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「土岐さんは、どうして護衛官になられたんですか?」
女性保護局内の、先日使用したときと同じ応接室で。
四郎と千世はそれぞれ横に長いソファの真ん中に座って対面している形だ。
先日と違うのは、千世の両隣ともが空いているという点である。
「千世さんに変な質問しないでくださいね?」
千世の担当官である七瀬は、四郎にそう念押しして応接室を出て行った。
四郎とふたりきりで話したいと希望したのは、ほかでもない千世自身で、七瀬は相当に渋ったが結局は折れた。
ただし応接室の扉は開きっぱなしである。千世は落ち着かない様子だが、それだけは七瀬が譲らなかった。
ちなみに朔良はどうしても予定が合わず欠席している。
千世は、七瀬が去ったあと、開きっぱなしの出入り口から四郎へと視線を戻し、おもむろに問うた。
――「どうして護衛官になったのか」。四郎には、なぜ千世がそのような質問をしたのかは、わからなかった。
けれどもわざわざふたりきりになってから口にしたということは、今日まさしく四郎から聞きたかった質問がそれなのだろう。
意図は読めなかったものの、しかしはぐらかしたりする必要性も感じられなかったので、四郎はそのまま正直に答える。
「護衛官をやっているとそこそこごろつきに会うし、そいつらに暴力を振るっても咎められないからだ」
四郎の回答は、非常にシンプルなものだった。
そのあまりの直截な物言いに一瞬呆気に取られたのか、千世は目をぱちくりとさせる。
「土岐さんは……暴力を振るいたいのですか?」
「それが俺の天職だと思っている」
「天職……」
「ああ。初めてひとを殴ったときに、そう思った。……いや、明確に『これだ』と思えたのはもう少しあとになってからだな。しかし、そのときにしっくりきたのは本当だ」
千世はゆっくりとまばたきをした。
四郎の言葉を自分なりに噛み砕いて、理解しようとしているのかもしれない。
ただ四郎は、別に自分の価値観について理解されたいなどと思ったことはない。
「……だれを、どういう状況で殴ったのか……は、聞いてもいいですか?」
「いいぞ。別に隠すようなことでもない」
「別に隠すようなことでもない」という言葉に嘘はなかったものの、自らの生い立ちについて話すのは、四郎にとっては人生で二度目のことだった。
「俺は四男だから『四郎』と名づけられてな」
単純な命名は、男児が生まれたことに対する母親や周囲の落胆のようなものを感じなくもない。
名の通りに四男であるからして、四郎には、生まれたときには既に父親が違う兄が三人いた。
当時、四郎を含めた四人兄弟は全員父親が違った。つまり、四郎の母には四人の夫がいたわけだ。
四郎は物心がついてくると、母の夫たちの仲があまりよくなく、また力関係がはっきりとしていることを理解した。
四郎の父親は、金はあって顔もそこそこ整っていたが、それだけの、存在感のない男だった。
精神的にも脆弱で、身体的にも恵まれていたわけではない。
四郎の生まれ持っての性質は、父親のものより、「女傑」だの「女帝」だのと称される母親のものを色濃く引き継いだ結果だろう。
四郎自身、容姿はともかく、それ以外の点はまったく父親に似ていないなと思っている。
四郎はほとんど顔を合わせることのない母親に愛着や興味を持たなかったが、父親に対しても概ねそうだった。
無関心。父親が他の夫たちにいびられていても、四郎は不甲斐ないだとか、腹立たしいなどとは感じたことはなかった。
だから、それは本当にただの気まぐれの産物だった。
母親の新しい夫が、「先輩」たちに倣って四郎の父親をいびっているのを見た四郎は、その男を殴ってみた。
当時の四郎はその男よりも背が低かったが、体格には恵まれていた。
四郎の父親の肩を面白半分に殴った男は、四郎に左頬を殴られると、その場に情けなく尻もちをついた。
口の端を血で濡らしたその男がなにかをわめていたが、四郎はもうその言葉がどんなものだったかの輪郭すら思い出せない。
ただ、初めて振るった「暴力」の感触を、ひとり感慨深く味わったことだけは、覚えている。
四郎は世の中のなにもかもに興味がなかったが、ただひとつ、「暴力」だけは四郎を魅了した。
自分になにかしらの才能があるのだとすれば、「これ」だと四郎は実感した。
しかし父親にも母親にも叱られて、四郎は「これ」――すなわち「暴力」を振るう機会というのは、よくよく考えねばならないと学習した。
両親から叱られて「暴力はいけないことだ」と学習することは、しかしなかった。
思春期に入れば身長がぐんぐんと伸びて、トレーニングを重ねて体格ももっとよくなった四郎は、まず他人に絡まれるという経験をすることはなかった。
だから自分から騒動の渦中に突っ込んで行った。
いじめっ子がいれば積極的に現場に介入して、殴り飛ばした。
後輩をカツアゲして回っていた不良の先輩も、路上に出没する不審者も――その他諸々も。四郎は「殴り飛ばしても問題ない」と判断した人間には、片っ端から暴力を振るった。
そこに「だれかを助けてやろう」だとか「世の中をよくしてやろう」という気持ちは、一切なかった。
始めは四郎を正義のヒーロー扱いしていた人間も、正義漢気取りだと冷笑していた人間も、そのうちにみな四郎を「狂犬」と呼ぶようになった。
四郎にとっては、「どうでもいい」ことだった。
けれども地元で「狂犬」の名が轟くころには、四郎はマンネリを覚えるようになっていた。
しかしなにごとにも興味を持てない、つまらない日々が戻ってくるのは、嫌だった。
だが、転機は訪れた。
「転機」は、わざわざ離れた土地から四郎に喧嘩を売りにやってきた不良を、機械的に、しかし徹底的に殴っているときにやってきた。
「――もうそこらでやめにしねえか、坊や」
壮年から初老に差し掛かっているだろう男は、しかし年齢を感じさせない精悍な目つきをしていた。
男の名前は朽木。
職業は、護衛官だった。
女性保護局内の、先日使用したときと同じ応接室で。
四郎と千世はそれぞれ横に長いソファの真ん中に座って対面している形だ。
先日と違うのは、千世の両隣ともが空いているという点である。
「千世さんに変な質問しないでくださいね?」
千世の担当官である七瀬は、四郎にそう念押しして応接室を出て行った。
四郎とふたりきりで話したいと希望したのは、ほかでもない千世自身で、七瀬は相当に渋ったが結局は折れた。
ただし応接室の扉は開きっぱなしである。千世は落ち着かない様子だが、それだけは七瀬が譲らなかった。
ちなみに朔良はどうしても予定が合わず欠席している。
千世は、七瀬が去ったあと、開きっぱなしの出入り口から四郎へと視線を戻し、おもむろに問うた。
――「どうして護衛官になったのか」。四郎には、なぜ千世がそのような質問をしたのかは、わからなかった。
けれどもわざわざふたりきりになってから口にしたということは、今日まさしく四郎から聞きたかった質問がそれなのだろう。
意図は読めなかったものの、しかしはぐらかしたりする必要性も感じられなかったので、四郎はそのまま正直に答える。
「護衛官をやっているとそこそこごろつきに会うし、そいつらに暴力を振るっても咎められないからだ」
四郎の回答は、非常にシンプルなものだった。
そのあまりの直截な物言いに一瞬呆気に取られたのか、千世は目をぱちくりとさせる。
「土岐さんは……暴力を振るいたいのですか?」
「それが俺の天職だと思っている」
「天職……」
「ああ。初めてひとを殴ったときに、そう思った。……いや、明確に『これだ』と思えたのはもう少しあとになってからだな。しかし、そのときにしっくりきたのは本当だ」
千世はゆっくりとまばたきをした。
四郎の言葉を自分なりに噛み砕いて、理解しようとしているのかもしれない。
ただ四郎は、別に自分の価値観について理解されたいなどと思ったことはない。
「……だれを、どういう状況で殴ったのか……は、聞いてもいいですか?」
「いいぞ。別に隠すようなことでもない」
「別に隠すようなことでもない」という言葉に嘘はなかったものの、自らの生い立ちについて話すのは、四郎にとっては人生で二度目のことだった。
「俺は四男だから『四郎』と名づけられてな」
単純な命名は、男児が生まれたことに対する母親や周囲の落胆のようなものを感じなくもない。
名の通りに四男であるからして、四郎には、生まれたときには既に父親が違う兄が三人いた。
当時、四郎を含めた四人兄弟は全員父親が違った。つまり、四郎の母には四人の夫がいたわけだ。
四郎は物心がついてくると、母の夫たちの仲があまりよくなく、また力関係がはっきりとしていることを理解した。
四郎の父親は、金はあって顔もそこそこ整っていたが、それだけの、存在感のない男だった。
精神的にも脆弱で、身体的にも恵まれていたわけではない。
四郎の生まれ持っての性質は、父親のものより、「女傑」だの「女帝」だのと称される母親のものを色濃く引き継いだ結果だろう。
四郎自身、容姿はともかく、それ以外の点はまったく父親に似ていないなと思っている。
四郎はほとんど顔を合わせることのない母親に愛着や興味を持たなかったが、父親に対しても概ねそうだった。
無関心。父親が他の夫たちにいびられていても、四郎は不甲斐ないだとか、腹立たしいなどとは感じたことはなかった。
だから、それは本当にただの気まぐれの産物だった。
母親の新しい夫が、「先輩」たちに倣って四郎の父親をいびっているのを見た四郎は、その男を殴ってみた。
当時の四郎はその男よりも背が低かったが、体格には恵まれていた。
四郎の父親の肩を面白半分に殴った男は、四郎に左頬を殴られると、その場に情けなく尻もちをついた。
口の端を血で濡らしたその男がなにかをわめていたが、四郎はもうその言葉がどんなものだったかの輪郭すら思い出せない。
ただ、初めて振るった「暴力」の感触を、ひとり感慨深く味わったことだけは、覚えている。
四郎は世の中のなにもかもに興味がなかったが、ただひとつ、「暴力」だけは四郎を魅了した。
自分になにかしらの才能があるのだとすれば、「これ」だと四郎は実感した。
しかし父親にも母親にも叱られて、四郎は「これ」――すなわち「暴力」を振るう機会というのは、よくよく考えねばならないと学習した。
両親から叱られて「暴力はいけないことだ」と学習することは、しかしなかった。
思春期に入れば身長がぐんぐんと伸びて、トレーニングを重ねて体格ももっとよくなった四郎は、まず他人に絡まれるという経験をすることはなかった。
だから自分から騒動の渦中に突っ込んで行った。
いじめっ子がいれば積極的に現場に介入して、殴り飛ばした。
後輩をカツアゲして回っていた不良の先輩も、路上に出没する不審者も――その他諸々も。四郎は「殴り飛ばしても問題ない」と判断した人間には、片っ端から暴力を振るった。
そこに「だれかを助けてやろう」だとか「世の中をよくしてやろう」という気持ちは、一切なかった。
始めは四郎を正義のヒーロー扱いしていた人間も、正義漢気取りだと冷笑していた人間も、そのうちにみな四郎を「狂犬」と呼ぶようになった。
四郎にとっては、「どうでもいい」ことだった。
けれども地元で「狂犬」の名が轟くころには、四郎はマンネリを覚えるようになっていた。
しかしなにごとにも興味を持てない、つまらない日々が戻ってくるのは、嫌だった。
だが、転機は訪れた。
「転機」は、わざわざ離れた土地から四郎に喧嘩を売りにやってきた不良を、機械的に、しかし徹底的に殴っているときにやってきた。
「――もうそこらでやめにしねえか、坊や」
壮年から初老に差し掛かっているだろう男は、しかし年齢を感じさせない精悍な目つきをしていた。
男の名前は朽木。
職業は、護衛官だった。
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