魔宮

やなぎ怜

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 間宮を強姦する。

 繰り返しそんな妄想をしているうちに、一宏はたまらなくなった。なってしまった。

 しまいには、間宮は兄と性交するような淫乱な人間なのだからという、言い訳になっていない言い訳までもが、一宏の脳内では定番化した。

 反復された妄想はどうしようもなく一宏の犯罪へのハードルを下げ、倫理観を麻痺させる。

 異常な思考が一宏の頭を占拠し、妄想を現実化せんと彼を突き動かす。

 大丈夫。なぜか一宏の脳はそう思考する。根拠のない自信が、一宏を現実的な行動へと導いて行く。

 まずは間宮を呼び出さなければならない。

 一宏はそう考えて、どうやって間宮を誘き出すか考えた。

 手紙はどうだろう? 筆跡でわからないように家のプリンターを使う。

 電話はどうだろう? なにをしゃべったかなんて記録には残らない。

 一番現実的で、怪しまれないのはチャットアプリだろうか? テキストデータは残るが、脅迫とは取れないような文言にしていまえばいい。

 結局、悩みに悩んで一宏はもっとも手軽なチャットアプリでメッセージを送ることにした。

 第三者が見たときにはなにがなんだかわからないような文章で、しかし間宮には致命的な文言――

『話があるんだけど、放課後教室にひとりで残ってくれないかな? この前家に行ったときに気になったことがあって。お兄さんのことなんだけど』

 無駄に長くなってしまったと思いつつ、必要な情報はすべて入れることができた、と一宏はひとり満足する。

 メッセージを送信するのは決行の日の昼休みが終わりに近づいてからにした。

 間宮が直接こちらになにかを聞きにくるというような事態を避けるために、メッセージを送るのはギリギリにしたのだ。

 昼休みの終わりを告げるチャイムがスピーカーから流れた。教室に散っていた生徒たちがぞろぞろと自席に戻って行く。

 一宏は、ドキドキと心拍数を速めながらメッセージを送信した。間宮のスマートフォンが震える。間宮がスマートフォンを見る。

 間宮の綺麗な横顔を眺める。その顔に表情はなく、動揺は感じられなかった。

 一宏は心の中で落胆し、舌打ちすらした。けれども一方で、間宮がこちらへ視線をやるようなことがなくて良かった、とも思った。

 一宏の頭の中は間宮を犯すことでいっぱいだったが、一方でまだ、失敗することへの恐怖が足を引っ張っていた。

 万が一にでも失敗に終われば、当たり前だが一宏は破滅してしまうだろう。

 教師の信頼も厚い優等生の間宮と、多くの生徒の中に埋没している、さして特徴のない一宏。

 どちらの言が信用されるかなど、一目瞭然であった。

 間宮が泣き寝入りする可能性も頭にはあったが、やはり破滅する妄想のほうが一宏にとってはリアリティがあった。

 それでも一宏はもうどうしようもなくなっていた。

 なにが自分をそれほどまでに突き動かしているのか、その正体を知らぬまま一宏は疾走しているも同然だった。

 間宮を強姦する。

 美しい間宮の穴を犯してそこで射精する。

 それは、なにがなんでも成し遂げなければならないような、そんな気すらしていた。

 授業中も間宮をどうやって犯すかで頭がいっぱいだった一宏は、ホームルームを迎える前のわずかな時間にトイレに駆け込んで一発抜かなければならないありさまだった。

 いよいよ、ずっと繰り返してきた妄想を実行するときがきたのだ。

 そう思うとどうしようもなく精神は昂ぶって、心臓はバクバクと鼓動を打ち、熱いような寒いような、不思議な気分に陥った。

 部活や帰路へと向かう生徒の波に乗って、通学鞄を肩にかけたままごく自然に男子トイレへと足を踏み入れる。

 個室トイレに入って、そこで生徒の波が引けるのを待った。

 便座に座っているあいだに、することもないので通学鞄の中身を確認する。

 近くのホームセンターで買ったばかりのカッターナイフとナイロンロープ。それからネット通販で買ったアナル向けローションをなんとはなしに眺める。

 カッターナイフとロープは間宮が抵抗するような様子を見せたら使うつもりだった。

 アナル向けローションは男同士でのセックスについて調べていて、初めて存在を知った。

 ローションはたぶん、必要になるだろうと思って買ったものである。

 一宏の妄想の中ではいつもローションなどというものは使わなかったが、現実はそうは行かないことくらいはわかる。

 生徒のざわめきが遠くなったことを感じた一宏は、通学鞄を個室に置いたまま、トイレの出入り口の扉を押した。

 廊下を覗き見れば、先ほどまであふれていた生徒の姿はすっかり引けている。

 トイレを出て、教室へと歩いて行く。心臓は相変わらず早鐘を打っていた。

「間宮」

 日が落ちかけて陰った教室には、間宮がいた。他にクラスメイトはいない。

 間宮は、自分の席に座ったまま、じっと前方に掲げられた黒板を見ていた。どこか、ぼんやりとしている風にも見える。

 一宏が声をかけると、間宮にいつもの表情が戻る。

「用があるって……」

 けれども、どこか不安そうな色を隠せてはいない。

 それを見るだけで、一宏は自身が昂ぶるのを感じた。

 間宮がすでに自分の手の内にあるような、手のひらで転がせているような感覚。

 それは間違いなく優越感であり、支配欲であった。

「うん。間宮に聞きたいことがあるんだけど、他の人に聞かれたくないから、トイレにきてくれないかな」
「えっ……」

 間宮の目が泳いだ。

 予想外の言葉に動揺しているようだ。

 どうするべきか、その頭を回転させて考えている。

 そういう間宮の心の動きが、一宏には手に取るようにわかった。

「お兄さんのこと……聞かれてもいいならここでもいいけど?」

 一宏は少しだけすごむように、声をひそめた。

 効果は覿面で、さっと間宮の顔色が悪くなる。

 それから間宮は観念したように目を伏せて、イスから立ち上がり、机の横にかけていた通学鞄を手に取った。

「鍵……かけないといけないから、待っててくれる?」
「わかった」

 そう言って教室の鍵を取り出した間宮は、一宏とともに廊下へと出て、前部と後部にある扉を施錠する。

 そのあいだ、ふたりのあいだに会話はなかった。

 一宏は今のところこれ以上、脅迫する必要性を感じなかったし、間宮は間宮でなにを切り出されるのかわかっていたのだろう。

 今の間宮は、俎上の魚も同じだった。

 一宏の後ろを間宮がついて行って、ふたりは男子トイレに入った。

 ふたり以外に、だれかがいる気配はない。

 そのことに一宏はそっと胸を撫で下ろす。

「その……話って」

 トイレの出入り口の軽い扉が音もなく閉まる。

 それと同時に間宮は一宏に用向きを問い質そうとした。

 けれども、一宏の目的の場所はまだここではない。トイレの個室だ。

「だれかきたら困るし、こっち入って」

 そう言って個室を指し示せば、間宮はまたわかりやすくためらいを見せる。

 なかなか行動に移そうとしない間宮に、一宏はいらだちを覚えた。

「それとも……バラされたいの?」
「……なんのこと?」

 間宮は一宏の顔をまっすぐに見ていた。そこには先ほどまでの動揺は見えないように隠されている。

 凛としていて美しい間宮の顔。なにもうしろめたいことなどないとでも言いたげな強い目。

 それが一宏の気に障った。

「っ! なに……?!」

 一宏は、気がつけば間宮の股間をわしづかみにしていた。

 間宮はそんな突拍子のない一宏の行動に、目を丸くさせて、怯えた視線を見せる。

 当たり前だ。単なるクラスメイトとしか思っていない相手に、いきなり急所を握られたのだ。おどろかないほうが無理である。

 一宏はそんな間宮の反応に舌なめずりしそうになるのをこらえ、やわやわと彼の陰嚢をスラックス越しにいやらしく揉み上げた。

「お兄さんとセックスしてアンアン言ってたよな?」

 間宮の顔が曇った。柳眉を寄せて、少し苦しそうな表情で一宏を見ている。

「やめて……」
「質問に答えたらやめてあげてもいいよ」
「……知らない」
「ウソ言うな」
「っう……!」

 ぎゅっと間宮の陰茎を布越しにつかめば、彼は一瞬だけ苦しそうな声を漏らし、目を細めた。

 そんな間宮の反応に、一宏の嗜虐心に火がつく。

「みんなの人気者で女子からもモテて、先生からも信頼されて――なのにそんな間宮が近親相姦野郎だなんて知られたら、どうなるんだろうね? しかも相手は兄で、間宮は女役だなんてさ」
「…………」
「お兄さんにちんこ突っ込まれて喜んでたよね。中出ししてえ~って言ってたよね?」
「……知ら、ない……」
「僕は本当のことしか言ってないよ。ウソ言ってるのは間宮だよ?」
「――本当に……」
「……写真撮ってるんだよね。あのときの」
「――え?」

 間宮の目が見開かれる。

 写真がある。それは、一宏のウソだった。

 あのとき一宏は単に目撃しただけで逃げ帰ったので、当然写真という形での証拠を手にしてなどいない。

 つまり、口からでまかせを言った形になるのだが、しかし間宮はそれを見抜けなかったようだ。

 写真。その単語を聞いただけで、間宮の顔色はみるみる悪くなった。

 それを見て、一宏は勝利を確信した。

 今のところ間宮への確実な脅迫の材料はないが、それは今から作ればいい。

「――ウソ」
「ウソじゃないよ」
「そんな……」
「認めるなら消すこと考えてもいいかな」
「認める、って……」
「『男のちんぽ大好きです』ってさ」
「っ……!」

 間宮は顔をしかめて一宏から目をそむけた。

 間宮はもはや一宏の手の内だった。

 一宏の手の中で、一宏が望むように踊るしかない。

 それしか道は残されていないのだ。

 ――本当は、写真絶対的な証拠などないわけなのだが。

「おっ……」

 目を伏せたまま、間宮は口を開いた。

「おとこの……ち……」
「声小さいなあ。ちゃんと言えないの?」

 一宏の言葉に、間宮の頬が赤く染まった。

 一宏がまた間宮の急所をにぎる手に力を入れると、びくりと間宮の肩が震える。

「――それとも、僕にこういうことされてるの、楽しんでる?」
「た、楽しいわけ――」
「じゃあちゃんと言おうよ。言わないと離さないよ?」
「…………」

 間宮はぎゅっと唇を噛んだあと、しぶしぶといった風に再び口を開いた。

「……おとこの……ち、ちんぽ、だい……すき、です……」
「……うーん……。まあいいか……」

 一宏がそう言うと、顔を真っ赤にした間宮の肩から少しだけ力が抜けたようだった。

 ほっとした顔をする間宮に、一宏は口元がにやけるのを抑えられない。

 だれからも好かれる間宮。その間宮の弱みを握っている一宏。

 ずっとだれかに勝っているという感覚を味わったことない一宏が、初めて味わう強烈な優越感は、実に甘美な快楽を彼にもたらした。

 それは一宏の心を、体を、昂ぶらせる。

「それじゃ、そこの個室に入ってよ」
「え?」
「男のちんぽ大好きなんでしょ? 僕のちんぽもハメさせてよ」
「そ、そんな……そ、それは市井くんが言わせて――」
「――バラされてもいいの?」

 間宮が再び目を伏せた。

 屈辱に耐えるように、唇をぎゅっと噛んでいる。

「大丈夫だよ、ハメられるのお兄さんで慣れてるでしょ?」

 間宮の股間から手を離す。

 一宏はそのまま間宮の華奢な手を引いた。

 しかし間宮は抵抗しなかった。

 狭い個室トイレにふたりで足を踏み入れる。

 間宮の絶望を表すように、トイレの扉が嫌な音を立てて閉まった。
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