10 / 11
(10)
しおりを挟む
華子に対する暴力行為はハタから見れば過剰反応だろう。Subに贈ったCollar代わりのネックレスを奪われただけで暴走したのだ。そこへ至るまでには元の世界にいた時からの因縁がかかわっているのだが、そんなことは他人にはわかりはしない。
Defense。己のSubを傷つけられた場合などにDomが陥る暴走状態……とでも言おうか。Subを守るために暴力行為などに及んでしまう現象だ。
実際にはDefenseではなかったものの、おおよそそれに近い状態になったのではないか、と養護教諭は告げる。
私はまだDomになってから日が浅く、Subとパートナーになってからも同じ。そんなときにパートナーの証を奪われたことで、「ブチ切れた」のではないか、ということであった。
当然ながら養護教諭は私と華子の元の世界から続く因縁に関しては知らない。ただし学内での華子の言動――私のパートナーにちょっかいをかけていたこと――については承知しているらしく、加害者である私に対しても情を見せてはくれた。
私はと言えば、己がDefenseに近い状態に陥ったことへ――なんだか感慨深い気持ちになっていた。
四人との仲は、打算の上でできていると思っていた。だから、仮に四人が私の元を去りたいと告げたとしても、追うつもりは一切なかった。
四人の幸せを思うなら……とか健気な考えがあってのことではなく、単にそこまで彼らに対する執着心を持ち合わせていなかったから。――と、今の今まで思い込んでいた。
これはDom性の影響もあると思う。Defenceが起こるには「己のSubだ」と思っている大前提が必要となる。だから、Domとなったことでパートナー契約を結んだSubに対して独占欲を抱いていたとしても、それは不思議なことではない。
でも――もしかしたら、ひとかけらくらいの愛情も、あるかもしれない。
情は湧いても本気で愛することはない。私はどこか四人に対してそんな風に思っていたけれど、案外と違ったらしい。
だからなんとなく感慨深くなったのだ。
「フジバヤシさん、聞いていますか?」
しかし養護教諭に水をさされて現実に戻ってくる。
「とにかく、妹さんが悪いのだけれどGlareも使って殴ったのはやりすぎよ。目が覚めたら一言謝っておきなさい」
私はやる気のない返事をした。養護教諭はなにも言わなかったが、代わりとばかりに深いため息をつかれてしまう。
理由はともかくまたしても――前回はユージンの元パートナーとの件だ――教師から叱責を受けてしまった。これでは立派な問題児だろう。私は真面目に生きているのに。腑に落ちない。
「華子に謝れ」と言われたが、謝る気は一切なかった。だが、まあ、まだ二言三言……いや、小一時間くらい彼女には言いたいことがあるので、席を外すと言う養護教諭の言葉にうなずき、私は保健室に残ることにした。
華子はじきに目を覚ました。が、目を覚ましたのが本当に華子なのかどうかはちょっとよくわからなかった。
「わたしが悪かったから殴ったの?」
盛大に嘔吐した影響だからだろうか。まだ顔を青白くさせて、具合の悪そうな表情をした華子が、唐突にそう告げた。
私は華子の言葉に面食らい、次いで目の前にいるのが本当に華子なのかどうか確かめようとした。
華子はこんな殊勝なことは言わないはずだ。彼女が目を覚ませばまた、姉である私が「全部悪い」のだと決めつけてわめくに違いないと思っていた。
しかしいつも目を吊り上げていた印象の華子は、今は憑き物が落ちたかのように、ただの無垢な美少女に見えた。
「悪いことしたやつ以外を殴る趣味はない」
私は大人しい華子の姿を不気味に思いながら答える。
――なんだろう。私に殴られておかしくなってしまったのだろうか?
私の脳裏に到来したのは、また教師に叱責されるのでは、という保身を伴った危機感であった。
華子のことは心底どうでもいいので、そういう考えになる。
「なんで急に?」
こちらから質問をするのはできれば避けたかったが、豹変した華子に対する好奇心もあって彼女に問うた。
華子はごく普通の目で私を見た。そんな目は、十何年も前に少しのあいだだけ見たことがある気がする。いつの間にか華子が私を見る目は、軽蔑にまみれるようになっていた。
けれどもなぜだか――今は違う。
「だって……パパとママもそう言ってたから」
私は衝撃を受けた。しかも、かなりの。
「は? 殴られたってこと? あいつら――親に?」
しどろもどろになりながら私が問うと、華子は眉間に軽くシワを寄せたあと、小さくうなずいた。
……これで合点がいった。
なぜ華子がこちらに拉致されたのか、ずっと……というほど考えていたわけではないが、疑問に思っていたことは確か。
こちらの世界へ拉致してくる異世界人の条件は、「異世界へ行きたい」と思っている人間だ。つまり、現状に満足していない、現実から逃避したいと思っている人間を選りすぐって拉致している。そのほうがアフターケアが楽だからだろう。
両親に「蝶よ花よ」と際限なく甘やかされ、愛されている華子が、なぜその条件に合致したのかは謎だった。
しかしその疑問は、たった今氷解した。
――まあ、さもありなん、だな。
両親はとことん弱い者いじめが好きなのだろう。どこまでも腐っているのだ。今さら私というサンドバッグがない生活が送れなかったのか、今度は華子を標的にするようになった……ということなのだろう。
外面は良く、家庭内ではその鬱憤を晴らすかのように暴君と化す両親。恐らくは私をサンドバッグにしてストレスを解消していたのだろう。しかし、そんなサンドバッグが突然いなくなってしまった。
だが今さらサンドバッグなしの生活には戻れない。だから、華子を……。
……私にはまったく理解しがたい思考回路である。
華子は両親の話が呼び水になったかのように、なぜユージン――彼女はユーインだと思っていた――に執着し、挙句Collar代わりのネックレスを奪ったのか話し出した。
Defense。己のSubを傷つけられた場合などにDomが陥る暴走状態……とでも言おうか。Subを守るために暴力行為などに及んでしまう現象だ。
実際にはDefenseではなかったものの、おおよそそれに近い状態になったのではないか、と養護教諭は告げる。
私はまだDomになってから日が浅く、Subとパートナーになってからも同じ。そんなときにパートナーの証を奪われたことで、「ブチ切れた」のではないか、ということであった。
当然ながら養護教諭は私と華子の元の世界から続く因縁に関しては知らない。ただし学内での華子の言動――私のパートナーにちょっかいをかけていたこと――については承知しているらしく、加害者である私に対しても情を見せてはくれた。
私はと言えば、己がDefenseに近い状態に陥ったことへ――なんだか感慨深い気持ちになっていた。
四人との仲は、打算の上でできていると思っていた。だから、仮に四人が私の元を去りたいと告げたとしても、追うつもりは一切なかった。
四人の幸せを思うなら……とか健気な考えがあってのことではなく、単にそこまで彼らに対する執着心を持ち合わせていなかったから。――と、今の今まで思い込んでいた。
これはDom性の影響もあると思う。Defenceが起こるには「己のSubだ」と思っている大前提が必要となる。だから、Domとなったことでパートナー契約を結んだSubに対して独占欲を抱いていたとしても、それは不思議なことではない。
でも――もしかしたら、ひとかけらくらいの愛情も、あるかもしれない。
情は湧いても本気で愛することはない。私はどこか四人に対してそんな風に思っていたけれど、案外と違ったらしい。
だからなんとなく感慨深くなったのだ。
「フジバヤシさん、聞いていますか?」
しかし養護教諭に水をさされて現実に戻ってくる。
「とにかく、妹さんが悪いのだけれどGlareも使って殴ったのはやりすぎよ。目が覚めたら一言謝っておきなさい」
私はやる気のない返事をした。養護教諭はなにも言わなかったが、代わりとばかりに深いため息をつかれてしまう。
理由はともかくまたしても――前回はユージンの元パートナーとの件だ――教師から叱責を受けてしまった。これでは立派な問題児だろう。私は真面目に生きているのに。腑に落ちない。
「華子に謝れ」と言われたが、謝る気は一切なかった。だが、まあ、まだ二言三言……いや、小一時間くらい彼女には言いたいことがあるので、席を外すと言う養護教諭の言葉にうなずき、私は保健室に残ることにした。
華子はじきに目を覚ました。が、目を覚ましたのが本当に華子なのかどうかはちょっとよくわからなかった。
「わたしが悪かったから殴ったの?」
盛大に嘔吐した影響だからだろうか。まだ顔を青白くさせて、具合の悪そうな表情をした華子が、唐突にそう告げた。
私は華子の言葉に面食らい、次いで目の前にいるのが本当に華子なのかどうか確かめようとした。
華子はこんな殊勝なことは言わないはずだ。彼女が目を覚ませばまた、姉である私が「全部悪い」のだと決めつけてわめくに違いないと思っていた。
しかしいつも目を吊り上げていた印象の華子は、今は憑き物が落ちたかのように、ただの無垢な美少女に見えた。
「悪いことしたやつ以外を殴る趣味はない」
私は大人しい華子の姿を不気味に思いながら答える。
――なんだろう。私に殴られておかしくなってしまったのだろうか?
私の脳裏に到来したのは、また教師に叱責されるのでは、という保身を伴った危機感であった。
華子のことは心底どうでもいいので、そういう考えになる。
「なんで急に?」
こちらから質問をするのはできれば避けたかったが、豹変した華子に対する好奇心もあって彼女に問うた。
華子はごく普通の目で私を見た。そんな目は、十何年も前に少しのあいだだけ見たことがある気がする。いつの間にか華子が私を見る目は、軽蔑にまみれるようになっていた。
けれどもなぜだか――今は違う。
「だって……パパとママもそう言ってたから」
私は衝撃を受けた。しかも、かなりの。
「は? 殴られたってこと? あいつら――親に?」
しどろもどろになりながら私が問うと、華子は眉間に軽くシワを寄せたあと、小さくうなずいた。
……これで合点がいった。
なぜ華子がこちらに拉致されたのか、ずっと……というほど考えていたわけではないが、疑問に思っていたことは確か。
こちらの世界へ拉致してくる異世界人の条件は、「異世界へ行きたい」と思っている人間だ。つまり、現状に満足していない、現実から逃避したいと思っている人間を選りすぐって拉致している。そのほうがアフターケアが楽だからだろう。
両親に「蝶よ花よ」と際限なく甘やかされ、愛されている華子が、なぜその条件に合致したのかは謎だった。
しかしその疑問は、たった今氷解した。
――まあ、さもありなん、だな。
両親はとことん弱い者いじめが好きなのだろう。どこまでも腐っているのだ。今さら私というサンドバッグがない生活が送れなかったのか、今度は華子を標的にするようになった……ということなのだろう。
外面は良く、家庭内ではその鬱憤を晴らすかのように暴君と化す両親。恐らくは私をサンドバッグにしてストレスを解消していたのだろう。しかし、そんなサンドバッグが突然いなくなってしまった。
だが今さらサンドバッグなしの生活には戻れない。だから、華子を……。
……私にはまったく理解しがたい思考回路である。
華子は両親の話が呼び水になったかのように、なぜユージン――彼女はユーインだと思っていた――に執着し、挙句Collar代わりのネックレスを奪ったのか話し出した。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
男女比崩壊世界で逆ハーレムを
クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。
国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。
女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。
地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。
線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。
しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・
更新再開。頑張って更新します。
男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話
やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。
順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。
※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
異世界転生先で溺愛されてます!
目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。
・男性のみ美醜逆転した世界
・一妻多夫制
・一応R指定にしてます
⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません
タグは追加していきます。
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる