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アラスターはわけ知り顔で言った。「これはボタンの掛け違いのようなもの」だと。
「その口ぶりからすると、勝算はあるのね?」
ここでイズーがなにをもって「勝ち」とするかと言えば、もちろんヘンリーとモードの関係修復を指す。
「もちろん。あー……、ただ、殿下も大人びておられるとは言えどもまだ一五だ。それに、大人だってときに意地を張ってしまうことはある」
「それは、わかるわ。でもアラスターから見て希望はあるのでしょう?」
「そうだね。モード嬢にも言ったけれど……殿下はただヘソを曲げられていて、それでいてモード嬢に冷たい態度を取ってしまったことで引っ込みがつかなくなっているだけなんだよ。だから、なにかきっかけさえあればおふたりの仲も元通りになるだろう」
イズーは、アラスターの主張にどこまで妥当性があるのかはつかめなかった。
イズーとヘンリーは友人同士ではあったが、アラスターとほどには心を許し合えている関係性ではない。
ただ、モードの本心は知っている。
もしかすれば、イズーがモードの気持ちを知っているように、アラスターもヘンリーの本心を知っているのかもしれない。ヘンリーはアラスターには全幅の信頼を置いている。単なる乳兄弟ではなく、本当の兄のようにアラスターを慕っていることはイズーも知るところであった。
「まずは、私がなんとかして殿下とモード嬢が顔を合わせるように段取りをつける」
「手紙は? 文章のほうが正確に気持ちを伝えられるときもあるし、冷静に受け取めることもできると思うのだけれど」
「殿下はモード嬢からの手紙は受け取らないようにしているんだ」
「……逃げを打っているということね?」
「手厳しいね。まあ……事実だけれども」
「公爵家からの手紙も?」
「モード嬢の軽はずみな所業について、公爵家が関知しているかは微妙なところかな。学園内に出回っている噂については知っているだろうけれどね。今のところ、殿下はこの一件をおおごとにして騒ぎ立てたいわけではないから、公爵家としても今は様子見に徹するしかないだろう」
さすがに冷静さを失っていたモードも、衆人環視の中でイズーを糾弾するという行動には出ておらず、結果としてその判断のお陰でモードの正確な醜聞が出回ることは防がれている状況だ。
それでも即日ヘンリーとモードが喧嘩をしたらしい、仲が冷え込んでいるらしいという、真実に限りなく近い噂が学園内に出回るあたり、ひとの口に戸を立てるのは無理なことだとイズーは痛感する。
当事者のひとりであるイズーが頑なに口をつぐんでも、どこかしらから洩れてしまったのだろう。
「どうしても顔を合わせるしか道はないということね」
「そういうこと。それに殿下もモード嬢も、今は色々と厄介なことにこじれてしまっている。手紙では不幸なすれ違いが深まってしまうような気がするよ」
「……たしかに、対面よりも嘘をついたりするのは簡単でしょうね」
「イズーがそう考えるように、殿下もモード嬢もそう考えるだろうから……やっぱり今一度顔を合わせたほうがいいと思うんだ」
「それで、アラスターがヘンリー殿下を引っ張ってくるの?」
「そういうことになるね」
アラスターは芝居がかった仕草で軽く肩をすくめた。けれどもその顔には「めんどくさい」とか「馬鹿らしい」などとは書いていないことは、イズーにはよくわかった。
恐らく、イズーがモードを心配している以上にアラスターはヘンリーを慮っている。イズーとモードは、ありていに言ってしまえば浅い仲であるが、アラスターとヘンリーは違う。きっとヘンリーがアラスターを実の兄のごとく慕っているように、アラスターもヘンリーのことを――畏れ多くも――手のかかる弟くらいには思っているのだろう。
それに、アラスターの口ぶりからしてヘンリーはモードが悲観するほどに彼女を厭っているわけではなさそうだと、イズーには感じられた。
アラスターが明言を避けているのは、みだりにヘンリーの気持ちを代弁するような真似をしたくないという、彼の誠実さの表れなのかもしれない。
あるいは、ヘンリーはアラスターにすら直接的な表現を用いてモードに対する思いを吐露していないか。
……なんとなく、後者はなさそうかなとイズーは思った。
「わかったわ。じゃあモード様の説得はわたしに任せて」
「モード嬢は、説得に応じそう?」
「……言い切ってしまったけれど、正直に言ってどうなるかはわからないわ。わたしはモード様じゃないもの」
「ごもっとも」
「けれども、モード様が心の底からヘンリー殿下を――愛しておられることは伝わってきたわ。わたしにも伝わるのだから、きっとヘンリー殿下もお会いして、お言葉を交わされればご理解されるはずよ。モード様は……仲直りできる機会があると聞いても飛びつくようには思えないけれど……まあ、どうしても説得できなくても、引っ張って行くわ」
「だからアラスターもそうしてちょうだいね?」。イズーがそう茶目っ気を見せれば、アラスターは微笑んで「そうする」と約束してくれたのだった。
「その口ぶりからすると、勝算はあるのね?」
ここでイズーがなにをもって「勝ち」とするかと言えば、もちろんヘンリーとモードの関係修復を指す。
「もちろん。あー……、ただ、殿下も大人びておられるとは言えどもまだ一五だ。それに、大人だってときに意地を張ってしまうことはある」
「それは、わかるわ。でもアラスターから見て希望はあるのでしょう?」
「そうだね。モード嬢にも言ったけれど……殿下はただヘソを曲げられていて、それでいてモード嬢に冷たい態度を取ってしまったことで引っ込みがつかなくなっているだけなんだよ。だから、なにかきっかけさえあればおふたりの仲も元通りになるだろう」
イズーは、アラスターの主張にどこまで妥当性があるのかはつかめなかった。
イズーとヘンリーは友人同士ではあったが、アラスターとほどには心を許し合えている関係性ではない。
ただ、モードの本心は知っている。
もしかすれば、イズーがモードの気持ちを知っているように、アラスターもヘンリーの本心を知っているのかもしれない。ヘンリーはアラスターには全幅の信頼を置いている。単なる乳兄弟ではなく、本当の兄のようにアラスターを慕っていることはイズーも知るところであった。
「まずは、私がなんとかして殿下とモード嬢が顔を合わせるように段取りをつける」
「手紙は? 文章のほうが正確に気持ちを伝えられるときもあるし、冷静に受け取めることもできると思うのだけれど」
「殿下はモード嬢からの手紙は受け取らないようにしているんだ」
「……逃げを打っているということね?」
「手厳しいね。まあ……事実だけれども」
「公爵家からの手紙も?」
「モード嬢の軽はずみな所業について、公爵家が関知しているかは微妙なところかな。学園内に出回っている噂については知っているだろうけれどね。今のところ、殿下はこの一件をおおごとにして騒ぎ立てたいわけではないから、公爵家としても今は様子見に徹するしかないだろう」
さすがに冷静さを失っていたモードも、衆人環視の中でイズーを糾弾するという行動には出ておらず、結果としてその判断のお陰でモードの正確な醜聞が出回ることは防がれている状況だ。
それでも即日ヘンリーとモードが喧嘩をしたらしい、仲が冷え込んでいるらしいという、真実に限りなく近い噂が学園内に出回るあたり、ひとの口に戸を立てるのは無理なことだとイズーは痛感する。
当事者のひとりであるイズーが頑なに口をつぐんでも、どこかしらから洩れてしまったのだろう。
「どうしても顔を合わせるしか道はないということね」
「そういうこと。それに殿下もモード嬢も、今は色々と厄介なことにこじれてしまっている。手紙では不幸なすれ違いが深まってしまうような気がするよ」
「……たしかに、対面よりも嘘をついたりするのは簡単でしょうね」
「イズーがそう考えるように、殿下もモード嬢もそう考えるだろうから……やっぱり今一度顔を合わせたほうがいいと思うんだ」
「それで、アラスターがヘンリー殿下を引っ張ってくるの?」
「そういうことになるね」
アラスターは芝居がかった仕草で軽く肩をすくめた。けれどもその顔には「めんどくさい」とか「馬鹿らしい」などとは書いていないことは、イズーにはよくわかった。
恐らく、イズーがモードを心配している以上にアラスターはヘンリーを慮っている。イズーとモードは、ありていに言ってしまえば浅い仲であるが、アラスターとヘンリーは違う。きっとヘンリーがアラスターを実の兄のごとく慕っているように、アラスターもヘンリーのことを――畏れ多くも――手のかかる弟くらいには思っているのだろう。
それに、アラスターの口ぶりからしてヘンリーはモードが悲観するほどに彼女を厭っているわけではなさそうだと、イズーには感じられた。
アラスターが明言を避けているのは、みだりにヘンリーの気持ちを代弁するような真似をしたくないという、彼の誠実さの表れなのかもしれない。
あるいは、ヘンリーはアラスターにすら直接的な表現を用いてモードに対する思いを吐露していないか。
……なんとなく、後者はなさそうかなとイズーは思った。
「わかったわ。じゃあモード様の説得はわたしに任せて」
「モード嬢は、説得に応じそう?」
「……言い切ってしまったけれど、正直に言ってどうなるかはわからないわ。わたしはモード様じゃないもの」
「ごもっとも」
「けれども、モード様が心の底からヘンリー殿下を――愛しておられることは伝わってきたわ。わたしにも伝わるのだから、きっとヘンリー殿下もお会いして、お言葉を交わされればご理解されるはずよ。モード様は……仲直りできる機会があると聞いても飛びつくようには思えないけれど……まあ、どうしても説得できなくても、引っ張って行くわ」
「だからアラスターもそうしてちょうだいね?」。イズーがそう茶目っ気を見せれば、アラスターは微笑んで「そうする」と約束してくれたのだった。
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