男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話

やなぎ怜

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 アンジュが帰宅して、夕食の時間になったころ、ふらりとエルンストも家に帰ってきたので、数日ぶりに食卓に家族五人が揃った。ユーリは四人の夫たちの顔を見渡して、単刀直入に噂の話をした。

「その、わたしたちが……元の世界に帰れるかもって噂が流れてるみたいだね?」

 ハルは、アンジュが息を詰めるのがわかった。他方、ミカは穏やかに微笑んでいて、エルンストはへらへらと笑っているように見える。けれどもハルは、ミカが見た目どおりの人間ではないことをもう知ってしまっていたし、エルンストは気のせいでなければ、どこか真剣な眼差しでユーリを見ていた。

 ユーリの夫である四人それぞれのスタンスはありはするものの、みんな、ユーリを選んで結婚した人間だ。ユーリのことを思っている気持ちが強くあることをハルはようやく察し、嫉妬心や競争心を抱くよりも、少し安堵した。

 ユーリはすぐに言葉を続ける。

「わたしは、元の世界へ帰れる手段が確立されたとしても、帰らないから。……みんなといっしょにいるし、いたいから。食事の前でごめんだけど、それだけは、しっかり言っておきたくて」

 どこか張り詰めていた食卓の雰囲気が、やわらいだのが肌でわかった。

 ハルはだれよりも緊張した面持ちをしていたアンジュを心配し、見やる。そしてぎょっとした。

「よかったです……」

 そうとだけ言ったアンジュは明らかに涙ぐんでいて、まなじりに浮かんだそれが、食卓の上にある電灯の光を反射していた。

 いつものハルだったら、「泣くなよ」くらいのひとことは言っているだろう。けれども今は、不思議とそういうことを言う気にはなれなかった。

 アンジュは安堵感から涙ぐんだが、間違ってもハルはそんな理由で泣きはしない。泣きはしないが、アンジュの心中を慮れるていどの社会性を、今のハルは持っている。だから、アンジュのことはあえて放っておいた。

 ユーリは、アンジュの涙を見て申し訳なさそうな顔をする。

「不安にさせちゃったね……」
「いえ……ユーリさんがどんな選択をしても、僕はそれを受け入れる覚悟で結婚しました。……でも、やっぱり、ユーリさんと離れ離れにはなりたくなくて……すいません」
「ううん。不安になっちゃうのは仕方ないよ。でも、『離れ離れになりたくない』って言ってくれてうれしい。……それにしても、もっと早くに言っておくべきだったなって思ってる。これからはもっと言葉を尽くすように心がけるね。……みんなも、今回の件で不安にさせたり、やきもきさせたなら、謝る。ごめんね」

 やっぱりユーリは、びっくりするくらい――ちょっと不安になってしまうくらい、素直だ。けれどもこの家で、今食卓を囲む夫たちはみんな、大なり小なりユーリのそういう部分を愛して、ここにいる。ハルはそれを確信できただけで、なんだ満たされたような気持ちになった。

「いいんですよ、ユーリ。私たちが勝手に気を揉んでいただけなんですから」
「そうそう~。ユーリちゃんが気にすることじゃないよぉ」
「……それでも、ちゃんと言葉にすることは大事だと思うから。もっとわたしの気持ちは言葉にしていくよ」

 ミカの優しい言葉に、エルンストが続く。けれどもユーリは微笑んで、そう宣言する。

 ハルは結局、ミカの不届きな企みをユーリには言わなかった。言うべきかどうか散々悩んだが、黙っていることにした。ユーリが元の世界へ帰らないことを明確にすれば、ミカがそのような計画を実行に移す必要性はなくなると考えたからだ。

 エルンストのことはやはりよくつかめない……捉えどころのない――ともすれば不気味な人間だと思う。けれどもユーリを見る眼差しはどこか安堵した様子で、それを察したハルは、「まあ悪いヤツじゃないんだろう」と判断する。

 まだまだエルンストについては謎が多いが……それが紐解かれる日も来るのかもしれないと、楽観的に思えるていどに、今のハルは本人も意識しないところで浮かれていた。

 一家の食卓。そこにあるものを「団欒」と呼んでいいのかまでは――まだ、わからないけれど。

 でも、これを壊したいとか、なくなってもいいとか、なくしてもいいとかは、今のハルはまったく思わないのだった。

「それで、その~……」

 ユーリが恥ずかしそうにして、先ほどの穏やかだがハキハキとした物言いから一転し、言いよどむ。

 一家の様子に人知れず微笑んでいたハルに、

「『解禁日』を迎えたら……一番最初はハルがいい」

 という、ユーリからの爆弾が落とされるまで、あと少し――。
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