わたしのアビス ~年上の無二の友人で実は父親だった仇敵が転生しても執着してくる~

やなぎ怜

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「人を探しているんです」

 いかにもお人好しそうな、純朴そうな青年――ジルドはそう言ってはにかんだ。

 近頃熱心に喫茶店に通うようになったジルド。この辺りでは見ない顔だというのはオリエッタにはすぐにわかったらしく、何度目かの来訪でカウンター席に座ったジルドに聞いたらこの返事である。

「へえ、人を」

 オリエッタはおどろくでもなく、ただ淡々とそう言う。風光明媚なこの街にはそれなりに観光客が訪れるし、そうでなくてもティーナのように田舎から出てきて働きたいという人間もそれなりに多い。

 ジルドはそんな人の出入りの激しい街へやってきた、いかにも「おのぼりさん」といった様子の青年だった。だからこそ、オリエッタも世話を焼きたくなったのだろう。

 けれどもジルドは頑なにその「探している人」については話さなかった。オリエッタもそこまで野暮ではなかったから、それ以上深入りはしなかった。

 ただその「探している人」がジルドの身内らしいことはわかった。ジルドが捜していると知れば「その人」は逃げてしまうかもしれないから、こっそりと探しているらしい。

「秘密ですよ」

 そう言ってはにかんだジルドの顔が、妙にティーナの印象に残った。

 ジルドは言ってしまえば田舎臭い青年だ。都会の荒波になんて馴染めなさそうな――もっと言ってしまえば、薄ら暗い部分のあるこの街には似つかわしくない、爽やかな笑みが似合う人間だった。

 そんな人間がわざわざ故郷を離れてこの街へ人探しに。……ジルドの言葉を額面通りに受け取るのならば、そういうことになる。疑り深いティーナは、そうは思っていなかったが、オリエッタはわからない。

「早く見つかるといいねえ」

 オリエッタの言葉にジルドは目尻を下げる。そんなジルドの横顔をティーナは冷めた目で見ていた。

 ジルドの腹に一物があることをティーナは早々に見抜いていた。具体的にどんな陰謀を彼が抱いているのかまでは、もちろんエスパーではないからティーナにはわからない。けれどもジルドが、見た目通りの人間ではないとティーナの直感は言う。

 足しげくオリエッタの店に通っているのは、なにか意図があるのか、たまたま拠点に選んだだけなのか。前者であればオリエッタに用があるのか、ティーナに用があるのか、はてまた喫茶店に通う客か……。

 推測を重ねればキリがない。しかし今のティーナにはジルドの言っていることを裏付けられるような情報網なんてものはない。レオンツィオの顔が浮かんだが、論外だ。彼に頼むのならばアルチーデに泣きつくほうがマシというものである。

 そうやってティーナが気を揉んでいるあいだにも、ジルドの「人探し」は進んでいるようだった。

「店員さんも地方から出てきたクチですか?」

 その日のジルドは珍しく浮かれているように見えた。いつもは当たり障りのない会話しかしないのに、ティーナのプライベートに踏み込むようなことを聞くのだから、恐らくはそうだろう。

「……わかりますか?」
「イントネーションがちょっと違うので……僕の田舎と近いのかな? 懐かしくなります」

 ジルドのハシバミ色の瞳に影が差したように見えた。

「そうなんですか。……それじゃあこのあと時間ありますか?」
「え? ええ、今日はもうこれくらいで切り上げようかと……」
「じゃああとで裏口まで来てくれませんか? あと一〇分でアガリなので。……ちょっと話しませんか?」
「え、ええ? いいんですか?」
「ダメでしたか……?」
「いや、あの、僕はいいんですけれども。はい……」

 ティーナがわざとらしくクスリと笑うと、ジルドは目を丸くして彼女を見上げる。

「取って食べたりはしませんよ」
「は、はい。それはわかってます」
「それじゃあ一〇分後に」
「は、はい」

 ジルドどころかオリエッタも目を丸くしてティーナを見ていた。ティーナが客を誘うだなんてありえないとでも言いたげな顔だ。

 実際にティーナは客を誘ったりはしない。逆に誘われても断る。例外的に受け入れているのは、このところ喫茶店に常駐しているファミリーの構成員の言伝や、幹部構成員の直接のお誘いくらいだろうか。

 それでもティーナから誘う、というのはオリエッタからすれば地球が引っくり返るようなものだろう。

「どういう風の吹き回しだい?」

 オリエッタに耳打ちをされても、ティーナは困ったような曖昧な笑みを浮かべて流すだけだった。

「……言えないことかい?」
「……はい」

 ティーナがそう言うと、オリエッタはそれはそれは深いため息をついたあと、「危ないことだけはしないって約束しておくれ」と告げる。

 ティーナはそれに「はい」とは答えられなかった。


「復讐したいんですか?」

 喫茶店の裏口で律儀に待っていたジルドを連れて、ティーナはこの街を一望できる展望台へと向かった。夕暮れの光がまばゆく突き刺さる中、ベンチに腰掛けて眺望を楽しむ観光客たちの背を見つめる。

「え?」

 ジルドに問いかけた言葉を、ティーナはもう一度繰り返す。

「復讐。したいんですか?」

 ジルドがティーナを見た。ティーナもジルドを見る。冷たい目をしたティーナと、どこか戸惑いに目を揺らすジルド。次に言葉を放ったのは、またティーナだった。

「ここのところ、テオコリファミリーについて嗅ぎ回っているそうですね」

 その情報をティーナにくれたのはレオンツィオの舎弟のミルコだった。

 結局ティーナはレオンツィオ……の情報網を頼った形になる。レオンツィオに忠実なミルコのことであるから、ティーナの行いはレオンツィオには筒抜けだろう。それでもレオンツィオに直接問い合わせるよりは、マシだった。

 しばらくして、ジルドの口から乾いた笑い声が漏れ出る。

「バレてるだろうなあとは思っていたけれど」
「……どうするつもりだったんですか?」
「バレても放置されるだろうとは考えていた。だからそこを突けないかなって」
「……楽観的過ぎますね」
「でも、そうするしかないとは思わない? 追い詰められたネズミの一撃は結構痛いと思うよ?」
「その隙を突いて……一矢報いようと?」
「幼馴染のかたきなんだ。――レオンツィオ・ボルディーガは」

 ティーナは一瞬だけ息を詰めた。しかしすぐになんでもないように息を吐いて、うつむくジルドの横顔を見る。

「それじゃあわたしのことも知っていたんですか?」
「ああ。この街じゃ有名みたいだね、きみ」
「それなら――」
「……それは、駄目だ。駄目なんだよ。レオンツィオ・ボルディーガと同じになる」

 ジルドはティーナの言わんとしたことを正しく察していた。

「それなら、わたしを狙えばよかったんじゃないですか?」――テオコリファミリーの身内を狙う。復讐としてはまあよくある手だ。……けれどもジルドはそれでは「駄目」なのだと言う。
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