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デートの具体的な行き先や日程を朔良が調整し、迎えた当日。
ごくごく普通の好青年ですといった笑顔を引っ提げて、朔良と千世が暮らすマンションを訪れた四郎を見て、朔良は三人デートがつつがなく終わることを祈った。
「土岐さんってデートとかしたことあります?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない」
朔良の問いに、四郎にしては珍しく曖昧な答えが返ってきた。
しかしそれだけでも、朔良はなんとなく察した。
恐らく、四郎は異性から明確に「デート」と呼ぶものに誘われて付き合ったりしたことはあるものの、まったく興味を持てなかったのだろう。
朔良からすると、デートに無関心な四郎の姿は容易に想像がついた。
朔良は過去に女性と交際していたことがあるから、当然のようにデートをした経験はある。
あるにはあるものの、とにかく気まぐれで、朔良より圧倒的に優位な立場にある恋人の気持ちを繋ぎ止めるのに必死で、非常に気疲れした記憶しか残っていない。
しかもそのデートだって、当時の恋人と別れるまでに、片手で数えられるほどしかしなかったのだった。
そして肝心の三人デートはしたことがない。
世間的には女性ひとりに対し、複数人の男性がついてのデートだなんて珍しくはない。
先の土師美園だって、自分の見合い話の場にすら男をぞろぞろと連れ立っていたのだ。
大部分は防犯のためであったが、単純に自己顕示欲を満たすためにそうしている女性もいる。
朔良の元恋人は朔良以外にも恋人がいたが、一対一でのデートを好んでいたように思う。このあたりは個々人の好きずきだろう。
朔良からすると未知の三人デート――しかも内訳の中に土岐四郎がいる、という状況に多少の不安を覚えなくもなかった。
しかし千世はこのデート……というより、「お出かけ」を楽しみにしていた。
行き先は千世の希望もあって、近ごろ商業ビル内にオープンした水族館であった。
千世曰く、水族館には行ったことがないらしく、タブレットの画面に表示された水族館の公式サイトを見る目が輝いていたことを、朔良は思い出す。
明らかに千世の意識は、「朔良と四郎とのデート」より「初めて行く水族館」に割かれている様子だ。
朔良はそれを微笑ましく思いつつ、千世と四郎と連れ立ってマンションのエントランスを出た。
水族館までは四郎が運転する車で向かう予定だった。女性の移動は基本的に車を使う。それが最も安全だからだ。
朔良は四郎の運転の腕のほどはわからなかったものの、護衛官を務めている身の上であるから、業務中に運転することは珍しくないはずである。
まあ下手な運転ではないだろうと内心で願いつつ、四郎の車まで歩いて――行こうとした。
不意に、背の低い生け垣のフチに腰を下ろしていた若い男が立ち上がった。
それとほとんど同時に、四郎が左腕を千世の前にかばうように出して、一歩踏み出す。
さすがは護衛官、と朔良も舌を巻く動作だった。
男は二〇代半ばくらいだろうか。パリッとしたスーツを着ていて、そこらのチンピラといった風体とは正反対だった。
男の視線が千世へと向けられたのを、朔良も感じた。朔良がそう感じたということは、四郎はもっと明瞭に感知しているに違いなかった。
千世を見た男は、どこか強張った様子だった表情をわずかに崩し、こちらに近づこうとする。
「なにか用か」
それを四郎の、わずかに鋭さを帯びた声が制す。
それもあってか、男の足が止まった。
「護衛官の方ですか? 千世に用があるんです」
男が親しげな様子をにじませて、千世の名前を呼び捨てにしたからか、四郎が怪訝そうな表情になる。
朔良からは四郎の表情は見えなかったものの、男の発言を受けて警戒心を強めたことは、彼のまとう雰囲気から察せられた。
四郎がちらりと振り返って、己の背中に隠すようにしている千世を一瞥する。
「知り合いか?」
「いえ――」
千世が戸惑いをにじませた目で四郎を見上げる。
続いて四郎は朔良を見やった。朔良はかぶりを振って答える。
現状、自宅マンションと女性保護局、ないしメンタルクリニックなどを往復するだけの生活を送っている千世が、目の前にいる謎の男と知り合える機会というのは、朔良には思いつけなかった。
朔良の脳裏に「ストーカー」の文字が浮かぶ。
恐らく、四郎もそうだったのだろう。
四郎は朔良から視線を外し、再び男を見据えた。
「――覚えてないんだね。無理もないか」
「名前を聞いても?」
独り言のような男の言葉をあえて聞き流し、四郎が問う。
男は懐から名刺入れを出し、引き出した名刺を四郎に差し出す。
「佐藤優吾と言います」
四郎は左手で名刺を受け取り、その紙面に視線を走らせた。
名刺に印字された文字から、どういう漢字をあてるのかもわかったが、四郎には男の身元に心当たりはなかった。
四郎は後ろにいる朔良と千世をまた一瞥したが、ふたりとも「佐藤優吾」なる人物に覚えはないらしい。
両者ともにそう言っているも同然の、困惑した顔をしていた。
そんな様子はもちろん、四郎の目の前にいる佐藤優吾にも伝わる。
佐藤優吾は困ったように微笑んで、言う。
「おれは千世の兄です。父親違いの。……今日来たのは妹の姿が見たくて……」
佐藤優吾の言葉に、千世が目を見開いたのが朔良にはわかった。
そして続いた言葉には、千世のみならず朔良の心もざわつかせた。
「……それで、ずっと考えてたんだけど。千世さえよければ――おれと一緒に暮らさない?」
ごくごく普通の好青年ですといった笑顔を引っ提げて、朔良と千世が暮らすマンションを訪れた四郎を見て、朔良は三人デートがつつがなく終わることを祈った。
「土岐さんってデートとかしたことあります?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない」
朔良の問いに、四郎にしては珍しく曖昧な答えが返ってきた。
しかしそれだけでも、朔良はなんとなく察した。
恐らく、四郎は異性から明確に「デート」と呼ぶものに誘われて付き合ったりしたことはあるものの、まったく興味を持てなかったのだろう。
朔良からすると、デートに無関心な四郎の姿は容易に想像がついた。
朔良は過去に女性と交際していたことがあるから、当然のようにデートをした経験はある。
あるにはあるものの、とにかく気まぐれで、朔良より圧倒的に優位な立場にある恋人の気持ちを繋ぎ止めるのに必死で、非常に気疲れした記憶しか残っていない。
しかもそのデートだって、当時の恋人と別れるまでに、片手で数えられるほどしかしなかったのだった。
そして肝心の三人デートはしたことがない。
世間的には女性ひとりに対し、複数人の男性がついてのデートだなんて珍しくはない。
先の土師美園だって、自分の見合い話の場にすら男をぞろぞろと連れ立っていたのだ。
大部分は防犯のためであったが、単純に自己顕示欲を満たすためにそうしている女性もいる。
朔良の元恋人は朔良以外にも恋人がいたが、一対一でのデートを好んでいたように思う。このあたりは個々人の好きずきだろう。
朔良からすると未知の三人デート――しかも内訳の中に土岐四郎がいる、という状況に多少の不安を覚えなくもなかった。
しかし千世はこのデート……というより、「お出かけ」を楽しみにしていた。
行き先は千世の希望もあって、近ごろ商業ビル内にオープンした水族館であった。
千世曰く、水族館には行ったことがないらしく、タブレットの画面に表示された水族館の公式サイトを見る目が輝いていたことを、朔良は思い出す。
明らかに千世の意識は、「朔良と四郎とのデート」より「初めて行く水族館」に割かれている様子だ。
朔良はそれを微笑ましく思いつつ、千世と四郎と連れ立ってマンションのエントランスを出た。
水族館までは四郎が運転する車で向かう予定だった。女性の移動は基本的に車を使う。それが最も安全だからだ。
朔良は四郎の運転の腕のほどはわからなかったものの、護衛官を務めている身の上であるから、業務中に運転することは珍しくないはずである。
まあ下手な運転ではないだろうと内心で願いつつ、四郎の車まで歩いて――行こうとした。
不意に、背の低い生け垣のフチに腰を下ろしていた若い男が立ち上がった。
それとほとんど同時に、四郎が左腕を千世の前にかばうように出して、一歩踏み出す。
さすがは護衛官、と朔良も舌を巻く動作だった。
男は二〇代半ばくらいだろうか。パリッとしたスーツを着ていて、そこらのチンピラといった風体とは正反対だった。
男の視線が千世へと向けられたのを、朔良も感じた。朔良がそう感じたということは、四郎はもっと明瞭に感知しているに違いなかった。
千世を見た男は、どこか強張った様子だった表情をわずかに崩し、こちらに近づこうとする。
「なにか用か」
それを四郎の、わずかに鋭さを帯びた声が制す。
それもあってか、男の足が止まった。
「護衛官の方ですか? 千世に用があるんです」
男が親しげな様子をにじませて、千世の名前を呼び捨てにしたからか、四郎が怪訝そうな表情になる。
朔良からは四郎の表情は見えなかったものの、男の発言を受けて警戒心を強めたことは、彼のまとう雰囲気から察せられた。
四郎がちらりと振り返って、己の背中に隠すようにしている千世を一瞥する。
「知り合いか?」
「いえ――」
千世が戸惑いをにじませた目で四郎を見上げる。
続いて四郎は朔良を見やった。朔良はかぶりを振って答える。
現状、自宅マンションと女性保護局、ないしメンタルクリニックなどを往復するだけの生活を送っている千世が、目の前にいる謎の男と知り合える機会というのは、朔良には思いつけなかった。
朔良の脳裏に「ストーカー」の文字が浮かぶ。
恐らく、四郎もそうだったのだろう。
四郎は朔良から視線を外し、再び男を見据えた。
「――覚えてないんだね。無理もないか」
「名前を聞いても?」
独り言のような男の言葉をあえて聞き流し、四郎が問う。
男は懐から名刺入れを出し、引き出した名刺を四郎に差し出す。
「佐藤優吾と言います」
四郎は左手で名刺を受け取り、その紙面に視線を走らせた。
名刺に印字された文字から、どういう漢字をあてるのかもわかったが、四郎には男の身元に心当たりはなかった。
四郎は後ろにいる朔良と千世をまた一瞥したが、ふたりとも「佐藤優吾」なる人物に覚えはないらしい。
両者ともにそう言っているも同然の、困惑した顔をしていた。
そんな様子はもちろん、四郎の目の前にいる佐藤優吾にも伝わる。
佐藤優吾は困ったように微笑んで、言う。
「おれは千世の兄です。父親違いの。……今日来たのは妹の姿が見たくて……」
佐藤優吾の言葉に、千世が目を見開いたのが朔良にはわかった。
そして続いた言葉には、千世のみならず朔良の心もざわつかせた。
「……それで、ずっと考えてたんだけど。千世さえよければ――おれと一緒に暮らさない?」
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