーニオは疑り深いところがある。けれども一方で己の力を過信しすぎるところもあった。ティーナはそんなアントーニオの性質をよく知っていた。

「今日中に言ったほうがいいかなって、思ったんだけど……」
「……たしかに、なにごとも早いに越したことはないが。……チッ。ガエターノが電話に出ないとはな」

 己の計画が狂わされたからなのか、アントーニオはイラ立ちを募らせているようだ。ティーナはそんなアントーニオを注意深く観察しながら、切り出す。

「それじゃあ、わたしは屋敷に行かなくちゃならないから――」
「俺もついて行く」
「――え?」
「なんだ? なにか都合でも悪いか? ……もちろん屋敷には入るつもりはないが。俺の車で屋敷まで送って行ってやるよ」
「……ああ、うん。ありがとう……」

 ティーナはまた背中に冷や汗が浮かぶような思いをする。

 ガエターノの屋敷へ行くと言った以上、行かない選択肢はない。それでティーナはアントーニオがひとまず引き下がると思っていたのだが、その思惑は外れてしまった。

 ティーナはまたどうすればいいのかわからなくなった。迷子になった幼子は、こんな気持ちになるのかもしれない。そんなどうでもいいことを考えることで、ティーナは心を落ち着けようとする。

 しかし戸惑いの目を向けるティーナを嘲笑うように、アントーニオは追い打ちをかける。

「屋敷に入る前にスマホは通話繋ぎっぱなしにしとけよ。きちんと聞いておきたいからな」

 アントーニオは的確にティーナの逃げ道を塞いでくる。ティーナは頭の中が真っ白になりそうになる。「どうすればいいのかわからない」。そんな建設的ではない言葉ばかりが浮かんでくる。

 ティーナが混乱しているのをしり目に、アントーニオは手早く連絡先の交換を済ませて、ティーナにスマートフォンを返す。

「それじゃ、行くか」

 アントーニオは人好きのする笑みを浮かべて、乱暴な手つきでティーナの手首を取った。ティーナはアントーニオの手を振り払うことができなかった。そうすれば、またアントーニオを裏切ることになるのではないかという恐怖が、ティーナの精神を蝕む。

 どこかで、「律儀にアントーニオの言う通りにする必要があるのか」と問う声が、ティーナの脳裏をよぎる。けれどもティーナの体は固まってしまって動かない。

 わからなかった。なにもかもがわからない。己はどうすればいいのか、どうすべきなのか――。

 うつむいたままのティーナをアントーニオは引っ張って車へ向かう。アントーニオの歩幅に合わせて、ティーナは小走りになる。

 助けを求める言葉が、脳裏に響く。

 浮かんだのはレオンツィオの顔だった。
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