わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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 ――嫉妬した? そんなわけない。

 それを口にするのは簡単だとティーナは思っていたが、どうしても舌が上手く回らない。それがまるでティーナの本心を物語っているようで、ますます気恥ずかしさに耳を赤くする。

 レオンツィオの指が顎から離れたかと思うと、今度は熱を持って仕方のないティーナの耳に触れられる。くすぐったくて、ティーナはかすかに身をよじる。けれどもゆるりと耳を撫でてくるレオンツィオの手は離れない。

「……もしそうなら、男冥利に尽きるよ」

 レオンツィオの金の瞳が熱を持って弧を描いている。そのことに気づいたティーナの背筋を甘いしびれが伝って行く。こんな風に愛しいものを見る目を向けてくれるのは、レオンツィオ以外にティーナは知らない。

「あー……駄目だ」
「……?」
「キスしたい。今すぐに」

 ティーナは目を丸くしてレオンツィオを見た。レオンツィオの視線がティーナの唇に向かっているのがわかって、恥ずかしくなった。あまりにもあけすけに、ティーナを求めるから。

「……イヤ、です」

 そんなティーナを現実に引き戻したのは、レオンツィオから漂ってくる女物の香水の匂い。そのかすかな匂いがティーナの心を冷たくした。

 それでも胸は期待に震えた余韻を忘れられない。だれかに一心に求められるという状況は、ティーナには甘美なものだった。そういう「特別」なものと、ティーナはずっと縁がなかったから。だから、常人よりもきっとそういうものに惹かれてしまう。

 もしかしたら、レオンツィオの今の「特別」はその香りの主なのかもしれない。そう思うと、安堵と嫉妬で心の中がぐちゃぐちゃになって、頭がおかしくなりそうだった。

「女の人に会ってきたんでしょう」

 まるでレオンツィオをなじるような声音で、口にしたティーナ自身がおどろく。

 レオンツィオはティーナの夫候補のひとりではあるが、恋人ではない。それにティーナはレオンツィオだけは夫にするのはありえないと、そう思っていたはずなのに。

「会ってきたけど……レオナが想像しているような関係じゃないよ。誓って本当だ」
「…………」
「そもそも、もう生きてないだろうし」

 だから血のにおいが混じっていたのか、とティーナは納得する。

 それでも胸のもやもやは晴れない。このもやもやとした気持ちは、ティーナ自身に対するものだ。

 もう何度も何度も繰り返し言い聞かせてきた。レオンツィオはティーナの大切なものすべてを奪った仇敵なのだ、と。なのに、ティーナは――。

「レオナ」

 レオンツィオの指が再びティーナの顎を捉えた。強制的にレオンツィオの顔があるほうへと向かされたティーナは、彼の秀麗な容貌を見上げる。

 ティーナからすればレオンツィオにはすべてがあるように見えたし、実際にそうだとも確信している。つまり、ティーナに特別拘泥する理由はないはずだ。

「そんなにボスの座が欲しいんですか?」

 また可愛くない口を利く。

 ティーナはレオンツィオには素直になれないし、なりたくもないし、なるべきでもない……はずだ。なぜならふたりは前世で殺し合った仲なのだから。

「ボスの座よりも、私はレオナが欲しい」

 なのに、レオンツィオはまるでそんな事実などなかったかのように、軽々と線を越えてティーナの懐に潜り込もうとする。そんなレオンツィオの振る舞いはティーナには苦々しく、憎々しく映る。

 ティーナはこんなにも悩んで苦しんでいるのに、レオンツィオはまるでそんな素振りを見せない。ということは、実際に彼はすでに前世の因縁を乗り越えているのだろう。ティーナはその事実に羨望と憎悪を覚えざるを得ない。

 まるでティーナひとりが勝手に踊っているような、そんな滑稽さを感じてしまうのだ。

「……ねえ、レオナはいつ思い出したの?」
「……レオンさんと、会ったときに」
「結構最近だねえ。……それじゃあそれまではずっと、私のことなんて忘れて暮らしていたんだ」
「……普通は前世の記憶なんて持ってません」

 レオンツィオの言い方には語弊があるように感じられて、ティーナは不満を表明する。しかしレオンツィオはいつもの笑い方であっさりと流してしまった。

「私はね、レオナ。ずっと君を捜していたよ」
「……ずっと?」
「そう。それこそ物心ついたときから、ずっとね」

 レオンツィオの親指の腹が、ティーナの下唇の輪郭をなぞる。

「ずっとずっと、君を捜していた」
「……なぜですか?」
「言わないとわからない?」

 ティーナはためらいがちに無言で頷いた。

 レオンツィオはそんなティーナを見て、微笑む。

「君を、この世に存在するどんな人間よりも愛しているからだよ」
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