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 異世界へ拉致されて、学園へ通うことになって、頼れる人もいなくて右も左もわからない……。そんなとき、ユーインに図書室で助けてもらったから、簡単に好きになってしまった。これは運命だと思った。

 けれどもユーインにはすでに私というパートナーがいた。華子からすれば「よりにもよって」という感じだろう。

 そこへユーインに「死んでもお断り」と言われたこと、カッとなって魔法を使い、その件で罰則を受けたことで怒りを燃やして腹いせにネックレスを奪った……。

 しかし私にGlareを使われて嘔吐した上、殴られたことで思うところがあったらしい。

 ……私は、そこまでされなければ己の言動を疑問にも思うことがないのか、と今さらながらに両親の教育に対してゾッと肝を冷やす。

「それでユーインが……わたしのこと『当たり前のこともわからない』って言ってたの思い出して……わたしってそんなにバカなのかなあ、ダメなのかなあって思った。だからパパとママも――」
「……あんたはバカでダメダメだけど。いったん、あいつら……両親のことは忘れな。それともバカでダメなのはあいつらのせいにする? まあ、実際あんたがそうなったのはあいつらのせい。でも、あいつらのせいにしたまんま止まったんじゃ、あんたはバカでダメなままだよ」

 華子は泣きそうな顔をする。けれども私の心はミリも動かなかった。

 華子は私のGlareとパンチでショック療法的に真人間に目覚めかけている。これはチャンスだった。ここで華子が改心すれば、私はもう彼女の自己中心的で上から目線な言動に悩まされなくていいことになる。

 そして、それは華子自身のためにもなるはずだ。

 華子は私の言葉にゆっくりと首を左右に振った。

「パパとママのせいにしない。だからどうすればいいか……教えてください。お願いします」

 そしてまたゆっくりと、しかし深々と私に向かって頭を下げた。

 私はまず、華子が物を頼めることにもおどろいたし、その際に頭を下げるという作法を知っていたことにもおどろいた。

 元の世界での華子には、そのどれもが必要なかった。両親に頼めば魔法のようになんでも叶えてもらえていたからだ。世界の中心は華子で、そのほか有象無象は華子にひれ伏す存在だった。……少なくとも華子はそう思っていたはずだ。

「……わかった。でも、教えるのは一回だけだし、教えたらあとはあんたがどうにかして。私は一切助けない。どうにかするのはあんたがやらなきゃいけないことだから」
「……うん」
「それから、あんたが仮にバカでダメじゃなくなっても、私はあんたを許したりはしない。この先一生ね。……わかったら、スマホ出してメモして」

 華子はまなじりに浮かんでいた涙をぬぐうと、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。

 そんな華子を見て、私は初めて心底彼女を哀れに思った。

「華子は天使なのよっ!」

 母親のヒステリックな声を思い出す。両親はよく華子を天使にたとえていた。

 両親にとって――華子はひとりの「人間」じゃなかったんだろう。

 私も華子も、マトモな両親の元に生まれていれば、こんな異世界でも仲良くできたのかもしれない。

 けれどもそうはならなかった。だから私はこの先一生華子を許さない。許せない。

 だからこれは餞別みたいなものだ。華子と私はまったく親しくしていなかったけれど。

 これから先、華子がどうなるのかはわからない。更生できるのか、できないのか。けれども私の人生には関係のない話だ。


 *


「……とまあ、華子とは話をつけたからしばらくは大人しいと思うよ」

 授業から解放された生徒たちがおしゃべりに興じる放課後のカフェテリア。四人は神妙な顔をしてことの結末を聞き届けた。

 今のところ華子は私からのダメ出しとアドバイスをメモした通りに、真面目に生活を送っているようだった。これからどうなるかは彼女次第だが、しばらく私たちの周囲に現れることはないだろう。

「ごめんなさい」「ありがとうございます」……最後に交わした華子との言葉を思い出す。あの様子が続くならば大丈夫だろうが、果たして。

「いやー、それにしても私はあんな風にならなくてよかったよ。更生するとなると大変だし」

 四人それぞれが私をねぎらったり心配したりする言葉がひと段落したあと、ちょっと湿っぽくなってしまった空気を吹き飛ばしたくて、冗談めかして言う。

 その言葉にエイブラムが反応した。

「ヒメコはあの彼女と同じ家で育ったのに、まったく毒されていないよね」

 それが「すごいことだ」とでも言いたげなエイブラムの目を見て、私は早々に種明かしをする。

「私も相当ウザい性格だったよ。卑屈で後ろ向きで自信がなくて。学校でイジメられなかったのが奇跡なくらい」
「ええっ」
「今のヒメコからはまったく想像がつかない……」
「……でもそこから今のヒメコになれたんでしょ? それはスゴイよ」
「あーうん……でもそれは『自分でどうにかしよう!』って思った結果じゃなくて……恋のお陰? かな」
「――恋?!」

 四人が同時に声を上げたので私はおどろいた。幸い、放課後のカフェテリアは騒々しさに満ちていたため、周囲の迷惑にはならなかったが。

「ど、どういうこと?」

 アダムの問いに、私はそんなにも「恋で変わった」ことが意外なのかと不思議に思う。……まあ、四人の前では私はどちらかと言えばクールを装って格好つけをしている。だから意外に思ったのかもしれない。

「シモの話になるんだけど」と前置きをして話す。

「元の世界にいたときに彼氏と付き合って流れでその……致したときにすっごい優しくされて……で、そのあとで『こんなにも自分のことを愛してくれる人がいるのに、なんで今自分を愛してくれない人のところでうじうじしてるんだろう』って思ったら、その状況がバカバカしくなっちゃってさ。それまで『デモデモダッテちゃん』って感じだったけれど吹っ切れて。で、家を出る準備をするようになって、それからは知っての通り異世界こっちに来たってわけ」
「ってことはヒメコは元の世界に恋人が」
「あー別れたから。私の家庭環境ぶっちゃけたら怖気づいたのか逃げちゃってさ。自然消滅」

 その当時はそれなりにショックだったが、家を出るという目標ができたこともあってすぐに吹っ切れたことを覚えている。

 四人は私に元の世界の恋人がいないことを知ったからなのか、それぞれ大小のため息をついていた。

 しかし、息を吐いたあと私を見る四人の目は、どこかギラギラと妖しい炎が宿っていて――。

「俺はヒメコがどんな家庭で育ったかはどうでもいいと思ってるからな」
「ぼくも。今後ハナコがなにをしてきてもヒメコの支えになりたい」
「僕はヒメコに忘れられたくないので、一生の相手になれるよう努力する」
「薄情な元カレなんて思い出せないくらい愛するね♡」

 ……その点った火のが少々大変だったことは、あまり語りたくない……。

 体がひとつしかないというのは、大変だ!
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