上 下
18 / 40

(18)

しおりを挟む
「土岐さんは、どうして護衛官になられたんですか?」

 女性保護局内の、先日使用したときと同じ応接室で。

 四郎と千世はそれぞれ横に長いソファの真ん中に座って対面している形だ。

 先日と違うのは、千世の両隣ともが空いているという点である。

「千世さんに変な質問しないでくださいね?」

 千世の担当官である七瀬は、四郎にそう念押しして応接室を出て行った。

 四郎とふたりきりで話したいと希望したのは、ほかでもない千世自身で、七瀬は相当に渋ったが結局は折れた。

 ただし応接室の扉は開きっぱなしである。千世は落ち着かない様子だが、それだけは七瀬が譲らなかった。

 ちなみに朔良はどうしても予定が合わず欠席している。

 千世は、七瀬が去ったあと、開きっぱなしの出入り口から四郎へと視線を戻し、おもむろに問うた。

 ――「どうして護衛官になったのか」。四郎には、なぜ千世がそのような質問をしたのかは、わからなかった。

 けれどもわざわざふたりきりになってから口にしたということは、今日まさしく四郎から聞きたかった質問がそれなのだろう。

 意図は読めなかったものの、しかしはぐらかしたりする必要性も感じられなかったので、四郎はそのまま正直に答える。

「護衛官をやっているとそこそこごろつきに会うし、そいつらに暴力を振るっても咎められないからだ」

 四郎の回答は、非常にシンプルなものだった。

 そのあまりの直截な物言いに一瞬呆気に取られたのか、千世は目をぱちくりとさせる。

「土岐さんは……暴力を振るいたいのですか?」
「それが俺の天職だと思っている」
「天職……」
「ああ。初めてひとを殴ったときに、そう思った。……いや、明確に『これだ』と思えたのはもう少しあとになってからだな。しかし、そのときにしっくりきたのは本当だ」

 千世はゆっくりとまばたきをした。

 四郎の言葉を自分なりに噛み砕いて、理解しようとしているのかもしれない。

 ただ四郎は、別に自分の価値観について理解されたいなどと思ったことはない。

「……だれを、どういう状況で殴ったのか……は、聞いてもいいですか?」
「いいぞ。別に隠すようなことでもない」

 「別に隠すようなことでもない」という言葉に嘘はなかったものの、自らの生い立ちについて話すのは、四郎にとっては人生で二度目のことだった。

「俺は四男だから『四郎』と名づけられてな」

 単純な命名は、男児が生まれたことに対する母親や周囲の落胆のようなものを感じなくもない。

 名の通りに四男であるからして、四郎には、生まれたときには既に父親が違う兄が三人いた。

 当時、四郎を含めた四人兄弟は全員父親が違った。つまり、四郎の母には四人の夫がいたわけだ。

 四郎は物心がついてくると、母の夫たちの仲があまりよくなく、また力関係がはっきりとしていることを理解した。

 四郎の父親は、金はあって顔もそこそこ整っていたが、それだけの、存在感のない男だった。

 精神的にも脆弱で、身体的にも恵まれていたわけではない。

 四郎の生まれ持っての性質は、父親のものより、「女傑」だの「女帝」だのと称される母親のものを色濃く引き継いだ結果だろう。

 四郎自身、容姿はともかく、それ以外の点はまったく父親に似ていないなと思っている。

 四郎はほとんど顔を合わせることのない母親に愛着や興味を持たなかったが、父親に対しても概ねそうだった。

 無関心。父親が他の夫たちにいびられていても、四郎は不甲斐ないだとか、腹立たしいなどとは感じたことはなかった。

 だから、それは本当にただの気まぐれの産物だった。

 母親の新しい夫が、「先輩」たちに倣って四郎の父親をいびっているのを見た四郎は、その男を殴ってみた。

 当時の四郎はその男よりも背が低かったが、体格には恵まれていた。

 四郎の父親の肩を面白半分に殴った男は、四郎に左頬を殴られると、その場に情けなく尻もちをついた。

 口の端を血で濡らしたその男がなにかをわめていたが、四郎はもうその言葉がどんなものだったかの輪郭すら思い出せない。

 ただ、初めて振るった「暴力」の感触を、ひとり感慨深く味わったことだけは、覚えている。

 四郎は世の中のなにもかもに興味がなかったが、ただひとつ、「暴力」だけは四郎を魅了した。

 自分になにかしらの才能があるのだとすれば、「これ」だと四郎は実感した。

 しかし父親にも母親にも叱られて、四郎は「これ」――すなわち「暴力」を振るう機会というのは、よくよく考えねばならないと学習した。

 両親から叱られて「暴力はいけないことだ」と学習することは、しかしなかった。

 思春期に入れば身長がぐんぐんと伸びて、トレーニングを重ねて体格ももっとよくなった四郎は、まず他人に絡まれるという経験をすることはなかった。

 だから自分から騒動の渦中に突っ込んで行った。

 いじめっ子がいれば積極的に現場に介入して、殴り飛ばした。

 後輩をカツアゲして回っていた不良の先輩も、路上に出没する不審者も――その他諸々も。四郎は「殴り飛ばしても問題ない」と判断した人間には、片っ端から暴力を振るった。

 そこに「だれかを助けてやろう」だとか「世の中をよくしてやろう」という気持ちは、一切なかった。

 始めは四郎を正義のヒーロー扱いしていた人間も、正義漢気取りだと冷笑していた人間も、そのうちにみな四郎を「狂犬」と呼ぶようになった。

 四郎にとっては、「どうでもいい」ことだった。

 けれども地元で「狂犬」の名が轟くころには、四郎はマンネリを覚えるようになっていた。

 しかしなにごとにも興味を持てない、つまらない日々が戻ってくるのは、嫌だった。

 だが、転機は訪れた。

 「転機」は、わざわざ離れた土地から四郎に喧嘩を売りにやってきた不良を、機械的に、しかし徹底的に殴っているときにやってきた。

「――もうそこらでやめにしねえか、坊や」

 壮年から初老に差し掛かっているだろう男は、しかし年齢を感じさせない精悍な目つきをしていた。

 男の名前は朽木くちき

 職業は、護衛官だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

処理中です...