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聖女召喚――異世界からうら若き乙女を拉致してきて、なんかいい感じに仕事を押しつける。
斜に構えて見るとそういうことなのだが、そんなことって現実にあるんだ、と思った。
しかし私は聖女ではなかった。
聖女は、私と同じ学校に通う同級生であること以外に接点を持たないイチジョウさんのほうだったのだ。
つまり、私は不運にも聖女召喚に巻き込まれたオマケ以外のなにものでもなかった。
そんなことって、現実にあるんだ。
頭の中で「へえ」と言って感心しながら、私は当座の資金を与えられる意外に特にアフターフォローもなく、王宮から追い立てられるようにして放り出された。
そんなことって、現実にあるんだ。
しかし頭の中で「へえへえ」と感心しているばかりでは、すぐに飢えて死んでしまう。
異世界に拉致されるだなんて不運を帳消しにするには、「チート能力に目覚める」とかいう、なにかしらの特典がないと釣り合いが取れなくてダメだろうと思ったが、残念ながら私は十把一絡げにされる平凡な女子高生のままだった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
冒険者ギルドを運営するギルドマスターが、私の境遇に同情してくれたのだ。
そのまま、あれよあれよという間に冒険者ライセンスなる身元を証明できるアイテムをゲットした私は、冒険者ギルドに掲示される低ランク依頼をこなして食いつなぐ、日雇い労働者生活を送っている。
仕事の内容は、庭の草刈り、掃除、荷運び、引越しの手伝い、商店などの臨時接客要員、薬草採取、モンスターの死体処理、などなどなどなど……。
テンプレ冒険者生活。そんなことって、現実にあるんだ。――と何度思ったかわからないが、私がなにを考えようが、なにをしようが、その現実は動かしがたい事実として私の目の前に日々、あるのだった。
そんな毎日を過ごしていると、やはり基盤がしっかりしている元の世界から異世界へ飛ばされるというマイナス要素を相殺するには、チート能力にでも目覚めないとやってられないなと思う。
けれどもいつまで経ってもこの世界の神とかは私の前に現れないし、チート能力に目覚める気配はミリもないのだった。
色々と文句があったり弱音を吐きそうになったりしつつも、そんな生活がそれなりに板についてきたころ、私が暮らしている街に凄腕の冒険者がやってきた。
彼――キルシュは、寒村の出身であちこちを放浪している冒険者だったが、その名は遠くこの街にも轟くほどの腕っこきだった。
キルシュは手始めに近ごろ、街の近くに巣を作ってしまったブラッドドラゴンとかいう、超強いドラゴンを難なく追い払った。
キルシュの腕前を証明するにはそれだけでじゅうぶんで、ギルドに出入りする冒険者たちはすぐにキルシュに一目置くようになった。
その「冒険者」の中には一応私も入っていた。
けれども冒険者ギルドに登録している冒険者には、大きくわけて私みたいに細々とした依頼をこなす人間と、キルシュみたいに「冒険者」の名にふさわしい活躍をする人間との、ふたつにわけられる。
そういうわけで、私とキルシュは同じ冒険者ギルドに出入りしている以上の、接点が生まれるはずもなかった。
の、はずだった。
「俺、こういうの苦手で」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべるキルシュが、今回の依頼人だった。
ギルドに掲示された依頼の内容はモンスターの死骸を捌く手伝いをして欲しいという、常にあるわけではないが、それなりの頻度で出るような依頼の内容だった。
私はもちろん依頼人の名前を確認したけれど、まさか今ギルドで話題のキルシュそのひととは思わなかった。
依頼を受けたら絶賛名を馳せている最中のキルシュ当人が出てきて、私は少し動揺したけれども、顔には出さなかった。……出ていなかったと思う。思いたい。
モンスターを手早く狩っていくキルシュに合わせて、私は腑分けや皮剥ぎをしながら、可食できる部分などなどを選別していく。
肉の行き先はキルシュが所持しているマジックバッグ――高度な魔法がかけられた、見た目以上に物が入るカバン――だ。
生きていたモンスターのにおいというのは強烈だったが、私はもう何度もこういった依頼を受けていたので、特に思うところもなくサクサクと仕事を済ませられたと思う。
「ありがとう、テマリ。あなたの手捌きには随分と助かったよ」
夕暮れを前に街へと引き上げれば、キルシュから爽やかに礼を言われる。
キルシュがすごいのは腕前だけではなく、目鼻立ちの整った顔をしているところだった。
キルシュは冒険者だが、顔には傷ひとつない綺麗な男だった。
だから、最初は侮られる。けれどもキルシュは、その侮りをすぐにどこかへ蹴飛ばしてしまうほどの実力者だった。
「いえいえ」
私はキルシュの言葉に、反射で謙遜する。
キルシュとは今後も仕事ができるならいいな、と思った。
なにせキルシュは今日一日同行しただけでも、礼儀正しくて驕ったところがないし、高ランクの冒険者で懐に余裕があるのか、金払いもいい。後者は特に、日雇い労働者生活をしている私には、重要なことだった。
キルシュと違って礼儀知らずで驕っていて、力の誇示に余念がないが、懐事情が寂しい冒険者なんてのは、残念ながら掃いて捨てるほどいる。そしてキルシュよりも弱いのだから、始末に負えない。
冒険者ギルドのホームへと戻るまでの道すがらも、キルシュはニコニコと人好きのする笑みを浮かべたままだった。
私とキルシュは他愛ない会話をした。といってもキルシュは聞き上手で、私が街のどこそこのパン屋がおいしい、とかいう話をするような状態だったが。
ギルドで諸々の手続きをしたあと、キルシュから報酬を手渡される。
手のひらに載った貨幣を見て、「明日は一日休んでもいいかな」とか考えた。
「ありがとうございます」
キルシュに向かって軽く頭を下げる。
キルシュの心証は良くしておきたかった。なにせ金払いが以下略。
私が頭を上げて、背の高いキルシュを見上げる形になる。
キルシュはじっと、その黒っぽい切れ長の目を細めて私を見つめていた。
そしてひとこと、
「テマリは俺の姉さんみたいだ」
と言った。
斜に構えて見るとそういうことなのだが、そんなことって現実にあるんだ、と思った。
しかし私は聖女ではなかった。
聖女は、私と同じ学校に通う同級生であること以外に接点を持たないイチジョウさんのほうだったのだ。
つまり、私は不運にも聖女召喚に巻き込まれたオマケ以外のなにものでもなかった。
そんなことって、現実にあるんだ。
頭の中で「へえ」と言って感心しながら、私は当座の資金を与えられる意外に特にアフターフォローもなく、王宮から追い立てられるようにして放り出された。
そんなことって、現実にあるんだ。
しかし頭の中で「へえへえ」と感心しているばかりでは、すぐに飢えて死んでしまう。
異世界に拉致されるだなんて不運を帳消しにするには、「チート能力に目覚める」とかいう、なにかしらの特典がないと釣り合いが取れなくてダメだろうと思ったが、残念ながら私は十把一絡げにされる平凡な女子高生のままだった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
冒険者ギルドを運営するギルドマスターが、私の境遇に同情してくれたのだ。
そのまま、あれよあれよという間に冒険者ライセンスなる身元を証明できるアイテムをゲットした私は、冒険者ギルドに掲示される低ランク依頼をこなして食いつなぐ、日雇い労働者生活を送っている。
仕事の内容は、庭の草刈り、掃除、荷運び、引越しの手伝い、商店などの臨時接客要員、薬草採取、モンスターの死体処理、などなどなどなど……。
テンプレ冒険者生活。そんなことって、現実にあるんだ。――と何度思ったかわからないが、私がなにを考えようが、なにをしようが、その現実は動かしがたい事実として私の目の前に日々、あるのだった。
そんな毎日を過ごしていると、やはり基盤がしっかりしている元の世界から異世界へ飛ばされるというマイナス要素を相殺するには、チート能力にでも目覚めないとやってられないなと思う。
けれどもいつまで経ってもこの世界の神とかは私の前に現れないし、チート能力に目覚める気配はミリもないのだった。
色々と文句があったり弱音を吐きそうになったりしつつも、そんな生活がそれなりに板についてきたころ、私が暮らしている街に凄腕の冒険者がやってきた。
彼――キルシュは、寒村の出身であちこちを放浪している冒険者だったが、その名は遠くこの街にも轟くほどの腕っこきだった。
キルシュは手始めに近ごろ、街の近くに巣を作ってしまったブラッドドラゴンとかいう、超強いドラゴンを難なく追い払った。
キルシュの腕前を証明するにはそれだけでじゅうぶんで、ギルドに出入りする冒険者たちはすぐにキルシュに一目置くようになった。
その「冒険者」の中には一応私も入っていた。
けれども冒険者ギルドに登録している冒険者には、大きくわけて私みたいに細々とした依頼をこなす人間と、キルシュみたいに「冒険者」の名にふさわしい活躍をする人間との、ふたつにわけられる。
そういうわけで、私とキルシュは同じ冒険者ギルドに出入りしている以上の、接点が生まれるはずもなかった。
の、はずだった。
「俺、こういうの苦手で」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべるキルシュが、今回の依頼人だった。
ギルドに掲示された依頼の内容はモンスターの死骸を捌く手伝いをして欲しいという、常にあるわけではないが、それなりの頻度で出るような依頼の内容だった。
私はもちろん依頼人の名前を確認したけれど、まさか今ギルドで話題のキルシュそのひととは思わなかった。
依頼を受けたら絶賛名を馳せている最中のキルシュ当人が出てきて、私は少し動揺したけれども、顔には出さなかった。……出ていなかったと思う。思いたい。
モンスターを手早く狩っていくキルシュに合わせて、私は腑分けや皮剥ぎをしながら、可食できる部分などなどを選別していく。
肉の行き先はキルシュが所持しているマジックバッグ――高度な魔法がかけられた、見た目以上に物が入るカバン――だ。
生きていたモンスターのにおいというのは強烈だったが、私はもう何度もこういった依頼を受けていたので、特に思うところもなくサクサクと仕事を済ませられたと思う。
「ありがとう、テマリ。あなたの手捌きには随分と助かったよ」
夕暮れを前に街へと引き上げれば、キルシュから爽やかに礼を言われる。
キルシュがすごいのは腕前だけではなく、目鼻立ちの整った顔をしているところだった。
キルシュは冒険者だが、顔には傷ひとつない綺麗な男だった。
だから、最初は侮られる。けれどもキルシュは、その侮りをすぐにどこかへ蹴飛ばしてしまうほどの実力者だった。
「いえいえ」
私はキルシュの言葉に、反射で謙遜する。
キルシュとは今後も仕事ができるならいいな、と思った。
なにせキルシュは今日一日同行しただけでも、礼儀正しくて驕ったところがないし、高ランクの冒険者で懐に余裕があるのか、金払いもいい。後者は特に、日雇い労働者生活をしている私には、重要なことだった。
キルシュと違って礼儀知らずで驕っていて、力の誇示に余念がないが、懐事情が寂しい冒険者なんてのは、残念ながら掃いて捨てるほどいる。そしてキルシュよりも弱いのだから、始末に負えない。
冒険者ギルドのホームへと戻るまでの道すがらも、キルシュはニコニコと人好きのする笑みを浮かべたままだった。
私とキルシュは他愛ない会話をした。といってもキルシュは聞き上手で、私が街のどこそこのパン屋がおいしい、とかいう話をするような状態だったが。
ギルドで諸々の手続きをしたあと、キルシュから報酬を手渡される。
手のひらに載った貨幣を見て、「明日は一日休んでもいいかな」とか考えた。
「ありがとうございます」
キルシュに向かって軽く頭を下げる。
キルシュの心証は良くしておきたかった。なにせ金払いが以下略。
私が頭を上げて、背の高いキルシュを見上げる形になる。
キルシュはじっと、その黒っぽい切れ長の目を細めて私を見つめていた。
そしてひとこと、
「テマリは俺の姉さんみたいだ」
と言った。
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