わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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 打ち身のあとが引いたころ、ティーナは祖父であるガエターノに誘われ――半ば強制であることは説明しなくとも明らかだろう――普段は足を踏み入れないような高級なリストランテで食事をすることになった。

 てっきりガエターノとふたりきりであると思っていたティーナは、約束の時間のずいぶん前にやってきたレオンツィオの顔を見て少なからずおどろいた。

 そのままバイト上がりにさらわれるように連れられて、ティーナはこれまた己とは縁のないと思っていた高級ブティックのロゴ看板を見上げる。

 車中で聞かされたのは、今回の会食にレオンツィオも参加するという話だった。

 ティーナは「そんなの聞いてない」と言いそうになったが、言っても無駄だと瞬時に悟り、閉口する。

 それでもティーナとガエターノの会食に、レオンツィオが同席するのは「アリ」なのかということは気になった。ティーナの他の夫候補たちは「ズル」だと感じるかもしれない。というか、実際その通りだ。

 そういうことをレオンツィオに問えば、彼は困ったように笑って肩をすくめただけだった。

 レオンツィオはガエターノのお気に入りらしい。ただし、他の幹部からの評判はあまりよろしくないようだ。ということを真っ向からではないにせよ、「あいつだけはやめておけ」というニュアンスでティーナは数人から言われたことがある。

 もし、ガエターノが次のボスにレオンツィオを据えようとすれば、そのような評判では反対する者も出るかもしれない。しかしティーナが気に入ったとなれば、それなりに大義名分が得られるのかもしれない。

 もしティーナに子供が生まれれば、その子にボスを継がせてもいいというようなことをガエターノは言っていた。そうなればレオンツィオを、その子までの中継ぎという形で実質的なボスにもできるだろう。

 そういうような陰謀――としかティーナには表現できない――があって、ガエターノは今回の会食でレオンツィオを同席させるのかもしれなかった。

「偶然だよ。私は偶然ボスとレオナのいるリストランテに来て、ボスの好意で同席することになった。……まあ、そういうことだよ」

 そういう名分があるらしいものの、言い訳じみたその説明で何人が納得するのだろうかとティーナは疑問に思う。

 しかしまあ、たとえ不満に思っても直接言ってくるような人間はいないだろう。

 ガエターノはボスで、子飼いたちにとっては偉大な父親的存在でもある。ティーナには耄碌しかけているように映るが、その威光が健在であることに疑いを差し挟む余地はない。

 ティーナは、そんなガエターノに逆らえない。孫娘だからと言ってワガママなぞ言えない、弱い立場にある。そのことを夫候補たちがわからないわけもなかったから、ティーナに直接文句を言ったって無駄だ。

 そうなると消去法で一番なにかしら言われそうなのはレオンツィオである。しかしレオンツィオはファミリー随一の稼ぎ頭。どんな組織でも成果や結果を出している人間がやはり最も偉いのだ。

 おまけに、レオンツィオの性格的に、彼に直接文句を言うのは無駄というものだ。聞いているフリくらいはするだろうが、しかし聞き入れてくれるわけがないことは、きっとティーナ以上に彼らは知っているはずだ。

 となるとティーナのそれは、杞憂というやつなのだろう。あれこれ考えるだけ時間の無駄というやつだ。

 ティーナがそうやって悶々と考えているあいだに、会食に着て行く服をレオンツィオが選んで行く。ティーナは渡された服を無感動に試着室で身につけて、レオンツィオに披露する。

 着せ替え人形にでもなった気分だったが、しかしレオンツィオのセンスはたしかなので、ティーナは口を挟まなかった。

 どう考えたって、普段からしてオシャレに興味がないティーナが選ぶよりも、洒落者で通っているレオンツィオに任せるのが得策というものだった。

「レオナは肌が白いからダークカラーのほうが映えるね」

 などと機嫌良く言いながらレオンツィオは一枚一枚チェックする。ティーナは心を殺した。レオンツィオが納得するまでにかなりの時間がかかったが、ティーナは実時間の何倍もの時間を、体感として過ごした。

 ミッドナイトブルーの落ち着いたワンピースに決まると、そのまま今度はジュエリーショップへ連れて行かれる。

 そこでの出来事は先ほどブティックで経験したものと大体同じだった。試着するにしても今度は脱いで着て脱いで着て……という過程がなかったので、負担はそれほどでもなかった。高価なアクセサリーを試着する心理的負担は、相当なものだったが。

 ティーナはひたすら心を無にしていたので、すぐには気がつかなかったが、レオンツィオが先ほど購入したワンピースに合わせて選んだのは、アクアマリンのペンダントトップがついたネックレスだった。

 小さいながらも繊細なカットが美しいアクアマリンの輝きを見て、否が応にも思い出すのは前世のことだ。

 瞳の色に似ているからという理由で、レオンツィオはぽんとどこの輩とも知れない、小娘のティーナにそれをプレゼントしてくれた。

 孤児ゆえに正確な誕生日がわからなかったティーナは、そうやってレオンツィオからそのネックレスを貰った日を誕生日にした。レオンツィオがそうすればいいと言ってくれたから。

 そして丁寧にメンテナンスを欠かさず、いつも肌身離さず身につけていた。――あの、最期の日まで。

 そう、ティーナは捨てられなかった。ティーナの恩人であるアントーニオをレオンツィオが殺したとわかったあとでさえ、ティーナはそのネックレスを身につけて、後生大事にしていたのだ。

 しかしそんなことをレオンツィオが知るはずもない。なんだったらプレゼントしたこと自体、忘れていてもおかしくない。……しかし、ティーナは心のどこかでそれを願いながらも、そうではないだろうという確信をも持っていた。

 鏡の中のティーナは、アクアマリンのネックレスをつけて戸惑いの目を向けている。褒めそやす店員と、微笑むだけのレオンツィオに挟まれて、ティーナは無表情のまま黙り込む。

「うん。やっぱり君にはそれが似合う」

 言葉の裏を探るまでもなく、レオンツィオがあの日のことを覚えているのは確実だった。
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