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アステリア様は、世迷い言としか思えないような、わたしの告白に静かに耳を傾けてくれた。
わたしが、異世界からの転生者であること。
前世の世界で、今ここにある世界を物語として知っていたこと。
だから、アステリア様の弟君であるアステリオスが「改竄者」かもしれないこと――。
わたしは、もしかしたらアステリオスがこの世界に存在しないかもしれない可能性を考えていた。
わたしはシナリオ通りに宮廷に招かれたものの、攻略対象キャラクターとは未だに出会えていなかったからだ。
だから、もしかしたらわたしの知っている世界と、この世界とは違う可能性もあると思った。
けれども、アステリア様は控えめに、アステリオスの存在を認めた。
アステリア様曰く、アステリオスが「改竄者」であるかどうかはわからないらしい。
当然だ。王宮の地下にある、神代に作られた牢獄にいる限り、「改竄者」はその力を振るうことは難しい。
『まばルナ』のシナリオの中でアステリオスが「改竄者」として能力を発揮できたのは、アステリア様、あるいは狂信的な信者の存在があったから。
「改竄者」の味方である「隠匿者」となったアステリア様、あるいは狂信者の手引きによって、アステリオスは密かに牢を抜け出し、その力を使っていたのだ。
しかしわたしが気がおかしいとしか思えない告白をした時点では、アステリア様はどうも「隠匿者」ではなく、したがってアステリオスも牢の外に出たことはないようだった。
生まれたときから「改竄者」として牢に入れられているアステリオスのことを思うと、赤の他人であるわたしですら、なんとなく良心が咎める。
双子の姉弟として生まれてきたアステリア様であれば、なおさら。
けれどもここは心を鬼にしてもらわなければならない。
アステリオスの「改竄者」としての力は強大なのだと、ゲーム中でも繰り返し描かれてきた。
それこそ、そのひと声で世界そのものをひっくり返せるような。
「お願いします、アステリア様! どうかわたしと共に『改竄者』と戦ってください!」
わたしは心の底から、必死になってアステリア様の助力を求めた。
けれどもわたしが想像した通り、アステリア様はその心優しさゆえにすぐには結論を出せなかったのだろう。
アステリオスはわたしからすれば現時点では顔も知らぬ他人で、敵だが、アステリア様は違う。
アステリオスに引きあわせて欲しい、そしてアステリオスと戦って欲しいというわたしの頼みに対する返事は、いったん保留にされた。
さすがにゲームの流れを最初から最後まで知っているわたしでも、不安にならざるを得なかった。
なにせ未だに攻略対象キャラクターには出会えていない。
けれども、アステリオスが「改竄者」として暗躍し始めるきっかけ――現国王陛下の崩御は、わたしの肌感覚としては秒読みのように感じる。
頼れるのは、わたしと同じく「改竄者」に対抗できる「正者」であり、アステリオスのいる地下牢に出入りできるアステリア様だけだった。
……アステリア様からの返事があったのは、わたしの告白から二週間後のことだった。
「そなたをアステリオスと会わせよう。ただ……私には期待しないで欲しい」
二週間かけてわたしとアステリオスを引きあわせる決断はしたものの、しかし自らの手で双子の弟を異界へと送り帰すことまでは決心がつかなかったのかもしれない。
「アステリア様のそのご決断だけでじゅうぶんです」
アステリオスが幽閉されている地下牢は、王宮の敷地内にある森の中の最奥。
なんらかの不始末をしでかした王族や、政争に敗れた王族などを幽閉するために建てられた塔の地下にあるとアステリア様は言った。
アステリア様の先導を受けて、わたしは暗い地下へと彼女と共に降りて行く。
アステリア様が出入りしているからだろうか。地下へと続く道のりは、埃っぽさとはほとんど皆無であったものの、ひんやりと湿った空気に満ちており、少しだけカビ臭かった。
アステリオスが幽閉されている地下牢は、わたしが思っていたよりは遠かった。
延々五分以上か、もっと歩いたと思う。
ようやく最下にたどりつけば、いかにも重そうな鉄製の扉がわたしたちを出迎える。
ついていた南京錠は三つ。
アステリア様は、三つのうちふたつは、かつてアステリア様の父君である現国王陛下が所持していたのだと語った。
しかし、現国王陛下はわたしも知っての通り重篤である。
アステリオスの存在の秘匿を守り通すため、国王陛下が病に倒れられたときに、アステリア様が早々に回収されたらしい。
「アステリオス」
重い鉄の扉が開く。
かすかに悲鳴を上げる蝶番の音と、アステリア様がアステリオスの名を呼ぶ声が入り混じる。
わたしはアステリア様の体の向こう側へ、視線をやった。
天井から床までまっすぐに伸びる鉄柵で仕切られた牢内には、アステリア様をそっくりそのまま男にしたような人間が――否、「改竄者」がいた。
「改竄者」は形態模写に長けている。
「改竄者」の本来の姿はわたしも知らないが、『まばルナ』の中では特定の実体を持たないかのようなほのめかしがあった。
恐らく、実際に「改竄者」アステリオスのその容姿は、アステリアをモデルにしたのだろう。
本物の姉弟のように似ているのは、当たり前だった。
「やあアステリア」
アステリオスは思ったよりも身綺麗だった。
地下牢自体も、意外にも悪臭自体とは無縁で、それがより目の前にいるアステリオスが人間どころか、わたしたちが普通知る生物ではないということを、雄弁に物語っているように感じられた。
アステリオス自身や、地下牢が綺麗なのは、きっと排泄や新陳代謝といった機能とは無縁だからなのだろう。
普通の人間であったならば、生きていればどうしても汚れて行く。
アステリオスには、それがない。
「そちらが例の?」
アステリア様はアステリオスにわたしの話をしていたようだ。
ちらりとアステリア様の顔色をうかがうが、ランタンの火に照らされたその横顔は白く、気分がすぐれているようには見えなかった。
わたしは、腹を括ってアステリア様の一歩前に出る。
アステリオスはそんなわたしを見て、芝居がかった態度で片眉を上げた。
わたしはアステリオスを異界へと送り帰すべく、右手のひらをアステリオスへと向けた。
――そこで、気づいた。
右手の甲にたしかにあった「正者」の紋章が、消えていることに。
わたしが驚愕に目を見開くと、牢の中にいるアステリオスが――「改竄者」が、嘲笑うようにケタケタと笑い出した。
わたしが、異世界からの転生者であること。
前世の世界で、今ここにある世界を物語として知っていたこと。
だから、アステリア様の弟君であるアステリオスが「改竄者」かもしれないこと――。
わたしは、もしかしたらアステリオスがこの世界に存在しないかもしれない可能性を考えていた。
わたしはシナリオ通りに宮廷に招かれたものの、攻略対象キャラクターとは未だに出会えていなかったからだ。
だから、もしかしたらわたしの知っている世界と、この世界とは違う可能性もあると思った。
けれども、アステリア様は控えめに、アステリオスの存在を認めた。
アステリア様曰く、アステリオスが「改竄者」であるかどうかはわからないらしい。
当然だ。王宮の地下にある、神代に作られた牢獄にいる限り、「改竄者」はその力を振るうことは難しい。
『まばルナ』のシナリオの中でアステリオスが「改竄者」として能力を発揮できたのは、アステリア様、あるいは狂信的な信者の存在があったから。
「改竄者」の味方である「隠匿者」となったアステリア様、あるいは狂信者の手引きによって、アステリオスは密かに牢を抜け出し、その力を使っていたのだ。
しかしわたしが気がおかしいとしか思えない告白をした時点では、アステリア様はどうも「隠匿者」ではなく、したがってアステリオスも牢の外に出たことはないようだった。
生まれたときから「改竄者」として牢に入れられているアステリオスのことを思うと、赤の他人であるわたしですら、なんとなく良心が咎める。
双子の姉弟として生まれてきたアステリア様であれば、なおさら。
けれどもここは心を鬼にしてもらわなければならない。
アステリオスの「改竄者」としての力は強大なのだと、ゲーム中でも繰り返し描かれてきた。
それこそ、そのひと声で世界そのものをひっくり返せるような。
「お願いします、アステリア様! どうかわたしと共に『改竄者』と戦ってください!」
わたしは心の底から、必死になってアステリア様の助力を求めた。
けれどもわたしが想像した通り、アステリア様はその心優しさゆえにすぐには結論を出せなかったのだろう。
アステリオスはわたしからすれば現時点では顔も知らぬ他人で、敵だが、アステリア様は違う。
アステリオスに引きあわせて欲しい、そしてアステリオスと戦って欲しいというわたしの頼みに対する返事は、いったん保留にされた。
さすがにゲームの流れを最初から最後まで知っているわたしでも、不安にならざるを得なかった。
なにせ未だに攻略対象キャラクターには出会えていない。
けれども、アステリオスが「改竄者」として暗躍し始めるきっかけ――現国王陛下の崩御は、わたしの肌感覚としては秒読みのように感じる。
頼れるのは、わたしと同じく「改竄者」に対抗できる「正者」であり、アステリオスのいる地下牢に出入りできるアステリア様だけだった。
……アステリア様からの返事があったのは、わたしの告白から二週間後のことだった。
「そなたをアステリオスと会わせよう。ただ……私には期待しないで欲しい」
二週間かけてわたしとアステリオスを引きあわせる決断はしたものの、しかし自らの手で双子の弟を異界へと送り帰すことまでは決心がつかなかったのかもしれない。
「アステリア様のそのご決断だけでじゅうぶんです」
アステリオスが幽閉されている地下牢は、王宮の敷地内にある森の中の最奥。
なんらかの不始末をしでかした王族や、政争に敗れた王族などを幽閉するために建てられた塔の地下にあるとアステリア様は言った。
アステリア様の先導を受けて、わたしは暗い地下へと彼女と共に降りて行く。
アステリア様が出入りしているからだろうか。地下へと続く道のりは、埃っぽさとはほとんど皆無であったものの、ひんやりと湿った空気に満ちており、少しだけカビ臭かった。
アステリオスが幽閉されている地下牢は、わたしが思っていたよりは遠かった。
延々五分以上か、もっと歩いたと思う。
ようやく最下にたどりつけば、いかにも重そうな鉄製の扉がわたしたちを出迎える。
ついていた南京錠は三つ。
アステリア様は、三つのうちふたつは、かつてアステリア様の父君である現国王陛下が所持していたのだと語った。
しかし、現国王陛下はわたしも知っての通り重篤である。
アステリオスの存在の秘匿を守り通すため、国王陛下が病に倒れられたときに、アステリア様が早々に回収されたらしい。
「アステリオス」
重い鉄の扉が開く。
かすかに悲鳴を上げる蝶番の音と、アステリア様がアステリオスの名を呼ぶ声が入り混じる。
わたしはアステリア様の体の向こう側へ、視線をやった。
天井から床までまっすぐに伸びる鉄柵で仕切られた牢内には、アステリア様をそっくりそのまま男にしたような人間が――否、「改竄者」がいた。
「改竄者」は形態模写に長けている。
「改竄者」の本来の姿はわたしも知らないが、『まばルナ』の中では特定の実体を持たないかのようなほのめかしがあった。
恐らく、実際に「改竄者」アステリオスのその容姿は、アステリアをモデルにしたのだろう。
本物の姉弟のように似ているのは、当たり前だった。
「やあアステリア」
アステリオスは思ったよりも身綺麗だった。
地下牢自体も、意外にも悪臭自体とは無縁で、それがより目の前にいるアステリオスが人間どころか、わたしたちが普通知る生物ではないということを、雄弁に物語っているように感じられた。
アステリオス自身や、地下牢が綺麗なのは、きっと排泄や新陳代謝といった機能とは無縁だからなのだろう。
普通の人間であったならば、生きていればどうしても汚れて行く。
アステリオスには、それがない。
「そちらが例の?」
アステリア様はアステリオスにわたしの話をしていたようだ。
ちらりとアステリア様の顔色をうかがうが、ランタンの火に照らされたその横顔は白く、気分がすぐれているようには見えなかった。
わたしは、腹を括ってアステリア様の一歩前に出る。
アステリオスはそんなわたしを見て、芝居がかった態度で片眉を上げた。
わたしはアステリオスを異界へと送り帰すべく、右手のひらをアステリオスへと向けた。
――そこで、気づいた。
右手の甲にたしかにあった「正者」の紋章が、消えていることに。
わたしが驚愕に目を見開くと、牢の中にいるアステリオスが――「改竄者」が、嘲笑うようにケタケタと笑い出した。
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