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ハッキリ言って、ハルはエルンストのことはよく知らないし、わからない。
アンジュがユーリを信奉しているように、ミカがユーリを庇護しようとしているように、各々の妻に対するスタンスがあるわけだが――
「お前は」
「ん?」
「……どう思ってんの?」
エルンストだけは、読めない。いや、他人の心の内を読むだなんてことは、だれにもできないわけだが、エルンストは推察すら許さないところがある。
ただひとつ、わかっているのは、エルンストはハルたちほどユーリには執着していない、ということだろう。
ハルはじっとエルンストの赤ら顔を見つめる。エルンストはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべたまま、答える。
「俺はねえ~ユーリちゃんが幸せだったらそれでいい、かな?」
「なんで疑問形なんだよ」
「だって俺たち、そんなに親しくないでしょ」
ハルは頭に血が上ったような気になって、エルンストの緩んだ胸倉をつかんだ。
「テメーはあいつの夫だろ!」
「夫のひとり、ね」
ハルに責め立てられるように噛みつかれても、エルンストは冷静だ。酒に酔っているから――という可能性もありはしたが、恐らくは違うとハルは断じる。なんとなく、ハルの勘がそう言っていた。
「それでも、テメーもあいつの夫なんだ」
気に入らない。こいつとは相容れられない。ハルは一瞬にしてエルンストに対する悪感情が膨らむのがわかった。
「間違ってもあいつの前ではンなこと言うなよ」
吐き捨てるように釘を刺して、ハルはエルンストを押しのけるような勢いでそのつかんでいた胸倉から手を離す。エルンストは乱れた胸元を整えもせず、ハルを見下ろす。
「言わないよ~。ハルが相手だったらこうやって怒るだけ。アンジュも怒るね。ミカだったら……俺のこと殺しちゃうかも? それはゴメンだからさぁ。……でも、ユーリはきっと悲しむだけだね。いや、困ったように笑うだけか」
ヘラヘラとハルが気に食わない笑い方をしていたエルンストだったが、ユーリの話に差しかかると、その笑みを一瞬だけ引っ込めて、目を伏せた。
「きっと、俺を赦すよ。あの子だけはさ。……だから幸せになって欲しいんだよね」
「……この世界じゃ幸せになれないって?」
「だってユーリちゃんは異世界人だよ? 常識の違う、女の子が安心できないような世界にいるよりは、女の子でも普通に外を出歩ける元の世界に帰ったほうがいいと思わない? ユーリちゃんは外で働きたがってるけど、ハッキリ言ってこの世界じゃ白い目で見られるばかりだしね。女の子は子供をたくさん産んで、家でどんと構えて夫たちを従えるもの――。それが世間一般ってやつだし」
ハルは舌打ちをした。訳知り顔のエルンストに、イラ立ちが治まらなかった。
「今わかった。テメーとは相容れねえってな」
「そう? 俺は相互理解は可能だと思うけど?」
「思ってもねーこと言うんじゃねえよ。だったら、最初っからあきらめたような顔してんじゃねーよ」
エルンストは言葉を尽くせばわかり合えるとばかりに言うが、当の本人が最初からそれをあきらめているような素振りをしてばかりいるのでは、説得力は皆無だ。エルンストはそれをわかっているのかいないのか、仕方ないとばかりに肩をすくめる仕草をする。
「俺に甲斐性なんて期待しないでよ」
「じゃあクチバシを突っ込むなよ」
「それはそう。……それで、ハルはどう思ってるの?」
「あん?」
「ユーリちゃんが、もし『元の世界へ帰る』って言い出したら……どうするの?」
ハルはそこで初めて言葉に詰まった。エルンストが、じっとこちらを見つめているのがわかる。そこには批難の色はなく――しかしどこか温度を感じさせない目をしているのだけは、わかった。
ユーリが「元の世界へ帰る」と言い出したときの答えを、ハルは未だに持っていない。エルンストは鋭くそれを見抜いていたのだ。
「オレは――……」
「『そうか。わかった。元気でね』って言える? 言えないでしょ。……言えるわけない」
「決めつけんな!」
「そう? 俺は結構、真実を言っていると思っているんだけど」
「他人の心なんて読めねえだろ、テメーは」
「敏いほうだとは思ってるんだけどな~……」
「……あいつが」
ハルの胸中は迷走していた。
ユーリがもし「元の世界へ帰りたい」と言ったとき、素直に送り出せるだろうか?
ユーリがもし「元の世界へ帰る」と言い出したとき、素直に手放せるだろうか?
かつてハルは、後見を務めるゾーイーには「そのときにならないとわからない」と言った。そして今が――「そのとき」なのだとしたら。……ハルは白い霧の中にいるようで、「そのときになったらわかる」と思っていた答えは、一向にわからないままだ。
「あいつが『元の世界へ帰る』っつーんなら……他でもないあいつ自身がそう決めたなら、送り出してやるってのが筋ってもんだろ」
ユーリの願いは、出来るだけ叶えてやりたいとハルは思っている。けれども、それが、ハルたちの望みと真っ向からぶつかったとき、どうなるかは――ハルにはまったく想像も出来なかった。
ハルの曖昧な答えに、エルンストは嘲笑う。
「つまんない答え。それ本心?」
「はあ? 本心じゃねーのに口にするわきゃないだろ」
「うそつき」
エルンストの目は弧を描いていたが、とても笑っているようには見えなかった。
アンジュがユーリを信奉しているように、ミカがユーリを庇護しようとしているように、各々の妻に対するスタンスがあるわけだが――
「お前は」
「ん?」
「……どう思ってんの?」
エルンストだけは、読めない。いや、他人の心の内を読むだなんてことは、だれにもできないわけだが、エルンストは推察すら許さないところがある。
ただひとつ、わかっているのは、エルンストはハルたちほどユーリには執着していない、ということだろう。
ハルはじっとエルンストの赤ら顔を見つめる。エルンストはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべたまま、答える。
「俺はねえ~ユーリちゃんが幸せだったらそれでいい、かな?」
「なんで疑問形なんだよ」
「だって俺たち、そんなに親しくないでしょ」
ハルは頭に血が上ったような気になって、エルンストの緩んだ胸倉をつかんだ。
「テメーはあいつの夫だろ!」
「夫のひとり、ね」
ハルに責め立てられるように噛みつかれても、エルンストは冷静だ。酒に酔っているから――という可能性もありはしたが、恐らくは違うとハルは断じる。なんとなく、ハルの勘がそう言っていた。
「それでも、テメーもあいつの夫なんだ」
気に入らない。こいつとは相容れられない。ハルは一瞬にしてエルンストに対する悪感情が膨らむのがわかった。
「間違ってもあいつの前ではンなこと言うなよ」
吐き捨てるように釘を刺して、ハルはエルンストを押しのけるような勢いでそのつかんでいた胸倉から手を離す。エルンストは乱れた胸元を整えもせず、ハルを見下ろす。
「言わないよ~。ハルが相手だったらこうやって怒るだけ。アンジュも怒るね。ミカだったら……俺のこと殺しちゃうかも? それはゴメンだからさぁ。……でも、ユーリはきっと悲しむだけだね。いや、困ったように笑うだけか」
ヘラヘラとハルが気に食わない笑い方をしていたエルンストだったが、ユーリの話に差しかかると、その笑みを一瞬だけ引っ込めて、目を伏せた。
「きっと、俺を赦すよ。あの子だけはさ。……だから幸せになって欲しいんだよね」
「……この世界じゃ幸せになれないって?」
「だってユーリちゃんは異世界人だよ? 常識の違う、女の子が安心できないような世界にいるよりは、女の子でも普通に外を出歩ける元の世界に帰ったほうがいいと思わない? ユーリちゃんは外で働きたがってるけど、ハッキリ言ってこの世界じゃ白い目で見られるばかりだしね。女の子は子供をたくさん産んで、家でどんと構えて夫たちを従えるもの――。それが世間一般ってやつだし」
ハルは舌打ちをした。訳知り顔のエルンストに、イラ立ちが治まらなかった。
「今わかった。テメーとは相容れねえってな」
「そう? 俺は相互理解は可能だと思うけど?」
「思ってもねーこと言うんじゃねえよ。だったら、最初っからあきらめたような顔してんじゃねーよ」
エルンストは言葉を尽くせばわかり合えるとばかりに言うが、当の本人が最初からそれをあきらめているような素振りをしてばかりいるのでは、説得力は皆無だ。エルンストはそれをわかっているのかいないのか、仕方ないとばかりに肩をすくめる仕草をする。
「俺に甲斐性なんて期待しないでよ」
「じゃあクチバシを突っ込むなよ」
「それはそう。……それで、ハルはどう思ってるの?」
「あん?」
「ユーリちゃんが、もし『元の世界へ帰る』って言い出したら……どうするの?」
ハルはそこで初めて言葉に詰まった。エルンストが、じっとこちらを見つめているのがわかる。そこには批難の色はなく――しかしどこか温度を感じさせない目をしているのだけは、わかった。
ユーリが「元の世界へ帰る」と言い出したときの答えを、ハルは未だに持っていない。エルンストは鋭くそれを見抜いていたのだ。
「オレは――……」
「『そうか。わかった。元気でね』って言える? 言えないでしょ。……言えるわけない」
「決めつけんな!」
「そう? 俺は結構、真実を言っていると思っているんだけど」
「他人の心なんて読めねえだろ、テメーは」
「敏いほうだとは思ってるんだけどな~……」
「……あいつが」
ハルの胸中は迷走していた。
ユーリがもし「元の世界へ帰りたい」と言ったとき、素直に送り出せるだろうか?
ユーリがもし「元の世界へ帰る」と言い出したとき、素直に手放せるだろうか?
かつてハルは、後見を務めるゾーイーには「そのときにならないとわからない」と言った。そして今が――「そのとき」なのだとしたら。……ハルは白い霧の中にいるようで、「そのときになったらわかる」と思っていた答えは、一向にわからないままだ。
「あいつが『元の世界へ帰る』っつーんなら……他でもないあいつ自身がそう決めたなら、送り出してやるってのが筋ってもんだろ」
ユーリの願いは、出来るだけ叶えてやりたいとハルは思っている。けれども、それが、ハルたちの望みと真っ向からぶつかったとき、どうなるかは――ハルにはまったく想像も出来なかった。
ハルの曖昧な答えに、エルンストは嘲笑う。
「つまんない答え。それ本心?」
「はあ? 本心じゃねーのに口にするわきゃないだろ」
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