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レオンツィオがコーディネイトした装いをガエターノに褒められても、ティーナは素直に喜べなかった。ハタから見ればガエターノは好々爺であったが、それだけの人間ではないことをティーナはなんとなくわかっている。
なにを話したのかをもう思い出せない。ひとまず味のしない食事会であったことはたしかだ。ティーナは従順な孫娘を演じ、ガエターノはそんなティーナで満足げであった。それだけの話だ。
ティーナはときおりこのガエターノと血の繋がりがあることを不思議に思う。前世、レオンツィオとそうであったことと同じように、実感が湧かない。
しかしわざわざ呼びつけて、ティーナに「お前の夫を次のボスに」などとのたまったのだから、確実に血の繋がりはあるんだろう。どこかでこっそりと調べたに違いなく、それを考えると少々薄ら寒い思いをする。しかし、今もう考えても無駄なことだ。
レオンツィオはそんなティーナとガエターノをにこにこと笑みを浮かべて見ていた。
なにがそんなに楽しいのかティーナにはわからなかった。薄ら寒い家族ごっこに興じるティーナの姿なんて、滑稽以外の何者でもない。それが面白いのだろうかとティーナはちょっと釈然としない思いをする。
ガエターノがさりげなくレオンツィオの印象について聞いてくるのもティーナにはうんざりだった。
たしかにティーナはレオンツィオに対し、並々ならぬ感情を抱いている。しかし好意と憎悪がせめぎあうその感情は、ひとことで言い表せるものではなかった。
ティーナは「親切にしてもらっている」だとか、当たり障りのない答えを返したように記憶している。一秒でも早く食事会について忘れたいという気持ちが働いているせいか、ティーナの記憶はもうおぼろげだった。
レオンツィオの件とは別に、ティーナはガエターノの孫娘に「なった」ことについて、完全には消化し切れていない。特に「夫を選べ」と迫られていることについては。
けれどもテオコリファミリーを束ねるボスそのひとであるガエターノに反抗するだけの度胸は、ティーナにはなかった。
ガエターノそのものが恐ろしいというよりは、彼が持つ権力が恐ろしかった。ガエターノの一声でティーナなど文字通り消されることなど簡単だ。
だからティーナは従順な孫娘を演じている。いつだったかレオンツィオが言ったように、ティーナが夫を選ぶより先にガエターノの寿命が尽きないかとか、そんな不謹慎なことを考えながら。
ようやくガエターノから解放されたティーナは、行きと同じくレオンツィオの手配した車に乗り込んで帰宅することになる。レオンツィオはまだこれから「一仕事をする」とのことだった。
先日の失態で謹慎を受けているミルコの代わりに運転手を務めるのは、ティーナと同じ歳くらいに見えるアロンツォという男だ。
ミルコはティーナの取り成しもあってか、一時的に運転手役を外されたが、それは他の目を気にしてのことだからとレオンツィオには説明されていた。つまり、失態があったにもかかわらずなんの罰も受けなければ、示しがつかないということなのだろう。
メンツの問題なのだ。ティーナもかつては裏社会に身を置いていたから、そのことはよくわかるし、納得もした。代わりに充てられたアロンツォという男には、今のところ不満はない。というか、不満を抱くほど会話をしていなかった。
「アロンツォ、お嬢様のこと、よろしく頼むよ」
「は、はい!」
レオンツィオ直々に頼まれたからなのか、あるいはティーナは彼にとっては雲上人みたいなものだからなのか、アロンツォは可哀想なくらい緊張していた。
アロンツォはいつも精一杯というか、いっぱいいっぱいというか、とにかく余裕がない。レオンツィオとは対照的であったが、それは年齢によって変わるものなのか――つまり経験の差ということだ――まではティーナにはわからなかった。
レオンツィオと別れて車が動き出してからしばらく、ちらりとバックミラー越しにアロンツォを見る。彼はなぜか額に汗をびっしょりとかいていた。体調が悪いのかと不安になって、ティーナはアロンツォに声をかける。
「……どうかしましたか?」
「あっ、あのう……お嬢様……オレ、ちょ、ちょっと今日中に寄らないと行けないところを思い出して……」
具合が悪いわけではないらしい。しかしこのままではアロンツォとしては具合が悪い。そんなところだろうとティーナは見当をつける。
アロンツォがこう言うからにはファミリーのシノギにかかわることなのかもしれない。
ティーナは運転手役の首がまたすげかわるのは望ましくないと考えて、仏心を出した。しかし結果から言うとその選択は間違っていた。
これはティーナの落ち度でもあった。アロンツォは大それたことなどできないと、心のどこかで侮っていた気も――今になって思えば――する。
「お、お嬢様、暴れないで欲しいっす。オレ、銃の扱いヘタクソなんで……どっか悪いトコに当たっちまったら困るんで……」
アロンツォが向ける、ぶるぶると揺れる銃口を見て、いつだったかと同じように銃に手を伸ばそうとティーナは考えた。
けれどもそうするより先にひょろっとしたアロンツォと違い、屈強な体躯の男が後部座席のドアを開いた。二対一は単純に分が悪かったし、逃走経路を潰されたのではどうしようもできない。この車の後部右のドアは、内側からは開けないようになっているのだった。
場所は春を売る店がひしめく風俗街。ティーナがここで助けを求めに走り出したとしても、実際に助けてもらえるかは五分五分くらいの確率のような気がした。
「……どうしてこんなことを? レオンツィオが知ったら……どうなるかくらいわかりますよね?」
アロンツォの青い顔は、青を通り越して白になった。それでもアロンツォは銃をおろさないし、アロンツォの仲間と思しき屈強な男も引く気はなさそうだった。
ティーナは密かにため息をつく。今すぐ拷問されるだとか、嬲り殺しにされるとかいう気配はないものの、場所が場所だ。貞操の危機を感じざるを得ない。が、拷問されたり殺されたりするよりは幾分かマシだろう。少なくともティーナにとっては、そうだ。
いざというときは心を決めなければならない。……別に、だれかに操を立てているわけでもないし、後生大事に処女を取っておいているわけでもない――と思ったところで、ティーナの脳裏にレオンツィオの姿が浮かんだ。
しかしすぐさま頭の中をぐちゃぐちゃとさせて打ち消す。
――今考えるべきはいかにしてこの危機を潜り抜けるかであって、レオンツィオのことではない。
ティーナは己にそう言い聞かせた。
なにを話したのかをもう思い出せない。ひとまず味のしない食事会であったことはたしかだ。ティーナは従順な孫娘を演じ、ガエターノはそんなティーナで満足げであった。それだけの話だ。
ティーナはときおりこのガエターノと血の繋がりがあることを不思議に思う。前世、レオンツィオとそうであったことと同じように、実感が湧かない。
しかしわざわざ呼びつけて、ティーナに「お前の夫を次のボスに」などとのたまったのだから、確実に血の繋がりはあるんだろう。どこかでこっそりと調べたに違いなく、それを考えると少々薄ら寒い思いをする。しかし、今もう考えても無駄なことだ。
レオンツィオはそんなティーナとガエターノをにこにこと笑みを浮かべて見ていた。
なにがそんなに楽しいのかティーナにはわからなかった。薄ら寒い家族ごっこに興じるティーナの姿なんて、滑稽以外の何者でもない。それが面白いのだろうかとティーナはちょっと釈然としない思いをする。
ガエターノがさりげなくレオンツィオの印象について聞いてくるのもティーナにはうんざりだった。
たしかにティーナはレオンツィオに対し、並々ならぬ感情を抱いている。しかし好意と憎悪がせめぎあうその感情は、ひとことで言い表せるものではなかった。
ティーナは「親切にしてもらっている」だとか、当たり障りのない答えを返したように記憶している。一秒でも早く食事会について忘れたいという気持ちが働いているせいか、ティーナの記憶はもうおぼろげだった。
レオンツィオの件とは別に、ティーナはガエターノの孫娘に「なった」ことについて、完全には消化し切れていない。特に「夫を選べ」と迫られていることについては。
けれどもテオコリファミリーを束ねるボスそのひとであるガエターノに反抗するだけの度胸は、ティーナにはなかった。
ガエターノそのものが恐ろしいというよりは、彼が持つ権力が恐ろしかった。ガエターノの一声でティーナなど文字通り消されることなど簡単だ。
だからティーナは従順な孫娘を演じている。いつだったかレオンツィオが言ったように、ティーナが夫を選ぶより先にガエターノの寿命が尽きないかとか、そんな不謹慎なことを考えながら。
ようやくガエターノから解放されたティーナは、行きと同じくレオンツィオの手配した車に乗り込んで帰宅することになる。レオンツィオはまだこれから「一仕事をする」とのことだった。
先日の失態で謹慎を受けているミルコの代わりに運転手を務めるのは、ティーナと同じ歳くらいに見えるアロンツォという男だ。
ミルコはティーナの取り成しもあってか、一時的に運転手役を外されたが、それは他の目を気にしてのことだからとレオンツィオには説明されていた。つまり、失態があったにもかかわらずなんの罰も受けなければ、示しがつかないということなのだろう。
メンツの問題なのだ。ティーナもかつては裏社会に身を置いていたから、そのことはよくわかるし、納得もした。代わりに充てられたアロンツォという男には、今のところ不満はない。というか、不満を抱くほど会話をしていなかった。
「アロンツォ、お嬢様のこと、よろしく頼むよ」
「は、はい!」
レオンツィオ直々に頼まれたからなのか、あるいはティーナは彼にとっては雲上人みたいなものだからなのか、アロンツォは可哀想なくらい緊張していた。
アロンツォはいつも精一杯というか、いっぱいいっぱいというか、とにかく余裕がない。レオンツィオとは対照的であったが、それは年齢によって変わるものなのか――つまり経験の差ということだ――まではティーナにはわからなかった。
レオンツィオと別れて車が動き出してからしばらく、ちらりとバックミラー越しにアロンツォを見る。彼はなぜか額に汗をびっしょりとかいていた。体調が悪いのかと不安になって、ティーナはアロンツォに声をかける。
「……どうかしましたか?」
「あっ、あのう……お嬢様……オレ、ちょ、ちょっと今日中に寄らないと行けないところを思い出して……」
具合が悪いわけではないらしい。しかしこのままではアロンツォとしては具合が悪い。そんなところだろうとティーナは見当をつける。
アロンツォがこう言うからにはファミリーのシノギにかかわることなのかもしれない。
ティーナは運転手役の首がまたすげかわるのは望ましくないと考えて、仏心を出した。しかし結果から言うとその選択は間違っていた。
これはティーナの落ち度でもあった。アロンツォは大それたことなどできないと、心のどこかで侮っていた気も――今になって思えば――する。
「お、お嬢様、暴れないで欲しいっす。オレ、銃の扱いヘタクソなんで……どっか悪いトコに当たっちまったら困るんで……」
アロンツォが向ける、ぶるぶると揺れる銃口を見て、いつだったかと同じように銃に手を伸ばそうとティーナは考えた。
けれどもそうするより先にひょろっとしたアロンツォと違い、屈強な体躯の男が後部座席のドアを開いた。二対一は単純に分が悪かったし、逃走経路を潰されたのではどうしようもできない。この車の後部右のドアは、内側からは開けないようになっているのだった。
場所は春を売る店がひしめく風俗街。ティーナがここで助けを求めに走り出したとしても、実際に助けてもらえるかは五分五分くらいの確率のような気がした。
「……どうしてこんなことを? レオンツィオが知ったら……どうなるかくらいわかりますよね?」
アロンツォの青い顔は、青を通り越して白になった。それでもアロンツォは銃をおろさないし、アロンツォの仲間と思しき屈強な男も引く気はなさそうだった。
ティーナは密かにため息をつく。今すぐ拷問されるだとか、嬲り殺しにされるとかいう気配はないものの、場所が場所だ。貞操の危機を感じざるを得ない。が、拷問されたり殺されたりするよりは幾分かマシだろう。少なくともティーナにとっては、そうだ。
いざというときは心を決めなければならない。……別に、だれかに操を立てているわけでもないし、後生大事に処女を取っておいているわけでもない――と思ったところで、ティーナの脳裏にレオンツィオの姿が浮かんだ。
しかしすぐさま頭の中をぐちゃぐちゃとさせて打ち消す。
――今考えるべきはいかにしてこの危機を潜り抜けるかであって、レオンツィオのことではない。
ティーナは己にそう言い聞かせた。
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