上 下
25 / 40

(25)

しおりを挟む
 デートの具体的な行き先や日程を朔良が調整し、迎えた当日。

 ごくごく普通の好青年ですといった笑顔を引っ提げて、朔良と千世が暮らすマンションを訪れた四郎を見て、朔良は三人デートがつつがなく終わることを祈った。

「土岐さんってデートとかしたことあります?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない」

 朔良の問いに、四郎にしては珍しく曖昧な答えが返ってきた。

 しかしそれだけでも、朔良はなんとなく察した。

 恐らく、四郎は異性から明確に「デート」と呼ぶものに誘われて付き合ったりしたことはあるものの、まったく興味を持てなかったのだろう。

 朔良からすると、デートに無関心な四郎の姿は容易に想像がついた。

 朔良は過去に女性と交際していたことがあるから、当然のようにデートをした経験はある。

 あるにはあるものの、とにかく気まぐれで、朔良より圧倒的に優位な立場にある恋人の気持ちを繋ぎ止めるのに必死で、非常に気疲れした記憶しか残っていない。

 しかもそのデートだって、当時の恋人と別れるまでに、片手で数えられるほどしかしなかったのだった。

 そして肝心の三人デートはしたことがない。

 世間的には女性ひとりに対し、複数人の男性がついてのデートだなんて珍しくはない。

 先の土師美園だって、自分の見合い話の場にすら男をぞろぞろと連れ立っていたのだ。

 大部分は防犯のためであったが、単純に自己顕示欲を満たすためにそうしている女性もいる。

 朔良の元恋人は朔良以外にも恋人がいたが、一対一でのデートを好んでいたように思う。このあたりは個々人の好きずきだろう。

 朔良からすると未知の三人デート――しかも内訳の中に土岐四郎がいる、という状況に多少の不安を覚えなくもなかった。

 しかし千世はこのデート……というより、「お出かけ」を楽しみにしていた。

 行き先は千世の希望もあって、近ごろ商業ビル内にオープンした水族館であった。

 千世曰く、水族館には行ったことがないらしく、タブレットの画面に表示された水族館の公式サイトを見る目が輝いていたことを、朔良は思い出す。

 明らかに千世の意識は、「朔良と四郎とのデート」より「初めて行く水族館」に割かれている様子だ。

 朔良はそれを微笑ましく思いつつ、千世と四郎と連れ立ってマンションのエントランスを出た。

 水族館までは四郎が運転する車で向かう予定だった。女性の移動は基本的に車を使う。それが最も安全だからだ。

 朔良は四郎の運転の腕のほどはわからなかったものの、護衛官を務めている身の上であるから、業務中に運転することは珍しくないはずである。

 まあ下手な運転ではないだろうと内心で願いつつ、四郎の車まで歩いて――行こうとした。

 不意に、背の低い生け垣のフチに腰を下ろしていた若い男が立ち上がった。

 それとほとんど同時に、四郎が左腕を千世の前にかばうように出して、一歩踏み出す。

 さすがは護衛官、と朔良も舌を巻く動作だった。

 男は二〇代半ばくらいだろうか。パリッとしたスーツを着ていて、そこらのチンピラといった風体とは正反対だった。

 男の視線が千世へと向けられたのを、朔良も感じた。朔良がそう感じたということは、四郎はもっと明瞭に感知しているに違いなかった。

 千世を見た男は、どこか強張った様子だった表情をわずかに崩し、こちらに近づこうとする。

「なにか用か」

 それを四郎の、わずかに鋭さを帯びた声が制す。

 それもあってか、男の足が止まった。

「護衛官の方ですか? 千世に用があるんです」

 男が親しげな様子をにじませて、千世の名前を呼び捨てにしたからか、四郎が怪訝そうな表情になる。

 朔良からは四郎の表情は見えなかったものの、男の発言を受けて警戒心を強めたことは、彼のまとう雰囲気から察せられた。

 四郎がちらりと振り返って、己の背中に隠すようにしている千世を一瞥する。

「知り合いか?」
「いえ――」

 千世が戸惑いをにじませた目で四郎を見上げる。

 続いて四郎は朔良を見やった。朔良はかぶりを振って答える。

 現状、自宅マンションと女性保護局、ないしメンタルクリニックなどを往復するだけの生活を送っている千世が、目の前にいる謎の男と知り合える機会というのは、朔良には思いつけなかった。

 朔良の脳裏に「ストーカー」の文字が浮かぶ。

 恐らく、四郎もそうだったのだろう。

 四郎は朔良から視線を外し、再び男を見据えた。

「――覚えてないんだね。無理もないか」
「名前を聞いても?」

 独り言のような男の言葉をあえて聞き流し、四郎が問う。

 男は懐から名刺入れを出し、引き出した名刺を四郎に差し出す。

佐藤さとう優吾ゆうごと言います」

 四郎は左手で名刺を受け取り、その紙面に視線を走らせた。

 名刺に印字された文字から、どういう漢字をあてるのかもわかったが、四郎には男の身元に心当たりはなかった。

 四郎は後ろにいる朔良と千世をまた一瞥したが、ふたりとも「佐藤優吾」なる人物に覚えはないらしい。

 両者ともにそう言っているも同然の、困惑した顔をしていた。

 そんな様子はもちろん、四郎の目の前にいる佐藤優吾にも伝わる。

 佐藤優吾は困ったように微笑んで、言う。

「おれは千世の兄です。父親違いの。……今日来たのは妹の姿が見たくて……」

 佐藤優吾の言葉に、千世が目を見開いたのが朔良にはわかった。

 そして続いた言葉には、千世のみならず朔良の心もざわつかせた。

「……それで、ずっと考えてたんだけど。千世さえよければ――おれと一緒に暮らさない?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...