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最初のルナによって真実を提示されたことで、アステリアの中にあった疑惑は確信へと変わった。
弟のアステリオスが地下牢に幽閉された理由は、「双子が不吉だから」という迷信ゆえだと――アステリアは聞かされていた。
けれども産声を上げてすぐにその命を奪わなかったのは、父王にもいくばくかの情があったからだと――アステリアは信じたかった。
隣りあう異界よりこちらの世界を侵略するもの――「改竄者」。
アステリアは長じるに従い、弟が「改竄者」なのではないかという疑惑を強めていった。
「改竄者」は様々な力をもってこちらの世界へと侵入を果たす。
そのうちのひとつが、まだこの世に生まれ出ていない、母の腹にいる赤子にくっついてこちらの世界へやってくる、というものだった。
生命を生み出し、育むことのできる母親の胎内は、不可思議そのものである異界に近いとみなされているのだ。
ゆえに「双子は不吉」とされる。
古来より様々な防衛法――ほとんどが効果もわからないまじないだ――が編み出され、それに伴う迷信も生まれた。
「双子」であるというだけで、そのどちらかが「改竄者」ではないかという疑念が生じる。
父王はそれを避けるためにアステリオスと名づけた男児を幽閉したのだと、アステリアはずっと信じていた。信じたかった。
父王の行いは国を安寧に統治する責を負うものとして理解できる一方、残酷だと、アステリアは思っていた。
けれども現実はもっと残酷で、弟のアステリオスは、まさしく「改竄者」だった。
だから、アステリアは世界を裏切る覚悟を決めた。
最初のルナと、もう顔も名前も思い出せない男を殺して、アステリアは城の敷地内にある森の奥に埋めた。
「そんなことしなくてもいいよ、アステリア。今度からは俺のところに連れてくればいい」
……アステリアは許されない恋をしていた。
アステリオスがただの人間であっても、「改竄者」であっても許されない恋を。
アステリオスはアステリアにとって、この世界でもっとも近しい存在で、最大の理解者で、他に代わりはいない。
かけがえのない唯一の星、アステリオス。
アステリアは病に倒れた父王に代わって公務を忙しくこなしていたが、そうでないときはアステリオスのもとを訪れていた。
牢の鉄柵越しに手を重ね、指を絡め、たわむれのような口づけを交わした。
アステリアの殺人は表ざたにはならなかった。
アステリオスが「改竄」したからだ。
神代につくられた、「改竄者」を幽閉するための牢は、とうの昔にその力を失っていた。
そのように「改竄」したのは、アステリオスだった。
父王の手で幽閉される前に、アステリオスがそうした。
生まれたばかりの鹿の仔がすぐに立ち上がって走り回れるように、「改竄者」は赤子であれどその力の使い方を知っている。
それでもアステリオスは地下牢に居続けた。
そこにいれば、アステリアといっしょにいられるからだった。
けれども、「ルナ」と名乗る女は何度も現れた。
現れるたびに違う男を連れて、アステリアにアステリオスの真実を告げ、彼と戦うことに助力を求めた。
そのたびにアステリオスは「改竄」した。
「なにものかの、執拗な意志を感じるよ」
アステリオスの言葉の、もっと深く意図するところまではアステリアにはわからなかった。
「改竄者」はアステリオスひとりではないし、アステリオスは「改竄者」の王であるとか、そんなたいそうな肩書きを持たない。
けれども「ルナ」や、「ルナ」を仕向けているそのなにものかはアステリオスだけを執拗に狙っている――。
「『改竄者』も一枚岩ではないからね。きっとどこかで俺を知った『改竄者』が狙ってやっているんだ」
この世界では「正者」は「神」の啓示を受け、その加護によって力を得る。
けれどもアステリオスに言わせれば、「神」も結局は「改竄者」と同じものなのだ。
ただ、「神」を自称する「改竄者」たちはこの世界に直接降り立つことはできないらしく、「正者」の紋章を出入り口としてわずかばかりの力を発揮しているのが現状である。
アステリアの「正者」の紋章は、アステリオスが「改竄」して付与したニセモノだった。
けれども「神」も、「神」を自称していない「改竄者」も、同種の存在であるために、人間にはその力の違いがわからない。
そして今回アステリオスはひとつの実験をした。
アステリアのニセモノの「正者」の紋章に「改竄」を加えて、本物の「門」に仕立て上げた。
そしてその「門」を足掛かりに、アステリオスは「神」を「改竄」した――。
それは成功して、「ルナ」から「正者」の紋章も、力も消えたのだ。
「……でも『ルナ』が現れるたびにいちいち『改竄』して整合性を保つのも疲れた」
アステリアは、アステリオスを愛している。
そしてアステリオスも、アステリアを愛している。
そうでなければ、このように面倒な真似をするほど、アステリオスはもとから献身的な性格ではなかった。
「それに――牢にいるんじゃ、アステリアと抱き合うのもひと苦労だ」
すべてはアステリアと共にいるため。
「アステリアだけは『改竄』しないし、させない。――俺を信じて」
アステリアは、もとより意味をなしていないにもかかわらず、牢につけられていた錠を外した。
最初のルナによって真実を提示されたことで、アステリアの中にあった疑惑は確信へと変わった。
弟のアステリオスが地下牢に幽閉された理由は、「双子が不吉だから」という迷信ゆえだと――アステリアは聞かされていた。
けれども産声を上げてすぐにその命を奪わなかったのは、父王にもいくばくかの情があったからだと――アステリアは信じたかった。
隣りあう異界よりこちらの世界を侵略するもの――「改竄者」。
アステリアは長じるに従い、弟が「改竄者」なのではないかという疑惑を強めていった。
「改竄者」は様々な力をもってこちらの世界へと侵入を果たす。
そのうちのひとつが、まだこの世に生まれ出ていない、母の腹にいる赤子にくっついてこちらの世界へやってくる、というものだった。
生命を生み出し、育むことのできる母親の胎内は、不可思議そのものである異界に近いとみなされているのだ。
ゆえに「双子は不吉」とされる。
古来より様々な防衛法――ほとんどが効果もわからないまじないだ――が編み出され、それに伴う迷信も生まれた。
「双子」であるというだけで、そのどちらかが「改竄者」ではないかという疑念が生じる。
父王はそれを避けるためにアステリオスと名づけた男児を幽閉したのだと、アステリアはずっと信じていた。信じたかった。
父王の行いは国を安寧に統治する責を負うものとして理解できる一方、残酷だと、アステリアは思っていた。
けれども現実はもっと残酷で、弟のアステリオスは、まさしく「改竄者」だった。
だから、アステリアは世界を裏切る覚悟を決めた。
最初のルナと、もう顔も名前も思い出せない男を殺して、アステリアは城の敷地内にある森の奥に埋めた。
「そんなことしなくてもいいよ、アステリア。今度からは俺のところに連れてくればいい」
……アステリアは許されない恋をしていた。
アステリオスがただの人間であっても、「改竄者」であっても許されない恋を。
アステリオスはアステリアにとって、この世界でもっとも近しい存在で、最大の理解者で、他に代わりはいない。
かけがえのない唯一の星、アステリオス。
アステリアは病に倒れた父王に代わって公務を忙しくこなしていたが、そうでないときはアステリオスのもとを訪れていた。
牢の鉄柵越しに手を重ね、指を絡め、たわむれのような口づけを交わした。
アステリアの殺人は表ざたにはならなかった。
アステリオスが「改竄」したからだ。
神代につくられた、「改竄者」を幽閉するための牢は、とうの昔にその力を失っていた。
そのように「改竄」したのは、アステリオスだった。
父王の手で幽閉される前に、アステリオスがそうした。
生まれたばかりの鹿の仔がすぐに立ち上がって走り回れるように、「改竄者」は赤子であれどその力の使い方を知っている。
それでもアステリオスは地下牢に居続けた。
そこにいれば、アステリアといっしょにいられるからだった。
けれども、「ルナ」と名乗る女は何度も現れた。
現れるたびに違う男を連れて、アステリアにアステリオスの真実を告げ、彼と戦うことに助力を求めた。
そのたびにアステリオスは「改竄」した。
「なにものかの、執拗な意志を感じるよ」
アステリオスの言葉の、もっと深く意図するところまではアステリアにはわからなかった。
「改竄者」はアステリオスひとりではないし、アステリオスは「改竄者」の王であるとか、そんなたいそうな肩書きを持たない。
けれども「ルナ」や、「ルナ」を仕向けているそのなにものかはアステリオスだけを執拗に狙っている――。
「『改竄者』も一枚岩ではないからね。きっとどこかで俺を知った『改竄者』が狙ってやっているんだ」
この世界では「正者」は「神」の啓示を受け、その加護によって力を得る。
けれどもアステリオスに言わせれば、「神」も結局は「改竄者」と同じものなのだ。
ただ、「神」を自称する「改竄者」たちはこの世界に直接降り立つことはできないらしく、「正者」の紋章を出入り口としてわずかばかりの力を発揮しているのが現状である。
アステリアの「正者」の紋章は、アステリオスが「改竄」して付与したニセモノだった。
けれども「神」も、「神」を自称していない「改竄者」も、同種の存在であるために、人間にはその力の違いがわからない。
そして今回アステリオスはひとつの実験をした。
アステリアのニセモノの「正者」の紋章に「改竄」を加えて、本物の「門」に仕立て上げた。
そしてその「門」を足掛かりに、アステリオスは「神」を「改竄」した――。
それは成功して、「ルナ」から「正者」の紋章も、力も消えたのだ。
「……でも『ルナ』が現れるたびにいちいち『改竄』して整合性を保つのも疲れた」
アステリアは、アステリオスを愛している。
そしてアステリオスも、アステリアを愛している。
そうでなければ、このように面倒な真似をするほど、アステリオスはもとから献身的な性格ではなかった。
「それに――牢にいるんじゃ、アステリアと抱き合うのもひと苦労だ」
すべてはアステリアと共にいるため。
「アステリアだけは『改竄』しないし、させない。――俺を信じて」
アステリアは、もとより意味をなしていないにもかかわらず、牢につけられていた錠を外した。
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