23 / 23
(22)
しおりを挟む
アンジュが帰宅して、夕食の時間になったころ、ふらりとエルンストも家に帰ってきたので、数日ぶりに食卓に家族五人が揃った。ユーリは四人の夫たちの顔を見渡して、単刀直入に噂の話をした。
「その、わたしたちが……元の世界に帰れるかもって噂が流れてるみたいだね?」
ハルは、アンジュが息を詰めるのがわかった。他方、ミカは穏やかに微笑んでいて、エルンストはへらへらと笑っているように見える。けれどもハルは、ミカが見た目どおりの人間ではないことをもう知ってしまっていたし、エルンストは気のせいでなければ、どこか真剣な眼差しでユーリを見ていた。
ユーリの夫である四人それぞれのスタンスはありはするものの、みんな、ユーリを選んで結婚した人間だ。ユーリのことを思っている気持ちが強くあることをハルはようやく察し、嫉妬心や競争心を抱くよりも、少し安堵した。
ユーリはすぐに言葉を続ける。
「わたしは、元の世界へ帰れる手段が確立されたとしても、帰らないから。……みんなといっしょにいるし、いたいから。食事の前でごめんだけど、それだけは、しっかり言っておきたくて」
どこか張り詰めていた食卓の雰囲気が、やわらいだのが肌でわかった。
ハルはだれよりも緊張した面持ちをしていたアンジュを心配し、見やる。そしてぎょっとした。
「よかったです……」
そうとだけ言ったアンジュは明らかに涙ぐんでいて、まなじりに浮かんだそれが、食卓の上にある電灯の光を反射していた。
いつものハルだったら、「泣くなよ」くらいのひとことは言っているだろう。けれども今は、不思議とそういうことを言う気にはなれなかった。
アンジュは安堵感から涙ぐんだが、間違ってもハルはそんな理由で泣きはしない。泣きはしないが、アンジュの心中を慮れるていどの社会性を、今のハルは持っている。だから、アンジュのことはあえて放っておいた。
ユーリは、アンジュの涙を見て申し訳なさそうな顔をする。
「不安にさせちゃったね……」
「いえ……ユーリさんがどんな選択をしても、僕はそれを受け入れる覚悟で結婚しました。……でも、やっぱり、ユーリさんと離れ離れにはなりたくなくて……すいません」
「ううん。不安になっちゃうのは仕方ないよ。でも、『離れ離れになりたくない』って言ってくれてうれしい。……それにしても、もっと早くに言っておくべきだったなって思ってる。これからはもっと言葉を尽くすように心がけるね。……みんなも、今回の件で不安にさせたり、やきもきさせたなら、謝る。ごめんね」
やっぱりユーリは、びっくりするくらい――ちょっと不安になってしまうくらい、素直だ。けれどもこの家で、今食卓を囲む夫たちはみんな、大なり小なりユーリのそういう部分を愛して、ここにいる。ハルはそれを確信できただけで、なんだ満たされたような気持ちになった。
「いいんですよ、ユーリ。私たちが勝手に気を揉んでいただけなんですから」
「そうそう~。ユーリちゃんが気にすることじゃないよぉ」
「……それでも、ちゃんと言葉にすることは大事だと思うから。もっとわたしの気持ちは言葉にしていくよ」
ミカの優しい言葉に、エルンストが続く。けれどもユーリは微笑んで、そう宣言する。
ハルは結局、ミカの不届きな企みをユーリには言わなかった。言うべきかどうか散々悩んだが、黙っていることにした。ユーリが元の世界へ帰らないことを明確にすれば、ミカがそのような計画を実行に移す必要性はなくなると考えたからだ。
エルンストのことはやはりよくつかめない……捉えどころのない――ともすれば不気味な人間だと思う。けれどもユーリを見る眼差しはどこか安堵した様子で、それを察したハルは、「まあ悪いヤツじゃないんだろう」と判断する。
まだまだエルンストについては謎が多いが……それが紐解かれる日も来るのかもしれないと、楽観的に思えるていどに、今のハルは本人も意識しないところで浮かれていた。
一家の食卓。そこにあるものを「団欒」と呼んでいいのかまでは――まだ、わからないけれど。
でも、これを壊したいとか、なくなってもいいとか、なくしてもいいとかは、今のハルはまったく思わないのだった。
「それで、その~……」
ユーリが恥ずかしそうにして、先ほどの穏やかだがハキハキとした物言いから一転し、言いよどむ。
一家の様子に人知れず微笑んでいたハルに、
「『解禁日』を迎えたら……一番最初はハルがいい」
という、ユーリからの爆弾が落とされるまで、あと少し――。
「その、わたしたちが……元の世界に帰れるかもって噂が流れてるみたいだね?」
ハルは、アンジュが息を詰めるのがわかった。他方、ミカは穏やかに微笑んでいて、エルンストはへらへらと笑っているように見える。けれどもハルは、ミカが見た目どおりの人間ではないことをもう知ってしまっていたし、エルンストは気のせいでなければ、どこか真剣な眼差しでユーリを見ていた。
ユーリの夫である四人それぞれのスタンスはありはするものの、みんな、ユーリを選んで結婚した人間だ。ユーリのことを思っている気持ちが強くあることをハルはようやく察し、嫉妬心や競争心を抱くよりも、少し安堵した。
ユーリはすぐに言葉を続ける。
「わたしは、元の世界へ帰れる手段が確立されたとしても、帰らないから。……みんなといっしょにいるし、いたいから。食事の前でごめんだけど、それだけは、しっかり言っておきたくて」
どこか張り詰めていた食卓の雰囲気が、やわらいだのが肌でわかった。
ハルはだれよりも緊張した面持ちをしていたアンジュを心配し、見やる。そしてぎょっとした。
「よかったです……」
そうとだけ言ったアンジュは明らかに涙ぐんでいて、まなじりに浮かんだそれが、食卓の上にある電灯の光を反射していた。
いつものハルだったら、「泣くなよ」くらいのひとことは言っているだろう。けれども今は、不思議とそういうことを言う気にはなれなかった。
アンジュは安堵感から涙ぐんだが、間違ってもハルはそんな理由で泣きはしない。泣きはしないが、アンジュの心中を慮れるていどの社会性を、今のハルは持っている。だから、アンジュのことはあえて放っておいた。
ユーリは、アンジュの涙を見て申し訳なさそうな顔をする。
「不安にさせちゃったね……」
「いえ……ユーリさんがどんな選択をしても、僕はそれを受け入れる覚悟で結婚しました。……でも、やっぱり、ユーリさんと離れ離れにはなりたくなくて……すいません」
「ううん。不安になっちゃうのは仕方ないよ。でも、『離れ離れになりたくない』って言ってくれてうれしい。……それにしても、もっと早くに言っておくべきだったなって思ってる。これからはもっと言葉を尽くすように心がけるね。……みんなも、今回の件で不安にさせたり、やきもきさせたなら、謝る。ごめんね」
やっぱりユーリは、びっくりするくらい――ちょっと不安になってしまうくらい、素直だ。けれどもこの家で、今食卓を囲む夫たちはみんな、大なり小なりユーリのそういう部分を愛して、ここにいる。ハルはそれを確信できただけで、なんだ満たされたような気持ちになった。
「いいんですよ、ユーリ。私たちが勝手に気を揉んでいただけなんですから」
「そうそう~。ユーリちゃんが気にすることじゃないよぉ」
「……それでも、ちゃんと言葉にすることは大事だと思うから。もっとわたしの気持ちは言葉にしていくよ」
ミカの優しい言葉に、エルンストが続く。けれどもユーリは微笑んで、そう宣言する。
ハルは結局、ミカの不届きな企みをユーリには言わなかった。言うべきかどうか散々悩んだが、黙っていることにした。ユーリが元の世界へ帰らないことを明確にすれば、ミカがそのような計画を実行に移す必要性はなくなると考えたからだ。
エルンストのことはやはりよくつかめない……捉えどころのない――ともすれば不気味な人間だと思う。けれどもユーリを見る眼差しはどこか安堵した様子で、それを察したハルは、「まあ悪いヤツじゃないんだろう」と判断する。
まだまだエルンストについては謎が多いが……それが紐解かれる日も来るのかもしれないと、楽観的に思えるていどに、今のハルは本人も意識しないところで浮かれていた。
一家の食卓。そこにあるものを「団欒」と呼んでいいのかまでは――まだ、わからないけれど。
でも、これを壊したいとか、なくなってもいいとか、なくしてもいいとかは、今のハルはまったく思わないのだった。
「それで、その~……」
ユーリが恥ずかしそうにして、先ほどの穏やかだがハキハキとした物言いから一転し、言いよどむ。
一家の様子に人知れず微笑んでいたハルに、
「『解禁日』を迎えたら……一番最初はハルがいい」
という、ユーリからの爆弾が落とされるまで、あと少し――。
10
お気に入りに追加
92
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞


高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です
花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。
けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。
そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。
醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。
多分短い話になると思われます。
サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる