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「本気ですか?」
ティーナは思わずそう返し、レオンツィオの正気を疑った。
「もちろん本気さ」
こともなげに返すレオンツィオの口調は、ティーナにはおどろくほど軽やかに聞こえた。本気には聞こえないその軽さに、ティーナは不愉快な気分になる。冗談であればタチが悪いし、本気にしても、そうだ。
ティーナの眉間には自然と皺が寄る。半目になってレオンツィオをねめつけるように見てしまう。
「ありえない」
吐き捨てるようにティーナは言った。
そう、「ありえない」。ティーナとレオンツィオが結婚するだなんて、正気の沙汰ではない。
ふたりのあいだには前世の因縁があり……ふたりのあいだには血の繋がりがあった。もちろんすべては前世の話。終わった話なのだ。本来であれば。
けれどもどういうわけかティーナとレオンツィオは前世の記憶を持って生まれ変わった。そうなれば前世で起こったことすべてをなかったことにして、新しい関係を築くなんて「ありえない」。
だからティーナは吐き捨てるように「ありえない」と言ったのだ。
無二の友人だと思っていて、実は父親であって、そして最期には仇敵となったレオンツィオと結婚するだなんて、ティーナからすれば悪夢そのものだった。
顔を強張らせるティーナに対し、レオンツィオは眉を下げて聞き分けのない子供に言い聞かせるような声で言う。
「それじゃあ君は私以外のだれと結婚するんだい?」
「あなた以外とだったら、だれだって地獄よりはマシです」
「地獄だなんて……ひどいなあ」
「地獄でしょう? あなただって、友人として扱っていた実の娘に発情できるほどの腐れ外道じゃないでしょう」
「……それはどうかな」
「……もしわたしに手を出せるって言うなら、本気で軽蔑します」
「あはは」
「その笑い声はどういう意味?」……ティーナはそう問いたかったが口つぐんだ。その先を聞きたくなかったからだ。
もし「手を出せる」という意味であれば先の言葉通りに軽蔑するし、「手は出せない」と言われたら――きっと落胆する。ああ、最低だ。軽蔑されるべきは己なのだ。ティーナの心の中が、またかきまぜられたようにぐちゃぐちゃになる。
結局、どちらの選択肢も今のティーナは受け入れられる状態ではない。中途半端なちゅうぶらりんのまま、左右に激しく揺れている。それが今のティーナだった。
「『白い結婚』でも私は構わないよ」
「……ガエターノは曾孫の顔を見たがっていたみたいですけれど」
「だけど、彼が天に召されるのと子供が出来るのとは、どちらが先かなんて神様にしかわからないさ。ほら、『子供は授かりもの』って言うだろう?」
「……ガエターノにいくらか恩義はあるんでしょう? よくそんなことが言えますね」
「私は可能性の話をしているだけだよ。ボスにだってそれくらいはわかるはずさ」
「わかる」ではなく「わかる『はず』」であるところにティーナは含みを感じてしまう。
レオンツィオは冷血だ。たとえガエターノにいくらかの恩義があったとしても、己の欲のためならば悠然と見捨てられるし、その手を汚すことだってできるだろう。
ティーナの前ではいつだってレオンツィオは優しい顔をしていた。しかしそれはレオンツィオが持つ顔のひとつにすぎないということを、ティーナは知ってしまったあとなのだ。
ガエターノが殺されてもきっとレオンツィオは泣かないだろうし、復讐に燃えることもないだろうし、なんだったら報復なんてものは非生産的だとすら言い放つかもしれない。レオンツィオはそういう男だ。
だからこそ、レオンツィオが穏便な手段でボスの座を手に入れるところを、ティーナは想像できない。
一方でしかし、レオンツィオがティーナの嫌がることを直接的になすとも思えなかった。……いや、そう思いたいのだ。ティーナは。
「特別扱い」は優越感をくすぐられる。常に社会の最底辺をはいずり回って生き延びていたティーナ。そんなティーナに優しく接してくれる人間は限られている。その数少ない人間がレオンツィオだった。
他人に興味がなく、冷酷なレオンツィオが優しい顔をして甘やかしてくれる。その事実は甘美であり――非常に危険なものだとティーナは感じていた。
レオンツィオが筋金入りの腐れ外道だということをティーナは知っている。
子供だからといって手をかけることに良心の呵責は一切感じないし、女を孕ませても気にも留めない。ヤクを売らせることもできるし、他人を食い物にもできる。
だれが死のうが破滅しようが、レオンツィオにとっては「どうでもいい」ことなのだ。
もしティーナがある日突然その「どうでもいい」の箱に入れられてしまったら――。そのとき、己の心がどうなってしまうのか、ティーナは考えたくなかった。
「……とにかく、お断りします」
「困ったなあ……。それじゃあレオナはだれと結婚するつもりなんだい?」
「それは……これから考えます。ガエターノの気だって、変わるかもしれないし」
「ボスは一度決めたことはよほどのことがない限り撤回したりしないよ?」
「……可能性の話をしているんです」
「あはは。そう来たか。でも私以上にレオナを愛してくれる相手なんて出てこないよ。『白馬の王子様』を夢見るような歳でもないだろう?」
どこか挑発的なレオンツィオの言葉に、ティーナは不愉快な気持ちになった。
彼の言うように、当然「白馬の王子様」だなんて非現実的な存在をティーナは期待していないし、求めてもいない。そんなものはこの世には存在しない。少なくとも、ティーナの世界には存在しない。
しかしもっともそれに近い存在を挙げるのであれば、それは――。
「……あなただけは選ばない」
ティーナはレオンツィオをにらみつけた。思ったよりも自分の声が苦しげでおどろく。未だに己の心の中でレオンツィオに対する感情がくすぶり続けているのがわかる。どうやったってその火は消せない。あの思い出は、ティーナにとっては宝石よりも価値があり、美しい日々であったから。
けれどもそれは表には出せないし、出してはいけないものだとティーナの直感が訴える。
「……へえ。そう」
レオンツィオの金の瞳が妖しくきらめいたような気がした。ティーナは心臓を掴まれたような気持ちになった。
冷徹なレオンツィオの横顔。ティーナには見せていなかった顔を、今のレオンツィオはしている。たったそれだけで、ティーナの心は激しくかき乱された。
ティーナは思わずそう返し、レオンツィオの正気を疑った。
「もちろん本気さ」
こともなげに返すレオンツィオの口調は、ティーナにはおどろくほど軽やかに聞こえた。本気には聞こえないその軽さに、ティーナは不愉快な気分になる。冗談であればタチが悪いし、本気にしても、そうだ。
ティーナの眉間には自然と皺が寄る。半目になってレオンツィオをねめつけるように見てしまう。
「ありえない」
吐き捨てるようにティーナは言った。
そう、「ありえない」。ティーナとレオンツィオが結婚するだなんて、正気の沙汰ではない。
ふたりのあいだには前世の因縁があり……ふたりのあいだには血の繋がりがあった。もちろんすべては前世の話。終わった話なのだ。本来であれば。
けれどもどういうわけかティーナとレオンツィオは前世の記憶を持って生まれ変わった。そうなれば前世で起こったことすべてをなかったことにして、新しい関係を築くなんて「ありえない」。
だからティーナは吐き捨てるように「ありえない」と言ったのだ。
無二の友人だと思っていて、実は父親であって、そして最期には仇敵となったレオンツィオと結婚するだなんて、ティーナからすれば悪夢そのものだった。
顔を強張らせるティーナに対し、レオンツィオは眉を下げて聞き分けのない子供に言い聞かせるような声で言う。
「それじゃあ君は私以外のだれと結婚するんだい?」
「あなた以外とだったら、だれだって地獄よりはマシです」
「地獄だなんて……ひどいなあ」
「地獄でしょう? あなただって、友人として扱っていた実の娘に発情できるほどの腐れ外道じゃないでしょう」
「……それはどうかな」
「……もしわたしに手を出せるって言うなら、本気で軽蔑します」
「あはは」
「その笑い声はどういう意味?」……ティーナはそう問いたかったが口つぐんだ。その先を聞きたくなかったからだ。
もし「手を出せる」という意味であれば先の言葉通りに軽蔑するし、「手は出せない」と言われたら――きっと落胆する。ああ、最低だ。軽蔑されるべきは己なのだ。ティーナの心の中が、またかきまぜられたようにぐちゃぐちゃになる。
結局、どちらの選択肢も今のティーナは受け入れられる状態ではない。中途半端なちゅうぶらりんのまま、左右に激しく揺れている。それが今のティーナだった。
「『白い結婚』でも私は構わないよ」
「……ガエターノは曾孫の顔を見たがっていたみたいですけれど」
「だけど、彼が天に召されるのと子供が出来るのとは、どちらが先かなんて神様にしかわからないさ。ほら、『子供は授かりもの』って言うだろう?」
「……ガエターノにいくらか恩義はあるんでしょう? よくそんなことが言えますね」
「私は可能性の話をしているだけだよ。ボスにだってそれくらいはわかるはずさ」
「わかる」ではなく「わかる『はず』」であるところにティーナは含みを感じてしまう。
レオンツィオは冷血だ。たとえガエターノにいくらかの恩義があったとしても、己の欲のためならば悠然と見捨てられるし、その手を汚すことだってできるだろう。
ティーナの前ではいつだってレオンツィオは優しい顔をしていた。しかしそれはレオンツィオが持つ顔のひとつにすぎないということを、ティーナは知ってしまったあとなのだ。
ガエターノが殺されてもきっとレオンツィオは泣かないだろうし、復讐に燃えることもないだろうし、なんだったら報復なんてものは非生産的だとすら言い放つかもしれない。レオンツィオはそういう男だ。
だからこそ、レオンツィオが穏便な手段でボスの座を手に入れるところを、ティーナは想像できない。
一方でしかし、レオンツィオがティーナの嫌がることを直接的になすとも思えなかった。……いや、そう思いたいのだ。ティーナは。
「特別扱い」は優越感をくすぐられる。常に社会の最底辺をはいずり回って生き延びていたティーナ。そんなティーナに優しく接してくれる人間は限られている。その数少ない人間がレオンツィオだった。
他人に興味がなく、冷酷なレオンツィオが優しい顔をして甘やかしてくれる。その事実は甘美であり――非常に危険なものだとティーナは感じていた。
レオンツィオが筋金入りの腐れ外道だということをティーナは知っている。
子供だからといって手をかけることに良心の呵責は一切感じないし、女を孕ませても気にも留めない。ヤクを売らせることもできるし、他人を食い物にもできる。
だれが死のうが破滅しようが、レオンツィオにとっては「どうでもいい」ことなのだ。
もしティーナがある日突然その「どうでもいい」の箱に入れられてしまったら――。そのとき、己の心がどうなってしまうのか、ティーナは考えたくなかった。
「……とにかく、お断りします」
「困ったなあ……。それじゃあレオナはだれと結婚するつもりなんだい?」
「それは……これから考えます。ガエターノの気だって、変わるかもしれないし」
「ボスは一度決めたことはよほどのことがない限り撤回したりしないよ?」
「……可能性の話をしているんです」
「あはは。そう来たか。でも私以上にレオナを愛してくれる相手なんて出てこないよ。『白馬の王子様』を夢見るような歳でもないだろう?」
どこか挑発的なレオンツィオの言葉に、ティーナは不愉快な気持ちになった。
彼の言うように、当然「白馬の王子様」だなんて非現実的な存在をティーナは期待していないし、求めてもいない。そんなものはこの世には存在しない。少なくとも、ティーナの世界には存在しない。
しかしもっともそれに近い存在を挙げるのであれば、それは――。
「……あなただけは選ばない」
ティーナはレオンツィオをにらみつけた。思ったよりも自分の声が苦しげでおどろく。未だに己の心の中でレオンツィオに対する感情がくすぶり続けているのがわかる。どうやったってその火は消せない。あの思い出は、ティーナにとっては宝石よりも価値があり、美しい日々であったから。
けれどもそれは表には出せないし、出してはいけないものだとティーナの直感が訴える。
「……へえ。そう」
レオンツィオの金の瞳が妖しくきらめいたような気がした。ティーナは心臓を掴まれたような気持ちになった。
冷徹なレオンツィオの横顔。ティーナには見せていなかった顔を、今のレオンツィオはしている。たったそれだけで、ティーナの心は激しくかき乱された。
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