わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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 カノーヴァファミリー。その名前はティーナも知っている。テオコリファミリーと縄張りが隣接しており、たびたび小競り合いが起こるということも、ティーナは知っていた。

 ティーナは背筋に冷や汗が浮かぶような気持ちになった。アントーニオはティーナがテオコリファミリーのボスであるガエターノの孫娘だということを知っているのだろうか。……アントーニオのことだ、当然知っているに違いない。

 果たしてティーナのその確信に近い推測は当たっていた。

「ティーナは今、あのガエターノの孫娘をやっているんだって?」

 気安げな調子で言いながら、アントーニオの瞳は猛禽類のような獰猛さを孕んでいた。それがティーナの背筋を冷たくさせる。

 けれども事実を否定するのもおかしいので、ティーナは戸惑いがちに黙ってうなずいた。

「……わかったのは、半年くらい前の話だけど」
「へえ。そりゃ大変だっただろう?」
「うん……。まあ」
「二〇年近く放置しておいて、今さら家族になろうだなんて、ムシが良すぎると思わないかい?」

 ティーナは直感的に雲行きが怪しくなってきたのを感じ取った。けれどもアントーニオが言わんとしていることもまた、雲がかかったように先が見えない。彼がなにを言い出すのか、ティーナは息を詰めるようにして相対する。

 しかしアントーニオは人好きのする笑みを湛えたまま、急に話を変える。

「ところでティーナ。どうしてあのレオンツィオ・ボルディーガと知り合いだったのに、黙っていたんだ?」

 ティーナは一瞬、己の呼吸が止まったかと思った。次いで息苦しさが肺から湧き出てくるような感覚に襲われる。

 言葉が出てこない。なにか言うべきだと思う一方、今さら言い訳をしてもなにもかもが手遅れだという気持ちもある。

 よほどティーナがひどい顔をしていたのか、アントーニオはそれを面白がるように口の端を上げた。

「レオンツィオを殺さなかったのはわざとなのか?」
「……違う。そんなんじゃ、ない」
「本当に? 仏心を出して殺さなかったんじゃないの?」
「違う」
「……ところでテオコリファミリーには同じ名前のやつがいるね。俺たちの知っているレオンツィオ・ボルディーガの孫だとか。ティーナは会ったことがある?」
「ある……けど」
「ふうん。……親しいの?」
「それは――」

 ティーナは、アントーニオに対して嘘をつきたいわけではなかった。むしろ前世で消極的に嘘をついていたことが未だに心の隅に引っかかっているくらいだ。

 けれどもレオンツィオとの関係を聞かれて、どう答えればいいのかわからなかった。親しいと言い切っていいのかはわからない。けれども、特別な感情を互いに抱いていることはたしかで。

 だがティーナが言葉に詰まっているあいだに、アントーニオはまた話題を変えてしまう。

「ところでティーナは知っている? カノーヴァとテオコリが和睦を結ぼうとしているって」
「……そういうことは、わたしは知らないんだ。今は構成員っていうわけじゃないし……」
「そう、それじゃあこれも初耳かな?」

 アントーニオの顔がティーナに近づく。ティーナは蛇ににらまれた蛙のように動けないまま、アントーニオの唇が動くのを見届ける。

「俺とティーナを結婚させようっていう話は」

 ティーナはおどろきに目を見開いた。

「そんなの……聞いてない」
「そう。まあ前から出ていた話題、ってわけでもないからね。新鮮なニュースさ」
「でも、わたし――」
「あのガエターノに幹部の中から夫を選べって言われてたんだろう?」
「……知ってるんだ」
「色々と聞こえてくるんだよ。……で、その話なんだけど、ティーナはもうだれかを選ぶつもりだった?」
「……ううん。まだ、会ったばかりだし……」
「それなら俺と結婚しても問題ないよね?」

 ティーナは「そうだね」とは言えなかった。なぜかと問われれば、その心にレオンツィオがいるからだった。

 ティーナは気づいてしまった。アントーニオを大切に思う気持ちと、レオンツィオに対するそれは優劣のつけられるものではないと、ずっと思っていた。けれども、アントーニオと再会して、わかってしまった。

 アントーニオとレオンツィオ。両者への気持ちは残酷なまでに差があるのだと。

 ティーナはその事実に当惑した。その姿は、アントーニオからすると突然結婚の話を振られて困惑しているように見えたかもしれない。

「なにを迷うことがある? 会ったばかりでよく知らない男と結婚するのも、俺と結婚するのも、そう変わらない。違う?」

 ティーナにとっては大いに違うが、アントーニオはそうは思わなかったようだ。

「アントーニオは、それでいいの?」
「……実質カノーヴァとテオコリの両方のファミリーが手に入るんだ。またとない機会だと思ってる。……ティーナにだって悪い話じゃない。そうだろう?」

 アントーニオと結婚する。ティーナは、その未来を上手く思い描けなかった。

 そんな風に煮え切らない態度を取るティーナにしびれを切らしたのか、アントーニオはうつむくティーナの顎を掴んで、自らのほうへと強制的に向かせる。

「償いの機会をやるって言ってるんだよ」
「アントーニオ……」
「それとも、なんだ。また俺を裏切る気か?」
「それは……」
「お前は黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ。ない脳みそで妙なこと考えるなよ?」

 アントーニオの目には侮蔑の色が浮かんでいた。

「ガエターノに言ってこい。『アントーニオ・カノーヴァと結婚する』ってな」

 アントーニオはティーナのスカートのポケットをまさぐり、スマートフォンを勝手に引き出すや、それをティーナの手に握らせる。

「俺がここで見といてやる。償いたい気持ちがあるなら、今ここでガエターノに俺と結婚すると言え」
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