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芙美花視点(おまけ)
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「それでそれで?」
興味津々に聞いてくるのは芙美花と同じ“新米魔女”の薔子だった。ゆるくウェーブしたダークブラウンのロングヘアーが似合う、凛とした美貌の元会社員。芙美花より年上であるからか、薔子はまだ一七歳である芙美花を気にかけてくれる。
……とは言え、今の薔子は好奇心に目を輝かせていた。古今東西、恋の話は人を惹きつける一定の効果がある。薔子も、ご多分に漏れず芙美花の恋の行方が気になるようであった。
「えっと……そ、そんなに話すことはないって言いますか……」
「秘密にしておきたいのね? オッケーわかった」
「べ、別に隠したいわけでもないと言いますか……」
しどろもどろになる芙美花を見て、薔子は至極楽しげに「ふふ」と笑う。微笑ましいものを見る目でみられている、という状況は芙美花を気恥ずかしい気持ちにさせるにはじゅうぶんだった。
「しょ、薔子さんは? どうですか?」
「えー? 私ー? 私はフツーよ、フツー。ノイさんって恥ずかしがり屋だから、そんなすぐに進展するもんじゃないの」
薔子の執事である野茨のことは、当然芙美花も見知っている。竹を割ったような、さっぱりとした性格の薔子に対し、野茨は柔和な言動が人を安心させる、そんな執事だ。
一見すれば薔子と野茨は水と油にも思える。あまりにもタイプが違いすぎるのだ。けれども薔子は野茨のことをことのほか愛している。
「だってノイさん、ぜんっぜん私の愛の言葉を信じてくれないんだよ。ひどくない?」
薔子はそう唇を尖らせて愚痴をこぼす。しかしその口調にうんざりした調子はなく、むしろ絶対に逃がすつもりはないという、肉食獣のような決意がみなぎっていた。
「ノイさんにはもっと自信を持って欲しいんだけど……」
薔子は「ハア」とため息をつく。野茨が薔子の言葉を信じられないのは、恐らく彼がこの世界では見るに堪えないブサイクであるからだろう。過去に虐げられてきたがゆえに、他人を信用しきれないのかもしれない。あるいは、美人の薔子に気後れしているか。両方、可能性はありそうだった。
「ムーさんもノイさんも、この世界じゃブサイク扱いですからね……。B専とか言われても、わけがわからないって顔されましたし」
「この世界にも絶対B専はいると思うけどね。あるいは、容姿なんて気にならないっていう人間も。ただ会う機会がなかっただけで」
「……わたしたちってB専ってことになってるんですよね」
芙美花は“お披露目”の日のことを思い出す。「そうね」。薔子はこともなげに言った。
芙美花の「わたしB専なんです」宣言は瞬く間に社交界を駆け巡り、一週間が経った現在ではすっかりだれもが知る情報となっていた。芙美花はそれを訂正することはない。どう言いつくろうと、木槿を愛している時点で、外から見る人間からすれば芙美花はB専なのである。
そして、なぜか薔子や他の“新米魔女”も「わたしB専なんです」宣言をしていた。
「いいじゃない? そのほうが色仕掛けをしようっていう『イケメン』も寄ってこないだろうし」
「まあ……そう、ですけど」
芙美花の宣言が飛び火したような形だ。けれども異世界に骨をうずめてやろうと覚悟を決めている“新米魔女”たちには、そんな火の粉すらも利用するだけの度胸が備わっているのかもしれない。
「『執事』を腐されてムカムカしてた“魔女”は多いってことでしょ。私はむしろ助かったな」
「でも思い出すと『あー』って叫びたくなります」
「いいじゃない。芙美花ちゃんはまだ一七なんだから。私がやってたらその比じゃないほど大惨事よ~。それに、理解してくれるひともいたでしょ?」
「……ええ、まあ」
“お披露目”での失態を謝罪する手紙を送れば、薔子の言う通り優しい言葉をかけてくれるひともいた。それはうわべだけのものかもしれないが、少なくとも芙美花に悪意をぶつけてやろうという、あからさまな態度ではないだけありがたかった。
「魔女さんも笑って許してくれたし。いいじゃない。ムーさんとも距離が縮まって?」
「う……」
芙美花は再び“お披露目”の日のことを思い出した。手の甲に口づけを送られたことを。そのときの柔らかな感触を。それだけで顔に熱が集まってしまう。
「うらやましいわ~。私もノイさんにキスされたーい」
「……きっと、薔子さんの思いは届いていると思いますよ。あとはノイさんがそれを受け入れるかどうか、ですけれども」
「まあ、急がずに頑張って行くわ。今一緒にいられるだけで奇跡みたいなものだし。それが叶っている時点で、私ってすごくツイてるから」
前向きな薔子の言葉に、芙美花もわかりやすく感化される。
「『奇跡みたいなもの』……。そう、ですよね」
「そうそう。だからお互い頑張りましょ? 恋も魔法も欲張りに叶えましょうよ。くよくよしている暇なんてないって」
「はい」
失敗したとしても、挽回すればいい。芙美花はまだそれが許されている。そしてゆくゆくは、胸を張れるような、誇ってもらえるような、“魔女”に。
「私にはノイさんが、芙美花ちゃんにはムーさんがいる。百人力じゃ収まらないほどパワーが貰える私たちだから、大丈夫」
薔子は気軽い調子だったが、今日はずっと彼女なりに慰めてくれていたのだと芙美花は気づいて、ありがたく思った。
「ありがとうございます」。芙美花がそう言えば、薔子は目を細めて笑ってくれた。気持ちが軽くなったので、今すぐ屋敷へ帰って木槿の顔を見たくなった。そう言えば、木槿はどんな顔をするだろう? 芙美花はそんなことを考えながら、ティーカップに口をつけた。
興味津々に聞いてくるのは芙美花と同じ“新米魔女”の薔子だった。ゆるくウェーブしたダークブラウンのロングヘアーが似合う、凛とした美貌の元会社員。芙美花より年上であるからか、薔子はまだ一七歳である芙美花を気にかけてくれる。
……とは言え、今の薔子は好奇心に目を輝かせていた。古今東西、恋の話は人を惹きつける一定の効果がある。薔子も、ご多分に漏れず芙美花の恋の行方が気になるようであった。
「えっと……そ、そんなに話すことはないって言いますか……」
「秘密にしておきたいのね? オッケーわかった」
「べ、別に隠したいわけでもないと言いますか……」
しどろもどろになる芙美花を見て、薔子は至極楽しげに「ふふ」と笑う。微笑ましいものを見る目でみられている、という状況は芙美花を気恥ずかしい気持ちにさせるにはじゅうぶんだった。
「しょ、薔子さんは? どうですか?」
「えー? 私ー? 私はフツーよ、フツー。ノイさんって恥ずかしがり屋だから、そんなすぐに進展するもんじゃないの」
薔子の執事である野茨のことは、当然芙美花も見知っている。竹を割ったような、さっぱりとした性格の薔子に対し、野茨は柔和な言動が人を安心させる、そんな執事だ。
一見すれば薔子と野茨は水と油にも思える。あまりにもタイプが違いすぎるのだ。けれども薔子は野茨のことをことのほか愛している。
「だってノイさん、ぜんっぜん私の愛の言葉を信じてくれないんだよ。ひどくない?」
薔子はそう唇を尖らせて愚痴をこぼす。しかしその口調にうんざりした調子はなく、むしろ絶対に逃がすつもりはないという、肉食獣のような決意がみなぎっていた。
「ノイさんにはもっと自信を持って欲しいんだけど……」
薔子は「ハア」とため息をつく。野茨が薔子の言葉を信じられないのは、恐らく彼がこの世界では見るに堪えないブサイクであるからだろう。過去に虐げられてきたがゆえに、他人を信用しきれないのかもしれない。あるいは、美人の薔子に気後れしているか。両方、可能性はありそうだった。
「ムーさんもノイさんも、この世界じゃブサイク扱いですからね……。B専とか言われても、わけがわからないって顔されましたし」
「この世界にも絶対B専はいると思うけどね。あるいは、容姿なんて気にならないっていう人間も。ただ会う機会がなかっただけで」
「……わたしたちってB専ってことになってるんですよね」
芙美花は“お披露目”の日のことを思い出す。「そうね」。薔子はこともなげに言った。
芙美花の「わたしB専なんです」宣言は瞬く間に社交界を駆け巡り、一週間が経った現在ではすっかりだれもが知る情報となっていた。芙美花はそれを訂正することはない。どう言いつくろうと、木槿を愛している時点で、外から見る人間からすれば芙美花はB専なのである。
そして、なぜか薔子や他の“新米魔女”も「わたしB専なんです」宣言をしていた。
「いいじゃない? そのほうが色仕掛けをしようっていう『イケメン』も寄ってこないだろうし」
「まあ……そう、ですけど」
芙美花の宣言が飛び火したような形だ。けれども異世界に骨をうずめてやろうと覚悟を決めている“新米魔女”たちには、そんな火の粉すらも利用するだけの度胸が備わっているのかもしれない。
「『執事』を腐されてムカムカしてた“魔女”は多いってことでしょ。私はむしろ助かったな」
「でも思い出すと『あー』って叫びたくなります」
「いいじゃない。芙美花ちゃんはまだ一七なんだから。私がやってたらその比じゃないほど大惨事よ~。それに、理解してくれるひともいたでしょ?」
「……ええ、まあ」
“お披露目”での失態を謝罪する手紙を送れば、薔子の言う通り優しい言葉をかけてくれるひともいた。それはうわべだけのものかもしれないが、少なくとも芙美花に悪意をぶつけてやろうという、あからさまな態度ではないだけありがたかった。
「魔女さんも笑って許してくれたし。いいじゃない。ムーさんとも距離が縮まって?」
「う……」
芙美花は再び“お披露目”の日のことを思い出した。手の甲に口づけを送られたことを。そのときの柔らかな感触を。それだけで顔に熱が集まってしまう。
「うらやましいわ~。私もノイさんにキスされたーい」
「……きっと、薔子さんの思いは届いていると思いますよ。あとはノイさんがそれを受け入れるかどうか、ですけれども」
「まあ、急がずに頑張って行くわ。今一緒にいられるだけで奇跡みたいなものだし。それが叶っている時点で、私ってすごくツイてるから」
前向きな薔子の言葉に、芙美花もわかりやすく感化される。
「『奇跡みたいなもの』……。そう、ですよね」
「そうそう。だからお互い頑張りましょ? 恋も魔法も欲張りに叶えましょうよ。くよくよしている暇なんてないって」
「はい」
失敗したとしても、挽回すればいい。芙美花はまだそれが許されている。そしてゆくゆくは、胸を張れるような、誇ってもらえるような、“魔女”に。
「私にはノイさんが、芙美花ちゃんにはムーさんがいる。百人力じゃ収まらないほどパワーが貰える私たちだから、大丈夫」
薔子は気軽い調子だったが、今日はずっと彼女なりに慰めてくれていたのだと芙美花は気づいて、ありがたく思った。
「ありがとうございます」。芙美花がそう言えば、薔子は目を細めて笑ってくれた。気持ちが軽くなったので、今すぐ屋敷へ帰って木槿の顔を見たくなった。そう言えば、木槿はどんな顔をするだろう? 芙美花はそんなことを考えながら、ティーカップに口をつけた。
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